帰りの会が終わり、
藤城皐月は
筒井美耶のところへ修学旅行実行委員会に誘いに行った。美耶の前の席にはまだ
月花博紀が残っていた。博紀はサッカークラブがある日だと真っ先に家に帰るが、今日はのんびりしている。きっとサッカーのない日なのだろう。
「なあ、皐月の班はどこに行くんだ?」
皐月たちのクラスでは学活の時間を使って6時間目まで修学旅行の京都観光の行き先を決めていた。博紀が「皐月は」ではなく「皐月の班は」という聞き方をしてきたので、皐月は微妙な違和感を感じた。
おそらく博紀の興味は自分の行き先ではなく、
二橋絵梨花の行きたがっている訪問先だろう。自分と絵梨花は同じ班なので、博紀は皐月に聞けばいいと思っているに違いない。
「俺たちはね、清水寺と
下鴨と神社と伏見稲荷かな。あと、二橋さんのリクエストで
教王護国寺にも行くよ」
皐月はあえて絵梨花の名前を出して、博紀の裏のリクエストに答えてやった。
「教王護国寺? それってどこにあるんだ?」
「教王護国寺は京都駅のすぐ近くだ。
東寺って言った方がわかりやすいのかな」
「いや、東寺でもわからん」
博紀は人前ではええ格好しいだが、皐月の前では見栄を張らない。
「そうか。東寺って京都駅の近くにある、でっかい五重塔があるお寺だ。世界遺産だから、博紀も覚えておいたほうがいいぞ。で、二橋さんは東寺の
立体曼荼羅が見たいんだって」
「立体曼荼羅? 何だ、それ?」
「だよな。俺も最初言われた時『はあっ?』ってなった」
「立体はわかるけど、曼荼羅って何だ? 言葉だけは聞いたことがあるけど」
皐月も博紀と同じ程度の認識だった。当事者の絵梨花とオカルト好きの
神谷秀真に曼荼羅の説明を聞いてはみたけれど、なかなか理解ができなかった。二人の話を総合して、自分なりにまとめたものを博紀に話そうと思った。
「曼荼羅っていうのは仏教の世界観を仏の絵にしたもので、修行僧が仏教の悟りを開くための教材みたいなものらしい」
「へえ〜、難しそうだな。そんなもの俺たちが見て面白いのか?」
「さぁ〜、どうなんだろう。二橋さんは面白いんじゃね? で、東寺の立体曼荼羅ってのは仏の絵を仏像で表現したものなんだって。曼荼羅の教えが絵や言葉だけじゃ伝わりにくいからって、空海が3Dの仏像で表現しちゃったんだ。すげー発想だよな」
「凄いんだ……」
「俺もその凄さはよくわかんないんだけどな。でも、あの二橋さんが興奮するくらいだから、相当凄いんじゃないかな。俺も見るのが楽しみだ」
「そうか、凄いのか……」
皐月たちはガイドブックやウェブサイトで画像を見た。だがこの手のものは現場で実物を見なければ本当の凄さはわからない。
皐月は仏像も女の子も同じだな、と思った。女の子だって、映像や写真で見るよりも目の前で本人を見た方が絶対に魅力的に見える。
「で、博紀たちはどこに行くんだ?」
「俺たちか……。まず金閣寺に行って、
嵐山に行く。嵐山でいろいろ見た後は映画村だな」
「そっち方面か。俺たちも検討したよ。嵐山はいいよな。映画村は
真理が行きたがってたんだけど、時間が足りなくなるからって諦めたところだ」
「なんだ、諦めたのか。
栗林さん、俺たちの班だったら映画村に行けたのに」
「今からメンバーのトレードでもするか?」
「そんなことできるわけないだろ」
「真理とお前をトレードしてやろうか? そうすれば二橋さんと同じ班になれるぜ」
「だからできねえって言ってんだろ!」
ちょっと博紀をおちょくり過ぎた。博紀は絵梨花だけでなく
栗林真理にも気がある感じがするので、割と本気でキレられた。学校内ではいつも穏やかな博紀が声を荒げたので、ファンクラブの女子たちがびっくりしていた。
「ちなみに俺も映画村は行ってみたいと思ったよ。お前らのコース、なかなかいいよな。修学旅行が終わったら俺に自慢でもしてくれ」
すぐ隣で皐月たちの話を聞いていた美耶に委員会へ行くよう促して、皐月たちは博紀から離れた。