藤城皐月が児童会室から6年4組の教室に戻って来ると、机の配置が給食の時と同じになっていた。
午後からの学活は班活動だ。いつもは隣にいる
二橋絵梨花が皐月の正面になり、前後に座っている
栗林真理と
吉口千由紀が皐月の両隣になる。皐月は好きな女の子たちに囲まれたこの席の並びをとても気に入っている。
始業のチャイムが鳴った。学級委員の
月花博紀が席を立ち、クラス全員に指示を出した。
「先生が教室に来るまでにタブレットを起動して、ネット接続を確認してください」
教室内は少しざわついた。たとえ授業でも、学校からネットに繋がるとテンションが上がる。タブレットを使う授業の時、前島先生はわざと数分遅れて教室にやって来る。
前島先生が教室に入って来ると、博紀が「起立、礼、着席」と号令をかけた。この古風な挨拶は稲荷小学校では6年4組しかしていないらしい。
皐月が5年3組の時は北川先生の意向で学級委員がいなかったので、日直が「これから5時間目の学活を始めます」と言い、児童は「よろしくお願いします」と答える方針だった。皐月は今のシンプルな挨拶の方が好きだ。
授業が始まって、先生が今日の予定を発表した。
「今日はみなさんに京都での班行動の行き先の最終決定をしてもらいます。その後は、班行動の予定表を作成してください。予定表ができたら提出してもらいます。その時に予定表について話し合いをしたいので、班のメンバー全員で私のところへ来て下さい」
修学旅行初日の予定表を班ごとに作成するのは、クラスで行う修学旅行の事前準備の中で最も重要な作業だ。初日は子どもたちだけで京都を旅行することになるので、万全を期すためにも作った予定表は先生に検証をしてもらわなければならない。
モデルコースを採用している班は問題ない。すでに先生によって作られた予定表があるので、それに従って行動すればよい。6年4組の5つの班のうち、2つの班は完全にモデルコース通りに班行動をすることを表明している。
だが、
松井晴香の班と SNS が好きな
新倉美優の班は訪問先を一部変更することを希望し、皐月たちの班は自分たちで全てのコースを決めることを希望した。この3つ班は自分たちで予定表を作らなければならない。
皐月たち3班は鉄道ヲタクの
岩原比呂志が中心となって予定表を作り始めた。皐月が児童会室に行っている間にみんなで訪問先を決めていたので、あとは順路と時間の使い方を詰めるだけだ。皐月は比呂志の作った予定表を見て、さすがは比呂志だと感心した。
「岩原氏は相変わらず緻密な計画を立てるね」
「順を追って経由地を並べて書いただけだから、まだまだだよ。これからは藤城氏にも活躍してもらわないとだね」
比呂志は時刻表を読むのが趣味の一つで、架空の旅行計画を立てて遊ぶのが好きだ。皐月は学校の昼休みになると、比呂志とよく一緒に時刻表で遊んでいる。時刻表を使って、日本中の県庁所在地を何日で回れるかを競い合ったこともある。比呂志は家でも、昔の時刻表を使って同じような遊びをしているそうだ。
班のみんなで話し合って、バスを利用しないことを決めた。鉄道だけで移動することが比呂志の修学旅行だからだ。
比呂志が京都のバスを研究してわかったことは、バスは時間が読めないことだった。バス旅は鉄道の旅のようなわけにはいかない。比呂志の研究成果を班のみんなは尊重し、訪問先を鉄道と徒歩の組み合わせだけで行ける場所から絞って決めた。
「鉄道と徒歩なら時間の計算ができるから、学校のプランよりも多くの箇所を回れますね」
学校から提示されたモデルコースは訪問先が3〜4カ所になっているが、皐月たちの班は5カ所も回る。細かいところまで数えると7カ所だ。
「じゃあ、時刻と経路を詰めていきましょう」
Googleマップを利用して経路と時刻表を調べた。比呂志はアナログだけでなく、デジタルも使いこなせる。徒歩での移動は移動距離と移動時間をGoogleマップに算出させた。このアプリは徒歩の経路を手動で変更できるから便利だ。
「訪問先の滞在時間はその場所の希望者に考えてもらうね。今からみんなで手分けして調べて」
班長の吉口千由紀からの提案だ。
まずはみんながどこにどのくらい滞在したいかの意見を出してもらった。
ウェブサイトに神社仏閣の境内図が載っているので、想像力を働かせて滞在時間を見積もった。皐月の買ってきた『るるぶ』には訪問先のおよその所要時間が書かれているので、それも参考にした。
その時間を比呂志が作った予定表に落とし込んで、鉄道の発車時刻を決めた。みんなが主張する滞在時間はどうしても長めになってしまうので、話し合いでどこをどのくらい削るかを決めた。
そのようにして、6時間目の20分を過ぎた頃に皐月たち3班のタイムテーブルが完成した。