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第2話

ー/ー



「あの! ちょっとだけ、私とお話をしませんか」

 俺の背後から堀江さんが俺に向かって呼びかけた。

 修学旅行の一件でとどめを刺されてからというものの、俺は女性に対してはあまり期待をしなくなった。上の階の住人はパッとしない感じだったから良かったけど、堀江さんは見た目が美女だ。そうなると、もうちょっと話したい……。

 いかん、いかん! 美人だからといって期待したら、また嘘告白されたとき同じ目に遭う。さっさと帰って、近くにある店や病院などを確認しよう。

「いや、これから俺はちょっと自宅の周辺を見て歩こうかと思いまして」
「それだったら私も一緒したいのですが、ダメですか?」
「ダメです。女の人なんて信用できません」

 俺は改めて立ち去ろうとした途端、誰かが俺の右手を掴んだ。振り返ると、俺の目線の先には堀江さんが居た。

 堀江さんの右手の力はかなり強く、振りほどこうとしても振りほどけないほどにしっかりと俺の手を掴んでいた。

 振り返った先にある堀江さんの目つきは真剣そのもので、まるで獲物を狙う鷹にも似ていた。

「ちょっと待ってください」
「はい?」
「さっき、あなたは『信用できない』っておっしゃいましたか?」

 俺は堀江さんの顔を振り返らないように、その場を去ろうとした。

「ええ、そうです。俺は女の人は誰であろうと信用できません」
「どうしてですか?」
「それは……」

 話したくない。

 年上の幼馴染を兄貴に奪われ、嘘の告白され、修学旅行で男と遊んでいるという噂が絶えなかった女子生徒に童貞を奪われた俺にとって、女性とはいかなる接点を持ちたくない。すぐにでも逃げ出したい。

 彼女も俺の童貞を奪った忌々しい雌犬と同じように、俺を捕まえては食らいつくすのだろうか。俺が「嫌だ」と拒否しても無視して押し倒した、あいつと同じように……。

「堀江さん、右腕が痛いです。そろそろ離してください」
「あ、ごめんなさい」

 すると堀江さんは俺の腕を離してくれた。右腕の掴まれたところはところどころ赤くなっていて、ああ見えて握力があるんだなと思った。

「話せる範囲で構いませんよ。それに、他人には漏らしませんから。それに、ここだと誰かに聞かれます。私の部屋でお話しませんか?」
「えっ?」

 引っ越し初日に女の人の部屋に入ってお話って、あまりにも早くないか? 仮に彼女が俺の童貞を奪った清水と同じような思考回路だとしたら、部屋に入った途端押し倒してそのまま……。

 いくらなんでもまずいだろう! 早く帰ろう!

「遠慮します」

 俺は堀江さんの顔を見ないようにして、帰ろうとした。

 すると――。

「これも何かの縁ですから、遠慮なさらず」

 そう言いながら、堀江さんがまた俺の右手を掴んだ。
 手の力は先ほど俺を掴んだ時に比べるとやけに強く、下手したら俺の右手がもがれそうだ。

「そ、それだったら」

 堀江さんは笑顔を浮かべながら、「うん、素直が一番ですよ」と俺に語り掛けた。

「どうぞ、遠慮なさらず」
「それでは、上がらせていただきます」

 良いのか? と思いつつも、俺は彼女が住んでいる部屋に上がらせていただくことになった。

 キッチンから部屋に向かうと、お値段以上と言わんばかりの白で統一されたこたつテーブルやベッド、テレビ台に本棚と、女性の一人暮らしともいうべき部屋の構成となっていた。お人形やぬいぐるみの類は置いておらず、シンプルで清潔感のある感じがした。

「どうぞ、こちらに座ってください」
「は、はい」

 俺は上座に座ると、足を崩して堀江さんに話しかけた。

 女の人の部屋に入ったのって、中学校三年生以来だな。あの時は夏美姉に勉強を教えてもらったけど、夏美姉は兄貴とくっついてしまったんだよなぁ……。

 清潔感があって、それに甘い香りが漂ってくる。

「ずいぶん綺麗な部屋ですね」
「ええ。ここには昨日越してきたばかりです。引っ越しの挨拶に伺おうとしましたけど、業者さんしかいなくて断念しました」
「実は昨日引っ越そうと思ったんですけど、母さんから止められて今日にしました」
「そうだったんですか。お茶にします? それとも、コーヒーにします?」
「コーヒーで」
「わかりました。ちょっと待っていてくださいね」

 堀江さんはそう話すと、キッチンに足早に向かった。

 しばらくすると、キッチンから香ばしいコーヒーの香りがこちらに漂ってきた。部屋の甘い匂いをかき消すのかと思いきや、甘い香りは堀江さんの体から漂っていた。

 堀江さんの手にしているお盆には仙台銘菓の萩の月、そしてコーヒーが注がれたばかりのコーヒーカップが並んでいた。

「こちらが私からの引っ越しのご挨拶の品となります。昨日お伺いしようと思ったら不在だったので、それで今日お渡しすることにしました」
「い、いえ、わざわざありがとうございます。そろそろ……」

 立ち上がろうとすると、「遠慮なさらずに、どうぞお召し上がりください」と堀江さんが俺を引き留めた。

 これはさすがに話をしなければ返してもらえないパターンだろう。

 不本意だけど、ここでコーヒーをいただこう。

「それでは、お言葉に甘えて」

 俺は座布団の上に腰かけると、コーヒーカップを手に取ってコーヒーを口に含む。

 すると、ほのかな酸味と苦みが口の中に広がっていった。

「これって、インスタントですか?」
「いえ、ドリップコーヒーです。とはいっても、スーパーで置いているものなので大したものではありませんよ」
「それでも美味しいですよ」
「ありがとうございます。ところで……」

 堀江さんは両手を顎に当てると、俺をじっと見てこう言った。

「鹿島さんは、どうして女の人が信じられなくなったのですか?」

 今日初めて会ったばかりの俺に向かって、そんなことを聞くのか? 俺はコーヒーカップを手にしたまま黙り込んだ。

 女性不信になった理由なんて別に隠すまでもないけれども、正直に話していいか迷う。

「でも、こんなことを話しても誰かに言いふらしそうで……」

 女となると噂話が好きな生き物だから、俺が話したことを誰かに漏らしてしまうなんてことも考えられるだろう。

 美女だからといって、堀江さんのことを信用していいのか?

「先ほど話した通り、誰にも漏らしません。私は口が堅いですから、安心してください」

 堀江さんの顔を見ると、目は俺のほうを直視していて、俺の心配をしているようだ。
 そこまで話すのであれば、すべてをありのままを話そう。

「わかりました。俺は高校時代に女の人がらみでトラブルに遭いました……」

 俺は堀江さんに高校時代の女難を全て話した。幼馴染を兄に取られたこと、嘘告白をされたこと、そして修学旅行で童貞を奪われたことを――。最初の話はある意味納得したものの、次の話を聞くと驚いた表情を見せ、最後の話を聞くと怒りを通り越して呆れた表情を見せた。

「……それで、女の人を徹底的に避けて共通テストに挑みました」
「結果はどうなりましたか?」
「陸奥大学はアウトで、陸奥学院大学は入れるとのことでした。それで共通テスト選抜を受けて合格し、今日ここに引っ越してきたというわけです」

 全て話し終えるとコーヒーを一口だけすすり、堀江さんの顔を眺めた。

「そうだったんですね」

 堀江さんはそう話すと、先ほどと同じ姿勢のまま真剣な表情をして考えこんだ。

 俺の女性不信は普通の人から見れば相当なもので、簡単に受け入れられるものではないだろう。きっと堀江さんもすぐに拒絶するはずだ。

 これ以上の長居はしたくない。さっさと部屋に戻って、買い物ができる店を探さないと。

 立ち上がろうとした瞬間、「あ、あの!」と堀江さんが声をかけた。

「鹿島さんが四月から通う大学って、どこですか?」



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みんなのリアクション

「あの! ちょっとだけ、私とお話をしませんか」
 俺の背後から堀江さんが俺に向かって呼びかけた。
 修学旅行の一件でとどめを刺されてからというものの、俺は女性に対してはあまり期待をしなくなった。上の階の住人はパッとしない感じだったから良かったけど、堀江さんは見た目が美女だ。そうなると、もうちょっと話したい……。
 いかん、いかん! 美人だからといって期待したら、また嘘告白されたとき同じ目に遭う。さっさと帰って、近くにある店や病院などを確認しよう。
「いや、これから俺はちょっと自宅の周辺を見て歩こうかと思いまして」
「それだったら私も一緒したいのですが、ダメですか?」
「ダメです。女の人なんて信用できません」
 俺は改めて立ち去ろうとした途端、誰かが俺の右手を掴んだ。振り返ると、俺の目線の先には堀江さんが居た。
 堀江さんの右手の力はかなり強く、振りほどこうとしても振りほどけないほどにしっかりと俺の手を掴んでいた。
 振り返った先にある堀江さんの目つきは真剣そのもので、まるで獲物を狙う鷹にも似ていた。
「ちょっと待ってください」
「はい?」
「さっき、あなたは『信用できない』っておっしゃいましたか?」
 俺は堀江さんの顔を振り返らないように、その場を去ろうとした。
「ええ、そうです。俺は女の人は誰であろうと信用できません」
「どうしてですか?」
「それは……」
 話したくない。
 年上の幼馴染を兄貴に奪われ、嘘の告白され、修学旅行で男と遊んでいるという噂が絶えなかった女子生徒に童貞を奪われた俺にとって、女性とはいかなる接点を持ちたくない。すぐにでも逃げ出したい。
 彼女も俺の童貞を奪った忌々しい雌犬と同じように、俺を捕まえては食らいつくすのだろうか。俺が「嫌だ」と拒否しても無視して押し倒した、あいつと同じように……。
「堀江さん、右腕が痛いです。そろそろ離してください」
「あ、ごめんなさい」
 すると堀江さんは俺の腕を離してくれた。右腕の掴まれたところはところどころ赤くなっていて、ああ見えて握力があるんだなと思った。
「話せる範囲で構いませんよ。それに、他人には漏らしませんから。それに、ここだと誰かに聞かれます。私の部屋でお話しませんか?」
「えっ?」
 引っ越し初日に女の人の部屋に入ってお話って、あまりにも早くないか? 仮に彼女が俺の童貞を奪った清水と同じような思考回路だとしたら、部屋に入った途端押し倒してそのまま……。
 いくらなんでもまずいだろう! 早く帰ろう!
「遠慮します」
 俺は堀江さんの顔を見ないようにして、帰ろうとした。
 すると――。
「これも何かの縁ですから、遠慮なさらず」
 そう言いながら、堀江さんがまた俺の右手を掴んだ。
 手の力は先ほど俺を掴んだ時に比べるとやけに強く、下手したら俺の右手がもがれそうだ。
「そ、それだったら」
 堀江さんは笑顔を浮かべながら、「うん、素直が一番ですよ」と俺に語り掛けた。
「どうぞ、遠慮なさらず」
「それでは、上がらせていただきます」
 良いのか? と思いつつも、俺は彼女が住んでいる部屋に上がらせていただくことになった。
 キッチンから部屋に向かうと、お値段以上と言わんばかりの白で統一されたこたつテーブルやベッド、テレビ台に本棚と、女性の一人暮らしともいうべき部屋の構成となっていた。お人形やぬいぐるみの類は置いておらず、シンプルで清潔感のある感じがした。
「どうぞ、こちらに座ってください」
「は、はい」
 俺は上座に座ると、足を崩して堀江さんに話しかけた。
 女の人の部屋に入ったのって、中学校三年生以来だな。あの時は夏美姉に勉強を教えてもらったけど、夏美姉は兄貴とくっついてしまったんだよなぁ……。
 清潔感があって、それに甘い香りが漂ってくる。
「ずいぶん綺麗な部屋ですね」
「ええ。ここには昨日越してきたばかりです。引っ越しの挨拶に伺おうとしましたけど、業者さんしかいなくて断念しました」
「実は昨日引っ越そうと思ったんですけど、母さんから止められて今日にしました」
「そうだったんですか。お茶にします? それとも、コーヒーにします?」
「コーヒーで」
「わかりました。ちょっと待っていてくださいね」
 堀江さんはそう話すと、キッチンに足早に向かった。
 しばらくすると、キッチンから香ばしいコーヒーの香りがこちらに漂ってきた。部屋の甘い匂いをかき消すのかと思いきや、甘い香りは堀江さんの体から漂っていた。
 堀江さんの手にしているお盆には仙台銘菓の萩の月、そしてコーヒーが注がれたばかりのコーヒーカップが並んでいた。
「こちらが私からの引っ越しのご挨拶の品となります。昨日お伺いしようと思ったら不在だったので、それで今日お渡しすることにしました」
「い、いえ、わざわざありがとうございます。そろそろ……」
 立ち上がろうとすると、「遠慮なさらずに、どうぞお召し上がりください」と堀江さんが俺を引き留めた。
 これはさすがに話をしなければ返してもらえないパターンだろう。
 不本意だけど、ここでコーヒーをいただこう。
「それでは、お言葉に甘えて」
 俺は座布団の上に腰かけると、コーヒーカップを手に取ってコーヒーを口に含む。
 すると、ほのかな酸味と苦みが口の中に広がっていった。
「これって、インスタントですか?」
「いえ、ドリップコーヒーです。とはいっても、スーパーで置いているものなので大したものではありませんよ」
「それでも美味しいですよ」
「ありがとうございます。ところで……」
 堀江さんは両手を顎に当てると、俺をじっと見てこう言った。
「鹿島さんは、どうして女の人が信じられなくなったのですか?」
 今日初めて会ったばかりの俺に向かって、そんなことを聞くのか? 俺はコーヒーカップを手にしたまま黙り込んだ。
 女性不信になった理由なんて別に隠すまでもないけれども、正直に話していいか迷う。
「でも、こんなことを話しても誰かに言いふらしそうで……」
 女となると噂話が好きな生き物だから、俺が話したことを誰かに漏らしてしまうなんてことも考えられるだろう。
 美女だからといって、堀江さんのことを信用していいのか?
「先ほど話した通り、誰にも漏らしません。私は口が堅いですから、安心してください」
 堀江さんの顔を見ると、目は俺のほうを直視していて、俺の心配をしているようだ。
 そこまで話すのであれば、すべてをありのままを話そう。
「わかりました。俺は高校時代に女の人がらみでトラブルに遭いました……」
 俺は堀江さんに高校時代の女難を全て話した。幼馴染を兄に取られたこと、嘘告白をされたこと、そして修学旅行で童貞を奪われたことを――。最初の話はある意味納得したものの、次の話を聞くと驚いた表情を見せ、最後の話を聞くと怒りを通り越して呆れた表情を見せた。
「……それで、女の人を徹底的に避けて共通テストに挑みました」
「結果はどうなりましたか?」
「陸奥大学はアウトで、陸奥学院大学は入れるとのことでした。それで共通テスト選抜を受けて合格し、今日ここに引っ越してきたというわけです」
 全て話し終えるとコーヒーを一口だけすすり、堀江さんの顔を眺めた。
「そうだったんですね」
 堀江さんはそう話すと、先ほどと同じ姿勢のまま真剣な表情をして考えこんだ。
 俺の女性不信は普通の人から見れば相当なもので、簡単に受け入れられるものではないだろう。きっと堀江さんもすぐに拒絶するはずだ。
 これ以上の長居はしたくない。さっさと部屋に戻って、買い物ができる店を探さないと。
 立ち上がろうとした瞬間、「あ、あの!」と堀江さんが声をかけた。
「鹿島さんが四月から通う大学って、どこですか?」