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第5話 人間もハルピュイアも見た目で判断はできない

ー/ー



「はっはっはっは。婿候補で此処に残るとはねぇ」


 赤茶毛の短い髪の男が笑う。ジークハルトより少し年上だろう風貌の、けれど疲れた目元をした男は深緑の外套を揺らした。


「ディルクさんは攫われてきたじゃないですか」


 ディルクと呼ばれたその男はシャロンに突っ込まれて、「それを言われたら」とまた笑う。

 シャロンの家を訪れたのはディルクという人間の男だった。

 このハルピュイアの里にいる数少ない人間の一人で、ジークハルトがやってきたことを知って見に来たのだ。

 ジークハルトのほうが年下ではあるのだが若者であるのは変わらないので、「やっと仲間ができた」とディルクは喜んでいる。


「攫われてきたというのはどういう?」


 シャロンの言葉にジークハルトが問うと、ディルクは聞いてくれるかいと話を始めた。

 ディルクはこの森を抜けた先にある村のさらに奥、山間の出身だ。

 猟師として細々と暮らしていた彼はある日、ハルピュイアと出逢う。彼女は山で出逢った魔物と交戦したようで足を怪我していた。

 そのまま放っておくこともできずにディルクはハルピュイアを抱えて自宅に戻り、彼女の足の怪我を手当てしてやったのだという。


「ちょっとした親切心だったんだけどなぁ」


 怪我が治るまで面倒みるかなとそんなことを考えていれば、ハルピュイアの彼女はディルクのその親切心に惚れてしまったのだ。

 そこからが凄かった。足が治った彼女はディルクに夫になれと迫り、有無を言わさずにこの里まで連れてきてその押しというのが尋常ではなかった。


「いやあ、まさか攫われるとは思わなかったわ」

「それは……いいのか?」

「そりゃあ、お兄さんもね、抵抗はしたよ? でも、彼女の押しの強さときたら……」


 よく考えなさいと諭したらしいのだが、彼女は「貴方しかいない!」と一歩も譲らなかったのだという。

 こんな色気も無い男の何処がいいのかねと今でも不思議らしい。

 ハルピュイアに「あたしは見た目じゃない、心に惹かれたんだ!」と、里の門前で叫ばれた時はびっくりしたなとディルクは笑う。


「まー、独り身だったし、夫になるのも悪くないかーってなったわけなんだけども」


 ディルクは「彼女も離してくれなかったからね」と思い出したように目を細めた。

 しっかりと話し合いをしてそれでも夫になってほしいと申し込まれて、ディルクはそのプロポーズを受け入れたのだという。


「訳アリでも此処は温かいから住みやすいぜ」


 ヴァンパイアは街では生き難くて放浪していたところをハルピュイアに惚れられた。

 他にも獣人の村から追い出された者や、両親との確執で逃げてきた者などいるとディルクは話す。

 ハルピュイアは訳を聞かない。もちろん、里に問題を運んできたのならば対処するが、そうでないのならば基本的には話題にしない。悪人でないのならば何ら気にもしない種族だ。


「あの三姉妹は見抜く目を持っている。悪人は一歩も里には入れないのさ」

「此処を人間が訪れることはあるのか?」

「商人と近くの村人が来るぐらいさ」


 ハルピュイアは魔物などを狩って、その素材を商人に売ることで物を仕入れたり金銭を稼いでいる。

 特にハルピュイアが魔物の鱗や皮、毛皮などで作った防具や衣服というのはデザイン性も良くて高値で取引されるので、それを求めて商人や村人が訪れるのだ。


「この近くの村というと……」

「スンナだな。クロチュイア草原にある村だ」

「ラージュ平原ではないのか」

「ラージュ平原はこっからだとかなり遠いぜ」


 あっちはアルベシュト王都があるけど、そっちの客は滅多に訪れないとディルクは答える。それを聞いてジークハルトが安堵した表情をみせた。

 多分だが、アルベシュト王都のほうから逃げてきた身なのだろう。

 それに気づいたけれどシャロンは聞かず、それはディルクも同じだった。まぁ、人間はそう来ないさと知らぬふりをしている。


「そうだ、ここいらの狩場を教えてやるよ」

「狩場?」


 ディルクは「そう、狩場だ」と言う。

 この里では基本的にはハルピュイアが狩りをするが、夫もその例外ではない。

 彼女たちは商人との交渉用の商品を生み出すために集団で狩りをすることもあり、そうなると食料を狩るのは夫に回ってくることになるのだ。

 狩場というのはハルピュイアたちの縄張りのことだ。この辺りまでならば他所の種族と争いになることはないという境界線がある。

 それを知っておいて損はない、此処に住む以上は働かねばならないのだから。


「シャロンちゃんの家は庭に畑があるから作物に困ることはないが、肉や魚は狩るしかないからな」


 ディルクの話にジークハルトがなるほどと頷く。

 何もせず働かないというのはよくないことだと返事をする彼に、シャロンはヒモ男系ではなさそうだなと感じる。


「シャロンちゃんはどうする?」

「あ、私も行きます!」


 ディルクのことを信じていないわけではないのだが、彼一人にジークハルトを任せるのは申し訳なかった。

 拾ってきたのだから多少の世話は自分がするべきだと。

 シャロンの返事に「じゃあ一緒に行くかね」とディルクが立ち上がるとそれに続くように二人は家を出た。

 ディルクは「嫁さんに一言伝えてから」と言って少し離れた家へと向かう。家の傍にある畑で作業している一人のハルピュイアに声をかけていた。

 綺麗な金髪の長い髪を結ったハルピュイアがディルクに抱き着いているの見て、ジークハルトが「あの人が妻なのか」とシャロンに小声で問う。

 彼女こそ、押しと勢いでディルクを落としたハルピュイアのカノアだ。

 なかなかの美人でスタイルも良く、おとなしそうな見た目をしているがかなり積極的で元気はつらつ娘だ。


「そうです。カノアは見た目によらず元気で押しが強いハルピュイアなんですよ」

「確かに見た目は大人しく見えるが……」

「待たせたな」


 こそこそと話しているとディルクが狩りの道具である装備を持ってやってきた、腰には様々な種類のナイフ、矢束と弓が持たれている。


「どうした?」

「いや、ハルピュイアは見た目で判断ができないなと」

「あー、大人しそうに見えて元気はつらつだったり、陽気に見えて臆病だったりするからな」


 ハルピュイアは見た目じゃ性格はわからないなとディルクは答える。


「シャロンちゃんも見た目はクールに見えるけど、そうじゃないしな」

「見た目と違うと言われるとなんか複雑な心境になるんですけど」

「はっはっは、世話焼きで優しいよくできた子だとお兄さんは思っているよ」


 ディルクは大袈裟に笑うとシャロンの頭をがしがしと撫でてやった。少々、子供扱いされている気がしなくもないが彼に悪気はないので大人しく受け入れる。

 それに世話焼きに関してはジークハルトを助けて面倒をみているので否定できなかった。


「よし、じゃあ行くぞー」


 その掛け声と共に三人は門を出て狩場へと向かった。





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「はっはっはっは。婿候補で此処に残るとはねぇ」
 赤茶毛の短い髪の男が笑う。ジークハルトより少し年上だろう風貌の、けれど疲れた目元をした男は深緑の外套を揺らした。
「ディルクさんは攫われてきたじゃないですか」
 ディルクと呼ばれたその男はシャロンに突っ込まれて、「それを言われたら」とまた笑う。
 シャロンの家を訪れたのはディルクという人間の男だった。
 このハルピュイアの里にいる数少ない人間の一人で、ジークハルトがやってきたことを知って見に来たのだ。
 ジークハルトのほうが年下ではあるのだが若者であるのは変わらないので、「やっと仲間ができた」とディルクは喜んでいる。
「攫われてきたというのはどういう?」
 シャロンの言葉にジークハルトが問うと、ディルクは聞いてくれるかいと話を始めた。
 ディルクはこの森を抜けた先にある村のさらに奥、山間の出身だ。
 猟師として細々と暮らしていた彼はある日、ハルピュイアと出逢う。彼女は山で出逢った魔物と交戦したようで足を怪我していた。
 そのまま放っておくこともできずにディルクはハルピュイアを抱えて自宅に戻り、彼女の足の怪我を手当てしてやったのだという。
「ちょっとした親切心だったんだけどなぁ」
 怪我が治るまで面倒みるかなとそんなことを考えていれば、ハルピュイアの彼女はディルクのその親切心に惚れてしまったのだ。
 そこからが凄かった。足が治った彼女はディルクに夫になれと迫り、有無を言わさずにこの里まで連れてきてその押しというのが尋常ではなかった。
「いやあ、まさか攫われるとは思わなかったわ」
「それは……いいのか?」
「そりゃあ、お兄さんもね、抵抗はしたよ? でも、彼女の押しの強さときたら……」
 よく考えなさいと諭したらしいのだが、彼女は「貴方しかいない!」と一歩も譲らなかったのだという。
 こんな色気も無い男の何処がいいのかねと今でも不思議らしい。
 ハルピュイアに「あたしは見た目じゃない、心に惹かれたんだ!」と、里の門前で叫ばれた時はびっくりしたなとディルクは笑う。
「まー、独り身だったし、夫になるのも悪くないかーってなったわけなんだけども」
 ディルクは「彼女も離してくれなかったからね」と思い出したように目を細めた。
 しっかりと話し合いをしてそれでも夫になってほしいと申し込まれて、ディルクはそのプロポーズを受け入れたのだという。
「訳アリでも此処は温かいから住みやすいぜ」
 ヴァンパイアは街では生き難くて放浪していたところをハルピュイアに惚れられた。
 他にも獣人の村から追い出された者や、両親との確執で逃げてきた者などいるとディルクは話す。
 ハルピュイアは訳を聞かない。もちろん、里に問題を運んできたのならば対処するが、そうでないのならば基本的には話題にしない。悪人でないのならば何ら気にもしない種族だ。
「あの三姉妹は見抜く目を持っている。悪人は一歩も里には入れないのさ」
「此処を人間が訪れることはあるのか?」
「商人と近くの村人が来るぐらいさ」
 ハルピュイアは魔物などを狩って、その素材を商人に売ることで物を仕入れたり金銭を稼いでいる。
 特にハルピュイアが魔物の鱗や皮、毛皮などで作った防具や衣服というのはデザイン性も良くて高値で取引されるので、それを求めて商人や村人が訪れるのだ。
「この近くの村というと……」
「スンナだな。クロチュイア草原にある村だ」
「ラージュ平原ではないのか」
「ラージュ平原はこっからだとかなり遠いぜ」
 あっちはアルベシュト王都があるけど、そっちの客は滅多に訪れないとディルクは答える。それを聞いてジークハルトが安堵した表情をみせた。
 多分だが、アルベシュト王都のほうから逃げてきた身なのだろう。
 それに気づいたけれどシャロンは聞かず、それはディルクも同じだった。まぁ、人間はそう来ないさと知らぬふりをしている。
「そうだ、ここいらの狩場を教えてやるよ」
「狩場?」
 ディルクは「そう、狩場だ」と言う。
 この里では基本的にはハルピュイアが狩りをするが、夫もその例外ではない。
 彼女たちは商人との交渉用の商品を生み出すために集団で狩りをすることもあり、そうなると食料を狩るのは夫に回ってくることになるのだ。
 狩場というのはハルピュイアたちの縄張りのことだ。この辺りまでならば他所の種族と争いになることはないという境界線がある。
 それを知っておいて損はない、此処に住む以上は働かねばならないのだから。
「シャロンちゃんの家は庭に畑があるから作物に困ることはないが、肉や魚は狩るしかないからな」
 ディルクの話にジークハルトがなるほどと頷く。
 何もせず働かないというのはよくないことだと返事をする彼に、シャロンはヒモ男系ではなさそうだなと感じる。
「シャロンちゃんはどうする?」
「あ、私も行きます!」
 ディルクのことを信じていないわけではないのだが、彼一人にジークハルトを任せるのは申し訳なかった。
 拾ってきたのだから多少の世話は自分がするべきだと。
 シャロンの返事に「じゃあ一緒に行くかね」とディルクが立ち上がるとそれに続くように二人は家を出た。
 ディルクは「嫁さんに一言伝えてから」と言って少し離れた家へと向かう。家の傍にある畑で作業している一人のハルピュイアに声をかけていた。
 綺麗な金髪の長い髪を結ったハルピュイアがディルクに抱き着いているの見て、ジークハルトが「あの人が妻なのか」とシャロンに小声で問う。
 彼女こそ、押しと勢いでディルクを落としたハルピュイアのカノアだ。
 なかなかの美人でスタイルも良く、おとなしそうな見た目をしているがかなり積極的で元気はつらつ娘だ。
「そうです。カノアは見た目によらず元気で押しが強いハルピュイアなんですよ」
「確かに見た目は大人しく見えるが……」
「待たせたな」
 こそこそと話しているとディルクが狩りの道具である装備を持ってやってきた、腰には様々な種類のナイフ、矢束と弓が持たれている。
「どうした?」
「いや、ハルピュイアは見た目で判断ができないなと」
「あー、大人しそうに見えて元気はつらつだったり、陽気に見えて臆病だったりするからな」
 ハルピュイアは見た目じゃ性格はわからないなとディルクは答える。
「シャロンちゃんも見た目はクールに見えるけど、そうじゃないしな」
「見た目と違うと言われるとなんか複雑な心境になるんですけど」
「はっはっは、世話焼きで優しいよくできた子だとお兄さんは思っているよ」
 ディルクは大袈裟に笑うとシャロンの頭をがしがしと撫でてやった。少々、子供扱いされている気がしなくもないが彼に悪気はないので大人しく受け入れる。
 それに世話焼きに関してはジークハルトを助けて面倒をみているので否定できなかった。
「よし、じゃあ行くぞー」
 その掛け声と共に三人は門を出て狩場へと向かった。