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第18話

ー/ー



「That's all. Thanks for listening. (以上です、ご清聴ありがとうございました)」

 俺がすべてを話し終えてお辞儀をすると、決して少なくはない聴衆からは拍手が沸き上がった。
 聴衆に向かってここまで自分の思いを熱く語ったのは、実に久しぶりだった。

「お疲れ様、トオル君」

 自分の席に戻ると、出迎えてくれたのは佳織だった。
 佳織は俺がスピーチしていた間、ちょっとだけ退席していたみたいだ。スポーツバッグの中身も気になるところだけど、おそらくかくし芸の準備もしていたのだろう。

「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」

 一言だけ佳織に声を掛けると、佳織は「頑張ってくるからね」と答えた。

「..., Ms. Horie, would you come up to the stage? 」

 司会者がそう告げると、満場の拍手を背に佳織は壇上へと向かった。
 最後ということだけあって、会場に居る聴衆のみならず、講師の方々も固唾を飲んで佳織に視線を向けた。
 ただ、靴がさっきまで履いていた白のパンプスからスニーカーになっているというのは一体どういうことなんだろうか。

「When I was in high school, I belonged to a cheerleading team... (私が高校に居た頃、私はチアリーディングチームに居ました)」

 靴のことは意に介さぬまま、佳織はゆっくりと話し始めた。
 出だしは好調で、佳織の舌を巻くような発音と彼女の口から語られる高校時代の話に皆が聞き入っていた。
 学業やスポーツなどがそつなくできるからこれといった特徴が少なかったこと、そして対面式での出会いがきっかけでチアリーディングチームに入ったことを話し終えたときだった。
 佳織は「Wait a moment(ちょっとお待ちください)」と間を置き、ジャケットを脱いだ。
 それだけではない。スカートまで脱いで椅子に掛けてから演壇からちょっと離れると、佳織は軽く腰を左右にねじって見せた。

「おぉ……!」

 マンションを出る時から胸元に何か見えていたと思ったら、チアのユニフォームを着こんでいたのか。
 スカイブルーをベースにして、白のストライプが何本も交錯するタンクトップ。
 白を基調にして、裾のところにさりげなく表れるスカイブルーのストライプ。
 手にはポンポンを持っていないが、どこからどう見てもチアリーディングチームのメンバーにしか見えない。
 ここまで念入りに仕込むなんて信じられない。

「I beg your pardon. (失礼しました)」

 そう話すと、佳織はまた演壇に戻りスピーチを続けた。
 会場はしんと静まり返ると、聴衆は再び彼女の口から語られる高校時代の話に耳を傾けていた。
 会場の誰もが確信しただろう。
 今回の最優秀賞は彼女しかいない、と――。

 ◇

 審査結果を待つ間は、有志によるかくし芸披露となった。
 トップバッターは俺で、会田さんから仕込まれた寿限無を披露することとなった。
 皆の拍手を受けて、壇上からちょっと下がったところに立つと、俺はカンペ片手に寿限無の前口上から披露することになった。

「本日は皆さん、スピーチコンテストお疲れさまでした。私は徹という立派な名前がございまして、中学二年の時に亡くなったお祖父さんがつけたんですよ。今じゃあキラキラネームという変わった名前が多くなりましたが、その名前にちなんだ面白い話をひとつ皆さんにお聞かせいたします。昔、あるところに夫婦がおりまして、なかなか子供が産まれませんでした。そこにようやくかわいらしい男の子が産まれました。ただ、お七夜にもなって名前がないのは大変だと思って、そこで奥さんの勧めで旦那さんはお寺の和尚さんのところに向かいました……」

 ここまで一息入れ、そこからいよいよこの落語のタイトルとなっている寿限無の下りに入る。
 辺りを見回すと、佳織と……愛佳さんの姿が見当たらない。二人とも何をしているのだろうか?
 イカンイカン、気にしたらだめだ。あとは一気にサゲまで披露して、次の人にバトンを繋げるまでだ。

「『和尚さん、どんな名前がいいんだい?』、『そうじゃなぁ、鶴は千年、亀は万年生きるというじゃろ? それならば鶴吉はどうじゃ。もしくは亀吉でもよいぞ』と提案したものの、旦那さんは全く気が乗りませんでした。そこで和尚さん、一計を案じてつけた名前が……」

 いよいよこの落語の見せ所だ。
 俺はすうっ、と深呼吸をすると、カンペを片手にその名前を読み上げた。

「……寿限無寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚、水行末、雲来松、風来松、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガイのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナー、長九命の長助となりました。めでたいことが続いて長生きするようにと和尚さんが名付けたおかげで、その子はすくすくと育ちました……」

 それからあとはサゲまで一直線だ。名前を呼ぶところは「寿限無だけでいいぞ」との会田さんの教えに従い、テンポよく話を進めた。
 聴衆からは時折笑い声が聞こえてきた。よし、いい感じだ。

「……というわけで皆様、子供の名前を考えるときはよく考えましょうというお話でした。お粗末様でした」

 俺は先ほどのスピーチと同様に軽くお辞儀をした。
 すると、会場からは先ほど以上の拍手と歓声が巻き起こった。
 スピーチの時以上に緊張したけど、ここまで喜んでもらえて良かった。落研の人を紹介してくれた上級生には感謝しかない。
 自分の席に戻って座ろうとすると、司会者が「続きまして、学院の一年生である堀江さんと同じく学院の二年生である高橋さんによるチアダンスです」とアナウンスした。
 すると、部屋の入り口からチアのユニフォームに身を包んだ佳織と愛佳さんがそそくさと観客席から壇上の近くに駆け寄った。
 佳織は先ほどスピーチの時に見せたユニフォームのままで、愛佳さんはこないだ写真で見た通りだった。
 会場からは驚きの声が聞こえるのも無理はなかった。いやはや、二人とも様になっているな。
 壇上の近くまで来ると佳織は床にポンポンを置き、マイクを手に取って声をかけた。

「出演者の皆様、お疲れさまでした。設営してくれたスタッフの皆様、そして審査をしてくれた講師の皆様もありがとうございました。皆様の今後のために、これから私と愛佳さんがエールを送ります!」
「私がこの場でチアダンスを披露するのは二度目となります。去年披露したから今年はいいやと思っていましたが、佳織ちゃん……、いえ、堀江さんの熱意に押されて一緒に踊ることとなりました。ちょっと失敗するかもしれませんけど、そこはご容赦いただけたらと……」

 佳織はスピーチにかくし芸と立て続けに壇上へと向かっているものの、顔からはプレッシャーを一切感じさせなかった。
 愛佳さんは普段の物憂げな表情とは打って変わって、照れくさそうに笑顔を見せた。ちょっとぎこちないけど、それがまた良い。
 愛佳さんのあいさつが終わると、佳織はいったん床に置いたポンポンを手に取り、愛佳さんに目配せをした。
 司会者がスマホを操作すると、壇上にあるブルートゥーススピーカーからONE OK ROCKの『完全感覚Dreamer』が大音量で会場にこだました。
 イントロが終わってボーカルが流れる手前で佳織が「Are you ready? Three, two, one, let’s go! 」と掛け声を掛けると、ヴォーカルの歌に乗りながら次々と大技を繰り出す。
 先週の木曜日はスピーチの講評が終わってから体育館に行ってチアリーディングチームの人達と二人の演技を見てもらった。
 その時は「まだぎこちないけど、大分仕上がっている」とチームの人が話していたけど、今日はその時と同じ、もしくはそれ以上にキレが良い。
 バク天をかます佳織にタイミングを見て佳織をサポートするそれを支える愛佳さんのコンビネーションは見事なものだっただった。
 サビの部分に入ると、予想外の動きを見せて二人はめまぐるしく動く。
 スカートの中が見えようとも、ここが会議室であろうとも、そんなことはお構いなしだ。
 そして曲が一気に終わりを迎えると、佳織と愛佳さんは背中を合わせて決めポーズをとった。
 
「皆さん、ありがとうございました!」
「ありがとう!」

 普段は笑顔を見せない愛佳さんが佳織につられて笑顔を見せると、皆が驚きの声を上げた。
 二人は息も絶え絶えながら、満足そうな顔を浮かべると着替えるためにいったん会議室を離れた。
 本当に練習に付き合っていて良かった、改めてそう思った瞬間だった。

 ◇

「それでは、フレッシュマン・スピーチ・コンテストお疲れさまでした。乾杯!」

 スピーチコンテストの優秀賞は佳織がもぎ取り、優秀賞は陸奥大の学生が、そして俺は努力賞となった。
 実際に高校時代に体験したことが糧になっていることを惜しみなく披露したことが審査員に高く評価されたそうで、佳織は優勝と聞いて驚いたそうだ。
 表彰状を渡されたとき、佳織は感激のあまり涙をこらえられなかった。
 今回のコンテストで彼女の話を何度も聞くと、俺自身も高校時代をやり直したいと思えるようになってきた。
 ただ一つ、気になることは……、失恋したこと、だよな。
 ちょうどいい、佳織に聞いてみよう。

「佳織、お前って確か高校一年のころに失恋したんだろ?」

 ウーロン茶の入ったジョッキを片手にしながら佳織に聞くと、「うん」と答えた。

「あの話なんだけどさ、細かいところを教えてくれないか?」
「うん、いいよ。いろいろと付き合ってもらったからね」

 佳織はウーロン茶を少しだけ飲むと、ちょっとだけ遠くを見つめながら高校時代のことを語り始めた。
 そう、こないだ俺が愛佳さん達に自分の昔話を聞かせたように――。

「あれは今から三年前だったかな、高校一年の夏休みにチアリーディングチームで合宿に行った時のことだね。チアリーディングチームと男子バスケットボール部が学校で合宿をすることになってね、休憩中に二年生の渡辺先輩に出会ったの。その先輩はカッコよくて、見た瞬間に一目惚れしたの。そして合宿の最終日に告白して、付き合うようになったのはよかったけど……」
「けど?」
「渡辺先輩、よりによって複数の女性と付き合っていたの。新学期になって偶然男子バスケ部の先輩達が会話しているのを立ち聞きしたら、『堀江? あんな奴、単なるお遊びで十分だよ』って笑いながら話していたの」
「本当か?」
「うん。先輩、他の学校の生徒と遊んでいたって話して……、それで私は『ごめんなさい、あなたとは付き合えません』と一言だけ話して、そのまま先輩の前から去ったの。私は男性にそんな目で見られていたのかと思って、ショックでふさぎ込んだよ」
「それで、その後はどうしたんだ?」
「練習に戻ったときにね、一年先輩である凜乃さんに相談したの。男の人にそんな目で見られたって泣きながら話すと、凜乃さんからそんなことは気にするなって励まされたの。その後はスピーチで話した通りだね」

 そう話すと、佳織はウーロン茶をグイっと飲み干すなり店員さんにジンジャーエールを頼んだ。
 スピーチではそのことについて一切触れずに背中で語る展開にしていたものの、彼女の熱意は会場の聴衆に伝わった。一緒に勉強しながらスピーチの原稿を作成したり、練習したり……。本当に努力が実って良かった。佳織の優勝は、俺達二人の努力の賜物だ。

「ちょっと二人とも、何いちゃついているのよ! 佳織ちゃんは今日の主役なんだから、みんなの前で何か話しなさいよ!」

 俺たちが話をしていると、ちょっとだけ酔っ払った愛佳さんがこちらにやってきた。
 ビールを飲んでちょっとだけコース料理を食べただけなのに、顔が真っ赤になっている。

「ええ、いいですけど。……愛佳さん、あまり飲みすぎないようにしてくださいね。明日も講義ですから」
「大丈夫よ、今日はセーブしているから。ほら、徹君も一緒に!」
「俺もですか? 仕方ないなぁ」

 やれやれ、先輩がそういうならば仕方ないな。
 俺は立ち上がると、運営をしてくださった先輩たちが盛り上がっているところに向かった。

「ほらぁ、皆さ~ん! この二人が学院のホープ、鹿島徹君と堀江佳織ちゃんで~す!」

 愛佳さんは俺たちを大会運営の人たちに紹介すると、あっさりと自分の席に戻っていった。
 それからしばらくの間、俺と佳織は運営の人たちからの質問攻めに遭った。
 佳織は戸惑いながらもいろいろと話して受けていたみたいだけど、俺はその後の話をしてはウェルカム・ディスカッションの練習で乗り込んだ時と同じように男性陣には羨ましがられた。
 その日はさすがに二次会はキャンセルして早々と自宅に戻ったけど、まぁこればかりは仕方ない。
 明日からはまた講義だ。そろそろテストの足音が近づいてくるから、勉強にも力を入れなければ……!



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みんなのリアクション

「That's all. Thanks for listening. (以上です、ご清聴ありがとうございました)」
 俺がすべてを話し終えてお辞儀をすると、決して少なくはない聴衆からは拍手が沸き上がった。
 聴衆に向かってここまで自分の思いを熱く語ったのは、実に久しぶりだった。
「お疲れ様、トオル君」
 自分の席に戻ると、出迎えてくれたのは佳織だった。
 佳織は俺がスピーチしていた間、ちょっとだけ退席していたみたいだ。スポーツバッグの中身も気になるところだけど、おそらくかくし芸の準備もしていたのだろう。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
 一言だけ佳織に声を掛けると、佳織は「頑張ってくるからね」と答えた。
「..., Ms. Horie, would you come up to the stage? 」
 司会者がそう告げると、満場の拍手を背に佳織は壇上へと向かった。
 最後ということだけあって、会場に居る聴衆のみならず、講師の方々も固唾を飲んで佳織に視線を向けた。
 ただ、靴がさっきまで履いていた白のパンプスからスニーカーになっているというのは一体どういうことなんだろうか。
「When I was in high school, I belonged to a cheerleading team... (私が高校に居た頃、私はチアリーディングチームに居ました)」
 靴のことは意に介さぬまま、佳織はゆっくりと話し始めた。
 出だしは好調で、佳織の舌を巻くような発音と彼女の口から語られる高校時代の話に皆が聞き入っていた。
 学業やスポーツなどがそつなくできるからこれといった特徴が少なかったこと、そして対面式での出会いがきっかけでチアリーディングチームに入ったことを話し終えたときだった。
 佳織は「Wait a moment(ちょっとお待ちください)」と間を置き、ジャケットを脱いだ。
 それだけではない。スカートまで脱いで椅子に掛けてから演壇からちょっと離れると、佳織は軽く腰を左右にねじって見せた。
「おぉ……!」
 マンションを出る時から胸元に何か見えていたと思ったら、チアのユニフォームを着こんでいたのか。
 スカイブルーをベースにして、白のストライプが何本も交錯するタンクトップ。
 白を基調にして、裾のところにさりげなく表れるスカイブルーのストライプ。
 手にはポンポンを持っていないが、どこからどう見てもチアリーディングチームのメンバーにしか見えない。
 ここまで念入りに仕込むなんて信じられない。
「I beg your pardon. (失礼しました)」
 そう話すと、佳織はまた演壇に戻りスピーチを続けた。
 会場はしんと静まり返ると、聴衆は再び彼女の口から語られる高校時代の話に耳を傾けていた。
 会場の誰もが確信しただろう。
 今回の最優秀賞は彼女しかいない、と――。
 ◇
 審査結果を待つ間は、有志によるかくし芸披露となった。
 トップバッターは俺で、会田さんから仕込まれた寿限無を披露することとなった。
 皆の拍手を受けて、壇上からちょっと下がったところに立つと、俺はカンペ片手に寿限無の前口上から披露することになった。
「本日は皆さん、スピーチコンテストお疲れさまでした。私は徹という立派な名前がございまして、中学二年の時に亡くなったお祖父さんがつけたんですよ。今じゃあキラキラネームという変わった名前が多くなりましたが、その名前にちなんだ面白い話をひとつ皆さんにお聞かせいたします。昔、あるところに夫婦がおりまして、なかなか子供が産まれませんでした。そこにようやくかわいらしい男の子が産まれました。ただ、お七夜にもなって名前がないのは大変だと思って、そこで奥さんの勧めで旦那さんはお寺の和尚さんのところに向かいました……」
 ここまで一息入れ、そこからいよいよこの落語のタイトルとなっている寿限無の下りに入る。
 辺りを見回すと、佳織と……愛佳さんの姿が見当たらない。二人とも何をしているのだろうか?
 イカンイカン、気にしたらだめだ。あとは一気にサゲまで披露して、次の人にバトンを繋げるまでだ。
「『和尚さん、どんな名前がいいんだい?』、『そうじゃなぁ、鶴は千年、亀は万年生きるというじゃろ? それならば鶴吉はどうじゃ。もしくは亀吉でもよいぞ』と提案したものの、旦那さんは全く気が乗りませんでした。そこで和尚さん、一計を案じてつけた名前が……」
 いよいよこの落語の見せ所だ。
 俺はすうっ、と深呼吸をすると、カンペを片手にその名前を読み上げた。
「……寿限無寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚、水行末、雲来松、風来松、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガイのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナー、長九命の長助となりました。めでたいことが続いて長生きするようにと和尚さんが名付けたおかげで、その子はすくすくと育ちました……」
 それからあとはサゲまで一直線だ。名前を呼ぶところは「寿限無だけでいいぞ」との会田さんの教えに従い、テンポよく話を進めた。
 聴衆からは時折笑い声が聞こえてきた。よし、いい感じだ。
「……というわけで皆様、子供の名前を考えるときはよく考えましょうというお話でした。お粗末様でした」
 俺は先ほどのスピーチと同様に軽くお辞儀をした。
 すると、会場からは先ほど以上の拍手と歓声が巻き起こった。
 スピーチの時以上に緊張したけど、ここまで喜んでもらえて良かった。落研の人を紹介してくれた上級生には感謝しかない。
 自分の席に戻って座ろうとすると、司会者が「続きまして、学院の一年生である堀江さんと同じく学院の二年生である高橋さんによるチアダンスです」とアナウンスした。
 すると、部屋の入り口からチアのユニフォームに身を包んだ佳織と愛佳さんがそそくさと観客席から壇上の近くに駆け寄った。
 佳織は先ほどスピーチの時に見せたユニフォームのままで、愛佳さんはこないだ写真で見た通りだった。
 会場からは驚きの声が聞こえるのも無理はなかった。いやはや、二人とも様になっているな。
 壇上の近くまで来ると佳織は床にポンポンを置き、マイクを手に取って声をかけた。
「出演者の皆様、お疲れさまでした。設営してくれたスタッフの皆様、そして審査をしてくれた講師の皆様もありがとうございました。皆様の今後のために、これから私と愛佳さんがエールを送ります!」
「私がこの場でチアダンスを披露するのは二度目となります。去年披露したから今年はいいやと思っていましたが、佳織ちゃん……、いえ、堀江さんの熱意に押されて一緒に踊ることとなりました。ちょっと失敗するかもしれませんけど、そこはご容赦いただけたらと……」
 佳織はスピーチにかくし芸と立て続けに壇上へと向かっているものの、顔からはプレッシャーを一切感じさせなかった。
 愛佳さんは普段の物憂げな表情とは打って変わって、照れくさそうに笑顔を見せた。ちょっとぎこちないけど、それがまた良い。
 愛佳さんのあいさつが終わると、佳織はいったん床に置いたポンポンを手に取り、愛佳さんに目配せをした。
 司会者がスマホを操作すると、壇上にあるブルートゥーススピーカーからONE OK ROCKの『完全感覚Dreamer』が大音量で会場にこだました。
 イントロが終わってボーカルが流れる手前で佳織が「Are you ready? Three, two, one, let’s go! 」と掛け声を掛けると、ヴォーカルの歌に乗りながら次々と大技を繰り出す。
 先週の木曜日はスピーチの講評が終わってから体育館に行ってチアリーディングチームの人達と二人の演技を見てもらった。
 その時は「まだぎこちないけど、大分仕上がっている」とチームの人が話していたけど、今日はその時と同じ、もしくはそれ以上にキレが良い。
 バク天をかます佳織にタイミングを見て佳織をサポートするそれを支える愛佳さんのコンビネーションは見事なものだっただった。
 サビの部分に入ると、予想外の動きを見せて二人はめまぐるしく動く。
 スカートの中が見えようとも、ここが会議室であろうとも、そんなことはお構いなしだ。
 そして曲が一気に終わりを迎えると、佳織と愛佳さんは背中を合わせて決めポーズをとった。
「皆さん、ありがとうございました!」
「ありがとう!」
 普段は笑顔を見せない愛佳さんが佳織につられて笑顔を見せると、皆が驚きの声を上げた。
 二人は息も絶え絶えながら、満足そうな顔を浮かべると着替えるためにいったん会議室を離れた。
 本当に練習に付き合っていて良かった、改めてそう思った瞬間だった。
 ◇
「それでは、フレッシュマン・スピーチ・コンテストお疲れさまでした。乾杯!」
 スピーチコンテストの優秀賞は佳織がもぎ取り、優秀賞は陸奥大の学生が、そして俺は努力賞となった。
 実際に高校時代に体験したことが糧になっていることを惜しみなく披露したことが審査員に高く評価されたそうで、佳織は優勝と聞いて驚いたそうだ。
 表彰状を渡されたとき、佳織は感激のあまり涙をこらえられなかった。
 今回のコンテストで彼女の話を何度も聞くと、俺自身も高校時代をやり直したいと思えるようになってきた。
 ただ一つ、気になることは……、失恋したこと、だよな。
 ちょうどいい、佳織に聞いてみよう。
「佳織、お前って確か高校一年のころに失恋したんだろ?」
 ウーロン茶の入ったジョッキを片手にしながら佳織に聞くと、「うん」と答えた。
「あの話なんだけどさ、細かいところを教えてくれないか?」
「うん、いいよ。いろいろと付き合ってもらったからね」
 佳織はウーロン茶を少しだけ飲むと、ちょっとだけ遠くを見つめながら高校時代のことを語り始めた。
 そう、こないだ俺が愛佳さん達に自分の昔話を聞かせたように――。
「あれは今から三年前だったかな、高校一年の夏休みにチアリーディングチームで合宿に行った時のことだね。チアリーディングチームと男子バスケットボール部が学校で合宿をすることになってね、休憩中に二年生の渡辺先輩に出会ったの。その先輩はカッコよくて、見た瞬間に一目惚れしたの。そして合宿の最終日に告白して、付き合うようになったのはよかったけど……」
「けど?」
「渡辺先輩、よりによって複数の女性と付き合っていたの。新学期になって偶然男子バスケ部の先輩達が会話しているのを立ち聞きしたら、『堀江? あんな奴、単なるお遊びで十分だよ』って笑いながら話していたの」
「本当か?」
「うん。先輩、他の学校の生徒と遊んでいたって話して……、それで私は『ごめんなさい、あなたとは付き合えません』と一言だけ話して、そのまま先輩の前から去ったの。私は男性にそんな目で見られていたのかと思って、ショックでふさぎ込んだよ」
「それで、その後はどうしたんだ?」
「練習に戻ったときにね、一年先輩である凜乃さんに相談したの。男の人にそんな目で見られたって泣きながら話すと、凜乃さんからそんなことは気にするなって励まされたの。その後はスピーチで話した通りだね」
 そう話すと、佳織はウーロン茶をグイっと飲み干すなり店員さんにジンジャーエールを頼んだ。
 スピーチではそのことについて一切触れずに背中で語る展開にしていたものの、彼女の熱意は会場の聴衆に伝わった。一緒に勉強しながらスピーチの原稿を作成したり、練習したり……。本当に努力が実って良かった。佳織の優勝は、俺達二人の努力の賜物だ。
「ちょっと二人とも、何いちゃついているのよ! 佳織ちゃんは今日の主役なんだから、みんなの前で何か話しなさいよ!」
 俺たちが話をしていると、ちょっとだけ酔っ払った愛佳さんがこちらにやってきた。
 ビールを飲んでちょっとだけコース料理を食べただけなのに、顔が真っ赤になっている。
「ええ、いいですけど。……愛佳さん、あまり飲みすぎないようにしてくださいね。明日も講義ですから」
「大丈夫よ、今日はセーブしているから。ほら、徹君も一緒に!」
「俺もですか? 仕方ないなぁ」
 やれやれ、先輩がそういうならば仕方ないな。
 俺は立ち上がると、運営をしてくださった先輩たちが盛り上がっているところに向かった。
「ほらぁ、皆さ~ん! この二人が学院のホープ、鹿島徹君と堀江佳織ちゃんで~す!」
 愛佳さんは俺たちを大会運営の人たちに紹介すると、あっさりと自分の席に戻っていった。
 それからしばらくの間、俺と佳織は運営の人たちからの質問攻めに遭った。
 佳織は戸惑いながらもいろいろと話して受けていたみたいだけど、俺はその後の話をしてはウェルカム・ディスカッションの練習で乗り込んだ時と同じように男性陣には羨ましがられた。
 その日はさすがに二次会はキャンセルして早々と自宅に戻ったけど、まぁこればかりは仕方ない。
 明日からはまた講義だ。そろそろテストの足音が近づいてくるから、勉強にも力を入れなければ……!