第51話

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「清水、小泉さんと一緒にどこへ行くんだ?」

 小泉さんと一緒に体育館へ向かう途中、カメラとノートパソコンが入りそうなバッグを抱えた後藤と鉢合わせした。Sランクの美少女を見れば鼻息を荒くする後藤でも、小泉さん相手ではそのような気配が見られない。獲物を相手に睨んでいる猫のような目つきをしているのが何よりの証拠だ。

「これから小泉さんの応援に体育館へ向かうところだ。そういうお前はどうなんだ?」
「俺か? 俺はこれからサッカー部の試合の写真を撮りに行こうと思っていたところだ。昨日で俺の出番が終わったからな」
「へぇ、補欠だったくせに?」

 意地悪な笑顔を浮かべながら、傍から小泉さんが顔を出す。小泉さんと視線が合った途端、後藤は蛇に睨まれたカエルのような表情を浮かべて顔を真っ赤にする。

「な、何だと! 小泉、お前いつから居たんだ」
「さっきからずっと居たじゃない。気付かなかったのかしら」
「気付いていたさ。お前もバレーの試合に出るのか」
「この格好していれば当たり前でしょ! アタシがずーっと応援ばかりやっていると思っていたの?」
「うぐ……」

 小泉さんはスターティングポジションを取りながら後藤との距離を縮める。睨まれている側の後藤は微動すらしない。
 この二人と来れば顔を合わせれば言い争いとなり、後藤が小泉さんに一方的に叩きのめされるのがオチとなる。僕たち三人が近くの席になってから見るいつもの光景だ。
 後藤は分が悪いと悟ると、小泉さんと目線を合わせないようにして僕の傍に近寄って声を掛ける。

「清水、ちょっといいか」
「ああ、いいけど……小泉さん、ちょっと待っていてもらっていいかな」
「別に構わないけど、手短にね」

 小泉さんにその場で待ってもらうことにして、僕は後藤の傍に詰め寄る。
 不思議にも後藤の顔からは汗の臭いが感じられず、脂っぽさも感じられない。むしろさわやかな石鹸の匂いがする。ひょっとしてドラッグストアで買っている洗顔シートを使っているのだろうか。

「今朝話した阿部さんの件だけどな、沼倉と良い関係になっているというのは聞いたか?」
「お昼前に栗原さんから聞いたよ。ただ、別にショックでもなんでもなかったよ」

 涼しげな顔でそう答えると、何かを期待していた後藤は僕を問い詰めた。

「ショックでもなんでもなかった、ってどういうことだよ。仮にもお前の幼なじみだろ? 何とも思っていなかったのか?」
「その通りだよ。それにな……」
「何だよ、教えてくれよ」

 さすがにこれ以上言っていいのか一瞬迷いが生じる。何せ後藤は情報屋として知られている。ここで変なことを言ったら、悪事千里を走るが如き勢いで僕に関する噂が広まってしまう。

「やっぱり、お前には教えない」

 危機感を感じたからか、後藤に冷たい態度を取った。
 踵を返して小泉さんの待っている場所に戻ると、焦りの色を隠せない後藤は僕のもとに駆け寄る。

「何だよ! 教えてくれてもいいだろ?」

 必死になって後藤が訴えかける。しかし、後藤の相手をしている暇はない。

「これ以上はダメだ。これから小泉さんの応援に向かうから」

 再び踵を返そうとすると、後藤はため息混じりに「それでいいのか、お前」とつぶやく。

「何がだよ」
「このままサヨナラしていいのか? お前の幼なじみが遠くに行くんだぞ。別れの一言を掛けたほうが良いんじゃないのか?」
「でもな、もう終わったことだし……」
「下手したらもう二度と会えなくなるんだから、せめて最後くらいは……」
「『最後くらいは声を掛けろ』、ってこと?」

 後藤が何かを言おうとした途端、そこには柚希が立っていた。久しぶりに見た柚希の顔は艶やかで、後藤と栗原さんの話が真実であることを裏付けていた。

「柚希……」
「久しぶりね、優汰。隣の子は一体誰かしら? ひょっとして、新しい彼女?」

 柚希は相変わらず冷たい目で僕を見ている。
 お隣さん同士だからということで仲が良いふりをしているが、実は僕を軽蔑の対象としか見ていない。彼女の友達作りのための格好の餌として扱われ、僕のことを褒めたことは一度もない。血も涙もない、といえばそれまでかもしれない。
 去年は彼女から逃れるために必死で勉強をし、市内の中心部にあるナンバースクールへ通おうとした。しかし、柚希がどうしても同じ高校でないと嫌だとごねたため、偏差値ではナンバースクールに比べると若干劣るここの学校に入ることとなった。
 入学当初は柚希も僕のことを気にかけていたが、次第にその頻度も少なくなった。中間試験の時期に図書室での一件を最後に柚希との付き合いは最小限になり、あの日の出来事につながった。
 僕の目の前に立っている柚希は蛇のように睨みを利かせている。だけど、今の僕は蛇に睨まれた一匹のカエルではない。

「何よ、文句でもあるの?」

 小泉さんが僕の代わりに柚希に嚙みついた。対する柚希も黙ってはいられない。

「腹を立てているってことは、図星?」
「そうよ。アンタは知らないだろうけど、ユータは凄いのよ! 昨日はバスケとバレーに出場して、大活躍だったんだから!」
「それはまぐれじゃないの? だって、優汰はスポーツなんて全然……」
「全然だ、って言いたいそうね。でも、それは今までの話よ。ユータは変わったんだから!」
「本当?」
「本当よ! ね、ユータ?」
「う、うん」

 小泉さんに促されてそう答えると、柚希は僕に対して睨みを利かせながらため息をついた。

「まあ、いいわ。明日この街を離れるけど、見送りはしなくていいからね」
「言われなくても、そのつもりだよ。それで、一体どこに行くんだよ?」
「悪いけど、内緒よ。じゃあね。くれぐれも新しい彼女と仲良くね」

 柚希はそう言い放つと、体育館へと足を運んだ。
 残された僕と後藤、小泉さんは柚希の後ろ姿を見つめていたものの、誰もが冷静ではいられなかった。

「ちょっと、何なのよ! まぐれって言い草はないんじゃないの? ねえ、ユータ」

 真っ先に感情をむき出しにしたのは、何を隠そう小泉さんだった。
 小泉さんを特徴づける猫のような目は鋭さを増し、眉間にはしわが寄っている。鼻息は荒く、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

「全くだよ。ここ一カ月で変わったというのに、アイツは信じていないんだろうな」
「そうね……だったら、アタシがわからせてあげるわ。ユータが変わったことを受け入れないあんなヤツ……、アタシがぶっ潰してやる! 行くわよ、ユータ!」

 小泉さんは柚希への対抗意識を強めると、踵を返して柚希の後を追うように体育館へと向かっていった。

「ちょっと待ってよ、小泉さん……!」

 小泉さんの後を追うようにして、僕も体育館へと向かった。怒りで我を忘れている小泉さんを抑えるためにも、そしてチームメイトに迷惑が掛からないか心配しながら。



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みんなのリアクション

「清水、小泉さんと一緒にどこへ行くんだ?」
 小泉さんと一緒に体育館へ向かう途中、カメラとノートパソコンが入りそうなバッグを抱えた後藤と鉢合わせした。Sランクの美少女を見れば鼻息を荒くする後藤でも、小泉さん相手ではそのような気配が見られない。獲物を相手に睨んでいる猫のような目つきをしているのが何よりの証拠だ。
「これから小泉さんの応援に体育館へ向かうところだ。そういうお前はどうなんだ?」
「俺か? 俺はこれからサッカー部の試合の写真を撮りに行こうと思っていたところだ。昨日で俺の出番が終わったからな」
「へぇ、補欠だったくせに?」
 意地悪な笑顔を浮かべながら、傍から小泉さんが顔を出す。小泉さんと視線が合った途端、後藤は蛇に睨まれたカエルのような表情を浮かべて顔を真っ赤にする。
「な、何だと! 小泉、お前いつから居たんだ」
「さっきからずっと居たじゃない。気付かなかったのかしら」
「気付いていたさ。お前もバレーの試合に出るのか」
「この格好していれば当たり前でしょ! アタシがずーっと応援ばかりやっていると思っていたの?」
「うぐ……」
 小泉さんはスターティングポジションを取りながら後藤との距離を縮める。睨まれている側の後藤は微動すらしない。
 この二人と来れば顔を合わせれば言い争いとなり、後藤が小泉さんに一方的に叩きのめされるのがオチとなる。僕たち三人が近くの席になってから見るいつもの光景だ。
 後藤は分が悪いと悟ると、小泉さんと目線を合わせないようにして僕の傍に近寄って声を掛ける。
「清水、ちょっといいか」
「ああ、いいけど……小泉さん、ちょっと待っていてもらっていいかな」
「別に構わないけど、手短にね」
 小泉さんにその場で待ってもらうことにして、僕は後藤の傍に詰め寄る。
 不思議にも後藤の顔からは汗の臭いが感じられず、脂っぽさも感じられない。むしろさわやかな石鹸の匂いがする。ひょっとしてドラッグストアで買っている洗顔シートを使っているのだろうか。
「今朝話した阿部さんの件だけどな、沼倉と良い関係になっているというのは聞いたか?」
「お昼前に栗原さんから聞いたよ。ただ、別にショックでもなんでもなかったよ」
 涼しげな顔でそう答えると、何かを期待していた後藤は僕を問い詰めた。
「ショックでもなんでもなかった、ってどういうことだよ。仮にもお前の幼なじみだろ? 何とも思っていなかったのか?」
「その通りだよ。それにな……」
「何だよ、教えてくれよ」
 さすがにこれ以上言っていいのか一瞬迷いが生じる。何せ後藤は情報屋として知られている。ここで変なことを言ったら、悪事千里を走るが如き勢いで僕に関する噂が広まってしまう。
「やっぱり、お前には教えない」
 危機感を感じたからか、後藤に冷たい態度を取った。
 踵を返して小泉さんの待っている場所に戻ると、焦りの色を隠せない後藤は僕のもとに駆け寄る。
「何だよ! 教えてくれてもいいだろ?」
 必死になって後藤が訴えかける。しかし、後藤の相手をしている暇はない。
「これ以上はダメだ。これから小泉さんの応援に向かうから」
 再び踵を返そうとすると、後藤はため息混じりに「それでいいのか、お前」とつぶやく。
「何がだよ」
「このままサヨナラしていいのか? お前の幼なじみが遠くに行くんだぞ。別れの一言を掛けたほうが良いんじゃないのか?」
「でもな、もう終わったことだし……」
「下手したらもう二度と会えなくなるんだから、せめて最後くらいは……」
「『最後くらいは声を掛けろ』、ってこと?」
 後藤が何かを言おうとした途端、そこには柚希が立っていた。久しぶりに見た柚希の顔は艶やかで、後藤と栗原さんの話が真実であることを裏付けていた。
「柚希……」
「久しぶりね、優汰。隣の子は一体誰かしら? ひょっとして、新しい彼女?」
 柚希は相変わらず冷たい目で僕を見ている。
 お隣さん同士だからということで仲が良いふりをしているが、実は僕を軽蔑の対象としか見ていない。彼女の友達作りのための格好の餌として扱われ、僕のことを褒めたことは一度もない。血も涙もない、といえばそれまでかもしれない。
 去年は彼女から逃れるために必死で勉強をし、市内の中心部にあるナンバースクールへ通おうとした。しかし、柚希がどうしても同じ高校でないと嫌だとごねたため、偏差値ではナンバースクールに比べると若干劣るここの学校に入ることとなった。
 入学当初は柚希も僕のことを気にかけていたが、次第にその頻度も少なくなった。中間試験の時期に図書室での一件を最後に柚希との付き合いは最小限になり、あの日の出来事につながった。
 僕の目の前に立っている柚希は蛇のように睨みを利かせている。だけど、今の僕は蛇に睨まれた一匹のカエルではない。
「何よ、文句でもあるの?」
 小泉さんが僕の代わりに柚希に嚙みついた。対する柚希も黙ってはいられない。
「腹を立てているってことは、図星?」
「そうよ。アンタは知らないだろうけど、ユータは凄いのよ! 昨日はバスケとバレーに出場して、大活躍だったんだから!」
「それはまぐれじゃないの? だって、優汰はスポーツなんて全然……」
「全然だ、って言いたいそうね。でも、それは今までの話よ。ユータは変わったんだから!」
「本当?」
「本当よ! ね、ユータ?」
「う、うん」
 小泉さんに促されてそう答えると、柚希は僕に対して睨みを利かせながらため息をついた。
「まあ、いいわ。明日この街を離れるけど、見送りはしなくていいからね」
「言われなくても、そのつもりだよ。それで、一体どこに行くんだよ?」
「悪いけど、内緒よ。じゃあね。くれぐれも新しい彼女と仲良くね」
 柚希はそう言い放つと、体育館へと足を運んだ。
 残された僕と後藤、小泉さんは柚希の後ろ姿を見つめていたものの、誰もが冷静ではいられなかった。
「ちょっと、何なのよ! まぐれって言い草はないんじゃないの? ねえ、ユータ」
 真っ先に感情をむき出しにしたのは、何を隠そう小泉さんだった。
 小泉さんを特徴づける猫のような目は鋭さを増し、眉間にはしわが寄っている。鼻息は荒く、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「全くだよ。ここ一カ月で変わったというのに、アイツは信じていないんだろうな」
「そうね……だったら、アタシがわからせてあげるわ。ユータが変わったことを受け入れないあんなヤツ……、アタシがぶっ潰してやる! 行くわよ、ユータ!」
 小泉さんは柚希への対抗意識を強めると、踵を返して柚希の後を追うように体育館へと向かっていった。
「ちょっと待ってよ、小泉さん……!」
 小泉さんの後を追うようにして、僕も体育館へと向かった。怒りで我を忘れている小泉さんを抑えるためにも、そしてチームメイトに迷惑が掛からないか心配しながら。