68. しんじらんない!

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 この国は貴族が特権階級の世界。貴族による貴族のための国なのだ。

 もし、レオンが男爵になれたら一般人はレオンに一切の不敬をはたらけなくなり、皆がレオンに頭を下げるようになる。貴族侮辱罪は極刑もある重罪なのだ。

 レオンも『貴族になれるのかもしれない』と一瞬心臓が高鳴ったが――。

 それはこれらの貴族たち、魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもとやりあわねばならないことも意味していた。

 シエルが逃げ出してきた恐るべき権謀術数の世界。人を人とも思わぬ、冷酷な打算の世界。

 そんなところに放り込まれることは、レオンにとっては魅力には見えなかった。

「まぁ良い。褒美を受け取って田舎に帰りなさい」

 レスター三世は面倒くさそうに言い、手を振った。

 もう興味を失ったとでも言いたげな、無関心な仕草だった。

「……ありがとうございます」

 レオンは謝意を伝えて下がった。

 その背中に、貴族たちの嘲笑が突き刺さる。


       ◇


 こうして、わずかばかりの金貨を受け取って、レオンは帰路につくことになる。

 馬車の中で、レオンは額に皺を寄せながら窓の外を眺めていた。

 王都の華やかな街並みが、ゆっくりと流れていく。だが、その景色を楽しむ余裕はなかった。

 宿屋で襲撃されたこと。王宮での評価が低かったこと。

 その全てに、共通の誰かの意思を感じたのだ。

 自分の知らぬところで、何かが動いている。

 見えない糸が、自分を取り囲んでいる。

 レオンはキュッと口を結んだ。

(誰が何の目的で……?)

 レオンの力を恐れ、潰そうとしているということだろうか?

『大いなる力には、大いなる責任を伴う』

 またこの言葉が、頭の中で渦を巻いた。

 大いなる力が引き寄せてくる災厄――。

 その事実がレオンの胸に深い陰を刻んでいた。

(でも、負けない)

 レオンは静かに決意を新たにする。

 シエルがいる。ミーシャがいる。ルナがいる。エリナがいる。

 彼女たちと一緒ならそれで十分だし、どんな困難も乗り越えられる。

 国王が認めなくても、貴族たちが認めなくても、自分たちは進み続ける。

 自分には【運命鑑定】があるのだ。全ての妨害工作を粉砕し、誰にも否定できない実績を積み上げて、この傲慢な貴族たちの鼻を明かしてやる。

 その時まで、歯を食いしばって前に進むのだ!

 レオンはぎゅっとこぶしを握った。

 馬車は巨大な城門をくぐり、王都を後にしていく――。

 窓の外に流れる景色を見つめながら、レオンはクーベルノーツで待っているみんなのことを思った。

 早く帰りたい。

 彼女たちの笑顔が見たい。

 その想いが、胸の奥で静かに燃えていた。


      ◇


「しんじらんない!」

 顛末を報告した時、ルナが真っ赤になって叫んだ。

 緋色の瞳が怒りで燃え上がり、小さな拳がテーブルをバン!と叩く。その衝撃でカップが跳ね、中身が少しこぼれた。

「なによそれ! あたしたちがどれだけ頑張ったと思ってんのよ! 火山を噴火させて、三万の魔物を倒して、十万人を救ったのよ!? それを『たまたま』だなんて……!」

 ルナの声は震えていた。怒りだけではない。悔しさが、その奥に滲んでいた。

 みんなが命を懸けてどれだけの勇気を振り絞ったかを、見もしない貴族たちに「偶然」と片付けられたのだ。

 その屈辱が、彼女の心を焼いていた。

「みんなの活躍をうまく説明できなくてごめん」

 レオンは申し訳なさそうに頭を下げた。

 本当は、もっと上手く伝えられたのかもしれない。

 政治力――。

 レオンは自分の欠けていることを見せつけられた気分だった。

「まだ、若いから舐められちゃった……かな……」

 エリナは深いため息をついた。

 その黒曜石のような瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。怒りと、諦めと、そしてレオンへの同情。

「まぁいいじゃありませんか。そのうち向こうから頭を下げに来るようになりますわよ。ふふっ」

 ミーシャが、いつもの余裕ある笑みを浮かべた。

 だが、その空色の瞳の奥には、静かな決意が燃えている。

「え? 王様が僕らに?」

 レオンは驚いて聞き返した。

「そうですわ。アルカナは世界を救う最高の存在になるんでしょ?」

 ミーシャの言葉には、揺るぎない確信が込められていた。

「確かに【運命鑑定】はそういうイメージを見せてくれるけど……」

 レオンは言葉を濁した。

 世界を救う英雄。【運命鑑定】が見せてくれた未来は、確かにそんな光景だったが――。

「ならそうしましょ! あたしたちがもっと力をつければいいだけっしょ!」

 ルナは腕を組んでニヤリと笑う。

 さっきまでの怒りが、前向きなエネルギーに変換されていた。彼女の緋色の瞳には、もはや悔しさではなく、闘志が燃えている。

「貴族には……近寄らない方がいいわ……」

 暗い顔で聞いていたシエルが、ため息交じりに首を振った。

 その碧眼には、深い憂いが宿っている。

 彼女は知っている。貴族社会の闇の深さを。権謀術数の渦巻く、あの恐ろしい世界を。

 笑顔の裏で毒を盛り、握手しながら背中を刺す。それが貴族たちの日常なのだ。



次のエピソードへ進む 69. ピョンと飛び込む


みんなのリアクション

 この国は貴族が特権階級の世界。貴族による貴族のための国なのだ。
 もし、レオンが男爵になれたら一般人はレオンに一切の不敬をはたらけなくなり、皆がレオンに頭を下げるようになる。貴族侮辱罪は極刑もある重罪なのだ。
 レオンも『貴族になれるのかもしれない』と一瞬心臓が高鳴ったが――。
 それはこれらの貴族たち、|魑魅魍魎《ちみもうりょう》どもとやりあわねばならないことも意味していた。
 シエルが逃げ出してきた恐るべき権謀術数の世界。人を人とも思わぬ、冷酷な打算の世界。
 そんなところに放り込まれることは、レオンにとっては魅力には見えなかった。
「まぁ良い。褒美を受け取って田舎に帰りなさい」
 レスター三世は面倒くさそうに言い、手を振った。
 もう興味を失ったとでも言いたげな、無関心な仕草だった。
「……ありがとうございます」
 レオンは謝意を伝えて下がった。
 その背中に、貴族たちの嘲笑が突き刺さる。
       ◇
 こうして、わずかばかりの金貨を受け取って、レオンは帰路につくことになる。
 馬車の中で、レオンは額に皺を寄せながら窓の外を眺めていた。
 王都の華やかな街並みが、ゆっくりと流れていく。だが、その景色を楽しむ余裕はなかった。
 宿屋で襲撃されたこと。王宮での評価が低かったこと。
 その全てに、共通の誰かの意思を感じたのだ。
 自分の知らぬところで、何かが動いている。
 見えない糸が、自分を取り囲んでいる。
 レオンはキュッと口を結んだ。
(誰が何の目的で……?)
 レオンの力を恐れ、潰そうとしているということだろうか?
『大いなる力には、大いなる責任を伴う』
 またこの言葉が、頭の中で渦を巻いた。
 大いなる力が引き寄せてくる災厄――。
 その事実がレオンの胸に深い陰を刻んでいた。
(でも、負けない)
 レオンは静かに決意を新たにする。
 シエルがいる。ミーシャがいる。ルナがいる。エリナがいる。
 彼女たちと一緒ならそれで十分だし、どんな困難も乗り越えられる。
 国王が認めなくても、貴族たちが認めなくても、自分たちは進み続ける。
 自分には【運命鑑定】があるのだ。全ての妨害工作を粉砕し、誰にも否定できない実績を積み上げて、この傲慢な貴族たちの鼻を明かしてやる。
 その時まで、歯を食いしばって前に進むのだ!
 レオンはぎゅっとこぶしを握った。
 馬車は巨大な城門をくぐり、王都を後にしていく――。
 窓の外に流れる景色を見つめながら、レオンはクーベルノーツで待っているみんなのことを思った。
 早く帰りたい。
 彼女たちの笑顔が見たい。
 その想いが、胸の奥で静かに燃えていた。
      ◇
「しんじらんない!」
 顛末を報告した時、ルナが真っ赤になって叫んだ。
 緋色の瞳が怒りで燃え上がり、小さな拳がテーブルをバン!と叩く。その衝撃でカップが跳ね、中身が少しこぼれた。
「なによそれ! あたしたちがどれだけ頑張ったと思ってんのよ! 火山を噴火させて、三万の魔物を倒して、十万人を救ったのよ!? それを『たまたま』だなんて……!」
 ルナの声は震えていた。怒りだけではない。悔しさが、その奥に滲んでいた。
 みんなが命を懸けてどれだけの勇気を振り絞ったかを、見もしない貴族たちに「偶然」と片付けられたのだ。
 その屈辱が、彼女の心を焼いていた。
「みんなの活躍をうまく説明できなくてごめん」
 レオンは申し訳なさそうに頭を下げた。
 本当は、もっと上手く伝えられたのかもしれない。
 政治力――。
 レオンは自分の欠けていることを見せつけられた気分だった。
「まだ、若いから舐められちゃった……かな……」
 エリナは深いため息をついた。
 その黒曜石のような瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。怒りと、諦めと、そしてレオンへの同情。
「まぁいいじゃありませんか。そのうち向こうから頭を下げに来るようになりますわよ。ふふっ」
 ミーシャが、いつもの余裕ある笑みを浮かべた。
 だが、その空色の瞳の奥には、静かな決意が燃えている。
「え? 王様が僕らに?」
 レオンは驚いて聞き返した。
「そうですわ。アルカナは世界を救う最高の存在になるんでしょ?」
 ミーシャの言葉には、揺るぎない確信が込められていた。
「確かに【運命鑑定】はそういうイメージを見せてくれるけど……」
 レオンは言葉を濁した。
 世界を救う英雄。【運命鑑定】が見せてくれた未来は、確かにそんな光景だったが――。
「ならそうしましょ! あたしたちがもっと力をつければいいだけっしょ!」
 ルナは腕を組んでニヤリと笑う。
 さっきまでの怒りが、前向きなエネルギーに変換されていた。彼女の緋色の瞳には、もはや悔しさではなく、闘志が燃えている。
「貴族には……近寄らない方がいいわ……」
 暗い顔で聞いていたシエルが、ため息交じりに首を振った。
 その碧眼には、深い憂いが宿っている。
 彼女は知っている。貴族社会の闇の深さを。権謀術数の渦巻く、あの恐ろしい世界を。
 笑顔の裏で毒を盛り、握手しながら背中を刺す。それが貴族たちの日常なのだ。