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第10話 反動勢力「ラグナロク」

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 ヴァルキリー・ジークルーネが裏切り者の死神を指し示した瞬間。レッドフードの大バサミがそれを貫いていた。

「わ、わたしのこと褒めてくれるかな…? ヴァルキリーさまも、『おとぎ話』(ナーサリー・テール)のみんなも…」

 レッドフードは突き刺した大バサミを握る手に力を込めて、徐々にそれを開いていく。

 ハサミで身体を持ち上げられる黒いローブの死神。手足をバタつかせ抵抗するが、権能を発動する気配は見られない。

 ミヂミヂミヂ。

 黒ローブの死神の腹部をこじ開ける音と苦悶の声が響く。レッドフードの目が期待で輝く。

 レッドフードの突然の凶行に一矢は身動き一つ取ることができなかった。

「ろくでもないのに引っかかったな、お前」

 突然一矢の背後から声がし、彼の身体が後方に引っ張られた。驚く暇もなく後方へ下がる一矢(かずや)

 それは椿の声だった。無防備に死神の群れを歩き回る一矢を心配して姿を消してから跡を付けていたのだ。

「ヴァルキリー・ロスヴァイセの名の下に命ずる! やめろ! 今すぐ!」

 三人のヴァルキリーのうち一番小柄な一人が声を荒げた。

 小さな身体で一回り以上も大きい死神を持ち上げていたレッドフードは、突然糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

「うう……カ、カズヤさん……」

 だが彼女に叩き込まれた恐怖から、一矢は助けを求めるレッドフードを助け起こす気にはなれなかった。 

 黒いローブの死神は倒れることなく空間中心部、ヴァルキリーの下へ浮遊していく。

 黒ローブにジークルーネが相対する。だが権能か魔術かはわからないが、フードの中は暗い空洞のようになっており顔が見えない。

「ヴァルキリー・グリムゲルデの名の下に命ずる。素顔を見せろ」

 ヴァルキリーの最後の一人が小さく告げると黒ローブのフードが外れる。彼女自身は白い仮面で目元を隠していた。

「念入りに素性を偽装していたようだが、無駄だったな。パラケルスス」

 ジークルーネがその場にいる死神たちに、裏切り者の素性を開示する。

「黙れ、為政者風情め。私は決めたのだ。『賢者の石』を取り戻すとな……!」

 黒いローブの死神は錬金術師パラケルスス。ホムンクルスや賢者の石の作成に成功した大魔術師である。

 彼はその偉業を「人間には成し得ない神の領域」とヴァルキリーに認められ、死神へと転生させられていたのだ。

 そして彼は賢者の石そのものを権能の一部にされ、それ以上の研究ができないようにさせられた。

 人間が手にしていい力の枠組みを超えてしまうとヴァルキリーたちが判断したからだ。それ以降彼は五百年近く恥辱に塗れた生を歩んできた。

「答えろ。何故、人間に死神の力を譲渡するなどというふざけた真似を始めた? そして誰がそんなことを可能にした?」

 ジークルーネの問いに死神たちがざわつき始める。

「私と“伯爵”が百年以上かけてようやくそれを実現した……。貴様らの都合で与えられた枷など不要だと、いうことだ……」

 レッドフードの攻撃が致命傷となったようで、パラケルススはどうにか声を絞り出してヴァルキリーに叛意を告げる。

「我ら“ラグナロク”は貴様らを滅ぼすまで決して止まらぬ。我らの長“神殺しの炎”にかかれば貴様らヴァルキリーなど……」

 パラケルススが言い終える前に、ジークルーネが腰の剣を抜いて彼の首を刎ねた。パラケルススは塵のように崩れ去る。

「 ラグナロクだと……? フン、ヴァルキリー・ジークルーネの名の下に命ずる。そのふざけた死神連中と分不相応な力を得た人間を鏖殺せよ!」

 ジークルーネが高らかに宣言する。死神と人間による血で血を洗う戦争の幕開けだった。



「すんごいことになったねー」

 ソファーに寝転がったつぐみがのんきに言い放った。

「でもさ、そのパラケルススはなんでわざわざ招集に応じたわけー? 行かなければ権能剥奪で望みがかなうわけでしょ?」

「権能の剥奪をされれば死神は滅びる。どうやらパラケルススは権能の譲渡が終わっていなかったようだな。それで仕方なく招集に応じ、見せしめにされた」

 与えられた少ない状況からパラケルススの動機を推測する椿。

「剥奪と譲渡って何が違うのさ。権能がなくなるのは同じでしょー?」

「知るか。だが赤口(しゃっこう)をこいつに貸し与えたときのような権能の貸与にペナルティーがなかった以上、ヴァルキリーによる権能剥奪は死に至る特別な理由があるんだろ」

 椿は自身の考えを整理しながら、状況を冷静に把握しようとしていた。

 納得したのかつぐみは先ほどから黙りこくっている一矢に目を向け、声をかける。

「後輩くん、生きてるー? もしかしてすごい怖い目にあった? よしよししてあげよっか?」

「……千年級の死神の間にもあれだけの実力差があるものなんですか?」

 つぐみには答えず、手を組みうつむきながら一矢が椿に問う。

 以前椿が戦った千年級の死神、ドクトゥール・スペクトル。彼と戦った際は椿が優位に戦況を支配していた。

 だがあのレッドフードと名乗った少女相手に椿が同じことをできるとは到底思えなかった。

「そうだな。下級霊の相手をしてきたスペクトルと、格上相手に戦ってきたレッドフードでは根本的な性能が違う」

「そんなに強いんですか、あの子は」

“番狂わせ”(ジャイアントキリング)のレッドフード。単純な力だけでなく強力な権能も合わせもった厄介な死神だ。相手にしたくはないな」

 今になって一矢の手が震える。見た目だけで気軽に声をかけた相手が暴力と残虐性の塊のような存在だったのだから。

「それでー? ラグナロクってスゴいの?」

「少しは自分で考えろ。つぐみ。勝算がなければヴァルキリー相手に反乱など起こすもんか。あいつらを嫌う死神などごまんといるが、人間まで巻き込んで決起する集団のことなど考えもしなかったよ」

 すると一矢のスマートフォンがけたたましい音を立てる。緊急速報の音。

 画面を見た一矢の表情が険しくなる。

「どうした?」

「始まったみたいです。池袋で爆発テロの緊急メール……!」

 つぐみが慌ててテレビを点けると、ちょうどそのニュース速報が流れているところだった。

 しかし、様子がおかしい。

 それ以外にも路上での連続殺傷。商業施設への毒ガス散布。立て続けにテロップが表示され、アナウンサーも動揺の色を隠せていない。

 それは「ラグナロク」によって人間の枠を超えた力を得た“異能者”たちによる攻撃開始の合図。

 早い話、死神たちが選び抜いた人格破綻の超能力者たちが一斉に解き放たれたのだ。


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 ヴァルキリー・ジークルーネが裏切り者の死神を指し示した瞬間。レッドフードの大バサミがそれを貫いていた。
「わ、わたしのこと褒めてくれるかな…? ヴァルキリーさまも、|『おとぎ話』《ナーサリー・テール》のみんなも…」
 レッドフードは突き刺した大バサミを握る手に力を込めて、徐々にそれを開いていく。
 ハサミで身体を持ち上げられる黒いローブの死神。手足をバタつかせ抵抗するが、権能を発動する気配は見られない。
 ミヂミヂミヂ。
 黒ローブの死神の腹部をこじ開ける音と苦悶の声が響く。レッドフードの目が期待で輝く。
 レッドフードの突然の凶行に一矢は身動き一つ取ることができなかった。
「ろくでもないのに引っかかったな、お前」
 突然一矢の背後から声がし、彼の身体が後方に引っ張られた。驚く暇もなく後方へ下がる|一矢《かずや》。
 それは椿の声だった。無防備に死神の群れを歩き回る一矢を心配して姿を消してから跡を付けていたのだ。
「ヴァルキリー・ロスヴァイセの名の下に命ずる! やめろ! 今すぐ!」
 三人のヴァルキリーのうち一番小柄な一人が声を荒げた。
 小さな身体で一回り以上も大きい死神を持ち上げていたレッドフードは、突然糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「うう……カ、カズヤさん……」
 だが彼女に叩き込まれた恐怖から、一矢は助けを求めるレッドフードを助け起こす気にはなれなかった。 
 黒いローブの死神は倒れることなく空間中心部、ヴァルキリーの下へ浮遊していく。
 黒ローブにジークルーネが相対する。だが権能か魔術かはわからないが、フードの中は暗い空洞のようになっており顔が見えない。
「ヴァルキリー・グリムゲルデの名の下に命ずる。素顔を見せろ」
 ヴァルキリーの最後の一人が小さく告げると黒ローブのフードが外れる。彼女自身は白い仮面で目元を隠していた。
「念入りに素性を偽装していたようだが、無駄だったな。パラケルスス」
 ジークルーネがその場にいる死神たちに、裏切り者の素性を開示する。
「黙れ、為政者風情め。私は決めたのだ。『賢者の石』を取り戻すとな……!」
 黒いローブの死神は錬金術師パラケルスス。ホムンクルスや賢者の石の作成に成功した大魔術師である。
 彼はその偉業を「人間には成し得ない神の領域」とヴァルキリーに認められ、死神へと転生させられていたのだ。
 そして彼は賢者の石そのものを権能の一部にされ、それ以上の研究ができないようにさせられた。
 人間が手にしていい力の枠組みを超えてしまうとヴァルキリーたちが判断したからだ。それ以降彼は五百年近く恥辱に塗れた生を歩んできた。
「答えろ。何故、人間に死神の力を譲渡するなどというふざけた真似を始めた? そして誰がそんなことを可能にした?」
 ジークルーネの問いに死神たちがざわつき始める。
「私と“伯爵”が百年以上かけてようやくそれを実現した……。貴様らの都合で与えられた枷など不要だと、いうことだ……」
 レッドフードの攻撃が致命傷となったようで、パラケルススはどうにか声を絞り出してヴァルキリーに叛意を告げる。
「我ら“ラグナロク”は貴様らを滅ぼすまで決して止まらぬ。我らの長“神殺しの炎”にかかれば貴様らヴァルキリーなど……」
 パラケルススが言い終える前に、ジークルーネが腰の剣を抜いて彼の首を刎ねた。パラケルススは塵のように崩れ去る。
「 ラグナロクだと……? フン、ヴァルキリー・ジークルーネの名の下に命ずる。そのふざけた死神連中と分不相応な力を得た人間を鏖殺せよ!」
 ジークルーネが高らかに宣言する。死神と人間による血で血を洗う戦争の幕開けだった。
「すんごいことになったねー」
 ソファーに寝転がったつぐみがのんきに言い放った。
「でもさ、そのパラケルススはなんでわざわざ招集に応じたわけー? 行かなければ権能剥奪で望みがかなうわけでしょ?」
「権能の剥奪をされれば死神は滅びる。どうやらパラケルススは権能の譲渡が終わっていなかったようだな。それで仕方なく招集に応じ、見せしめにされた」
 与えられた少ない状況からパラケルススの動機を推測する椿。
「剥奪と譲渡って何が違うのさ。権能がなくなるのは同じでしょー?」
「知るか。だが|赤口《しゃっこう》をこいつに貸し与えたときのような権能の貸与にペナルティーがなかった以上、ヴァルキリーによる権能剥奪は死に至る特別な理由があるんだろ」
 椿は自身の考えを整理しながら、状況を冷静に把握しようとしていた。
 納得したのかつぐみは先ほどから黙りこくっている一矢に目を向け、声をかける。
「後輩くん、生きてるー? もしかしてすごい怖い目にあった? よしよししてあげよっか?」
「……千年級の死神の間にもあれだけの実力差があるものなんですか?」
 つぐみには答えず、手を組みうつむきながら一矢が椿に問う。
 以前椿が戦った千年級の死神、ドクトゥール・スペクトル。彼と戦った際は椿が優位に戦況を支配していた。
 だがあのレッドフードと名乗った少女相手に椿が同じことをできるとは到底思えなかった。
「そうだな。下級霊の相手をしてきたスペクトルと、格上相手に戦ってきたレッドフードでは根本的な性能が違う」
「そんなに強いんですか、あの子は」
「| “番狂わせ”《ジャイアントキリング》のレッドフード。単純な力だけでなく強力な権能も合わせもった厄介な死神だ。相手にしたくはないな」
 今になって一矢の手が震える。見た目だけで気軽に声をかけた相手が暴力と残虐性の塊のような存在だったのだから。
「それでー? ラグナロクってスゴいの?」
「少しは自分で考えろ。つぐみ。勝算がなければヴァルキリー相手に反乱など起こすもんか。あいつらを嫌う死神などごまんといるが、人間まで巻き込んで決起する集団のことなど考えもしなかったよ」
 すると一矢のスマートフォンがけたたましい音を立てる。緊急速報の音。
 画面を見た一矢の表情が険しくなる。
「どうした?」
「始まったみたいです。池袋で爆発テロの緊急メール……!」
 つぐみが慌ててテレビを点けると、ちょうどそのニュース速報が流れているところだった。
 しかし、様子がおかしい。
 それ以外にも路上での連続殺傷。商業施設への毒ガス散布。立て続けにテロップが表示され、アナウンサーも動揺の色を隠せていない。
 それは「ラグナロク」によって人間の枠を超えた力を得た“異能者”たちによる攻撃開始の合図。
 早い話、死神たちが選び抜いた人格破綻の超能力者たちが一斉に解き放たれたのだ。