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248 乗り換え

ー/ー



 稲荷小学校の校門の門柱にキャップをかぶった女の子がもたれかかって立っていた。藤城皐月(ふじしろさつき)はその子が入屋千智(いりやちさと)だとすぐにわかった。
「ちょっと俺、用があるからここで。じゃあ、また明日」
 皐月は少し強引に江嶋華鈴(えじまかりん)水野真帆(みずのまほ)に別れを告げた。華鈴に見られていることはわかっていたが、構わずに千智のところへ駆け寄った。
「千智、どうしたの?」
「うん……先輩のこと、待ってた」
 千智は不安げな顔をしていた。皐月と会う時はいつもキャップを取るのに、この時はキャップを取らなかった。
「だいぶ待ったんじゃないの?」
「ううん。先輩たちが委員会をやっていたのは知っていたから、終わる時間に合わせてここで待ってたの」
「そうか……」
 千智はこういう行動を起こすタイプではないので、何か事情があるのではと心配になった。だが、このまま華鈴や真帆の前で話を聞けるはずがない。すぐにここから移動して、千智を家に送りながら話を聞こうと思った。

 皐月と千智が帰ろうとすると、華鈴と真帆がまだその場で立ち止まって、皐月たちのことをじっと見ていた。皐月と帰る方角が同じ華鈴は途中まで皐月と一緒に帰るつもりでいたのか、皐月と千智に不審の目を向けている。
 二人を無視して千智と帰るわけにはいかないと思い、皐月は華鈴と真帆に千智を紹介することにした。
「ええと……。彼女のこと、紹介するね。五年生の入屋千智さん。俺の友達」
「初めまして。入屋です」
 千智は脱帽して、礼儀正しく礼をした。千智が顔を上げると、真帆が目を見開いて驚いていた。
「初めまして。江嶋です。入屋さんは3組だったわね」
「えっ? どうして知ってるんですか?」
「私、全校生徒のことを把握してるから」
 華鈴らしくない言い回しだな、と皐月は思った。
「江嶋は児童会長だから、この学校の児童全員に気を配ってるんだ。こっちの彼女は水野さん」
「初めまして。入屋です」
「こちらこそ初めまして。水野です」
 真帆からは華鈴のような攻撃性を感じられなかった。
「知ってるかもしれないけど、水野さんも児童会役員で、書記をやってるんだ。修学旅行実行委員会でも書記をやってくれて、俺のことを助けてくれている」
 皐月の話が止まると、たちまち沈黙が流れる。空気の重さを感じた皐月は、ここでこれ以上会話を続けようとしても仕方がないと思い、千智を連れてこの場を離れることにした。
「俺、入屋さんのこと、家まで送らなければならないから行くね。じゃあ、明日の中休みにまた。バイバイ」
 皐月は華鈴と真帆に手を振り、千智は丁寧に頭を下げた。

 いつもの帰り道を左折せずに通り過ぎ、県道495号線に出る手前の分かれ道を前にして皐月は千智に尋ねた。
「どっち?」
「右」
 前に二橋絵梨花(にはしえりか)と一緒に帰った道と同じだった。だが、千智の住んでいるところは二見町(ふたみちょう)。皐月の行動範囲ではないので、地理がよくわからない。
「家は稲荷口(いなりぐち)駅の近くだったよね。学校からだと、この道で帰るんだ」
 皐月の知識では稲荷口駅に行く経路は別の道しか思い浮かばなかった。
「うん。姫街道(ひめかいどう)の向こうに住んでいる人は、歩道橋を渡らなきゃいけないんだって。学校って安全策が徹底しているよね」
「学校としては児童にはできるだけ横断歩道を渡らせたくないんだろうね。あの歩道橋のところって横断歩道がないから、自転車で姫街道を横切るには横断歩道まで迂回しないといけないよね」
「そうなの。だから前に先輩の家に行った時は豊川稲荷(とよかわいなり)の横を通って行ったんだよ。私、こっちに引っ越して来てからまだそんなに日が経っていないから、道がわからなくて、一所懸命地図を見たよ」
 皐月は千智に言い方が少し気になった。幹線道路を使えば千智の家あたりから自分の家までは簡単に来られるはずだ。一所懸命になって地図を見たということは、最短経路を探していたのだろう。好奇心が旺盛なんだな、と思った。
「千智ん()から俺ん家だったら、お金がかかっちゃうけど、名鉄(めいてつ)に乗って豊川稲荷駅まで行くのが一番いいかも。今日は俺、名鉄に乗って家に帰るつもりだし」
「そうなんだ……。さっき先輩が私のこと、家まで送って行くって言ったから、えっ? どうしようって思ったの」
「なんだ、それ? じゃあ、どうして校門の前で待ってたんだよ?」
「んん……何も考えてなかった」
 二人で笑い合ってはいたが、皐月は聡明な千智にしては軽率な行動だと思った。

「先輩に電車代を使わせちゃうことになってごめんね」
「いいよ。俺、電車に乗るの好きだし。それに豊川線で稲荷口駅だけ乗り降りしたことなかったんだよね。これで豊川線全駅コンプリートできる」
 皐月は鉄道オタクの友人、岩原比呂志(いわはらひろし)の影響で乗り鉄に興味を持ち始めていた。皐月は特に駅訪問が好きだ。
 名鉄豊川線の駅の諏訪町(すわちょう)駅はショッピングモールのプリオに行く時に、八幡(やわた)駅は祖母が入院していた豊川市民病院に行く時やイオンモールに行く時利用したことがある。国府(こう)駅は比呂志と一緒に鉄道写真を撮りに行った。だが、稲荷口駅は自転車で通りかかることはあっても、鉄道で乗り降りしたことがなかった。
「千智は名鉄に乗って塾に通ってるんだよな。いいな〜、鉄道に乗れて」
「えっ? 電車に乗ってるだけだよ?」
 千智はクスクスと笑っていた。鉄道の趣味は女性から嫌悪感を抱かれることが多いと比呂志から聞いていたが、千智からはそんな空気を感じなかった。
 いつか千智と鉄道に乗って遊びに行ってみたいな、と皐月は比呂志と鉄道写真を撮りに行った時に空想したことがある。千智の反応を見ると、この夢は叶いそうな気がした。



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次のエピソードへ進む 249 歩道橋の上から眺める景色


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 稲荷小学校の校門の門柱にキャップをかぶった女の子がもたれかかって立っていた。|藤城皐月《ふじしろさつき》はその子が|入屋千智《いりやちさと》だとすぐにわかった。
「ちょっと俺、用があるからここで。じゃあ、また明日」
 皐月は少し強引に|江嶋華鈴《えじまかりん》と|水野真帆《みずのまほ》に別れを告げた。華鈴に見られていることはわかっていたが、構わずに千智のところへ駆け寄った。
「千智、どうしたの?」
「うん……先輩のこと、待ってた」
 千智は不安げな顔をしていた。皐月と会う時はいつもキャップを取るのに、この時はキャップを取らなかった。
「だいぶ待ったんじゃないの?」
「ううん。先輩たちが委員会をやっていたのは知っていたから、終わる時間に合わせてここで待ってたの」
「そうか……」
 千智はこういう行動を起こすタイプではないので、何か事情があるのではと心配になった。だが、このまま華鈴や真帆の前で話を聞けるはずがない。すぐにここから移動して、千智を家に送りながら話を聞こうと思った。
 皐月と千智が帰ろうとすると、華鈴と真帆がまだその場で立ち止まって、皐月たちのことをじっと見ていた。皐月と帰る方角が同じ華鈴は途中まで皐月と一緒に帰るつもりでいたのか、皐月と千智に不審の目を向けている。
 二人を無視して千智と帰るわけにはいかないと思い、皐月は華鈴と真帆に千智を紹介することにした。
「ええと……。彼女のこと、紹介するね。五年生の入屋千智さん。俺の友達」
「初めまして。入屋です」
 千智は脱帽して、礼儀正しく礼をした。千智が顔を上げると、真帆が目を見開いて驚いていた。
「初めまして。江嶋です。入屋さんは3組だったわね」
「えっ? どうして知ってるんですか?」
「私、全校生徒のことを把握してるから」
 華鈴らしくない言い回しだな、と皐月は思った。
「江嶋は児童会長だから、この学校の児童全員に気を配ってるんだ。こっちの彼女は水野さん」
「初めまして。入屋です」
「こちらこそ初めまして。水野です」
 真帆からは華鈴のような攻撃性を感じられなかった。
「知ってるかもしれないけど、水野さんも児童会役員で、書記をやってるんだ。修学旅行実行委員会でも書記をやってくれて、俺のことを助けてくれている」
 皐月の話が止まると、たちまち沈黙が流れる。空気の重さを感じた皐月は、ここでこれ以上会話を続けようとしても仕方がないと思い、千智を連れてこの場を離れることにした。
「俺、入屋さんのこと、家まで送らなければならないから行くね。じゃあ、明日の中休みにまた。バイバイ」
 皐月は華鈴と真帆に手を振り、千智は丁寧に頭を下げた。
 いつもの帰り道を左折せずに通り過ぎ、県道495号線に出る手前の分かれ道を前にして皐月は千智に尋ねた。
「どっち?」
「右」
 前に|二橋絵梨花《にはしえりか》と一緒に帰った道と同じだった。だが、千智の住んでいるところは|二見町《ふたみちょう》。皐月の行動範囲ではないので、地理がよくわからない。
「家は|稲荷口《いなりぐち》駅の近くだったよね。学校からだと、この道で帰るんだ」
 皐月の知識では稲荷口駅に行く経路は別の道しか思い浮かばなかった。
「うん。|姫街道《ひめかいどう》の向こうに住んでいる人は、歩道橋を渡らなきゃいけないんだって。学校って安全策が徹底しているよね」
「学校としては児童にはできるだけ横断歩道を渡らせたくないんだろうね。あの歩道橋のところって横断歩道がないから、自転車で姫街道を横切るには横断歩道まで迂回しないといけないよね」
「そうなの。だから前に先輩の家に行った時は|豊川稲荷《とよかわいなり》の横を通って行ったんだよ。私、こっちに引っ越して来てからまだそんなに日が経っていないから、道がわからなくて、一所懸命地図を見たよ」
 皐月は千智に言い方が少し気になった。幹線道路を使えば千智の家あたりから自分の家までは簡単に来られるはずだ。一所懸命になって地図を見たということは、最短経路を探していたのだろう。好奇心が旺盛なんだな、と思った。
「千智ん|家《ち》から俺ん家だったら、お金がかかっちゃうけど、|名鉄《めいてつ》に乗って豊川稲荷駅まで行くのが一番いいかも。今日は俺、名鉄に乗って家に帰るつもりだし」
「そうなんだ……。さっき先輩が私のこと、家まで送って行くって言ったから、えっ? どうしようって思ったの」
「なんだ、それ? じゃあ、どうして校門の前で待ってたんだよ?」
「んん……何も考えてなかった」
 二人で笑い合ってはいたが、皐月は聡明な千智にしては軽率な行動だと思った。
「先輩に電車代を使わせちゃうことになってごめんね」
「いいよ。俺、電車に乗るの好きだし。それに豊川線で稲荷口駅だけ乗り降りしたことなかったんだよね。これで豊川線全駅コンプリートできる」
 皐月は鉄道オタクの友人、|岩原比呂志《いわはらひろし》の影響で乗り鉄に興味を持ち始めていた。皐月は特に駅訪問が好きだ。
 名鉄豊川線の駅の|諏訪町《すわちょう》駅はショッピングモールのプリオに行く時に、|八幡《やわた》駅は祖母が入院していた豊川市民病院に行く時やイオンモールに行く時利用したことがある。|国府《こう》駅は比呂志と一緒に鉄道写真を撮りに行った。だが、稲荷口駅は自転車で通りかかることはあっても、鉄道で乗り降りしたことがなかった。
「千智は名鉄に乗って塾に通ってるんだよな。いいな〜、鉄道に乗れて」
「えっ? 電車に乗ってるだけだよ?」
 千智はクスクスと笑っていた。鉄道の趣味は女性から嫌悪感を抱かれることが多いと比呂志から聞いていたが、千智からはそんな空気を感じなかった。
 いつか千智と鉄道に乗って遊びに行ってみたいな、と皐月は比呂志と鉄道写真を撮りに行った時に空想したことがある。千智の反応を見ると、この夢は叶いそうな気がした。