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【使用人】メイドと親友は見ていた

ー/ー



 パエデロスでは、名家と呼ばれている令嬢がいた。
 ただし、その名家というのは代々続いている歴史のある家という意味ではなく、名物の屋敷という意味合いが強いようだが。

 まことしやかに語られていることとしては、その令嬢は未だ分類のできない亜人、またはそのハーフであり、没落した貴族に捨てられた可愛そうな令嬢だとか。
 真偽は定かではないし、もしそうだったとしても決してそのことには触れたりはせず、誰もが紛れもない令嬢だ、疑問に持つな、と暗黙の了解を貫いている。

 さて、件の令嬢にはそのように不明な点を多く抱えている。
 使用人たちであっても不可解としか言いようのない謎も多い。

 その中の一つとして、ある日、忽然と行方をくらますというものがある。
 一応は何処かにフラッと出掛けるようなことを言い残していくのだが、使用人ないし、身の回りに護衛もつけず、そのまま何日か姿を消したことは何度かあった。

 何の目的で、何処へ、どのようにして雲隠れしているのか。その足取りも煙のように消えてしまうのだから、優秀なる使用人たちも首を傾げるばかりだ。
 無論のこと、令嬢は理由も何も語ろうとはしない。

 使用人たちの間でも様々な憶測は飛び交っているが、おそらくは何かしらの手段で資金調達を行っているのではないか、という説が有力だった。

 その理由も単純明快だ。名物屋敷のご令嬢にはご両親が存在せず、外で出稼ぎするような働き手がいるわけでもない。にもかかわらず、当たり前のように令嬢としての生活を続けられているからだ。

 まさか、パエデロスの住民たちの与り知らぬところで随一のご令嬢が身体を売っているのではないだろうか。そんな噂も絶えない。

 そして、ある日のこと。またしてもというべきか、パエデロスの名物令嬢が姿をくらまして、既に幾日か経った昼下がり。
 屋敷に勤めるメイド、チコリーがいつかは帰ってくるであろう主をいつでも温かく迎え入れられるよう、買い出しに向かっていた、そんなときのこと。

「あ、ミモザ様」
「ふへ、チコリーしゃん。お買い物でふか?」
「はい、ミモザ様もでしょうか」

 市場まで足を運んだ辺りでチコリーが偶然にも出会ったのは、その主、つまりは令嬢の数少ない親友として有名な魔具店のエルフ、ミモザだった。
 普段は汚れた作業着姿で会う機会も多く、キレイな格好を見かけるのは少々珍しかった。最近は街を出歩くときくらいは髪を洗うらしい。

「フィーさん、まだ帰ってないのれすか?」
「ええ、そうですね。お嬢様も無事だといいのですが。あっ、私がこんな不安なことを言ってしまってはいけませんね! すみません……」

 少なくとも、親友を前にしてするような発言ではないことに気付き、チコリーは少し顔を伏せる。主に仕える使用人たちよりも一番心配しているのはミモザのはずだ。
 ミモザの憂うあの目は「どうしてわたしを連れていってくれなかったんでしょうか」と訴えかけて見えたくらい。

「あ、あの! ミモザ様! よろしかったらご一緒させていただいてもよろしいでしょうか!」
 まだ何を買うかも聞いていないうちから、その提案はいかがなものかと思う。
 一介のメイドと、魔具店の買うものが一致するかどうかは難しいところだ。

「いいれすよ!」
 だが逆に気を遣われたのか、ミモザは苦笑いを堪えるように、笑みに見える笑みで返事する。チコリーはそれに気付く様子もなく、上手く誤魔化せたと確信していた。

 名物屋敷のメイドと、名物店のエルフの組合わせは、不釣り合いのようにも思わされるが、実のところ、メイドの面々は主の命令によってエルフの店に借り出されることも多く、パエデロスでは取り立てて珍しくはない光景ではあった。

 二人が肩を並べて市場を歩いていると、熱気の強い一画がイヤでも目に付いた。
 ずらりと並ぶ人垣は、もはや山脈。
 何をそんな興奮しているのか、雄叫びにも近い歓声がここまで響いてくるほど。

「あれは、オークション会場れすかね? 今日はいつもより賑やかでふね」
「パエデロスの競売は今や名物となってきていますからね。きっと遠方から噂を聞きつけた沢山の商人がひしめき合っているのでしょう」
「何か珍しいものも出されてるかも……見に行ってみまふ」

 あれだけ騒いでいるともなれば、ミモザとしても気になるところ。
 もしかしたら魔具の開発に使えそうな素材もあるかもしれない。
 それに、ミモザの財布には銀貨も金貨もそれなりに入っていた。よっぽどの貴族が値段を釣り上げない限りは買えないこともないはず。

 興味本位が勝り、ミモザは身体をねじ込むようにしてオークション会場の中心をグイグイ、ずりずりと目指していく。
 高額な買い物を想定していなかったチコリーは少し躊躇したが、自分から一緒に買い物しようと提案した手前、ミモザを追うことにした。

「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉ!!!!!!」」」
「「「わああああああぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁ!!!!!!」」」

 近付くに連れて、鼓膜の奥まで振るわされるような大歓声に、ミモザもチコリーも怯む。かつてここまでの賑わいはあっただろうか。
 ますますミモザは興味をそそられてくる。一方でチコリーは軽はずみな自分の行動に多少なりの後悔を抱いていた。

「2ラチナと10ゴルド!!」「2ラチナと15ゴルドだ!!」「3ラチナ! こっちは3ラチナ出すぞ!!」「ええいっ! 4ラチナだ!!!!」

 何やら大音声の熱気に紛れて飛び交ってくるのは金額らしき叫び声。

「ラチナって何ですか?」
 人垣にまみれながらチコリーの方が訊ねる。聞いたことがないらしい。
「えっとー……最近流通してきた貨幣れすね。ゴルドの上だったような」

 さすがのチコリーもギョッとする。チコリーの中の知識では、貨幣は銅貨、銀貨、金貨が存在しているくらいのもので、さらにその上は認知していなかった。

 仮にもパエデロスでも最も有名な令嬢の屋敷に勤めておいて、その程度の知識もないのかという疑問も沸くが、普段の買い物でも銀貨で事足りる。

 何がどうなればそのような高額な貨幣が飛び交うのか想像もできない。
 ここにいる客層もとんでもない富豪揃いなのでは。

「ふはっ!」
 人混みを掻き分けて、ようやく二人はそこに辿り着く。

「ふぇ……?」
 まず真っ先に目を疑ったのはミモザだった。
 オークション会場、そこに設けられた舞台の上、そこに立っているものにとてつもなく見覚えがあったから。

「ふははははははははははっ!!!! 次の品も刮目して見よっ!」
 声高らかに壇上の中心、見たこともないような装飾品を掲げている少女が一人。
 月ごとく美しき銀に輝く髪と、血のごとく紅く凜とした眼。

 この場に集まっている者たちなら誰一人として知らぬ者はいないだろう。
 パエデロスの名物屋敷の主であり、令嬢を名乗っている亜人娘のフィーだ。

「すごいっ! すごいぞー! これまた希少なオリハルコン製の腕輪だー! まさか生きているうちにこんなものを見られるなんてーっ!! さあさあさあ皆様、財布の中身は空っぽの方はいらっしゃいませんかぁ? どうぞーっ!!」
 司会らしき男が煽ると、たちまち「5ラチナ!」「ろ、6ラチナ!」「くっ、6ラチナと3ゴルド!」と輪唱の如く値段が飛び交う。

「ふ、フィーしゃん……」
「お、お嬢様……」
 お宝とともにヒートアップしていくその令嬢の姿を、どう解釈していいのか分からないまま、メイドと親友はただただ呆然と見ていたのだった。


次のエピソードへ進む 第77話 石畳を転がって


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 パエデロスでは、名家と呼ばれている令嬢がいた。
 ただし、その名家というのは代々続いている歴史のある家という意味ではなく、名物の屋敷という意味合いが強いようだが。
 まことしやかに語られていることとしては、その令嬢は未だ分類のできない亜人、またはそのハーフであり、没落した貴族に捨てられた可愛そうな令嬢だとか。
 真偽は定かではないし、もしそうだったとしても決してそのことには触れたりはせず、誰もが紛れもない令嬢だ、疑問に持つな、と暗黙の了解を貫いている。
 さて、件の令嬢にはそのように不明な点を多く抱えている。
 使用人たちであっても不可解としか言いようのない謎も多い。
 その中の一つとして、ある日、忽然と行方をくらますというものがある。
 一応は何処かにフラッと出掛けるようなことを言い残していくのだが、使用人ないし、身の回りに護衛もつけず、そのまま何日か姿を消したことは何度かあった。
 何の目的で、何処へ、どのようにして雲隠れしているのか。その足取りも煙のように消えてしまうのだから、優秀なる使用人たちも首を傾げるばかりだ。
 無論のこと、令嬢は理由も何も語ろうとはしない。
 使用人たちの間でも様々な憶測は飛び交っているが、おそらくは何かしらの手段で資金調達を行っているのではないか、という説が有力だった。
 その理由も単純明快だ。名物屋敷のご令嬢にはご両親が存在せず、外で出稼ぎするような働き手がいるわけでもない。にもかかわらず、当たり前のように令嬢としての生活を続けられているからだ。
 まさか、パエデロスの住民たちの与り知らぬところで随一のご令嬢が身体を売っているのではないだろうか。そんな噂も絶えない。
 そして、ある日のこと。またしてもというべきか、パエデロスの名物令嬢が姿をくらまして、既に幾日か経った昼下がり。
 屋敷に勤めるメイド、チコリーがいつかは帰ってくるであろう主をいつでも温かく迎え入れられるよう、買い出しに向かっていた、そんなときのこと。
「あ、ミモザ様」
「ふへ、チコリーしゃん。お買い物でふか?」
「はい、ミモザ様もでしょうか」
 市場まで足を運んだ辺りでチコリーが偶然にも出会ったのは、その主、つまりは令嬢の数少ない親友として有名な魔具店のエルフ、ミモザだった。
 普段は汚れた作業着姿で会う機会も多く、キレイな格好を見かけるのは少々珍しかった。最近は街を出歩くときくらいは髪を洗うらしい。
「フィーさん、まだ帰ってないのれすか?」
「ええ、そうですね。お嬢様も無事だといいのですが。あっ、私がこんな不安なことを言ってしまってはいけませんね! すみません……」
 少なくとも、親友を前にしてするような発言ではないことに気付き、チコリーは少し顔を伏せる。主に仕える使用人たちよりも一番心配しているのはミモザのはずだ。
 ミモザの憂うあの目は「どうしてわたしを連れていってくれなかったんでしょうか」と訴えかけて見えたくらい。
「あ、あの! ミモザ様! よろしかったらご一緒させていただいてもよろしいでしょうか!」
 まだ何を買うかも聞いていないうちから、その提案はいかがなものかと思う。
 一介のメイドと、魔具店の買うものが一致するかどうかは難しいところだ。
「いいれすよ!」
 だが逆に気を遣われたのか、ミモザは苦笑いを堪えるように、笑みに見える笑みで返事する。チコリーはそれに気付く様子もなく、上手く誤魔化せたと確信していた。
 名物屋敷のメイドと、名物店のエルフの組合わせは、不釣り合いのようにも思わされるが、実のところ、メイドの面々は主の命令によってエルフの店に借り出されることも多く、パエデロスでは取り立てて珍しくはない光景ではあった。
 二人が肩を並べて市場を歩いていると、熱気の強い一画がイヤでも目に付いた。
 ずらりと並ぶ人垣は、もはや山脈。
 何をそんな興奮しているのか、雄叫びにも近い歓声がここまで響いてくるほど。
「あれは、オークション会場れすかね? 今日はいつもより賑やかでふね」
「パエデロスの競売は今や名物となってきていますからね。きっと遠方から噂を聞きつけた沢山の商人がひしめき合っているのでしょう」
「何か珍しいものも出されてるかも……見に行ってみまふ」
 あれだけ騒いでいるともなれば、ミモザとしても気になるところ。
 もしかしたら魔具の開発に使えそうな素材もあるかもしれない。
 それに、ミモザの財布には銀貨も金貨もそれなりに入っていた。よっぽどの貴族が値段を釣り上げない限りは買えないこともないはず。
 興味本位が勝り、ミモザは身体をねじ込むようにしてオークション会場の中心をグイグイ、ずりずりと目指していく。
 高額な買い物を想定していなかったチコリーは少し躊躇したが、自分から一緒に買い物しようと提案した手前、ミモザを追うことにした。
「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉ!!!!!!」」」
「「「わああああああぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁ!!!!!!」」」
 近付くに連れて、鼓膜の奥まで振るわされるような大歓声に、ミモザもチコリーも怯む。かつてここまでの賑わいはあっただろうか。
 ますますミモザは興味をそそられてくる。一方でチコリーは軽はずみな自分の行動に多少なりの後悔を抱いていた。
「2ラチナと10ゴルド!!」「2ラチナと15ゴルドだ!!」「3ラチナ! こっちは3ラチナ出すぞ!!」「ええいっ! 4ラチナだ!!!!」
 何やら大音声の熱気に紛れて飛び交ってくるのは金額らしき叫び声。
「ラチナって何ですか?」
 人垣にまみれながらチコリーの方が訊ねる。聞いたことがないらしい。
「えっとー……最近流通してきた貨幣れすね。ゴルドの上だったような」
 さすがのチコリーもギョッとする。チコリーの中の知識では、貨幣は銅貨、銀貨、金貨が存在しているくらいのもので、さらにその上は認知していなかった。
 仮にもパエデロスでも最も有名な令嬢の屋敷に勤めておいて、その程度の知識もないのかという疑問も沸くが、普段の買い物でも銀貨で事足りる。
 何がどうなればそのような高額な貨幣が飛び交うのか想像もできない。
 ここにいる客層もとんでもない富豪揃いなのでは。
「ふはっ!」
 人混みを掻き分けて、ようやく二人はそこに辿り着く。
「ふぇ……?」
 まず真っ先に目を疑ったのはミモザだった。
 オークション会場、そこに設けられた舞台の上、そこに立っているものにとてつもなく見覚えがあったから。
「ふははははははははははっ!!!! 次の品も刮目して見よっ!」
 声高らかに壇上の中心、見たこともないような装飾品を掲げている少女が一人。
 月ごとく美しき銀に輝く髪と、血のごとく紅く凜とした眼。
 この場に集まっている者たちなら誰一人として知らぬ者はいないだろう。
 パエデロスの名物屋敷の主であり、令嬢を名乗っている亜人娘のフィーだ。
「すごいっ! すごいぞー! これまた希少なオリハルコン製の腕輪だー! まさか生きているうちにこんなものを見られるなんてーっ!! さあさあさあ皆様、財布の中身は空っぽの方はいらっしゃいませんかぁ? どうぞーっ!!」
 司会らしき男が煽ると、たちまち「5ラチナ!」「ろ、6ラチナ!」「くっ、6ラチナと3ゴルド!」と輪唱の如く値段が飛び交う。
「ふ、フィーしゃん……」
「お、お嬢様……」
 お宝とともにヒートアップしていくその令嬢の姿を、どう解釈していいのか分からないまま、メイドと親友はただただ呆然と見ていたのだった。