食事を終え、風呂を済ませて部屋に戻ると、
藤城皐月はPCの電源をつけた。ベッドで横になると、疲れが出たのか動きたくなくなった。皐月はそのまま物思いに沈んだ。
皐月は
入屋千智への告白のことを考えていた。
千智のことを好きと言ったことで、千智は告白されたと喜んでいた。自分もその時は、自分自身で千智に告白したと思った。だが、これが本当に告白だったのかと考え直してみると、それは違うような気がする。
自分は女子に好きだという言葉を自然に言える性格だ。思ったことをすぐに口に出してしまう癖があるので、好きだと思ったら、すぐに好きだと口に出してしまう。
そのせいで男女問わず軽薄だと思われがちで、時には嫌われることもある。自分にとって好きという言葉の重みは、他の人が感じるものよりも軽いものなのかもしれない。だから千智は「好き」という言葉を重く受け取り、告白されたと思ったのだろう。
入屋千智への告白。皐月は告白のことをあながち間違いではないと思い始めていた。
確かに自分は千智に恋をしている。ルッキズムではないが、千智のかわいさ、美しさは問答無用といってもいい魅力だ。千智を一目見れば誰だって、千智に恋する男を女好きだと非難することはできないだろう。
千智に惹かれているのは外見だけではない。気立ての良さ、頭の回転の速さ、察しの良さ。そしてそれらを総合した自分との相性の良さが好きになった決め手だ。自分は千智のことを絶対に離してはいけない子だと思っている。
ならば栗林真理はどうか。
真理は幼馴染で境遇が似ていて、二人で過ごした時間も長い。真理とは誰よりも気兼ねなく、いつまでも一緒にいられる仲だ。
自分と真理は幼少期の頃から、親のいない夜の寂しさに二人で耐えてきた。同じ布団で眠り、ドラマの真似をしてキスをしたのが皐月と真理のファーストキスだった。真理の母親がマンションを買い、真理と二人で親の帰りを待つことがなくなってしまい、月日が流れた。
この齢になって再び真理と口づけを交わすようになったのは、恋愛というよりも慰め合いではないかと、皐月は自分の恋心を信じ切れないもどかしさを感じている。
だが今では皐月も真理も行為がエスカレートして体を重ねるようになり、快楽に溺れるようになった。今の二人の付き合い方はすでに慰め合いではない。大人から見れば、皐月と真理の関係は不純異性交遊になるだろう。
真理に対して恋心がないわけではない。真理はかわいいし、クールな容貌も格好いい。それに真理と皐月は初めてキスをして、セックスまではしなくても肌と肌を合わせた仲だ。皐月にとって真理は二人で共に性の歓びを知った、秘密を分かち合う特別な存在だ。
だが、皐月が最も熱い恋心を抱いているのは
芸妓の
明日美だ。
明日美は皐月がまだ小さかった頃に芸妓になった。その頃の豊川芸妓組合には若い芸妓がまだいなかった。
満や
薫が芸妓になったのは、明日美が芸妓になって二年が過ぎた頃だった。
おばさんやお婆さんしかいなかった芸妓衆の中に、突然若くて美しい芸妓が現れたのが明日美だ。
明日美は
検番でよく皐月と真理の遊び相手になってくれた。その頃の明日美はいつも哀しげな顔をしていた。真理はあまり明日美に懐かなかったが、皐月は明日美の笑顔が見たくていつも明日美にくっついていた。そんな皐月のことを明日美は溺愛するようになり、皐月は明日美に恋をした。
明日美が男嫌いだということを、後になって芸妓組合を率いている
京子から聞かされた。子供心に男嫌いの明日美が、どうして男の自分のことをかわいがってくれるのだろうと不思議に思っていた。だから皐月は自分のことを、明日美にとって特別な男だと自惚れていた。
皐月は今までは明日美から一方的にキスをされるだけだった。しかもそれは男と女のするキスではなく、ペットをかわいがるようなキスだった。
皐月はそれを嫌いではなく、いつも自分から求めて明日美に近づいていた。そしていつか、真理としていたような口と口のキスを明日美としてみたいと思っていた。
この齢になってその願いはついに叶い、皐月は明日美と大人のキスをした。真理とキスをした時とは比べられないほどの大きな悦びだった。
これからは明日美とプライベートでも会うことを約束した。まだその機会は訪れていないけれど、明日美の方から皐月の服を選びたいという話を母の小百合に持ち掛けてきたので、その日はすぐに来るだろう。
皐月は明日美との年齢差を気にしている。明日美は22歳で、皐月は12歳だ。10歳も年の差がある。大人同士なら10歳の年の差なんてよくある話だが、12歳の少年が10歳年上の女性と恋愛関係になるということは、明日美にとって犯罪になる。
あの時の明日美は自分のことを受け入れてくれたが、明日美が冷静さを取り戻している今なら自分のことを突き放すかもしれない。皐月はまだ、明日美の自分に対する想いをそこまで信じることができない。