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第7話 “おとぎ話”

ー/ー



 深夜。東京都内にある薄暗いバー。

「なんだいこの有様は。レッドフード、君が付いていてどうしてこんなことに?」

「そうよ。レッドフード、ヘンゼル兄さまの言う通りだわ」

 その店内の床や壁は血で汚れ、数人の客とバーテンダーの死体が転がっている。彼らの死体は足首から先が切断されていた。

 そんな凄惨な事件現場に響くのは三人の子どもたちの声。

「……怖かったの。ああなったサンドリヨンはとても怖いのよ」

 レッドフードと呼ばれる少女。名前の通り赤いフードを被っていて表情まではわからないが、怯え切ったか細い声で少年に答える。

「そんなことだろうと思った。サンドリヨンのやつ、すぐに暴走する癖を改めないといつか痛い目を見るぞ」

「そうよ。あなたからも何か言ってあげなさいよ」

 レッドフードを咎めるヘンゼルと呼ばれる金髪の少年と、金髪の少女。会話やよく似た顔立ちからして二人は兄妹なのだろうか。

 妹と思われる方は常に兄に同調するような話し方をするのが特徴的だった。

「怖いの……怖いのよ……」

 怯えた赤いフードの少女は、フードを深く被ると椅子の上で丸まってしまう。

「まあいいや。それで、今日はどんな『おとぎ話』が聞ける予定だったんだい?」

「そうよ。こうやって集まれ……なかったけど。集まって楽しめるような面白いお話が聞けるはずだったんでしょう?」

 兄妹が話を変えた。

「そ、そうなの。スノーホワイトがこの話を持ってきたのよ。“悪霊博士”(スペクトル)が殺されたって」

 レッドフードの話を聞いて、二人組の兄の方が眉をひそめる。

「ああ、あの引きこもりが? あいつ、うざかったよね。一々千年級なのを鼻にかけてさ」

「そうね。でも最近じゃ千年級の死神が脱落することなんて、そんなに珍しいことでもないじゃない。昔、竜殺しの死神が竜を絶滅させて脱落したのは笑っちゃったわ」

 “悪霊博士”というのはドクトゥール・スペクトルの別名。しかし兄妹は彼を嘲笑うかのような反応を見せた。

「でも……“悪霊博士”を殺したのは、ただの人間だったんだって」

 それを聞いた兄妹は驚きの色を見せ顔を見合わせた。

「いくらあいつが下級の霊ばかり相手にしていて鈍っていたとしても、流石に人間に殺されるほど落ちぶれてはいないんじゃないか?」

「そうよ。証拠はあるの? 聞いたことないわ。そんな話」

「そんなの、知らない……気になるなら『管理者』にでも聞けば……?」

 おどおどと兄妹に言い返すレッドフード。

「へえ。で、その話を持ってきた肝心のスノーホワイトは?」

「えっと、帰っちゃった。その、サンドリヨンが暴れたから……」

 二人は顔を見合わせて呆れたようにわざとらしく同時に肩をすくめた。

「いじわる、やめてよ……。わ、わたしだって怒っちゃうよ……?」

「まあ落ち着けよ。本当ならとてもいい“おとぎ話”だね。みんなを集めたくなるわけだ」

「そうね。ヘンゼル兄さまの言う通りだわ。そう、意外とあんたに似てたりして。“番狂わせ”(ジャアイントキリング)のレッドフードに」

 兄妹はレッドフードの扱い方を心得ているようで、不穏な空気を払拭する。

「あの、トゥルーデも来るって言うけど、一緒にこの“おとぎ話”について語らない……?」

「嫌だね。あいつは嫌いだ。それならもう帰ろう、グレーテル」

「そうね。なんであんなやつ仲間に入れたんだか……」

 二人は椅子から降りて血だまりのバーを後にしようとする。

「わ、わたしも帰りたい……!」

「ダメだよ。『おとぎ話(ナーサリー・テール)』の一員として最後まで、みんなにこの話を伝えてほしい。いいね?」

「そうよ。サンドリヨンを止められなかったんだから、そのくらいの責任は取ってもらわなきゃ」

 レッドフードは今にも泣き出しそうになっている。トゥルーデと呼ばれる人物はよほどの嫌われ者なのだろうか。

 彼らは『おとぎ話』と呼ばれる死神集団。

 現代では彼ら自身が童話の登場人物として語り継がれているが、その名前が今に至るまで残ったのは、彼らが強大な試練に打ち勝ち“死神”として転生を果たしたことにある。

 そして彼らは普段死神として協力関係にはないが、時折思い思いの物語、秘密、うわさ話などを持ち寄って、夜通し語り合うのだ。

「ふん。いくら戦闘向きじゃなくても千年級の死神が人間に殺されるなんて、裏があるに違いないな。そうは思わないか?」

「そうね。調べてみる価値、あるかもしれないわ。兄さま」

 二人は店を出ると話しながら夜の闇に消えた。

 ドクトゥール・スペクトルを殺した人間の存在は、多くの死神たちに知れ渡るようになった。

 そんな中で、そのうわさ話の張本人、天ケ瀬一矢(あまがせかずや)は地脈の濁りにより邪霊に転じた土地神と戦っている真っ最中だった。

 つぐみのサポートはあるものの、一矢はスペクトルを殺してから三か月間もの間、ひたすら事務所に舞い込む下級霊、怪現象始末の依頼を任され、戦い続けていた。

 そう。いくら対死神専門探偵事務所を名乗ってはいても、テナント料や光熱費を支払う必要がある。その資金繰りに一矢は駆り出されていたのだ。

 対霊体仕様の弾丸を邪霊に撃ち込みながら一矢は叫んだ。

「今からでもあの借金! 自己破産とかできないかなあ!」

「無理でしょー。ツバキさんが法律なんか守るわけないってー」

「ああそうかもねえ、先輩!」

 やけくそ気味に叫び返して、正確な射撃で弾丸を撃ち込む。

 三か月の戦闘経験を積んだ結果でもあるが、死神に転生したことによる身体強化や五感強化がそれを可能にしていた。

 天ケ瀬一矢は少し前には考えられないほどの戦闘力を手にしている。

 ただ今の彼は借金返済のことしか頭になく、自身が死神たちの話題の的になっていることなど知る由もなかったし、知る暇もなかった。


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 深夜。東京都内にある薄暗いバー。
「なんだいこの有様は。レッドフード、君が付いていてどうしてこんなことに?」
「そうよ。レッドフード、ヘンゼル兄さまの言う通りだわ」
 その店内の床や壁は血で汚れ、数人の客とバーテンダーの死体が転がっている。彼らの死体は足首から先が切断されていた。
 そんな凄惨な事件現場に響くのは三人の子どもたちの声。
「……怖かったの。ああなったサンドリヨンはとても怖いのよ」
 レッドフードと呼ばれる少女。名前の通り赤いフードを被っていて表情まではわからないが、怯え切ったか細い声で少年に答える。
「そんなことだろうと思った。サンドリヨンのやつ、すぐに暴走する癖を改めないといつか痛い目を見るぞ」
「そうよ。あなたからも何か言ってあげなさいよ」
 レッドフードを咎めるヘンゼルと呼ばれる金髪の少年と、金髪の少女。会話やよく似た顔立ちからして二人は兄妹なのだろうか。
 妹と思われる方は常に兄に同調するような話し方をするのが特徴的だった。
「怖いの……怖いのよ……」
 怯えた赤いフードの少女は、フードを深く被ると椅子の上で丸まってしまう。
「まあいいや。それで、今日はどんな『おとぎ話』が聞ける予定だったんだい?」
「そうよ。こうやって集まれ……なかったけど。集まって楽しめるような面白いお話が聞けるはずだったんでしょう?」
 兄妹が話を変えた。
「そ、そうなの。スノーホワイトがこの話を持ってきたのよ。|“悪霊博士”《スペクトル》が殺されたって」
 レッドフードの話を聞いて、二人組の兄の方が眉をひそめる。
「ああ、あの引きこもりが? あいつ、うざかったよね。一々千年級なのを鼻にかけてさ」
「そうね。でも最近じゃ千年級の死神が脱落することなんて、そんなに珍しいことでもないじゃない。昔、竜殺しの死神が竜を絶滅させて脱落したのは笑っちゃったわ」
 “悪霊博士”というのはドクトゥール・スペクトルの別名。しかし兄妹は彼を嘲笑うかのような反応を見せた。
「でも……“悪霊博士”を殺したのは、ただの人間だったんだって」
 それを聞いた兄妹は驚きの色を見せ顔を見合わせた。
「いくらあいつが下級の霊ばかり相手にしていて鈍っていたとしても、流石に人間に殺されるほど落ちぶれてはいないんじゃないか?」
「そうよ。証拠はあるの? 聞いたことないわ。そんな話」
「そんなの、知らない……気になるなら『管理者』にでも聞けば……?」
 おどおどと兄妹に言い返すレッドフード。
「へえ。で、その話を持ってきた肝心のスノーホワイトは?」
「えっと、帰っちゃった。その、サンドリヨンが暴れたから……」
 二人は顔を見合わせて呆れたようにわざとらしく同時に肩をすくめた。
「いじわる、やめてよ……。わ、わたしだって怒っちゃうよ……?」
「まあ落ち着けよ。本当ならとてもいい“おとぎ話”だね。みんなを集めたくなるわけだ」
「そうね。ヘンゼル兄さまの言う通りだわ。そう、意外とあんたに似てたりして。|“番狂わせ”《ジャアイントキリング》のレッドフードに」
 兄妹はレッドフードの扱い方を心得ているようで、不穏な空気を払拭する。
「あの、トゥルーデも来るって言うけど、一緒にこの“おとぎ話”について語らない……?」
「嫌だね。あいつは嫌いだ。それならもう帰ろう、グレーテル」
「そうね。なんであんなやつ仲間に入れたんだか……」
 二人は椅子から降りて血だまりのバーを後にしようとする。
「わ、わたしも帰りたい……!」
「ダメだよ。『|おとぎ話《ナーサリー・テール》』の一員として最後まで、みんなにこの話を伝えてほしい。いいね?」
「そうよ。サンドリヨンを止められなかったんだから、そのくらいの責任は取ってもらわなきゃ」
 レッドフードは今にも泣き出しそうになっている。トゥルーデと呼ばれる人物はよほどの嫌われ者なのだろうか。
 彼らは『おとぎ話』と呼ばれる死神集団。
 現代では彼ら自身が童話の登場人物として語り継がれているが、その名前が今に至るまで残ったのは、彼らが強大な試練に打ち勝ち“死神”として転生を果たしたことにある。
 そして彼らは普段死神として協力関係にはないが、時折思い思いの物語、秘密、うわさ話などを持ち寄って、夜通し語り合うのだ。
「ふん。いくら戦闘向きじゃなくても千年級の死神が人間に殺されるなんて、裏があるに違いないな。そうは思わないか?」
「そうね。調べてみる価値、あるかもしれないわ。兄さま」
 二人は店を出ると話しながら夜の闇に消えた。
 ドクトゥール・スペクトルを殺した人間の存在は、多くの死神たちに知れ渡るようになった。
 そんな中で、そのうわさ話の張本人、|天ケ瀬一矢《あまがせかずや》は地脈の濁りにより邪霊に転じた土地神と戦っている真っ最中だった。
 つぐみのサポートはあるものの、一矢はスペクトルを殺してから三か月間もの間、ひたすら事務所に舞い込む下級霊、怪現象始末の依頼を任され、戦い続けていた。
 そう。いくら対死神専門探偵事務所を名乗ってはいても、テナント料や光熱費を支払う必要がある。その資金繰りに一矢は駆り出されていたのだ。
 対霊体仕様の弾丸を邪霊に撃ち込みながら一矢は叫んだ。
「今からでもあの借金! 自己破産とかできないかなあ!」
「無理でしょー。ツバキさんが法律なんか守るわけないってー」
「ああそうかもねえ、先輩!」
 やけくそ気味に叫び返して、正確な射撃で弾丸を撃ち込む。
 三か月の戦闘経験を積んだ結果でもあるが、死神に転生したことによる身体強化や五感強化がそれを可能にしていた。
 天ケ瀬一矢は少し前には考えられないほどの戦闘力を手にしている。
 ただ今の彼は借金返済のことしか頭になく、自身が死神たちの話題の的になっていることなど知る由もなかったし、知る暇もなかった。