51. 恐るべき試練

ー/ー



「グハァ!」

 オーガジェネラルが苦痛の咆哮を上げ、思わず膝をつく。巨体が、地響きと共に傾いた――。

 だが、エリナはそこで止まらなかった。

(今よ! 決める!!)

 倒れかけた巨体を一気に駆け上がる。黒髪が朝日を受けて流れ、舞った。

 オーガジェネラルはエリナを振り払おうとしたが、その動きすら読んでいたエリナは、華麗にかわしながら首筋に剣を突き立てる――。

 グェッ!

「はぁぁぁぁぁ!!」

 全身全霊を込めて剣を引く。五年分の悲しみと、五年分の怒りと、そして今日生まれた希望の全てを、この一撃に込めて。

 ザシュッ!

 刹那、首は一刀両断された。

 巨大な頭部が、ズン! と墜ち、地面を転がる。ゴロゴロと。

 邪悪な瞳から光が消えていく。最後の瞬間、その瞳に映っていたのは、黒髪の少女の凛とした姿だった。

 ポゥ!

 エリナの全身が虹色の光に包まれた。

「え……?」

 ボスを撃破した功績が、神々の祝福となって降り注ぐ。温かい光が全身を包み込み、新たな力が体の奥底から湧き上がってくる。

 その姿を見つめる兵士たちは、言葉を失っていた。

「あの娘が……倒した……」
「Sランクの魔物を……」
「まさか、伝説の……剣聖?」

 朝日を背に、虹色の光に包まれて立つ黒髪の少女。その姿は、まさに伝説の中から抜け出してきた英雄そのものだった。

 ブラッドが、複雑な表情でエリナを見つめる。そこには嫉妬と畏敬、そして諦観が入り混じっていたが、同時に、純粋な喜びもあった。

 自分を超える才能が、目の前で花開いた。

 それは、導いた者として、これ以上ない誇らしい瞬間だった。

「エリナ……」

 ブラッドが歩み寄り、その肩に手を置く。

「見違えた……悪くない。もう、俺が教えることなど何も無いな。はっはっは!」

 豪快な笑い声が、朝の空に響き渡る。

「あ、ありがとうございます……」

 エリナは目を潤ませながら頭を下げた。

 認められた。

 ようやく、認められた。

 五年前、全てを失った日から、ずっと求めていたもの。自分には価値があると、自分は強くなれると、誰かに認めてもらいたかった。

 その願いが、今日、ようやく叶った。

(レオン……私、やったよ……)

 心の中で、遠くにいるはずの軍師に語りかける。

(あなたが信じてくれたから、私は戦えた。あなたがいてくれたから、私は強くなれた)

 朝日が噴煙の間から顔を出す――――。

 黄金の光が、戦場を照らした。

 隘路に散らばる魔物の死骸。見れば、オーガジェネラルの死に混乱した魔物たちが隘路で群衆雪崩を起こし、自滅している。統率を失った群れは、もはや烏合の衆に過ぎなかった。

 こうして、スタンピード討伐戦は『アルカナ』の奇跡的な活躍により、完全勝利を収めたのだった。

 だが、これは始まりに過ぎない。

 『アルカナ』の名は、この日を境に、畏怖と共に大陸中に轟くことになる。火山を目覚めさせ、三万の魔物を灰に変え、Sランクの魔物を新人の少女が一刀のもとに斬り伏せた。

 その噂は、風よりも速く広がっていくだろう。

 英雄か、災厄か。

 救世主か、破壊者か。

 その答えを知る者は、まだいない。

 ただ、朝日に照らされた黒髪の少女の姿だけが、この日、確かに歴史に刻まれたのだった。


       ◇


 井戸のように深くなった避難所で、火山弾から身を守っていた三人――――。

 噴火もようやく落ち着いてきた頃だった。

 ポゥ……。

 突如、三人の身体が虹色の輝きに包まれる。それはまるで天界から降り注ぐ祝福の光のようで、薄暗い穴の中を神々しく照らし出した。

「えっ?」

「こ、これは……?」

 驚きに目を見開く少女たちの横で、レオンの視界にいきなり文字が浮かんだ――――。


【ストーンウォール死守】
【ミッション・コンプリート】
【オメデトウ!】


「おぉ! やったぁ! エリナもボスに勝ったみたいだ!」

 レオンの顔がぱっと明るくなる。

 仲間が無事に困難に打ち勝ち、十万の命が救われた。その事実が、何よりも彼の胸を熱くした。

 エリナは、きっと立派に戦ったのだろう。冒険者として行き詰まり、打ちひしがれていた少女が、Sランクの魔物を相手に、一歩も引かずに戦い抜いたのだ。

 みんな、変わった。

 みんな、強くなった。

 その成長を見届けられたことが、レオンには何よりも嬉しかった。

「凄い……」
「見事ですわ……」

 ルナとミーシャも心から喜びの声を漏らす。

 だが――その声音には、どこか甘い響きが混じっていた。戦いの興奮が冷めやらぬ中、二人の瞳は潤んで、頬は紅潮している。

「じゃあ、そろそろ帰ろう」

 レオンは何気なく立ち上がろうとした。

 実のところ、この窮屈な避難所から一刻も早く逃げ出したかったのだ。美少女二人と身を寄せ合い続けるという、夢のような、しかし同時に拷問のような時間は、さすがに限界に達していた。

 狭い穴の中で少女たちの柔らかな体温が、服越しに伝わってくる。甘い香りが鼻腔をくすぐり、時折聞こえる吐息が耳をかすめる。

 十八歳の男にとって、これ以上の試練があるだろうか。


次のエピソードへ進む 52. 吊り橋効果


みんなのリアクション

「グハァ!」
 オーガジェネラルが苦痛の咆哮を上げ、思わず膝をつく。巨体が、地響きと共に傾いた――。
 だが、エリナはそこで止まらなかった。
(今よ! 決める!!)
 倒れかけた巨体を一気に駆け上がる。黒髪が朝日を受けて流れ、舞った。
 オーガジェネラルはエリナを振り払おうとしたが、その動きすら読んでいたエリナは、華麗にかわしながら首筋に剣を突き立てる――。
 グェッ!
「はぁぁぁぁぁ!!」
 全身全霊を込めて剣を引く。五年分の悲しみと、五年分の怒りと、そして今日生まれた希望の全てを、この一撃に込めて。
 ザシュッ!
 刹那、首は一刀両断された。
 巨大な頭部が、ズン! と墜ち、地面を転がる。ゴロゴロと。
 邪悪な瞳から光が消えていく。最後の瞬間、その瞳に映っていたのは、黒髪の少女の凛とした姿だった。
 ポゥ!
 エリナの全身が虹色の光に包まれた。
「え……?」
 ボスを撃破した功績が、神々の祝福となって降り注ぐ。温かい光が全身を包み込み、新たな力が体の奥底から湧き上がってくる。
 その姿を見つめる兵士たちは、言葉を失っていた。
「あの娘が……倒した……」
「Sランクの魔物を……」
「まさか、伝説の……剣聖?」
 朝日を背に、虹色の光に包まれて立つ黒髪の少女。その姿は、まさに伝説の中から抜け出してきた英雄そのものだった。
 ブラッドが、複雑な表情でエリナを見つめる。そこには嫉妬と畏敬、そして諦観が入り混じっていたが、同時に、純粋な喜びもあった。
 自分を超える才能が、目の前で花開いた。
 それは、導いた者として、これ以上ない誇らしい瞬間だった。
「エリナ……」
 ブラッドが歩み寄り、その肩に手を置く。
「見違えた……悪くない。もう、俺が教えることなど何も無いな。はっはっは!」
 豪快な笑い声が、朝の空に響き渡る。
「あ、ありがとうございます……」
 エリナは目を潤ませながら頭を下げた。
 認められた。
 ようやく、認められた。
 五年前、全てを失った日から、ずっと求めていたもの。自分には価値があると、自分は強くなれると、誰かに認めてもらいたかった。
 その願いが、今日、ようやく叶った。
(レオン……私、やったよ……)
 心の中で、遠くにいるはずの軍師に語りかける。
(あなたが信じてくれたから、私は戦えた。あなたがいてくれたから、私は強くなれた)
 朝日が噴煙の間から顔を出す――――。
 黄金の光が、戦場を照らした。
 隘路に散らばる魔物の死骸。見れば、オーガジェネラルの死に混乱した魔物たちが隘路で群衆雪崩を起こし、自滅している。統率を失った群れは、もはや烏合の衆に過ぎなかった。
 こうして、スタンピード討伐戦は『アルカナ』の奇跡的な活躍により、完全勝利を収めたのだった。
 だが、これは始まりに過ぎない。
 『アルカナ』の名は、この日を境に、畏怖と共に大陸中に轟くことになる。火山を目覚めさせ、三万の魔物を灰に変え、Sランクの魔物を新人の少女が一刀のもとに斬り伏せた。
 その噂は、風よりも速く広がっていくだろう。
 英雄か、災厄か。
 救世主か、破壊者か。
 その答えを知る者は、まだいない。
 ただ、朝日に照らされた黒髪の少女の姿だけが、この日、確かに歴史に刻まれたのだった。
       ◇
 井戸のように深くなった避難所で、火山弾から身を守っていた三人――――。
 噴火もようやく落ち着いてきた頃だった。
 ポゥ……。
 突如、三人の身体が虹色の輝きに包まれる。それはまるで天界から降り注ぐ祝福の光のようで、薄暗い穴の中を神々しく照らし出した。
「えっ?」
「こ、これは……?」
 驚きに目を見開く少女たちの横で、レオンの視界にいきなり文字が浮かんだ――――。
【ストーンウォール死守】
【ミッション・コンプリート】
【オメデトウ!】
「おぉ! やったぁ! エリナもボスに勝ったみたいだ!」
 レオンの顔がぱっと明るくなる。
 仲間が無事に困難に打ち勝ち、十万の命が救われた。その事実が、何よりも彼の胸を熱くした。
 エリナは、きっと立派に戦ったのだろう。冒険者として行き詰まり、打ちひしがれていた少女が、Sランクの魔物を相手に、一歩も引かずに戦い抜いたのだ。
 みんな、変わった。
 みんな、強くなった。
 その成長を見届けられたことが、レオンには何よりも嬉しかった。
「凄い……」
「見事ですわ……」
 ルナとミーシャも心から喜びの声を漏らす。
 だが――その声音には、どこか甘い響きが混じっていた。戦いの興奮が冷めやらぬ中、二人の瞳は潤んで、頬は紅潮している。
「じゃあ、そろそろ帰ろう」
 レオンは何気なく立ち上がろうとした。
 実のところ、この窮屈な避難所から一刻も早く逃げ出したかったのだ。美少女二人と身を寄せ合い続けるという、夢のような、しかし同時に拷問のような時間は、さすがに限界に達していた。
 狭い穴の中で少女たちの柔らかな体温が、服越しに伝わってくる。甘い香りが鼻腔をくすぐり、時折聞こえる吐息が耳をかすめる。
 十八歳の男にとって、これ以上の試練があるだろうか。