藤城皐月は自分の席に戻ると、
花岡聡の目を気にして
二橋絵梨花には話しかけず、
吉口千由紀に話しかけた。
「金曜日に『雪国』と『人間失格』買ったよ」
「一度に二冊買ったの?」
「うん。古本屋で買ったから、在庫がある時に買わないとね」
「もう読んだの?」
「読んだ」
「どうだった?」
「……ちょっと今はまだ言葉にできないかな」
「どうして?」
「……言いたくない」
小説を読んだ感想を言うことが、こんなにも恥ずかしいことだとは思わなかった。
「ふふふ。いいよ、言わなくても」
「もう一度……いや、何度か繰り返し読んでみるよ」
千由紀が優しく笑っていた。千由紀には自分の中にある
大庭葉蔵と
島村を見透かされているのかもしれない。気が付くと、隣の席の絵梨花も微笑んでいた。
「二橋さんって『雪国』と『人間失格』、読んだことある?」
「うん。つい最近、みんなの話の中で出てきたから読んでみた」
皐月は緊張した。もしかしたら絵梨花にも自分の暗部に気付かれたかもしれない。絵梨花から『雪国』と『人間失格』の感想を聞いてみたかったが、自分が千由紀に感想を言わなかった以上、そんな図々しいことは聞けなかった。
聡の目を気にして絵梨花との会話を躊躇していると、
岩原比呂志と
神谷秀真が慌ただしく席にやって来た。彼らの通学班はいつも登校が遅い。
「おーはよー」
「おはようございます」
秀真も比呂志もこの班に馴染んできた。修学旅行の行き先決めがきっかけで、班の女子達と話ができるようになった。
秀真は隣の席の
栗林真理に、比呂志も隣の席の千由紀に声をかけている。彼らの話す内容が休みの日に皐月と遊びに行ったことだったのが皐月にはおかしかった。
秀真と比呂志の二人は女子と積極的に話すタイプではない。今までの陰キャっぷりから考えると、話題の内容はどうであれ、単独で女子に話しかけられるようになったことは大きな進歩だ。
秀真と比呂志が二人で話し始めたので、皐月はぼんやりと聞いていると、絵梨花に話しかけられた。
「藤城さん、休日は忙しかったのね」
「忙しいって言っても、遊んでばかりだけどね」
「絵梨花ちゃんなら遊ぶ余裕くらいあるんじゃないの?」
秀真と比呂志がランドセルを片付けに行った隙に、真理が話に加わった。
「時間ができたらバイオリンやピアノのレッスンをしないといけないから……。まあ、どっちも楽しいからいいんだけど。真理ちゃんは?」
「私は寝ちゃう」
「寝ちゃうんだ……。だから背が高いんだね」
真理と絵梨花が二人で話し始めたので、皐月は千由紀に話しかけた。
「吉口さんは週末、何してたの?」
「私はいつも本を読んだり、小説を書いたりしているよ」
「小説書くの?」
「まあ……一応。Web小説を投稿してる」
「すげー! 何か賞とか狙ってるの?」
「そんなこと考えてないよ……。読者だって10人もいないし……」
「俺、読ませてもらってもいい?」
「嫌っ!」
「えっ! なんで?」
「……だって恥ずかしいじゃない。知ってる人に読まれるのって」
面と向かって嫌だと言われると、皐月はそれ以上は怖くて何も言えなくなる。
皐月は自分が傷つきたくないので、女子と話をする時は「嫌」と言われないように気をつけながら言葉を選ぶようにしている。
真理や美耶のように気心の知れた相手なら「嫌」と言われても平気だし、わざと「嫌」と言われるようなことも言う。だが、まだ十分に仲良くなっていない千由紀に「嫌」と言われたことには少々こたえた。
「いつか必ず読んでもらうから、それまでは待って」
気まずさに耐えかねたように千由紀が皐月に言葉をかけた。心配そうにしている千由紀を見て、皐月は今自分がどんな顔をしているのか気になった。