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第79話 そのとき、世界の崩落が始まった

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 マルペルの奴が余計なことを言い残していったせいで、我の身の回りのお世話体制がますます加速がかってしまった。ベッドから抜け出すのもままならない。

 目を離した隙に、というタイミングすら掴めない。誰だ、こんなに使用人を雇った阿呆は。我の私室は所狭しと使用人だらけではないか。

 レベル最弱の我では、使用人一人追い払う力すらない。魔石だってないのだから魔法も使えやしない。完璧に詰んでいる状態だ。

 ただ怠い程度だと言っておるのに、そういうときは主の健康を最優先してくる。
 もう元気だ、元気! などと言っても聞かんのはどういう了見だ。

「フィーお嬢様、お食事です」
 ベッドの上でぶーたれているうちにも使用人たちは我を甘やかすのに必死だ。

「はい、フィーお嬢様、あーん」
 看護という名目があるせいか、食器一つも持たせてはくれない。
 普段でも、こうまではやらんだろう。

 ぁー、それにしても飯も美味くなったもんだ。
 別にシェフを新しく雇った記憶はないし、高い食材でも仕入れるようになったのか。単純に料理の腕前を上げていっただけなのか。

 こんな餌付けされてはベッドから抜け出す気力も削がれてしまうが、呑気に美味い飯食ってる場合ではない。昨日からずっとミモザの顔を見ていない。やっとパエデロスに帰ってきたのに、あんなドサクサに紛れて会っただけ、はないだろう。

 ミモザならすぐにお見舞いに来てくれるとも思っていたのだが、その様子もない。マルペルがあんな面会謝絶とか言い出したから来づらいのか。
 きっと寂しがっているはず。早くミモザの顔が見たい。

 今頃何をしているんだ、ミモザ。
 店の工房で魔具を造っているのか、それとも我と同じく疲れて休んでいるのか、もしや我の屋敷の玄関まできているけど入れないなんてことは。

 昨日中途半端な再会をしたせいで、余計にミモザに会いたくなってきた。言いたいことが沢山ありすぎて我の頭もパンクしてしまいそうだ。
 あぅー、ミモザ、ミモザ、ミモザ……。

 ※ ※ ※

「もう大丈夫そうですね」
 再び我の部屋まで戻ってきたマルペルが医者面しながら安堵の言葉を唱える。使用人たちは打ち合わせしたかのように揃ってホッと一息。

 この女僧侶、実は暇なんじゃないのか?
 もっと重症な患者を相手にした方がいいんじゃないのか?

「もう家出なんてして無茶しちゃダメですよ」
 まるで娘を叱りつける母のような言い回しだ。というかそもそも家出ではないのだが。このマルペル、やはり我を子供だと認識しておるな。

「そんなことより、もう外出してもいいのだな」
「ええ。でも、今度からはお屋敷の人にもついていってもらってくださいね」
 保護者かっ! パエデロスの治安がもう少し悪かった頃ならボディガードとしていつも連れ歩いたものだが、最近はどうも煩わしさの方が勝ってる気はする。

「よし、なら……、おい、チコリー、オキザリス。行くぞ」
 丁度近くにいて目に入った二人の名を呼ぶ。
「ひゃいっ!?」
「はい、畏まりました、お嬢様」
 熟練度の異なる二種類の返事がかえってくる。もっと適当な奴もいたかも分からんがまあいいだろう。

「これで文句はあるまい?」
「ええ、お着替えしていってらっしゃい」
 だから母かっ!

 ※ ※ ※

 小さなメイド二人引き連れて、パエデロスの往来を歩くのは毎度お馴染み令嬢のフィー、つまり我だ。端から見たら女の子三人集まってお遊戯会か? とでも思われそうなものだが、まあ知名度を獲得したパエデロスでは今さらそれもないだろう。

 マルペルの話ではミモザは店にいるらしい。我が不在だった間も営業もまだ再開していないらしく、玄関もしまっていたのだとか。

「おーい、ミモザー、我だぞー」
 玄関をコツコツとノックしてみる。反応はない。また閉じ籠って魔具開発に没頭しているのか? もしくは、徹夜疲れで倒れているのかもしれない。

 扉を触ってみたが、鍵も掛かっているようだ。合鍵は持っているから中に入ることはできるが……。

「えーと……日を改めますか?」
 チコリーがおずおずと言う。
 忙しいのなら邪魔をするわけにもいくまい。何も返事がないのならよほど集中している証拠だしな。

「待ってください。店内から気配を感じます。ミモザ様の足音です」
 物音に感づく程度ならまだしも、店の外からよくそこまで把握できるな、オキザリスよ。

 玄関の扉の反対側からカチャカチャという音が聞こえてくる。内側から鍵を外しているのが分かった。

「ふぃ、フィーしゃん……」
 キィィと扉がゆっくり開いたかと思えば、半開きのまま、その隙間からミモザが顔を覗かせてきた。
 どうして全部開けないんだ。そんな隠れるようにする必要はあるのか?

「ミモザ、心配掛けたな。この通り我はピンピンだぞ」
 安心させようとミモザの視界に入ろうとする。だが、ミモザは扉を完全には開こうとしない。それどころか、わざと目を逸らそうとさえしているかのよう。

「どうしたんだ、ミモザ。まさか具合がよくないのか? マルペルに相談するか?」
「ふみゅ……わたしのことなら大丈夫なのです。心配なんて全然いらないのでふ……」
 何故だろう。ミモザから、拒絶されているような、そんな意思を感じる。まさか、そんな。ミモザが我を拒絶するなんて。

 拗ねているのか?
 一人で冒険に出掛けてしまったし、それで心配もかけてしまったし、さっきの今まで屋敷で休んでいたから、ミモザもちょっと不機嫌なのだろうか。

「な、なぁ、ミモザ。店に入れてくれないか? 話をしようじゃないか」
 半開きの扉の向こう、貝のように沈黙したミモザは言葉を発するか否かも曖昧のまま、時間だけを浪費させた。

「わたしは……フィーさんとはお話することはありません。もう、会わないでください」
 理解のできない言葉が、目の前から飛んできたような気がする。今、喋ったのは誰だったのだろう。パタンと扉が完全に閉まり、カチャリと鍵も掛けられる。

「…………へっ?」

 どういうことだってばよ。我は今、何をしていたのだろうか。ミモザの店の扉をノックして、ミモザと会話していたのではないのか。ミモザ以外の介入などなかったはずなのに、我は今の一連の流れを汲み取ることができない。



 ミモザに、嫌われ、た?



 その刹那、地が割れ、空が裂け、永劫の流転を反芻し続ける広大なる万物が、儚き煌めきを携え、果てなき無限の彼方へと飛び散っていくかのような得も言われぬ事象を観測した気がした。そのとき、世界の崩落が始まったのだと、心の奥底で強烈な認識が頭の中を激しく、著しく、執拗に巡っていた。

「お、お嬢様? フィーお嬢様?」
「何処を見ていらっしゃるのですか、お嬢様。目を覚ましてください」

 嗚呼、終焉とはかくも呆気なく訪れるものなのだと、改めて知る機会を得た。太陽は山に沈み、海を噴火させ、大地は星屑のように砕け散り、漆黒の闇の如く光り輝く怪魚が雲を飲み干していく。荒唐無稽たる、不条理たる、悪夢の幕開け。10シルバのサンドイッチは肉のないサラダのようで――――……

「オ、オ、オ、オキザリスさん、どうしましょう! お嬢様が、お嬢様が……!」
「お嬢様、お気を確かに。そちらは壁です。さっきから何を呟いておられるのですか? 正気に戻ってください! お嬢様!」

 あばばばばばばぁぁぁ……。
 み、み、みも、ミモザ、ミモザに、き、きき、きら嫌われ……。

「チコリー先輩、今すぐお嬢様を取り押さえて屋敷に戻りましょう。ただちに!」
「は、はいっ! 申し訳ございません、お嬢様!」


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 マルペルの奴が余計なことを言い残していったせいで、我の身の回りのお世話体制がますます加速がかってしまった。ベッドから抜け出すのもままならない。
 目を離した隙に、というタイミングすら掴めない。誰だ、こんなに使用人を雇った阿呆は。我の私室は所狭しと使用人だらけではないか。
 レベル最弱の我では、使用人一人追い払う力すらない。魔石だってないのだから魔法も使えやしない。完璧に詰んでいる状態だ。
 ただ怠い程度だと言っておるのに、そういうときは主の健康を最優先してくる。
 もう元気だ、元気! などと言っても聞かんのはどういう了見だ。
「フィーお嬢様、お食事です」
 ベッドの上でぶーたれているうちにも使用人たちは我を甘やかすのに必死だ。
「はい、フィーお嬢様、あーん」
 看護という名目があるせいか、食器一つも持たせてはくれない。
 普段でも、こうまではやらんだろう。
 ぁー、それにしても飯も美味くなったもんだ。
 別にシェフを新しく雇った記憶はないし、高い食材でも仕入れるようになったのか。単純に料理の腕前を上げていっただけなのか。
 こんな餌付けされてはベッドから抜け出す気力も削がれてしまうが、呑気に美味い飯食ってる場合ではない。昨日からずっとミモザの顔を見ていない。やっとパエデロスに帰ってきたのに、あんなドサクサに紛れて会っただけ、はないだろう。
 ミモザならすぐにお見舞いに来てくれるとも思っていたのだが、その様子もない。マルペルがあんな面会謝絶とか言い出したから来づらいのか。
 きっと寂しがっているはず。早くミモザの顔が見たい。
 今頃何をしているんだ、ミモザ。
 店の工房で魔具を造っているのか、それとも我と同じく疲れて休んでいるのか、もしや我の屋敷の玄関まできているけど入れないなんてことは。
 昨日中途半端な再会をしたせいで、余計にミモザに会いたくなってきた。言いたいことが沢山ありすぎて我の頭もパンクしてしまいそうだ。
 あぅー、ミモザ、ミモザ、ミモザ……。
 ※ ※ ※
「もう大丈夫そうですね」
 再び我の部屋まで戻ってきたマルペルが医者面しながら安堵の言葉を唱える。使用人たちは打ち合わせしたかのように揃ってホッと一息。
 この女僧侶、実は暇なんじゃないのか?
 もっと重症な患者を相手にした方がいいんじゃないのか?
「もう家出なんてして無茶しちゃダメですよ」
 まるで娘を叱りつける母のような言い回しだ。というかそもそも家出ではないのだが。このマルペル、やはり我を子供だと認識しておるな。
「そんなことより、もう外出してもいいのだな」
「ええ。でも、今度からはお屋敷の人にもついていってもらってくださいね」
 保護者かっ! パエデロスの治安がもう少し悪かった頃ならボディガードとしていつも連れ歩いたものだが、最近はどうも煩わしさの方が勝ってる気はする。
「よし、なら……、おい、チコリー、オキザリス。行くぞ」
 丁度近くにいて目に入った二人の名を呼ぶ。
「ひゃいっ!?」
「はい、畏まりました、お嬢様」
 熟練度の異なる二種類の返事がかえってくる。もっと適当な奴もいたかも分からんがまあいいだろう。
「これで文句はあるまい?」
「ええ、お着替えしていってらっしゃい」
 だから母かっ!
 ※ ※ ※
 小さなメイド二人引き連れて、パエデロスの往来を歩くのは毎度お馴染み令嬢のフィー、つまり我だ。端から見たら女の子三人集まってお遊戯会か? とでも思われそうなものだが、まあ知名度を獲得したパエデロスでは今さらそれもないだろう。
 マルペルの話ではミモザは店にいるらしい。我が不在だった間も営業もまだ再開していないらしく、玄関もしまっていたのだとか。
「おーい、ミモザー、我だぞー」
 玄関をコツコツとノックしてみる。反応はない。また閉じ籠って魔具開発に没頭しているのか? もしくは、徹夜疲れで倒れているのかもしれない。
 扉を触ってみたが、鍵も掛かっているようだ。合鍵は持っているから中に入ることはできるが……。
「えーと……日を改めますか?」
 チコリーがおずおずと言う。
 忙しいのなら邪魔をするわけにもいくまい。何も返事がないのならよほど集中している証拠だしな。
「待ってください。店内から気配を感じます。ミモザ様の足音です」
 物音に感づく程度ならまだしも、店の外からよくそこまで把握できるな、オキザリスよ。
 玄関の扉の反対側からカチャカチャという音が聞こえてくる。内側から鍵を外しているのが分かった。
「ふぃ、フィーしゃん……」
 キィィと扉がゆっくり開いたかと思えば、半開きのまま、その隙間からミモザが顔を覗かせてきた。
 どうして全部開けないんだ。そんな隠れるようにする必要はあるのか?
「ミモザ、心配掛けたな。この通り我はピンピンだぞ」
 安心させようとミモザの視界に入ろうとする。だが、ミモザは扉を完全には開こうとしない。それどころか、わざと目を逸らそうとさえしているかのよう。
「どうしたんだ、ミモザ。まさか具合がよくないのか? マルペルに相談するか?」
「ふみゅ……わたしのことなら大丈夫なのです。心配なんて全然いらないのでふ……」
 何故だろう。ミモザから、拒絶されているような、そんな意思を感じる。まさか、そんな。ミモザが我を拒絶するなんて。
 拗ねているのか?
 一人で冒険に出掛けてしまったし、それで心配もかけてしまったし、さっきの今まで屋敷で休んでいたから、ミモザもちょっと不機嫌なのだろうか。
「な、なぁ、ミモザ。店に入れてくれないか? 話をしようじゃないか」
 半開きの扉の向こう、貝のように沈黙したミモザは言葉を発するか否かも曖昧のまま、時間だけを浪費させた。
「わたしは……フィーさんとはお話することはありません。もう、会わないでください」
 理解のできない言葉が、目の前から飛んできたような気がする。今、喋ったのは誰だったのだろう。パタンと扉が完全に閉まり、カチャリと鍵も掛けられる。
「…………へっ?」
 どういうことだってばよ。我は今、何をしていたのだろうか。ミモザの店の扉をノックして、ミモザと会話していたのではないのか。ミモザ以外の介入などなかったはずなのに、我は今の一連の流れを汲み取ることができない。
 ミモザに、嫌われ、た?
 その刹那、地が割れ、空が裂け、永劫の流転を反芻し続ける広大なる万物が、儚き煌めきを携え、果てなき無限の彼方へと飛び散っていくかのような得も言われぬ事象を観測した気がした。そのとき、世界の崩落が始まったのだと、心の奥底で強烈な認識が頭の中を激しく、著しく、執拗に巡っていた。
「お、お嬢様? フィーお嬢様?」
「何処を見ていらっしゃるのですか、お嬢様。目を覚ましてください」
 嗚呼、終焉とはかくも呆気なく訪れるものなのだと、改めて知る機会を得た。太陽は山に沈み、海を噴火させ、大地は星屑のように砕け散り、漆黒の闇の如く光り輝く怪魚が雲を飲み干していく。荒唐無稽たる、不条理たる、悪夢の幕開け。10シルバのサンドイッチは肉のないサラダのようで――――……
「オ、オ、オ、オキザリスさん、どうしましょう! お嬢様が、お嬢様が……!」
「お嬢様、お気を確かに。そちらは壁です。さっきから何を呟いておられるのですか? 正気に戻ってください! お嬢様!」
 あばばばばばばぁぁぁ……。
 み、み、みも、ミモザ、ミモザに、き、きき、きら嫌われ……。
「チコリー先輩、今すぐお嬢様を取り押さえて屋敷に戻りましょう。ただちに!」
「は、はいっ! 申し訳ございません、お嬢様!」