第31話 兄君たちとの邂逅

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 楽しそうに歩くマリーナに手を引かれながらシャロンは周囲を見渡すと、外通路からはきちんと剪定されている中庭が一望できた。

 四季折々の花々が咲き、薔薇のアーチの向こうにはテラスが見える。風通しも良くて、晴れた日には気持ちよくお茶ができそうだ。


「ジーク、お前は本当に王位継承権を放棄するんだな?」

「何度も言っているだろ、フィルクス兄上。俺は王位継承権を放棄する」

「信じられないから聞いてんだろ」

「そう言われてもハーラルト兄上、グリュムントが勝手にやってるだけだ」


 ぼんやりと中庭を眺めていると外通路の角から何やら声がする。マリーナと顔を覗かせれば、二人の男に挟まれる形で立っているジークハルトがいた。

 ジークハルトは黒を基調とした正装に着替えていていつもと違った様子だ。他の男たちも同じように白を基調とした正装に身を包んでいる。


「フィルクスお兄様ー」

「なんだ、マリーナ。お兄さんは今……」


 フィルクスと呼ばれた金糸の短い髪の青年は顔を上げて固まった。それに気づいてなんだと襟足の長い金髪の青年が見遣って、目を瞬かせる。

 それはどうやらシャロンを見ての反応のようで、どういうことだと言ったふうにマリーナに目で訴えていたがシャロンはとりあえず頭を下げておいた。


「ジークお兄様が連れてきたハルピュイアよ! ジークお兄様、お着換え終わったわ!」

「あぁ、そうか……」


 ジークハルトもシャロンの姿に言葉を失っているようでじっと見つめられてしまう。

 変だっただろうかとシャロンはドレスを摘まむと、ジークハルトが「変ではない」と慌てたように言う。


「とてもよく似合っている」

「そ、そうですか……」

「そうよね! シャロンお姉様にぴったりよね!」


 マリーナは自分のことのように喜びながら「真っ白な羽根にこのドレスはよく似合ってると思うのよ!」と力説する。

 そこまで考えていたのかとシャロンがドレスを見ていると突然手を握られた。

 なんだなんだと驚いて顔を上げればフィルクスの真っ青な瞳と目が合う。


「美しい」

「は、はぁ……」

「ハルピュイアは美人だと聞いていたがここまでの逸材が存在したのか!」

「えっと?」


 フィルクスの勢いにシャロンがたじたじになっているというのに、彼はそんなことに気づいた様子もなく名前を聞いてきた。

 素直に名前を教えれば、フィルクスは自身の名を名乗りシャロンの手の甲に口づけをする。


「どうだろうか、わたしの婚約者に……」

「え、嫌です」


 即答。あまりの速さにフィルクスは目を丸くさせているのだが、シャロンはどうしてそうなるのだと突っ込みたかった。

 出逢って数秒でこれとはいかがなものかと。

 一目惚れというのがあるのは十分に理解しているけれど、それでもまず他にあるだろうと言いたかった。

(これかぁ、ディルクさんが味わったのって……)

 ディルクがカノアにいきなり夫になれと言われた気持ちがこの時、少しだけ理解できた。

 フィルクスが何か言おうとするのを邪魔するようにジークハルトが割って入りシャロンを背に隠す。


「フィルクス兄上、止めていただきたい」

「……まさか、お前……」

「うっそだろ、ジーク! お前が選んだ女かよ!」

「嘘ではない、ハーラルト兄上」


 ハーラルトと呼ばれた襟足の長い金髪の青年が「ほんとかよ!」と驚きの声を上げる。

 フィルクスも信じられないようで、それだけでジークハルトがどれだけの婚約者候補を断り続けていたのか理解できる。

 それだけ女性を避けていたのならばこの反応はしたないなとシャロンでも思う。

 マリーナは「フィルクスお兄様ダメよ!」と前に出るとびしっと指をさした。


「シャロンお姉様はジークお兄様を選んだのだから!」

「……わたしのほうが良いと思うが?」

「嫌です」


 これまた即答のシャロンにフィルクスは片眉を下げる。えらく自分に自信を持っていることに疑問をいだきながらもシャロンは断った。

 自分が好きなのはジークハルトだけなので申し訳ないがその言葉に返事を返すことはできない。

 そんな態度に何か言いたげにしているフィルクスにジークハルトは鋭い瞳を向けている。

 そんな彼の様子にハーラルトが「やめとけ、兄さん。こいつ本気だ」と止めに入った。


「せっかく、ジークが王位継承権を破棄するって言うんだ。ハルピュイアに手を出してそれを無かったことにされたら困るだろ」

「……仕方ないか」


 ハーラルトの言葉にフィルクスは仕方ないと手を引いたので、とりあえずは諦めてくれたとシャロンはほっと息をつく。

 それでも彼からの視線は受けているので、落ち着くことはできなかったのだがそれは黙っておく。


「兄さん、その惚れっぽい性格を治さねぇといつか修羅場に巻き込まれるぜ」

「そんなものどうとでもなる」

「ならねぇっつーの。まぁ、いいや。ジーク、お前は王位継承権を放棄する意思は固いんだな?」

「あぁ。父上に宣言したらここも出ていくつもりだ」

「出ていくねぇ……父上が許すかなぁそれ。許しても条件だされるぜ、きっと」


 父上が息子たちを外に出すとは思えないとハーラルトに言われてジークハルトは眉を下げる。

 それは分かっていたことなのか、「それでも交渉する」と彼は返した。

 ジークハルトの意思の固さにハーラルトは彼が嘘をついているようには感じなかったようで、「ひとまずは信じよう」と頷く。

 フィルクスも納得はしたようで、「早く父に宣言して来い」と言った。


「父に会いたいのだがまだ無理なのか」

「この前、倒れたばかりで医者以外は今、会えねぇんだよ。ただ、体調は回復したようだからそろそろ会えると思うが」

「そうか……」


 ハーラルトの話にジークハルトは何とも悩ましげにしていた、彼には時間制限があるからだ。

 ハルピュイア三姉妹から「五日で解決しろ」と言い渡されているので、それまでにどうにかしなければならない。

 グリュムントがまだ諦めていない様子から邪魔されることは目に見えているので、それもどうにかしないといけないのだ。

 残された時間というのは少なく、無駄なことをしている暇はないので考えて行動しなければならなかった。

 ジークハルトの焦りを感じてかシャロンは何か声をかけたかったけれど言葉が見つからず、黙って彼の背を見つめる。


「まぁ、今日は無理だが明日また様子見てみればいいんじゃねぇかな」

「そうさせてもらう。話が終わったのならもういいだろうか」


 ジークハルトのもういいだろうという圧にハーラルトは「こっわ」と呟きながら頷いた。

 フィルクスはまだシャロンを見つめていたけれど、ジークハルトに一睨みされて視線を逸らしている。

 二人の態度にもういいのだと判断してジークハルトはシャロンの手を掴むと彼女とマリーナを連れてその場を離れた。

 黙って暫く歩いていたジークハルトだが、外通路から城内へと入ると立ち止まって深く息を吐く。

 振り返ったジークハルトはなんとも申し訳なさげにしていた。少しばかり疲れたようにも見えてシャロンは「大丈夫ですか?」と声をかける。

 彼は「シャロンのほうこそ大丈夫だろうか」と問い返される。


「フィルクス兄上は惚れやすい性格なんだ。その、すまない」

「あー、なるほど。別に気にしてないので! 大丈夫なので!」


 ジークハルトが悪いわけではないのだから、彼が謝る必要はないとシャロンは言う。

 それでもジークハルトは申し訳なさげにしているので、シャロンは「大丈夫です!」ともう一度、念を押す。


「ジークお兄様。シャロンお姉様がこう言っているのですからそれ以上は逆に心配かけてしまうわよ」

「……そうか」

「あれはフィルクスお兄様が悪いもの。ジークお兄様は謝らなくていいの!」


 マリーナにも言われてジークハルトはそうかと納得したように返事をする。

 シャロンは話を変えようと「これからどうするんですか?」と聞けば、彼は「グリュムントをどうにかする」と返された。


「あいつは仕事はできるが面倒な性格だ。思い込んだらずっとやり続けるからそろそろ諦めてもらう」

「そうよねぇ。あの人にはそろそろ諦めてもわらなきゃ」


 グリュムントをどうにか説得するのだと言うジークハルトに、シャロンは応援することしかできないので、「気を付けてくださいね」と声をかける。

 ジークハルトは「大丈夫だ」とふっと笑みを見せた。


「シャロンの面倒をマリーナに見てもらいたい。他は信用できないからな」

「いいわよ。わたくしはジークお兄様の味方ですもの!」

「シャロン。マリーナとなるべく一緒にいてくれ」

「わ、わかりました」


 ジークハルトの提案により、シャロンはマリーナと行動することになり、これから五日間をこの城でシャロンは過ごしていくことになった。



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 楽しそうに歩くマリーナに手を引かれながらシャロンは周囲を見渡すと、外通路からはきちんと剪定されている中庭が一望できた。
 四季折々の花々が咲き、薔薇のアーチの向こうにはテラスが見える。風通しも良くて、晴れた日には気持ちよくお茶ができそうだ。
「ジーク、お前は本当に王位継承権を放棄するんだな?」
「何度も言っているだろ、フィルクス兄上。俺は王位継承権を放棄する」
「信じられないから聞いてんだろ」
「そう言われてもハーラルト兄上、グリュムントが勝手にやってるだけだ」
 ぼんやりと中庭を眺めていると外通路の角から何やら声がする。マリーナと顔を覗かせれば、二人の男に挟まれる形で立っているジークハルトがいた。
 ジークハルトは黒を基調とした正装に着替えていていつもと違った様子だ。他の男たちも同じように白を基調とした正装に身を包んでいる。
「フィルクスお兄様ー」
「なんだ、マリーナ。お兄さんは今……」
 フィルクスと呼ばれた金糸の短い髪の青年は顔を上げて固まった。それに気づいてなんだと襟足の長い金髪の青年が見遣って、目を瞬かせる。
 それはどうやらシャロンを見ての反応のようで、どういうことだと言ったふうにマリーナに目で訴えていたがシャロンはとりあえず頭を下げておいた。
「ジークお兄様が連れてきたハルピュイアよ! ジークお兄様、お着換え終わったわ!」
「あぁ、そうか……」
 ジークハルトもシャロンの姿に言葉を失っているようでじっと見つめられてしまう。
 変だっただろうかとシャロンはドレスを摘まむと、ジークハルトが「変ではない」と慌てたように言う。
「とてもよく似合っている」
「そ、そうですか……」
「そうよね! シャロンお姉様にぴったりよね!」
 マリーナは自分のことのように喜びながら「真っ白な羽根にこのドレスはよく似合ってると思うのよ!」と力説する。
 そこまで考えていたのかとシャロンがドレスを見ていると突然手を握られた。
 なんだなんだと驚いて顔を上げればフィルクスの真っ青な瞳と目が合う。
「美しい」
「は、はぁ……」
「ハルピュイアは美人だと聞いていたがここまでの逸材が存在したのか!」
「えっと?」
 フィルクスの勢いにシャロンがたじたじになっているというのに、彼はそんなことに気づいた様子もなく名前を聞いてきた。
 素直に名前を教えれば、フィルクスは自身の名を名乗りシャロンの手の甲に口づけをする。
「どうだろうか、わたしの婚約者に……」
「え、嫌です」
 即答。あまりの速さにフィルクスは目を丸くさせているのだが、シャロンはどうしてそうなるのだと突っ込みたかった。
 出逢って数秒でこれとはいかがなものかと。
 一目惚れというのがあるのは十分に理解しているけれど、それでもまず他にあるだろうと言いたかった。
(これかぁ、ディルクさんが味わったのって……)
 ディルクがカノアにいきなり夫になれと言われた気持ちがこの時、少しだけ理解できた。
 フィルクスが何か言おうとするのを邪魔するようにジークハルトが割って入りシャロンを背に隠す。
「フィルクス兄上、止めていただきたい」
「……まさか、お前……」
「うっそだろ、ジーク! お前が選んだ女かよ!」
「嘘ではない、ハーラルト兄上」
 ハーラルトと呼ばれた襟足の長い金髪の青年が「ほんとかよ!」と驚きの声を上げる。
 フィルクスも信じられないようで、それだけでジークハルトがどれだけの婚約者候補を断り続けていたのか理解できる。
 それだけ女性を避けていたのならばこの反応はしたないなとシャロンでも思う。
 マリーナは「フィルクスお兄様ダメよ!」と前に出るとびしっと指をさした。
「シャロンお姉様はジークお兄様を選んだのだから!」
「……わたしのほうが良いと思うが?」
「嫌です」
 これまた即答のシャロンにフィルクスは片眉を下げる。えらく自分に自信を持っていることに疑問をいだきながらもシャロンは断った。
 自分が好きなのはジークハルトだけなので申し訳ないがその言葉に返事を返すことはできない。
 そんな態度に何か言いたげにしているフィルクスにジークハルトは鋭い瞳を向けている。
 そんな彼の様子にハーラルトが「やめとけ、兄さん。こいつ本気だ」と止めに入った。
「せっかく、ジークが王位継承権を破棄するって言うんだ。ハルピュイアに手を出してそれを無かったことにされたら困るだろ」
「……仕方ないか」
 ハーラルトの言葉にフィルクスは仕方ないと手を引いたので、とりあえずは諦めてくれたとシャロンはほっと息をつく。
 それでも彼からの視線は受けているので、落ち着くことはできなかったのだがそれは黙っておく。
「兄さん、その惚れっぽい性格を治さねぇといつか修羅場に巻き込まれるぜ」
「そんなものどうとでもなる」
「ならねぇっつーの。まぁ、いいや。ジーク、お前は王位継承権を放棄する意思は固いんだな?」
「あぁ。父上に宣言したらここも出ていくつもりだ」
「出ていくねぇ……父上が許すかなぁそれ。許しても条件だされるぜ、きっと」
 父上が息子たちを外に出すとは思えないとハーラルトに言われてジークハルトは眉を下げる。
 それは分かっていたことなのか、「それでも交渉する」と彼は返した。
 ジークハルトの意思の固さにハーラルトは彼が嘘をついているようには感じなかったようで、「ひとまずは信じよう」と頷く。
 フィルクスも納得はしたようで、「早く父に宣言して来い」と言った。
「父に会いたいのだがまだ無理なのか」
「この前、倒れたばかりで医者以外は今、会えねぇんだよ。ただ、体調は回復したようだからそろそろ会えると思うが」
「そうか……」
 ハーラルトの話にジークハルトは何とも悩ましげにしていた、彼には時間制限があるからだ。
 ハルピュイア三姉妹から「五日で解決しろ」と言い渡されているので、それまでにどうにかしなければならない。
 グリュムントがまだ諦めていない様子から邪魔されることは目に見えているので、それもどうにかしないといけないのだ。
 残された時間というのは少なく、無駄なことをしている暇はないので考えて行動しなければならなかった。
 ジークハルトの焦りを感じてかシャロンは何か声をかけたかったけれど言葉が見つからず、黙って彼の背を見つめる。
「まぁ、今日は無理だが明日また様子見てみればいいんじゃねぇかな」
「そうさせてもらう。話が終わったのならもういいだろうか」
 ジークハルトのもういいだろうという圧にハーラルトは「こっわ」と呟きながら頷いた。
 フィルクスはまだシャロンを見つめていたけれど、ジークハルトに一睨みされて視線を逸らしている。
 二人の態度にもういいのだと判断してジークハルトはシャロンの手を掴むと彼女とマリーナを連れてその場を離れた。
 黙って暫く歩いていたジークハルトだが、外通路から城内へと入ると立ち止まって深く息を吐く。
 振り返ったジークハルトはなんとも申し訳なさげにしていた。少しばかり疲れたようにも見えてシャロンは「大丈夫ですか?」と声をかける。
 彼は「シャロンのほうこそ大丈夫だろうか」と問い返される。
「フィルクス兄上は惚れやすい性格なんだ。その、すまない」
「あー、なるほど。別に気にしてないので! 大丈夫なので!」
 ジークハルトが悪いわけではないのだから、彼が謝る必要はないとシャロンは言う。
 それでもジークハルトは申し訳なさげにしているので、シャロンは「大丈夫です!」ともう一度、念を押す。
「ジークお兄様。シャロンお姉様がこう言っているのですからそれ以上は逆に心配かけてしまうわよ」
「……そうか」
「あれはフィルクスお兄様が悪いもの。ジークお兄様は謝らなくていいの!」
 マリーナにも言われてジークハルトはそうかと納得したように返事をする。
 シャロンは話を変えようと「これからどうするんですか?」と聞けば、彼は「グリュムントをどうにかする」と返された。
「あいつは仕事はできるが面倒な性格だ。思い込んだらずっとやり続けるからそろそろ諦めてもらう」
「そうよねぇ。あの人にはそろそろ諦めてもわらなきゃ」
 グリュムントをどうにか説得するのだと言うジークハルトに、シャロンは応援することしかできないので、「気を付けてくださいね」と声をかける。
 ジークハルトは「大丈夫だ」とふっと笑みを見せた。
「シャロンの面倒をマリーナに見てもらいたい。他は信用できないからな」
「いいわよ。わたくしはジークお兄様の味方ですもの!」
「シャロン。マリーナとなるべく一緒にいてくれ」
「わ、わかりました」
 ジークハルトの提案により、シャロンはマリーナと行動することになり、これから五日間をこの城でシャロンは過ごしていくことになった。