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第33話

ー/ー



 今日から俺は佳織と一緒になって、佳織のお母さんが経営している店で働くことになった。プールデートの時に里果ちゃんと愛佳さんの連携でそうなったとはいえ、仙台に来て初の長期アルバイトだ。頑張って働いて、これからの生活やサークル活動、そして趣味に必要な金を稼がないと。

「今日からここで働くことになりました、鹿島徹と申します。よろしくお願いします」

 ユニフォームに袖を通してから挨拶を済ませ、頭を良い感じに下げた。うん、第一印象はばっちりだな。これで最初のクエストはクリアできたな……と思った瞬間、「ねえ」と後ろから女性に声をかけられた。
 いったい誰だ? と思って振り返ると、そこには見目麗しい美女が立っていた。

 胸元にある名札には「堀江(ほりえ)頼子(よりこ)」と名前が書いてあり、佳織に似て胸が大きいし、顔は年相応だけどもそれでも十分美人で、後ろ側を束ねた髪は年齢に不相応だけど胸元まであってサラサラで……。って、佳織のお母さんじゃないか! 名前で気づけよ、自分。

「君が今日からここで働いてもらうことになったバイトの子?」
「ええ、そうです。鹿島徹です。よろしくお願いします」

 俺は軽く頭を下げると頼子さんは俺の体を舐めまわすように見まわし、佳織にも似た微笑みを浮かべた。
 やっぱり、佳織と頼子さんって親子だな。

「トオル君、かぁ。あなたのことは娘からたくさん聞いているわ。なんでも昨日は()()()()したんですってね」
「ええっ!?」

 頼子さんが近寄ってくると、俺の耳元で囁いた。
 まさか佳織……、昨日のことを喋ったのか? あたりを見渡すと、もう既に事務所には居なかった。
 あっさり親に話すなんて、どうかしているよ。

「……その、しちゃいました」

 俺は覚悟を決めてそう話すと、「ふふっ、やっぱりね」と笑いながら話した。

「今朝の佳織、化粧のノリが良かったからね。昨日はアルバイトを休ませて正解だったわ」
「それっていったいどういう……」
「実はね、あなたのことは佳織から聞いていたの。あの子、毎週アルバイトのために実家へ帰るんだけど、ここ最近は妙にあなたのことを話しているのよ。一緒に料理してくれるし、勉強にも付き合ってくれる子だってね」

 確かに、頼子さんの話している通りだ。佳織は俺の部屋に来て夕ご飯の準備をしてくれるし、逆に佳織の部屋で俺が夕ご飯を振舞ったこともある。それに、勉強に関しても佳織にいつも助けてもらっている。佳織のおかげで、前期試験では主要科目はほとんど優を取ることが確実となっている。上手く行けば、後期は学費を免除できるのではないかと思えるほどだ。

「それにね、あなたのことを話している時の佳織ったら、チアをやっていた時以上に活き活きとしていたわ。まるで憑き物が落ちたかのようでね……」
「その憑き物というのは、確か男のこと……ですよね」
「そうなの。あの子、高校一年の時に男を振ったことがあったでしょ。あの時は同じチアをやっている先輩から励まされたって聞いたけど、それでも時折落ち込むことはあったわ。男の人が信じられないってね」

 そういえば、佳織はスピーチ大会の打ち上げの席で俺に失恋した時のことを話していた。凜乃さんから励まされていても、心の中では嘘告白をされ、そして童貞を奪われた俺と同じように苦悩していたのだろう。
 そう考えると、あの日佳織が俺に「友達にならないか」と持ち掛けてきたのも納得がいく。お互い傷物同士だった俺達が惹かれあうのは運命だった。

「だからね、徹君……だっけ」
「は、はい」
「あの子のことを大切にしてあげて。あの子を幸せにしてあげられるのは、あなた自身よ」

 頼子さんは肩をポンと叩くと、俺のほうを振り返った。

「さて、プライベートの話はこれでおしまい。今日は初日だから、いろいろと仕事を教えてあげるわよ」

 頼子さんは母親の顔だったのが、いつの間にかうちの母親にも似た仕事をしている女性の顔へと変わった。
 それから、頼子さんからここでの仕事内容をあれこれと教えてもらった。店内調理や宅配便の荷物の受付、通販で買った商品の受け渡し、店内の掃除にゴミ出しなど、店の中と外でやるべきことがたくさんある。午前八時から午後五時まで休憩をはさんで一日九時間もの重労働となるけど、その分実入りもよくなるはずだ。

 ◇

 アルバイトが始まって二週間が経つと、すっかりとアルバイトに慣れた自分が居た。
 深夜勤務の人たちを送り出してから交代するように店に入ると、目まぐるしいほど多くの仕事をこなさなければならなくなる。高校入学目前の頃に読んだ小説でコンビニバイトをずっと続けている人の話があったけど、今ならその人の気持ちが分かるような気がする。
 あと一週間すると後期の準備期間に入り、ここのアルバイトももうすぐ終わりとなる。本当にあっという間だったな。

「はじめてのコンビニでのバイトはだいぶ慣れた?」

 お昼の休憩時間に話しかけてきたのは、店長である頼子さんだった。一方の佳織はというと、母親の顔を見ないようにして弁当を食べている。

「ええ、おかげさまですっかりと慣れました」

 俺は笑顔でそう答えた。本当は結構やるべき仕事が多くて大変だけどね。

「そうだね。でもね、佳織は大学受験が終わってからずっとここのバイトをやっているのよ」
「本当ですか」
「ええ。大学を卒業して立派な社会人として働けるように、ね。今はいろいろあってアルバイトを探すのも大変じゃない。風俗なんかに手を出したら学業をおろそかにしかねないでしょ」
「確かに……」
「だから、まずは私の店でアルバイトをしてから探してみろってことで、佳織を働かせているの。あの子、私に似て飲み込みが良いからあっという間に仕事を覚えてくれて助かるわ」

 疫病もそうだし、それ以上にアルバイトをしていたら学業をおろそかにして最後は大学を休学するということも巷でよく聞くようになった。
 俺はアルバイト委員会を通して短期のアルバイトをしていたけど、こうして長期のアルバイトをやるのははじめてだ。
 ただ、佳織が母親の職場でひどいことになっていないか心配だけど……。

「あ、だからと言って店を継いでくれということはしないわ。私も週二回は休んでいるし、その代わりの方も確保しているから心配無用よ。何だったら私がオーナーになって、店の切り盛りは店員さんに任せようかなぁって」

 良かった。それなら心配なさそうだ。
 
「それはともかく、アルバイトや一人暮らしさせたのも、学年末休業の間に車の免許を取らせたのも、娘である佳織が一人で生活できるようにするためなの。もちろん、男の人に頼らないで生活できるようにするためでもあるけど」
「そうだったんですか」
 
 俺と出会ったばかりの時だったかな、佳織は「私たちは見知らぬ何かで結ばれている」と俺に話したことがある。
 俺は女の人から逃れるために仙台の地を踏んだ。一方の佳織は実家から通うという選択肢があったにもかかわらず、一人暮らしの道を選んだ。そうなると、佳織と俺は必然的に結ばれる運命だった。いや、そうとしか思えない。
 禍福は糾える縄の如しと昔の人はよく言ったものだ。異性での災難に見舞われた高校時代があったからこそ、今があるのだから。
 
「徹君」
「はい!」
「佳織のこと、これからもよろしくね。私も時々長町のマンションまで君たちの様子を見に行くから、ね」

 そう話すと、頼子さんはポンっと肩を叩いてから立っていった。

「これからもよろしくね……か」

 佳織を見ると、もう昼飯を食べ終わってスマホを取り出していた。リラックスモードに入っているな。

「お昼を食べないとまずいな」

 俺は弁当を見ると、まだ半分しか手を付けていなかった。
 早く食べないと、午後の仕事の途中で倒れてもわからないぞ。



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 今日から俺は佳織と一緒になって、佳織のお母さんが経営している店で働くことになった。プールデートの時に里果ちゃんと愛佳さんの連携でそうなったとはいえ、仙台に来て初の長期アルバイトだ。頑張って働いて、これからの生活やサークル活動、そして趣味に必要な金を稼がないと。
「今日からここで働くことになりました、鹿島徹と申します。よろしくお願いします」
 ユニフォームに袖を通してから挨拶を済ませ、頭を良い感じに下げた。うん、第一印象はばっちりだな。これで最初のクエストはクリアできたな……と思った瞬間、「ねえ」と後ろから女性に声をかけられた。
 いったい誰だ? と思って振り返ると、そこには見目麗しい美女が立っていた。
 胸元にある名札には「|堀江《ほりえ》|頼子《よりこ》」と名前が書いてあり、佳織に似て胸が大きいし、顔は年相応だけどもそれでも十分美人で、後ろ側を束ねた髪は年齢に不相応だけど胸元まであってサラサラで……。って、佳織のお母さんじゃないか! 名前で気づけよ、自分。
「君が今日からここで働いてもらうことになったバイトの子?」
「ええ、そうです。鹿島徹です。よろしくお願いします」
 俺は軽く頭を下げると頼子さんは俺の体を舐めまわすように見まわし、佳織にも似た微笑みを浮かべた。
 やっぱり、佳織と頼子さんって親子だな。
「トオル君、かぁ。あなたのことは娘からたくさん聞いているわ。なんでも昨日は|お《・》|楽《・》|し《・》|み《・》したんですってね」
「ええっ!?」
 頼子さんが近寄ってくると、俺の耳元で囁いた。
 まさか佳織……、昨日のことを喋ったのか? あたりを見渡すと、もう既に事務所には居なかった。
 あっさり親に話すなんて、どうかしているよ。
「……その、しちゃいました」
 俺は覚悟を決めてそう話すと、「ふふっ、やっぱりね」と笑いながら話した。
「今朝の佳織、化粧のノリが良かったからね。昨日はアルバイトを休ませて正解だったわ」
「それっていったいどういう……」
「実はね、あなたのことは佳織から聞いていたの。あの子、毎週アルバイトのために実家へ帰るんだけど、ここ最近は妙にあなたのことを話しているのよ。一緒に料理してくれるし、勉強にも付き合ってくれる子だってね」
 確かに、頼子さんの話している通りだ。佳織は俺の部屋に来て夕ご飯の準備をしてくれるし、逆に佳織の部屋で俺が夕ご飯を振舞ったこともある。それに、勉強に関しても佳織にいつも助けてもらっている。佳織のおかげで、前期試験では主要科目はほとんど優を取ることが確実となっている。上手く行けば、後期は学費を免除できるのではないかと思えるほどだ。
「それにね、あなたのことを話している時の佳織ったら、チアをやっていた時以上に活き活きとしていたわ。まるで憑き物が落ちたかのようでね……」
「その憑き物というのは、確か男のこと……ですよね」
「そうなの。あの子、高校一年の時に男を振ったことがあったでしょ。あの時は同じチアをやっている先輩から励まされたって聞いたけど、それでも時折落ち込むことはあったわ。男の人が信じられないってね」
 そういえば、佳織はスピーチ大会の打ち上げの席で俺に失恋した時のことを話していた。凜乃さんから励まされていても、心の中では嘘告白をされ、そして童貞を奪われた俺と同じように苦悩していたのだろう。
 そう考えると、あの日佳織が俺に「友達にならないか」と持ち掛けてきたのも納得がいく。お互い傷物同士だった俺達が惹かれあうのは運命だった。
「だからね、徹君……だっけ」
「は、はい」
「あの子のことを大切にしてあげて。あの子を幸せにしてあげられるのは、あなた自身よ」
 頼子さんは肩をポンと叩くと、俺のほうを振り返った。
「さて、プライベートの話はこれでおしまい。今日は初日だから、いろいろと仕事を教えてあげるわよ」
 頼子さんは母親の顔だったのが、いつの間にかうちの母親にも似た仕事をしている女性の顔へと変わった。
 それから、頼子さんからここでの仕事内容をあれこれと教えてもらった。店内調理や宅配便の荷物の受付、通販で買った商品の受け渡し、店内の掃除にゴミ出しなど、店の中と外でやるべきことがたくさんある。午前八時から午後五時まで休憩をはさんで一日九時間もの重労働となるけど、その分実入りもよくなるはずだ。
 ◇
 アルバイトが始まって二週間が経つと、すっかりとアルバイトに慣れた自分が居た。
 深夜勤務の人たちを送り出してから交代するように店に入ると、目まぐるしいほど多くの仕事をこなさなければならなくなる。高校入学目前の頃に読んだ小説でコンビニバイトをずっと続けている人の話があったけど、今ならその人の気持ちが分かるような気がする。
 あと一週間すると後期の準備期間に入り、ここのアルバイトももうすぐ終わりとなる。本当にあっという間だったな。
「はじめてのコンビニでのバイトはだいぶ慣れた?」
 お昼の休憩時間に話しかけてきたのは、店長である頼子さんだった。一方の佳織はというと、母親の顔を見ないようにして弁当を食べている。
「ええ、おかげさまですっかりと慣れました」
 俺は笑顔でそう答えた。本当は結構やるべき仕事が多くて大変だけどね。
「そうだね。でもね、佳織は大学受験が終わってからずっとここのバイトをやっているのよ」
「本当ですか」
「ええ。大学を卒業して立派な社会人として働けるように、ね。今はいろいろあってアルバイトを探すのも大変じゃない。風俗なんかに手を出したら学業をおろそかにしかねないでしょ」
「確かに……」
「だから、まずは私の店でアルバイトをしてから探してみろってことで、佳織を働かせているの。あの子、私に似て飲み込みが良いからあっという間に仕事を覚えてくれて助かるわ」
 疫病もそうだし、それ以上にアルバイトをしていたら学業をおろそかにして最後は大学を休学するということも巷でよく聞くようになった。
 俺はアルバイト委員会を通して短期のアルバイトをしていたけど、こうして長期のアルバイトをやるのははじめてだ。
 ただ、佳織が母親の職場でひどいことになっていないか心配だけど……。
「あ、だからと言って店を継いでくれということはしないわ。私も週二回は休んでいるし、その代わりの方も確保しているから心配無用よ。何だったら私がオーナーになって、店の切り盛りは店員さんに任せようかなぁって」
 良かった。それなら心配なさそうだ。
「それはともかく、アルバイトや一人暮らしさせたのも、学年末休業の間に車の免許を取らせたのも、娘である佳織が一人で生活できるようにするためなの。もちろん、男の人に頼らないで生活できるようにするためでもあるけど」
「そうだったんですか」
 俺と出会ったばかりの時だったかな、佳織は「私たちは見知らぬ何かで結ばれている」と俺に話したことがある。
 俺は女の人から逃れるために仙台の地を踏んだ。一方の佳織は実家から通うという選択肢があったにもかかわらず、一人暮らしの道を選んだ。そうなると、佳織と俺は必然的に結ばれる運命だった。いや、そうとしか思えない。
 禍福は糾える縄の如しと昔の人はよく言ったものだ。異性での災難に見舞われた高校時代があったからこそ、今があるのだから。
「徹君」
「はい!」
「佳織のこと、これからもよろしくね。私も時々長町のマンションまで君たちの様子を見に行くから、ね」
 そう話すと、頼子さんはポンっと肩を叩いてから立っていった。
「これからもよろしくね……か」
 佳織を見ると、もう昼飯を食べ終わってスマホを取り出していた。リラックスモードに入っているな。
「お昼を食べないとまずいな」
 俺は弁当を見ると、まだ半分しか手を付けていなかった。
 早く食べないと、午後の仕事の途中で倒れてもわからないぞ。