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第35話 第五階層

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「第五階層『アクゼリュス』。守護者火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)。思ってたより早かったな」

 タワーマンションの屋上には臙脂色の狩衣の袖をたなびかせるカグツチ。

 そして娘々(ニャンニャン)、サンジェルマン伯爵が待ち構えていた。

「貴様までもがゲームの参加者気取りか? なぜゲームなどという名のふざけた殺し合いをさせる? 答えろ!」

 グリムゲルデの語気は荒い。

「質問が多いな。答えてやれ、専門家さんよ」

(ちぇっ)。死神を使った蠱毒をやってるんだヨ。ラグナロクが死神を沢山殺す。死んだ死神の霊力を一人に注ぎ込む。人間や死神の領域を超えた人間ができる。それだけネ」

「それで? 死神から神へと舞い戻るつもりか? カグツチ!」

 グリムゲルデは剣を抜き、今にも斬りかからんばかりの勢いで再び問う。

「それについては私の方からお答えしましょう。閣下、カグツチ殿にその霊力を注ぎ込んでも神には戻れないのです。それをしては死神という枠組みの中でただ絶大な力を手にするだけというもの。そして我々の目的はその程度の次元のものではありません。『魔神』の創造なのです!」

「魔神じゃない。真人(しんじん)って言ってるヨ」

「彼女は我々の創造する『魔神』を中国・神仙思想の真人と同一視しているようで。思想の違いはあれど道士の視点から協力していただいています」

 伯爵が上機嫌に説明を終えるや否や、ティルヴィングが二本のナイフを伯爵と娘々に向けて投擲した。

 天之尾羽張(アメノオハバリ)がそれを弾く。

「名は知らん死神だが、いい判断だ。術師を潰してしまえばこんなもの机上の空論というものだからな」

「ティルヴィングだ。僕の所有者ヘルムヴィーゲの命により、お前を討つ」

 カグツチが前に進み出る。逆に残った二人は後方へと退く。その間を炎の壁が遮る。

「勝利条件は俺を殺すこと。お前たちが負けたらご丁寧に集めてくれた死神連中をまとめて焼いて魔神の糧にするとしよう」

 グリムゲルデはそのまま剣を構え、メイジーも大バサミを顕現させる。椿はいつの間にか姿を消している。

 一矢は第四階層でアオイの魔術によって治療を受けている最中だ。

「邪魔ですよ。二人とも下がって下さい」

 グリムゲルデとメイジーを制すのはヘルムヴィーゲの直属。

 ボロ布を纏った死神。ティルヴィング。

 彼が腰の剣を抜くと、その金の柄にはそぐわない黒い刀身が露わになる。

 その剣からただならぬ妖気を感じ取ったグリムゲルデは敵前であるにも関わらず、その剣に気を取られてしまう。

「魔剣の類か? 魔剣なら俺も持ってるぜ。俺を殺した曰くつきの剣がな」

 天之尾羽張(アメノオハバリ)の切っ先をティルヴィングに向け、カグツチは不敵に笑う。

「これ以上人も、死神も殺させません」

 対するティルヴィングは無表情にカグツチに向き合う。

 先に仕掛けたのはティルヴィングだった。

 まるで瞬間移動したかのようにカグツチの目の前に立ち、片手で剣を振り下ろす。

 受け止めるカグツチ。すかさず彼の袖から炎が飛び出てティルヴィングに襲い掛かる。

 ティルヴィングは纏ったボロ布を翻すと、もう一方の手から二本目の剣を振りかざし、炎を切り裂く。

「対策済みってわけか。しかし同じ魔剣が二本とはどういうことだ?」

 ティルヴィングが手にしているのは二本とも同じ黄金の柄、黒い刀身の剣。

 彼は答えない。代わりに剣に力を込める。

 すると黒い二本の剣からどす黒い瘴気があふれ出てくる。

 そしてティルヴィングは屋場を縦横無尽に飛び回るようにカグツチを攻め立てる。

 そのいずれもカグツチにいなされるが、次の攻撃へ移る予備動作がほとんどなかった。

 隙のない連撃。

 ティルヴィングは正面から魔剣を天之尾羽張(アメノオハバリ)に叩きつけるとカグツチの押し返す力を利用して後方に跳ぶ。

 退いたと思えば突然前進し、姿を消す。

 カグツチの目が追いつきティルヴィングの姿が見えた瞬間、彼は既にカグツチの左方から斬りかかっている。

 動きは速いが重みに欠ける。

 それがカグツチがティルヴィングに下した評価だった。

(剣は上等だが使い手が弱い。見るべきものはもう見たか)

 左からの攻撃に対処すべく天之尾羽張(アメノオハバリ)で魔剣ごとティルヴィングを叩き斬ろうとした瞬間。

 眼前に四本の回転する短剣が迫っていた。

 カグツチはティルヴィングが姿を消した瞬間、三本目の魔剣を投擲したのに気付いていた。

 正確無比に放たれたその剣は彼の心臓を狙ってはいたが、火球で吹き飛ばせばいいと判断し、放置していたのだった。

 しかしそれが四本の短剣に変化している。そして左からの攻撃。ティルヴィングの手にした二本の魔剣は先ほどよりも禍々しく、溢れる瘴気により黒い長剣に見紛うほどの影を纏っていた。

 カグツチは天之尾羽張(アメノオハバリ)に業火を纏わせ、二振りの魔剣を受ける。

 ティルヴィングの一撃は初撃と比べ数倍以上の威力があるようにカグツチは感じた。

(案外底が知れないな。逆に使い手の方が性能を引き出すための道具みたいなもんか。面白い!)

 カグツチは左手で持った天之尾羽張で重い一撃を受け止め、四本の短剣全てを右手で掴み取った。

 いずれも黄金の柄に黒い刀身のもの。縮小版の魔剣とも呼べるものだ。

「お前さん。これはどういう手品なんだ? 教えてくれよ」

 手の中で彼を浸食すべく瘴気を放ち続ける魔剣に目を向けてカグツチは言った。

 カグツチは常人では死に至る量のその猛毒を炎で焼きながら対処している。

 通常の剣であれば溶けてしまうほどの業火で包まれた魔剣は、依然として彼の手の中で実体を保っていた。

 カグツチがそれを放り捨てると、ティルヴィングの方へ導かれるように飛行する。

 そのティルヴィング本人はカグツチから距離を取って、飛んできた短剣を纏ったボロ布の中に収納する。

 彼の纏うボロ布には投擲用の魔剣が大小複数仕込まれていた。そして二本の魔剣を交差させ、告げた。

「我が名は(ティル)ティルヴィング」(ヴィング)

「我が剣の名は(ティル)ティルヴィング」(ヴィング)

「我らを殺した剣の(ティル)名はティルヴィング」(ヴィング)

 ティルヴィングは目を閉じ、手元に全神経を集中させる。

「何の謎かけだ? やる気がなくなったのなら帰ってもらってもいいぜ」

 二本の魔剣が一本の長剣に姿を変えた。

 瘴気がカグツチに向けて波動のように放たれる。彼も炎の防壁で対抗せざるを得ない。

 炎の防壁越しに見えるティルヴィングの長剣は鋼鉄の輝きを取り戻していた。

 今まで刀身が黒く見えたのは、それほどの瘴気が剣そのものを覆っていたからだ。

 そしてそれまで剣を覆っていた瘴気はティルヴィングの体内に取り込まれ彼を浸食し、その身を崩壊させながら絶大な強化を施す。

 防壁越しでは見えにくい魔剣の変化への興味から、目の前の炎の防壁を狩衣の袖に取り込むカグツチ。

 獣のような雄叫びを上げながらティルヴィングがカグツチに飛び掛かる。

 力任せに振り下ろされる一撃は、勢いだけに見えてカグツチの肩から心臓を目がけて的確に狙ったものだった。

「どうして人間に力を与えてまで人殺しの道具にする! 僕のような道具にする!」

 ティルヴィングに先ほどまでの冷静さは無かった。

 カグツチが攻撃を防ごうとするが、腕が動かない。この場面を好機と見たグリムゲルデによる介入が行われているのだ。

「そうか。お前さん。剣の霊かなんかか」

 正確に言えばティルヴィングは「ティルヴィング」という魔剣を持った故に滅びた持ち主たちと、それに斬られて死んだ怨霊の集合体だった。

 それが剣としての「ティルヴィング」に憑りついて人格を成していたのである。

「そういえば気付いてたか? 俺が最初の一発以降、火を使った攻撃をしてないってことにさ」

 カグツチの心臓まで斬り込むべく放たれた一撃が彼に当たる直前。狩衣の袖から蛇のようにうねる炎の縄が伸びてティルヴィングの全身に絡みつく。

 そして動きを止めた瞬間、彼はかつてジークルーネを一撃で無力化した火柱に飲まれた。


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「第五階層『アクゼリュス』。守護者|火之迦具土神《ひのかぐつちのかみ》。思ってたより早かったな」
 タワーマンションの屋上には臙脂色の狩衣の袖をたなびかせるカグツチ。
 そして|娘々《ニャンニャン》、サンジェルマン伯爵が待ち構えていた。
「貴様までもがゲームの参加者気取りか? なぜゲームなどという名のふざけた殺し合いをさせる? 答えろ!」
 グリムゲルデの語気は荒い。
「質問が多いな。答えてやれ、専門家さんよ」
「|哎《ちぇっ》。死神を使った蠱毒をやってるんだヨ。ラグナロクが死神を沢山殺す。死んだ死神の霊力を一人に注ぎ込む。人間や死神の領域を超えた人間ができる。それだけネ」
「それで? 死神から神へと舞い戻るつもりか? カグツチ!」
 グリムゲルデは剣を抜き、今にも斬りかからんばかりの勢いで再び問う。
「それについては私の方からお答えしましょう。閣下、カグツチ殿にその霊力を注ぎ込んでも神には戻れないのです。それをしては死神という枠組みの中でただ絶大な力を手にするだけというもの。そして我々の目的はその程度の次元のものではありません。『魔神』の創造なのです!」
「魔神じゃない。|真人《しんじん》って言ってるヨ」
「彼女は我々の創造する『魔神』を中国・神仙思想の真人と同一視しているようで。思想の違いはあれど道士の視点から協力していただいています」
 伯爵が上機嫌に説明を終えるや否や、ティルヴィングが二本のナイフを伯爵と娘々に向けて投擲した。
 |天之尾羽張《アメノオハバリ》がそれを弾く。
「名は知らん死神だが、いい判断だ。術師を潰してしまえばこんなもの机上の空論というものだからな」
「ティルヴィングだ。僕の所有者ヘルムヴィーゲの命により、お前を討つ」
 カグツチが前に進み出る。逆に残った二人は後方へと退く。その間を炎の壁が遮る。
「勝利条件は俺を殺すこと。お前たちが負けたらご丁寧に集めてくれた死神連中をまとめて焼いて魔神の糧にするとしよう」
 グリムゲルデはそのまま剣を構え、メイジーも大バサミを顕現させる。椿はいつの間にか姿を消している。
 一矢は第四階層でアオイの魔術によって治療を受けている最中だ。
「邪魔ですよ。二人とも下がって下さい」
 グリムゲルデとメイジーを制すのはヘルムヴィーゲの直属。
 ボロ布を纏った死神。ティルヴィング。
 彼が腰の剣を抜くと、その金の柄にはそぐわない黒い刀身が露わになる。
 その剣からただならぬ妖気を感じ取ったグリムゲルデは敵前であるにも関わらず、その剣に気を取られてしまう。
「魔剣の類か? 魔剣なら俺も持ってるぜ。俺を殺した曰くつきの剣がな」
 |天之尾羽張《アメノオハバリ》の切っ先をティルヴィングに向け、カグツチは不敵に笑う。
「これ以上人も、死神も殺させません」
 対するティルヴィングは無表情にカグツチに向き合う。
 先に仕掛けたのはティルヴィングだった。
 まるで瞬間移動したかのようにカグツチの目の前に立ち、片手で剣を振り下ろす。
 受け止めるカグツチ。すかさず彼の袖から炎が飛び出てティルヴィングに襲い掛かる。
 ティルヴィングは纏ったボロ布を翻すと、もう一方の手から二本目の剣を振りかざし、炎を切り裂く。
「対策済みってわけか。しかし同じ魔剣が二本とはどういうことだ?」
 ティルヴィングが手にしているのは二本とも同じ黄金の柄、黒い刀身の剣。
 彼は答えない。代わりに剣に力を込める。
 すると黒い二本の剣からどす黒い瘴気があふれ出てくる。
 そしてティルヴィングは屋場を縦横無尽に飛び回るようにカグツチを攻め立てる。
 そのいずれもカグツチにいなされるが、次の攻撃へ移る予備動作がほとんどなかった。
 隙のない連撃。
 ティルヴィングは正面から魔剣を|天之尾羽張《アメノオハバリ》に叩きつけるとカグツチの押し返す力を利用して後方に跳ぶ。
 退いたと思えば突然前進し、姿を消す。
 カグツチの目が追いつきティルヴィングの姿が見えた瞬間、彼は既にカグツチの左方から斬りかかっている。
 動きは速いが重みに欠ける。
 それがカグツチがティルヴィングに下した評価だった。
(剣は上等だが使い手が弱い。見るべきものはもう見たか)
 左からの攻撃に対処すべく|天之尾羽張《アメノオハバリ》で魔剣ごとティルヴィングを叩き斬ろうとした瞬間。
 眼前に四本の回転する短剣が迫っていた。
 カグツチはティルヴィングが姿を消した瞬間、三本目の魔剣を投擲したのに気付いていた。
 正確無比に放たれたその剣は彼の心臓を狙ってはいたが、火球で吹き飛ばせばいいと判断し、放置していたのだった。
 しかしそれが四本の短剣に変化している。そして左からの攻撃。ティルヴィングの手にした二本の魔剣は先ほどよりも禍々しく、溢れる瘴気により黒い長剣に見紛うほどの影を纏っていた。
 カグツチは|天之尾羽張《アメノオハバリ》に業火を纏わせ、二振りの魔剣を受ける。
 ティルヴィングの一撃は初撃と比べ数倍以上の威力があるようにカグツチは感じた。
(案外底が知れないな。逆に使い手の方が性能を引き出すための道具みたいなもんか。面白い!)
 カグツチは左手で持った天之尾羽張で重い一撃を受け止め、四本の短剣全てを右手で掴み取った。
 いずれも黄金の柄に黒い刀身のもの。縮小版の魔剣とも呼べるものだ。
「お前さん。これはどういう手品なんだ? 教えてくれよ」
 手の中で彼を浸食すべく瘴気を放ち続ける魔剣に目を向けてカグツチは言った。
 カグツチは常人では死に至る量のその猛毒を炎で焼きながら対処している。
 通常の剣であれば溶けてしまうほどの業火で包まれた魔剣は、依然として彼の手の中で実体を保っていた。
 カグツチがそれを放り捨てると、ティルヴィングの方へ導かれるように飛行する。
 そのティルヴィング本人はカグツチから距離を取って、飛んできた短剣を纏ったボロ布の中に収納する。
 彼の纏うボロ布には投擲用の魔剣が大小複数仕込まれていた。そして二本の魔剣を交差させ、告げた。
|「我が名は《ティル》|ティルヴィング」《ヴィング》
|「我が剣の名は《ティル》|ティルヴィング」《ヴィング》
|「我らを殺した剣の《ティル》|名はティルヴィング」《ヴィング》
 ティルヴィングは目を閉じ、手元に全神経を集中させる。
「何の謎かけだ? やる気がなくなったのなら帰ってもらってもいいぜ」
 二本の魔剣が一本の長剣に姿を変えた。
 瘴気がカグツチに向けて波動のように放たれる。彼も炎の防壁で対抗せざるを得ない。
 炎の防壁越しに見えるティルヴィングの長剣は鋼鉄の輝きを取り戻していた。
 今まで刀身が黒く見えたのは、それほどの瘴気が剣そのものを覆っていたからだ。
 そしてそれまで剣を覆っていた瘴気はティルヴィングの体内に取り込まれ彼を浸食し、その身を崩壊させながら絶大な強化を施す。
 防壁越しでは見えにくい魔剣の変化への興味から、目の前の炎の防壁を狩衣の袖に取り込むカグツチ。
 獣のような雄叫びを上げながらティルヴィングがカグツチに飛び掛かる。
 力任せに振り下ろされる一撃は、勢いだけに見えてカグツチの肩から心臓を目がけて的確に狙ったものだった。
「どうして人間に力を与えてまで人殺しの道具にする! 僕のような道具にする!」
 ティルヴィングに先ほどまでの冷静さは無かった。
 カグツチが攻撃を防ごうとするが、腕が動かない。この場面を好機と見たグリムゲルデによる介入が行われているのだ。
「そうか。お前さん。剣の霊かなんかか」
 正確に言えばティルヴィングは「ティルヴィング」という魔剣を持った故に滅びた持ち主たちと、それに斬られて死んだ怨霊の集合体だった。
 それが剣としての「ティルヴィング」に憑りついて人格を成していたのである。
「そういえば気付いてたか? 俺が最初の一発以降、火を使った攻撃をしてないってことにさ」
 カグツチの心臓まで斬り込むべく放たれた一撃が彼に当たる直前。狩衣の袖から蛇のようにうねる炎の縄が伸びてティルヴィングの全身に絡みつく。
 そして動きを止めた瞬間、彼はかつてジークルーネを一撃で無力化した火柱に飲まれた。