第1話
ー/ー「起立、礼」
大型連休の合間の今日という一日があっという間に過ぎていく。
今から始まるロングホームルームが終わったとしても、まっすぐ帰るわけにはいかない。
今日は木曜日、文芸部の活動日に当たる。話が合わない部長と一緒になると、ため息ばかりが漏れる。
自分の席に座ると、総合学習に引き続いて担任の林先生が教壇に立った。
「新しい学年になって、もうすぐ一ヶ月だね。みんな、友達はできた?」
先生が教室じゅうを見渡して声をかけると、あっという間に教室のあちこちから「はーい」という声が上がる。
「最初のホームルームで話したとおり、今日はこの時間を使って席替えをするよ~!」
林先生のひと言で、あっという間にクラスがざわめく。
「えーっ……」
「よっしゃあ!」
「窓際がいいなぁ~」
喜ぶ生徒がいれば、嫌がる生徒もいる。中には、驚いている生徒もいるようだ。僕はと言うと、席替えと聞いて心底ホッとしている。
思えば、二年生になってから後ろの席に座っている女子に振り回されっぱなしだった。似たような名字で苦労した一ヶ月は何だったのだろう。
しかし、それもここまでだ。別々の席になれば、彼女のことを気にしなくて済む。
「それではクラス委員、後はお願い!」
「はい! これからの流れについて説明しますね」
林先生と入れ替わるように、しっかり者の女子のクラス委員が教卓の前に立つ。
その間に、男子のクラス委員が黒板に座席表を書く。
字が微妙に曲がっているが、大丈夫だろうか。
「この缶の中に一番から四十番までの番号を書いた紙が入っています。出席番号順に回していくので、一人ずつくじを引いてください」
顔が引き締まる。
女子のクラス委員が出席番号一番の生徒にお菓子の缶を渡すと、そこから順番に回りはじめた。
最初の方の生徒たちは次々と番号を発表して、黒板の座席表にも名前が書き込まれていく。
幸いにも、窓際の席はまだ埋まっていない。
「二十四番……」
「十八番か……はあ……」
先にくじを引いた二人が肩を落とした。微妙な席ばかりだと、神頼みをしたくなる。
(神様、お願いします! 窓際の席にしてください!)
祈っていると前の女子生徒が振り返って、缶を差し出す。
(窓際の席、窓際の席……)
心の中で祈りながら缶に手を入れる。
紙切れの感触を確かめてからそっとつまんで取り出し、ゆっくりと開いた。
「三番!」
紙切れの数字と黒板の座席表を交互に見比べる。窓際の特等席だ!
思わず、心の中で大きくガッツポーズをした。後ろの席の女子と別々の席になれば、問題はないだろう。
「……」
一方で、後ろの席の女子は肩を落としていた。そっとしておこう。
「それではみんな、新しい席に移動してください」
全員がくじを引き終わると、クラス委員がそう告げた。
教室の四方から机の中を片付ける音や椅子を引きずる音が聞こえる。
机と椅子を運んでいると、席替えまで後ろの席だった女子と目が合った。
彼女の次の場所は廊下側で教卓の近くになる。英語の授業では真っ先に当てられそうだ。
机を運んでいると、先週末のことを思い出した。
普段は一緒に食事をしない母さんに学校の様子を話したら、目を輝かせていたのを覚えている。
僕は平穏な学校生活を送りたいのに、何を期待しているのだろう。
「よう、葛西」
考えごとをしながら机を並べていると、僕の前の席へ向かう男子に声をかけられた。
「広瀬じゃないか。近くの席になるのは、久しぶりだな」
「何か困ったことがあったら、俺に話せよ」
「もちろんさ」と、男子生徒は顔ひとつ変えず椅子に座った。
さりげない会話を交わしていた男子の名は広瀬拓海。
僕よりも少しだけ高い身長に、ふさふさした長い髪、イケメンで整った顔立ちをしている。
落ち着いた雰囲気があるのは、弓道部で鍛えているからだろう。
広瀬は一年の頃から同じクラスで、隣同士の席になるのは久しぶりだ。
今年も風紀委員をしていて、男女問わず頼りがいのある男子と見られている。ラノベ好きなのは別として、去年は何度助けられたことか。
「ここか」
椅子と机を並べてから窓の外を眺める。
中庭の木々やベンチが目の前に広がっていて、思ったとおり心地良い。これで静かな学校生活が送れそうだ。
「……」
荷物を整理していると、右隣から僕に熱い視線が向けられた。
視線を感じる方に顔を向けると、かわいらしい女の子と目が合う。
肩より少し短いライトブラウンの髪はサラサラとして、指触りが良さそうだ。
ぱっちりとした琥珀色の大きな瞳がかわいらしい。顔立ちは優しくて、笑うとえくぼが見えそうだ。
制服を着ていてもわかる、スレンダーで引き締まった体つきもまた良い。
もうひとつ付け加えるとすれば、姉さんと同じシトラスの香りがする。
「あの……」
アニメの声優さんのような、かわいらしい声がする。
「本、落としましたよ」
視線の先へ顔を向けると、その女の子は桜の花の下で背中合わせになっている少年少女がイラストに描かれている文庫本を手にしていた。
文芸部の部長から薦められた本で、最後の辺りまで読み進めている。今日か明日には読み終わりそうだ。
「気がつかない間に落としていました。わざわざありがとうございます」
彼女から本を受け取り、机の中にしまう。
「ううん、心配しなくてもいいよ。ところで、君は?」
「葛西優人です。文芸部員です。あなたは?」
「秋山ひなた。チアリーディング部のレギュラーだよ!」
他人行儀だった彼女の話し方が、いきなりフランクになる。
ああ、やはりチアリーダーか。母さんが知ったら、「チアリーダーをやっている子と仲良くなれば」とまた口にするだろう。
いや、母さんの思惑は関係ない。秋山さんともっと話してみたい、そんな気がした。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「起立、礼」
大型連休の合間の今日という一日があっという間に過ぎていく。
今から始まるロングホームルームが終わったとしても、まっすぐ帰るわけにはいかない。
今日は木曜日、文芸部の活動日に当たる。話が合わない部長と一緒になると、ため息ばかりが漏れる。
自分の席に座ると、総合学習に引き続いて担任の林先生が教壇に立った。
「新しい学年になって、もうすぐ一ヶ月だね。みんな、友達はできた?」
先生が教室じゅうを見渡して声をかけると、あっという間に教室のあちこちから「はーい」という声が上がる。
「最初のホームルームで話したとおり、今日はこの時間を使って席替えをするよ~!」
林先生のひと言で、あっという間にクラスがざわめく。
「えーっ……」
「よっしゃあ!」
「窓際がいいなぁ~」
喜ぶ生徒がいれば、嫌がる生徒もいる。中には、驚いている生徒もいるようだ。僕はと言うと、席替えと聞いて心底ホッとしている。
思えば、二年生になってから後ろの席に座っている女子に振り回されっぱなしだった。似たような名字で苦労した一ヶ月は何だったのだろう。
しかし、それもここまでだ。別々の席になれば、彼女のことを気にしなくて済む。
「それではクラス委員、後はお願い!」
「はい! これからの流れについて説明しますね」
林先生と入れ替わるように、しっかり者の女子のクラス委員が教卓の前に立つ。
その間に、男子のクラス委員が黒板に座席表を書く。
字が微妙に曲がっているが、大丈夫だろうか。
「この缶の中に一番から四十番までの番号を書いた紙が入っています。出席番号順に回していくので、一人ずつくじを引いてください」
顔が引き締まる。
女子のクラス委員が出席番号一番の生徒にお菓子の缶を渡すと、そこから順番に回りはじめた。
最初の方の生徒たちは次々と番号を発表して、黒板の座席表にも名前が書き込まれていく。
幸いにも、窓際の席はまだ埋まっていない。
「二十四番……」
「十八番か……はあ……」
先にくじを引いた二人が肩を落とした。微妙な席ばかりだと、神頼みをしたくなる。
(神様、お願いします! 窓際の席にしてください!)
祈っていると前の女子生徒が振り返って、缶を差し出す。
(窓際の席、窓際の席……)
心の中で祈りながら缶に手を入れる。
紙切れの感触を確かめてからそっとつまんで取り出し、ゆっくりと開いた。
「三番!」
紙切れの数字と黒板の座席表を交互に見比べる。窓際の特等席だ!
思わず、心の中で大きくガッツポーズをした。後ろの席の女子と別々の席になれば、問題はないだろう。
「……」
一方で、後ろの席の女子は肩を落としていた。そっとしておこう。
「それではみんな、新しい席に移動してください」
全員がくじを引き終わると、クラス委員がそう告げた。
教室の四方から机の中を片付ける音や椅子を引きずる音が聞こえる。
机と椅子を運んでいると、席替えまで後ろの席だった女子と目が合った。
彼女の次の場所は廊下側で教卓の近くになる。英語の授業では真っ先に当てられそうだ。
机を運んでいると、先週末のことを思い出した。
普段は一緒に食事をしない母さんに学校の様子を話したら、目を輝かせていたのを覚えている。
僕は平穏な学校生活を送りたいのに、何を期待しているのだろう。
「よう、葛西」
考えごとをしながら机を並べていると、僕の前の席へ向かう男子に声をかけられた。
「広瀬じゃないか。近くの席になるのは、久しぶりだな」
「何か困ったことがあったら、俺に話せよ」
「もちろんさ」と、男子生徒は顔ひとつ変えず椅子に座った。
さりげない会話を交わしていた男子の名は広瀬拓海。
僕よりも少しだけ高い身長に、ふさふさした長い髪、イケメンで整った顔立ちをしている。
落ち着いた雰囲気があるのは、弓道部で鍛えているからだろう。
広瀬は一年の頃から同じクラスで、隣同士の席になるのは久しぶりだ。
今年も風紀委員をしていて、男女問わず頼りがいのある男子と見られている。ラノベ好きなのは別として、去年は何度助けられたことか。
「ここか」
椅子と机を並べてから窓の外を眺める。
中庭の木々やベンチが目の前に広がっていて、思ったとおり心地良い。これで静かな学校生活が送れそうだ。
「……」
荷物を整理していると、右隣から僕に熱い視線が向けられた。
視線を感じる方に顔を向けると、かわいらしい女の子と目が合う。
肩より少し短いライトブラウンの髪はサラサラとして、指触りが良さそうだ。
ぱっちりとした琥珀色の大きな瞳がかわいらしい。顔立ちは優しくて、笑うとえくぼが見えそうだ。
制服を着ていてもわかる、スレンダーで引き締まった体つきもまた良い。
もうひとつ付け加えるとすれば、姉さんと同じシトラスの香りがする。
「あの……」
アニメの声優さんのような、かわいらしい声がする。
「本、落としましたよ」
視線の先へ顔を向けると、その女の子は桜の花の下で背中合わせになっている少年少女がイラストに描かれている文庫本を手にしていた。
文芸部の部長から薦められた本で、最後の辺りまで読み進めている。今日か明日には読み終わりそうだ。
「気がつかない間に落としていました。わざわざありがとうございます」
彼女から本を受け取り、机の中にしまう。
「ううん、心配しなくてもいいよ。ところで、君は?」
「葛西優人です。文芸部員です。あなたは?」
「秋山ひなた。チアリーディング部のレギュラーだよ!」
他人行儀だった彼女の話し方が、いきなりフランクになる。
ああ、やはりチアリーダーか。母さんが知ったら、「チアリーダーをやっている子と仲良くなれば」とまた口にするだろう。
いや、母さんの思惑は関係ない。秋山さんともっと話してみたい、そんな気がした。