32. 泣き虫リーダー

ー/ー



 窓の外では、五人の若者が肩を組み、涙を流し、それでも笑っていた。

 死地に向かおうとしているのに。

 三万の魔物が待っているというのに。

 それでも、あんなにも輝いている。

 ――若者たちの、純粋な決意。

 ――死を前にした、揺るぎない絆。

 ――そして、自分たちがいつの間にか捨ててしまった、魂の輝き。

 冒険者たちは、それを見せつけられていた。

 かつて、自分たちにもあったはずのもの。

 いつの間にか、失ってしまったもの。

 それが今、窓の外で眩しく輝いている。

 老冒険者が酒臭い息で呟いた。

「……俺にも、あんな時代があった」

 その声はまるで墓碑銘を読み上げるかのように、重く、悲しみに満ちている。

 若い頃は、恐怖など感じなかった。

 仲間と共に、不可能に挑むことが、何よりも楽しかった。

 でも、いつからだろう。

 ただ酒を飲む金を稼ぐことだけが目的になったのは。

 隣の男も酒臭い息を吐きながら頷いた。

「仲間と共に、不可能に挑んだ日々が……」

 その目は、遠い過去を見つめていた。

 かつての仲間たち。

 共に笑い、共に泣き、共に戦った日々。

 あの頃は、死ぬことなど怖くなかった。

 仲間と一緒なら、どこへでも行けると思っていた。

「いつから俺たちは、保身ばかり考えるようになった?」

 その問いかけに、誰も答えられなかった。

 沈黙が、罪悪感のように重く垂れ込める。

 窓の外では、五人が歩き始めていた。

 死地に続く城門へと向かって。

 その背中を見送る冒険者たちの瞳には、もう蔑みなどなかった。

 代わりに浮かぶのは、憐れみと、嫉妬と、そして――。

 魂の奥底から湧き上がる、本物の敬意。

 カツン。

 静かな音が、ギルドホールに響いた。

 誰かが、ゆっくりと拳を胸に当てたのだ。

 冒険者の敬礼。

 それは、英雄に捧げる最高の礼。

 生還を祈り、武運を祈る、魂の礼。

 カツン、カツンと、敬礼の波が広がっていく。

 さっきまで嗤い、罵声を浴びせていた者が今、拳を胸に当て、頭を垂れている。

 他人を蹴落とすことしか考えていなかった者たちが、今、若き戦士たちに魂の敬礼を捧げている。

 それは、死地へ向かう若者たちへの(はなむけ)であり、自分たちが失った勇気への、哀悼でもあった。

 ギルドホールは、静寂に包まれていた。

 何も言わず、ただ窓の外を見つめている。

 五人の姿が朝日に照らされ、金色に輝いていた。

 その光景が、網膜に焼き付いて離れない。

 やがて、五人の姿が避難者の群れの向こうに消えていく。

 それでも、冒険者たちは敬礼を解かなかった。

 見えなくなっても、まだ。


       ◇


「泣き虫リーダー! ふふっ」

 エリナが、くすくすと笑いながらレオンの肩を小突いた。

 その黒曜石のような瞳に、悪戯っぽい光が踊っている。

「うっせぇ!」

 レオンが、涙の跡を慌てて擦りながら怒鳴った。

 手の甲でゴシゴシと頬を擦る。

 その必死な様子が、また少女たちの笑いを誘った。

「あははっ、レオン、顔真っ赤!」

「うふふ、可愛らしいですわね」

「リーダーなのに泣き虫なんだから!」

「ボクより子供みたいだね」

 四人の笑い声が、朝の空気に溶けていく。

 レオンは、ムスッとしながらも、内心では嬉しかった。

 こうやって、からかわれることが。

 こうやって、笑い合えることが。

 カインたちといた頃には、こんな瞬間はなかったのだ。

「でも」

 エリナの声が、少しだけトーンを落とした。

 その頬が、朝焼けのようにほんのり染まっている。

 視線を逸らしながら、小さく呟く。

「悪くない」

 たった一言。

 でも、その一言に込められた温もりが、レオンの胸を熱くした。

 心を開くことをずっと恐れてきたエリナにとって、それは精一杯の言葉だった。

 ミーシャが、優雅な仕草で金髪をかき上げた。

 空色の瞳を細めて、微笑む。

「うふふ、素敵な涙でしたわ」

 聖女の、完璧な微笑み。

 でも、その瞳の奥に、何かが揺れている。

「本音を言えば、私も少し……」

 言葉が、途切れた。

 聖女の完璧な微笑みに一瞬、本物の感情のひびが走り、慌てて取り繕った。

「あたしも、ちょっと泣いちゃった」

 ルナが、真っ赤に腫れた目を袖でごしごしと擦った。

 仲間たちと一緒なら、自分の力を信じられる。

 そう思える自分がいた。

「ボクも……ちょっとだけね」

 シエルが、銀髪で顔を隠しながら呟いた。

 消え入りそうな、小さな声。

 男装の凛々しさはどこへやら、その仕草は完全に乙女だった。

 政略結婚の道具として扱われ、心を殺して生きてきた。

 それが今、初めて仲間のために震えている。

 五人は、自然と肩を並べて歩き始めた。

 城門へと向かって。

 石畳を踏む足音が、力強く響く。

 まるで、運命が刻むリズムのように。

 まるで、伝説の始まりを告げる鼓動のように。



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みんなのリアクション

 窓の外では、五人の若者が肩を組み、涙を流し、それでも笑っていた。
 死地に向かおうとしているのに。
 三万の魔物が待っているというのに。
 それでも、あんなにも輝いている。
 ――若者たちの、純粋な決意。
 ――死を前にした、揺るぎない絆。
 ――そして、自分たちがいつの間にか捨ててしまった、魂の輝き。
 冒険者たちは、それを見せつけられていた。
 かつて、自分たちにもあったはずのもの。
 いつの間にか、失ってしまったもの。
 それが今、窓の外で眩しく輝いている。
 老冒険者が酒臭い息で呟いた。
「……俺にも、あんな時代があった」
 その声はまるで墓碑銘を読み上げるかのように、重く、悲しみに満ちている。
 若い頃は、恐怖など感じなかった。
 仲間と共に、不可能に挑むことが、何よりも楽しかった。
 でも、いつからだろう。
 ただ酒を飲む金を稼ぐことだけが目的になったのは。
 隣の男も酒臭い息を吐きながら頷いた。
「仲間と共に、不可能に挑んだ日々が……」
 その目は、遠い過去を見つめていた。
 かつての仲間たち。
 共に笑い、共に泣き、共に戦った日々。
 あの頃は、死ぬことなど怖くなかった。
 仲間と一緒なら、どこへでも行けると思っていた。
「いつから俺たちは、保身ばかり考えるようになった?」
 その問いかけに、誰も答えられなかった。
 沈黙が、罪悪感のように重く垂れ込める。
 窓の外では、五人が歩き始めていた。
 死地に続く城門へと向かって。
 その背中を見送る冒険者たちの瞳には、もう蔑みなどなかった。
 代わりに浮かぶのは、憐れみと、嫉妬と、そして――。
 魂の奥底から湧き上がる、本物の敬意。
 カツン。
 静かな音が、ギルドホールに響いた。
 誰かが、ゆっくりと拳を胸に当てたのだ。
 冒険者の敬礼。
 それは、英雄に捧げる最高の礼。
 生還を祈り、武運を祈る、魂の礼。
 カツン、カツンと、敬礼の波が広がっていく。
 さっきまで嗤い、罵声を浴びせていた者が今、拳を胸に当て、頭を垂れている。
 他人を蹴落とすことしか考えていなかった者たちが、今、若き戦士たちに魂の敬礼を捧げている。
 それは、死地へ向かう若者たちへの|餞《はなむけ》であり、自分たちが失った勇気への、哀悼でもあった。
 ギルドホールは、静寂に包まれていた。
 何も言わず、ただ窓の外を見つめている。
 五人の姿が朝日に照らされ、金色に輝いていた。
 その光景が、網膜に焼き付いて離れない。
 やがて、五人の姿が避難者の群れの向こうに消えていく。
 それでも、冒険者たちは敬礼を解かなかった。
 見えなくなっても、まだ。
       ◇
「泣き虫リーダー! ふふっ」
 エリナが、くすくすと笑いながらレオンの肩を小突いた。
 その黒曜石のような瞳に、悪戯っぽい光が踊っている。
「うっせぇ!」
 レオンが、涙の跡を慌てて擦りながら怒鳴った。
 手の甲でゴシゴシと頬を擦る。
 その必死な様子が、また少女たちの笑いを誘った。
「あははっ、レオン、顔真っ赤!」
「うふふ、可愛らしいですわね」
「リーダーなのに泣き虫なんだから!」
「ボクより子供みたいだね」
 四人の笑い声が、朝の空気に溶けていく。
 レオンは、ムスッとしながらも、内心では嬉しかった。
 こうやって、からかわれることが。
 こうやって、笑い合えることが。
 カインたちといた頃には、こんな瞬間はなかったのだ。
「でも」
 エリナの声が、少しだけトーンを落とした。
 その頬が、朝焼けのようにほんのり染まっている。
 視線を逸らしながら、小さく呟く。
「悪くない」
 たった一言。
 でも、その一言に込められた温もりが、レオンの胸を熱くした。
 心を開くことをずっと恐れてきたエリナにとって、それは精一杯の言葉だった。
 ミーシャが、優雅な仕草で金髪をかき上げた。
 空色の瞳を細めて、微笑む。
「うふふ、素敵な涙でしたわ」
 聖女の、完璧な微笑み。
 でも、その瞳の奥に、何かが揺れている。
「本音を言えば、私も少し……」
 言葉が、途切れた。
 聖女の完璧な微笑みに一瞬、本物の感情のひびが走り、慌てて取り繕った。
「あたしも、ちょっと泣いちゃった」
 ルナが、真っ赤に腫れた目を袖でごしごしと擦った。
 仲間たちと一緒なら、自分の力を信じられる。
 そう思える自分がいた。
「ボクも……ちょっとだけね」
 シエルが、銀髪で顔を隠しながら呟いた。
 消え入りそうな、小さな声。
 男装の凛々しさはどこへやら、その仕草は完全に乙女だった。
 政略結婚の道具として扱われ、心を殺して生きてきた。
 それが今、初めて仲間のために震えている。
 五人は、自然と肩を並べて歩き始めた。
 城門へと向かって。
 石畳を踏む足音が、力強く響く。
 まるで、運命が刻むリズムのように。
 まるで、伝説の始まりを告げる鼓動のように。