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第38話 カグツチという男

ー/ー



 神殺しの剣、天之尾羽張(アメノオハバリ)をカグツチの心臓に突き立てる一矢。

 カグツチは神としてその剣で殺され、死神に転生してからは生前の逸話から弱点となった。

 その剣による一撃は神としてのカグツチと、死神としてのカグツチの弱点を二重に突くことを意味している。

 一矢の手から天之尾羽張(アメノオハバリ)が消えた。カグツチの権能が喪失したのだ。

 そもそもカグツチと彼を殺した天之尾羽張(アメノオハバリ)は最悪の相性関係にあった。

 それ故に死神としてのカグツチを弱体化させる目的で、当時の『世界の管理者』はその天之尾羽張を彼の権能として持たせたのであった。

 だがその思惑とは裏腹に、神殺しの剣となった天之尾羽張(アメノオハバリ)をカグツチは使いこなしてみせた。

 神殺しの剣を自在に操る神殺しの死神。

 結果として世界は最悪の存在を生み出してしまったのだ。

 幸運にも彼の狩りは長くは続かなかった。

 時を経て神の世から人の世に移り変わることによって、神々は人間や死神に認識できない存在になり、彼は狩る存在を失った。

 それ以降カグツチは表舞台から姿を消した。

 神々の代わりに死神を管理するようになったヴァルキリーは、彼が格を落とし脱落したと判断したのだ。

 そして“厄災”との戦いで古参の死神も大勢が死に、彼は忘れ去られた死神となった。

 百年ほど前にサンジェルマン伯爵からの接触があるまでは。

 彼は「この世を神の時代に戻したくないか」と問うた。

「できるものならな」と、カグツチはただそう答えた。

 結果として伯爵の計画に賛同したカグツチは、反ヴァルキリー勢力「ラグナロク」の首領となったのだった。

 そして今、その計画が崩されようとしている。カグツチの死によって。

「死神如きを舐め腐って何が悪い!」

「だからお前は負けたんだ!」

 一矢がカグツチの権能の正体に気付いたのは、ティルヴィングを炎の腕で握った天之尾羽張で斬った瞬間だった。

 普段彼が振るうよりも明らかに天之尾羽張の出力が落ちているのが見て取れた。

 カグツチの炎は天之尾羽張と相性が悪い。

 そこまでの理解は及ばなかったが、一矢は出力の変動から天之尾羽張がカグツチの権能そのものであることに気付いたのだ。

 神としての力も、死神としての力も失ったカグツチは髪を振り乱して一矢に殴りかかる。

 その拳は徐々に崩れ灰になりつつあったが、その身に宿した霊力が尽きるまで彼は抵抗し続けるだろう。

 皮肉にも死神として死ぬことで、カグツチはヴァルキリーの支配を外れ自由に動けるようになった。

「黄泉の国へと行く前に、羽虫を一匹叩き潰していくとするぞ!」

「一人で勝手に逝け!」

 一矢がカグツチの拳を受け止める。彼は今誰の権能も借り受けていない。彼自身の力だった。

「貴様さえいなければ、貴様さえ……!」

 カグツチの身体を維持する力が弱まっていく。一矢に握り潰される彼の右拳。

 一矢は空いた手でカグツチの髪を掴み、顔面を殴り付ける。

 二発、三発と顔に拳が叩き込まれる。

 カグツチも無抵抗ではない。崩れかけの左手を一矢の目の前で振って視界を潰す。

 思わず髪を掴んだ手を離し、目をつぶる一矢。

「死ねえ!」

 骨の飛び出た右腕が一矢の首元目がけて突き出される。

 が、それよりも早く一矢の拳がカグツチの鼻を潰す。

 今や見ずともカグツチの動きが手に取るようにわかる。

 一矢にとって死にかけのカグツチは椿の修行で戦った妖魔よりも弱かった。

 顔を抑えてよろめくカグツチ。そこに一矢の前蹴りが襲い掛かり、カグツチは転倒する。

 一矢は馬乗りになってカグツチを殴り付ける。

 始めは借金返済の一環でこの戦いに足を踏み入れた。

 レックスと戦うことで、戦士としての誇りが芽生えた。

 そして今は一矢は世界を守るために戦っているのだろうか?

 一発ごとに思いを込めながらカグツチを殴る。

 一矢に世界を守る戦いをしているという実感はない。

 カグツチのした話の半分も理解できていない。

 ただただ、目の前の男が嫌いだった。

 今まで生きてきて出会った誰よりも。

 欲望のまま生き、それを満たすために世界すら改変しようとする。獣のような男。

 そんな男の欲望を満たすための世界が間違っていることだけはわかった。

「畜生。こんな羽虫に……畜生……」

 一矢の拳を防ぐ腕も消失した。次を最後の一撃にするべく拳を振り上げ握りしめる。

「カグツチ、お前はただの哀れな怪物だ」

 渾身の一撃がカグツチの頭部を貫く。

 屋上に風が吹くと、灰になった彼の全身が散っていった。



 気が付くと一矢は薄汚れた病室にいた。

「起きたか。三日もお前は眠ってたんだ。三日だぞ。事務所を閉めてた分の損失は借金に上乗せするからな」

 一矢が意識を取り戻したことに真っ先に気付いたのは椿だった。

「響子も素直じゃないなあ。三日間心配で仕事が手に付かなかったって正直に言いなよ」

「うるさい」

 一矢が最後に覚えているのはカグツチが消滅していく姿。

 だが彼女たちの言葉から、それから三日間もアオイの診療所に入院していたことに気付く。

「レックスにあれだけやられた後にカグツチとあんな取っ組み合いしたらこうもなるさ。生きてるだけありがたいと思いな」

「椿さん、アオイさん。すみません。心配かけちゃって」

「お前の心配はしてない。経営の心配をしているんだ」

 アオイは呆れたようにわざとらしく肩をすくめた。

 椿は一矢の目覚めを確認すると病室を後にしようとする。

 アオイも必要以上に引き止めようとしない。

 すると不意に椿の足が止まった。

「そうだ。一つ言おうとしたことがあった。お前が何の死神かについてだ」

「ええー!? 気になる気になる!」

 一矢よりも先にアオイが反応する。

「仮説だが、お前は『仲間を害する敵を狩る死神』じゃないか? ややこしいがな」

「えっとそれって、どういう……?」

「お前はいつもそういう連中を相手にするとき、本来の実力以上の力を発揮してきた。信じがたいがお前の在り方でもあり、第二の権能のようなものだ。普通新米がレックスなんか世界がひっくり返っても倒せないぞ」

 一矢は椿を、つぐみを、メイジーを、共に戦ってきた仲間たちを守るために戦ってきたことを思い出す。

「じゃあ俺は仲間を守る死神なんですか?」

「ちょっと待ってよ。それって害される仲間がいなければ成立しない死神じゃないか。今回は運良くカグツチっていう世界の敵がいたからよかったけどさ」

「そう。こいつは疫病神みたいなもんだ。まあ頼りになる疫病神と言ってやってもいいが」

 椿は笑っていた。これは彼女なりの褒め言葉なのだろう。

「じゃあな。つぐみの機嫌を取ってやらないといけないんだ」

 椿は今度こそ病室を後にする。

「ちなみにアオイさん。今回の入院費用って……」

「うん。タワーで治療した分がかなり私の身体に響いたから八百万円ね」

「ですよねー」

 今や椿やアオイに無償で何かをされる方が不気味だと感じるようになりつつある一矢は、その金額を聞いて逆に安心するのだった。


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 神殺しの剣、|天之尾羽張《アメノオハバリ》をカグツチの心臓に突き立てる一矢。
 カグツチは神としてその剣で殺され、死神に転生してからは生前の逸話から弱点となった。
 その剣による一撃は神としてのカグツチと、死神としてのカグツチの弱点を二重に突くことを意味している。
 一矢の手から|天之尾羽張《アメノオハバリ》が消えた。カグツチの権能が喪失したのだ。
 そもそもカグツチと彼を殺した|天之尾羽張《アメノオハバリ》は最悪の相性関係にあった。
 それ故に死神としてのカグツチを弱体化させる目的で、当時の『世界の管理者』はその天之尾羽張を彼の権能として持たせたのであった。
 だがその思惑とは裏腹に、神殺しの剣となった|天之尾羽張《アメノオハバリ》をカグツチは使いこなしてみせた。
 神殺しの剣を自在に操る神殺しの死神。
 結果として世界は最悪の存在を生み出してしまったのだ。
 幸運にも彼の狩りは長くは続かなかった。
 時を経て神の世から人の世に移り変わることによって、神々は人間や死神に認識できない存在になり、彼は狩る存在を失った。
 それ以降カグツチは表舞台から姿を消した。
 神々の代わりに死神を管理するようになったヴァルキリーは、彼が格を落とし脱落したと判断したのだ。
 そして“厄災”との戦いで古参の死神も大勢が死に、彼は忘れ去られた死神となった。
 百年ほど前にサンジェルマン伯爵からの接触があるまでは。
 彼は「この世を神の時代に戻したくないか」と問うた。
「できるものならな」と、カグツチはただそう答えた。
 結果として伯爵の計画に賛同したカグツチは、反ヴァルキリー勢力「ラグナロク」の首領となったのだった。
 そして今、その計画が崩されようとしている。カグツチの死によって。
「死神如きを舐め腐って何が悪い!」
「だからお前は負けたんだ!」
 一矢がカグツチの権能の正体に気付いたのは、ティルヴィングを炎の腕で握った天之尾羽張で斬った瞬間だった。
 普段彼が振るうよりも明らかに天之尾羽張の出力が落ちているのが見て取れた。
 カグツチの炎は天之尾羽張と相性が悪い。
 そこまでの理解は及ばなかったが、一矢は出力の変動から天之尾羽張がカグツチの権能そのものであることに気付いたのだ。
 神としての力も、死神としての力も失ったカグツチは髪を振り乱して一矢に殴りかかる。
 その拳は徐々に崩れ灰になりつつあったが、その身に宿した霊力が尽きるまで彼は抵抗し続けるだろう。
 皮肉にも死神として死ぬことで、カグツチはヴァルキリーの支配を外れ自由に動けるようになった。
「黄泉の国へと行く前に、羽虫を一匹叩き潰していくとするぞ!」
「一人で勝手に逝け!」
 一矢がカグツチの拳を受け止める。彼は今誰の権能も借り受けていない。彼自身の力だった。
「貴様さえいなければ、貴様さえ……!」
 カグツチの身体を維持する力が弱まっていく。一矢に握り潰される彼の右拳。
 一矢は空いた手でカグツチの髪を掴み、顔面を殴り付ける。
 二発、三発と顔に拳が叩き込まれる。
 カグツチも無抵抗ではない。崩れかけの左手を一矢の目の前で振って視界を潰す。
 思わず髪を掴んだ手を離し、目をつぶる一矢。
「死ねえ!」
 骨の飛び出た右腕が一矢の首元目がけて突き出される。
 が、それよりも早く一矢の拳がカグツチの鼻を潰す。
 今や見ずともカグツチの動きが手に取るようにわかる。
 一矢にとって死にかけのカグツチは椿の修行で戦った妖魔よりも弱かった。
 顔を抑えてよろめくカグツチ。そこに一矢の前蹴りが襲い掛かり、カグツチは転倒する。
 一矢は馬乗りになってカグツチを殴り付ける。
 始めは借金返済の一環でこの戦いに足を踏み入れた。
 レックスと戦うことで、戦士としての誇りが芽生えた。
 そして今は一矢は世界を守るために戦っているのだろうか?
 一発ごとに思いを込めながらカグツチを殴る。
 一矢に世界を守る戦いをしているという実感はない。
 カグツチのした話の半分も理解できていない。
 ただただ、目の前の男が嫌いだった。
 今まで生きてきて出会った誰よりも。
 欲望のまま生き、それを満たすために世界すら改変しようとする。獣のような男。
 そんな男の欲望を満たすための世界が間違っていることだけはわかった。
「畜生。こんな羽虫に……畜生……」
 一矢の拳を防ぐ腕も消失した。次を最後の一撃にするべく拳を振り上げ握りしめる。
「カグツチ、お前はただの哀れな怪物だ」
 渾身の一撃がカグツチの頭部を貫く。
 屋上に風が吹くと、灰になった彼の全身が散っていった。
 気が付くと一矢は薄汚れた病室にいた。
「起きたか。三日もお前は眠ってたんだ。三日だぞ。事務所を閉めてた分の損失は借金に上乗せするからな」
 一矢が意識を取り戻したことに真っ先に気付いたのは椿だった。
「響子も素直じゃないなあ。三日間心配で仕事が手に付かなかったって正直に言いなよ」
「うるさい」
 一矢が最後に覚えているのはカグツチが消滅していく姿。
 だが彼女たちの言葉から、それから三日間もアオイの診療所に入院していたことに気付く。
「レックスにあれだけやられた後にカグツチとあんな取っ組み合いしたらこうもなるさ。生きてるだけありがたいと思いな」
「椿さん、アオイさん。すみません。心配かけちゃって」
「お前の心配はしてない。経営の心配をしているんだ」
 アオイは呆れたようにわざとらしく肩をすくめた。
 椿は一矢の目覚めを確認すると病室を後にしようとする。
 アオイも必要以上に引き止めようとしない。
 すると不意に椿の足が止まった。
「そうだ。一つ言おうとしたことがあった。お前が何の死神かについてだ」
「ええー!? 気になる気になる!」
 一矢よりも先にアオイが反応する。
「仮説だが、お前は『仲間を害する敵を狩る死神』じゃないか? ややこしいがな」
「えっとそれって、どういう……?」
「お前はいつもそういう連中を相手にするとき、本来の実力以上の力を発揮してきた。信じがたいがお前の在り方でもあり、第二の権能のようなものだ。普通新米がレックスなんか世界がひっくり返っても倒せないぞ」
 一矢は椿を、つぐみを、メイジーを、共に戦ってきた仲間たちを守るために戦ってきたことを思い出す。
「じゃあ俺は仲間を守る死神なんですか?」
「ちょっと待ってよ。それって害される仲間がいなければ成立しない死神じゃないか。今回は運良くカグツチっていう世界の敵がいたからよかったけどさ」
「そう。こいつは疫病神みたいなもんだ。まあ頼りになる疫病神と言ってやってもいいが」
 椿は笑っていた。これは彼女なりの褒め言葉なのだろう。
「じゃあな。つぐみの機嫌を取ってやらないといけないんだ」
 椿は今度こそ病室を後にする。
「ちなみにアオイさん。今回の入院費用って……」
「うん。タワーで治療した分がかなり私の身体に響いたから八百万円ね」
「ですよねー」
 今や椿やアオイに無償で何かをされる方が不気味だと感じるようになりつつある一矢は、その金額を聞いて逆に安心するのだった。