二十二話 ……感謝する

ー/ー



「ッッ!?!?」 

 ウィオリナの意識が体に戻った瞬間、死の瘴気を纏った拳が眼前に迫っていた。中途半端な時にカガミヒメはウィオリナに身体を返したのだ。

 そのことにほんの、ほんの僅かばかり憤りを感じながらも、ウィオリナは意識を切り替える。

 血力を全身にまわす。血力は自身に対しての超常的現象の干渉を得意とするエネルギーであり、故にウィオリナは強化した驚異的な反射神経により死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)の拳を紙一重で躱した。

 が、それで終わるはずもない。

「で、我を封印できるであろうな?」
「ッ!」

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)の蹴りがウィオリナの下腹部に迫っていた。瞬き一つすら許さない連撃だ。まるで水の流れのように死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)は格闘術を繰り出す。

 ウィオリナは死の危機をかき鳴らす本能をねじ伏せながら、紙一重でそれを躱していく。

 元々、ウィオリナは躱すのが得意なのだ。

 なんせ、無尽蔵の体力と再生能力を持つ吸血鬼(ヴァンパイア)を想定して鍛錬を積み重ねてきたから。打ち合ったところで必ず人であるウィオリナが打ち負ける。

 だから、封印術を施す一瞬を見極めるために、躱し、躱し、躱す。

 そういう戦い方が得意なのだ。ウィオリナは。

 が、しかしながら相手が悪すぎる。その躱し続け、一瞬に賭ける戦いをするためにはそれなりに準備が必要だ。

 しかし、急に体に意識を戻され、またそもそもカガミヒメが無理やりウィオリナの身体を奪ったのは、ウィオリナの魂魄が死にかけていたからだ。

 つまるところ、状況が悪すぎる。

 と。

「わっちを忘れては困るでありんす!!」
「別に忘れていたわけではないのだがな」

 ウィオリナに対して間断ない連撃を繰り出していた死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)の背後から、美しい(くれない)の鬼女、紅葉(もみじ)が急襲してきた。

 酒呑童子やウカよりは傷ついていなかったため、カガミヒメがまだ呼び戻していなかったのだ。

(ゴウ)ッ。

 鬼気と瘴気がぶつかり合う。

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)が神ごとき驚異的反射神経で反転し、その勢いのまま放った拳と、紅葉(もみじ)の拳が交わり、拮抗。大地が(えぐ)れるほどの衝撃波が二人を中心に広がる。

 ウィオリナはその衝撃波に逆らうことなく、飛ばされ、そのまま体勢を整えながら着地する。

 同時に、死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)から莫大な死の瘴気があふれ出て、拮抗していた紅葉(もみじ)に侵食する。紅葉(もみじ)から放たれる鬼気では、瘴気を防ぎきれなかったのだ。
 
 だが、紅葉(もみじ)は鬼。しかも、稀代の鬼女。(やわ)ではない。

「ここで沈みなんせんッッ!!!」
「なかなかやりおるッ!」

 爆発。

 紅葉(もみじ)が己の命を消費するが如く、(くれない)の妖力を迸らせ、死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)の瘴気を払拭する。

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)がカカっと豪快に笑う。久しぶりに骨のある鬼女にであったと。

「欲しいな。我の物にしたいぞ」
「ッ! 気色悪いでありんすッッッ!!! わっちの旦那様は旦那様(芦屋)だけでありんすッッッ! 失せなんしッッッ!!!」

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)の呟きに紅葉(もみじ)の背筋に悪寒が走る。鳥肌が立つ。嫌悪の気持ちが沸き立つ。

 だからか、少しだけ死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)を押した……かのように思えて、

「フラれたか」
「ガ、カハッッッッ!!!」

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)が悲しそうに顔を歪めた瞬間、更に死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)から死の瘴気があふれ出る。

 それはまるで濁流のようで、紅葉(もみじ)の鬼気を一瞬で押し流し、侵す。

 死の瘴気により気力を失い、紅葉(もみじ)死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)に殴られる。腹に穴が()き、体のいたるところに黒のあざができる。壊死し始めているのだ。

 瞬間、紅葉の体が優しい日の光に包まれて、

「あと……頼むでありん……す」

 消えた。カガミヒメによって呼び戻された。

 けれど、だからこそ、時間は稼がれた。

「ウィ流血糸闘術、<血糸妖斬>ッッッ!!!」
「ッ!?」

 <天血獣(てんけつじゅう)>の狼を身に纏い、<天血識>の瞳を輝かせる。美しい信念を(たた)えた血の少女、ウィオリナが()く。

(リン)ッ!

 死の瘴気が漂う戦場に似付かわしくない美しいヴァイオリンの音色が響いた瞬間、目に見えないほど細く、それでいてどんなに硬いものでも一閃する血糸が(はし)る。

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)の右腕を切断した。

(はや)いッ!?」
「遅いです!」

 (はし)る血糸は、まるで光の世界にいるかのようで、速い。しかも、ウィオリナが血のヴァイオリンを奏でるたびに、血糸の数は増えていき、今や無数。

 しかも<天血識>により、死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)の肉体を()り、死の瘴気による肉体強化の(あら)を見出し、確実に切断できる個所と時を見極める。

 目に見えない血糸が死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)に襲い掛かる。

「祈力を得たかッ!! あの顕身(うつしみ)(うぬ)の身体を使ったのはそのためだったか!!」

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)は歓喜する。大きく笑う。光が見えてきた。自分が封印されることに確実性が増した。

 だからこそ、切断された右腕から死の瘴気を噴出させ、一瞬で右腕を再生した死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)は、己の全力で戦う。

 アスモデウスによって強力にかけられた暗示が、危機感を示したからだ。

「ふむ。こんなもんか?」
「ッ!」

 死の瘴気がウィオリナの血糸をまねるように、細い糸となる。

 死瘴糸(ししょうし)というべきそれは、ウィオリナの血糸と絡み合い、切断され、また絡み合う。

 やがてそれは血糸と死瘴糸(ししょうし)によって編まれた布のようになっていく。ウィオリナと死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)を覆うドームとなる。領域だ。

「縛り上げろですッッ!!」

 血の領域を支配するは、ウィオリナ。

 血のヴァイオリンを奏で、血糸を(はし)らせる。血糸により一瞬で死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)を拘束し、そのまま音を超えた勢いのまま右足の蹴りを繰り出す。

「甘い。ぬるい。弱い」

 死の領域を支配するは、死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)

 死の瘴気を噴き上げ、死瘴糸(ししょうし)を操り、自身を縛る血糸を殺す。崩壊させる。そのまま、ウィオリナの蹴りを片腕で防ぐ。

「まだまだですッッ!!」

 ウィオリナは一瞬で空中に編んだ血糸の盾を足場に左足を踏みしめる。軸とする。蹴りを防がれた反動を利用して、そのまま回る。

 右足の(かかと)回し蹴りが死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)に迫る。
 
 同時に血のヴァイオリンを奏で、<血糸妖斬>を放つ。

(うぬ)こそ依然(いぜん)足りぬであろうぞ!」
「ッッァァ!!」

 放たれた<血糸妖斬>は噴出させた死瘴糸(ししょうし)で対抗。また、顔の右側面に迫っていた(かかと)回し蹴りは顔を逸らして紙一重で回避。

 そのまま、ウィオリナの右足を掴み、地面に叩きつける。

 クレーターができ、ウィオリナは血反吐を吐く。血のシスターワンピースで衝撃をある程度受け流したが、それでも全身の骨にそれなりにダメージを負った。

 そして地面の叩きつけは一度では終わらない。死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)は地面に叩きつけたウィオリナを振り上げ、全身全霊をもって地面に叩きつけようとする。

「ッァアアアッッッ、ですッッッ!!!」
「ぬぉ!?」

 だが、ウィオリナは裂帛の叫びを上げると同時に、<血糸妖斬>を自ら(・・)の右足に放つ。自身(・・)の右足を切断する。

 残された右足を掴んでいた死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)は自分の勢いを中断することができず、空振る。バランスを崩す。

「<血糸捕縛>ッッッ!!!」

 ウィオリナは切断した右足の激痛に耐えながら切断部から吹き出る鮮血を操る。

 とめどなく自分の影から送られてくる祈力の一部を注ぎ、決して(ほど)けない血糸で死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)を捕縛。

 そして、

「ミツケタですッッッ!!!」

 祈力の多くを注いでいた<天血識>が(あば)いた。死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)の本当の名を。神になるまえの、真名。

 その名前を()り、ウィオリナは少しだけ悲しそうに目を伏せた。

 だけど、だからこそ、ウィオリナはまるで神を(まつ)るが如く、静寂にその真名を紡ぐ。

優命(ゆうめい)――」
「ッッッッ!!!」

 ぞわり。

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)本能(神性)が恐怖する。だが、死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)理性(意識)は歓喜する。

 日出(ひいづる)神々では(つい)ぞ看破できなかった名前が紡がれた。幾星霜も呼ばれなかった名前を久しく呼ばれた。

 これほどの幸福がどこにあろうか。

「ウィ流血糸闘術――」

 いつの間にかウィオリナの右足は再生しており、死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)を縛り上げる血糸にはより一層祈力が注がれる。

 美しい血のヴァイオリンの音が奏でられ、

「<血糸封楔>ッッッ!!!」
 
 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)は血糸に包まれ、血の繭になった(封印された)――

「それでも依然(いぜん)足りぬ」

 かと思われたが、血の繭から死の瘴気(神性)があふれ出る。神々に削がれたとはいえ、その神性は本物。真名を知られたからといって、やすやすと封印されるわけもない。

 だがしかし、

「ハァァッッ!!」

 ウィオリナは分かっていた。予測していた。

 だから、ここからが勝負ッ!!

 己に宿る血力を、祈力を注ぐ! 注ぐッ! 注ぐッッ!

「ハァァァァァッッッ!!!!」

 封印ッッッ!!!

「グッ」

 しかしそれでも死の瘴気(神性)<血糸封楔>(封印)と拮抗する。

 いくらカガミヒメが即席でウィオリナの体に使い方を叩き込もうと、ウィオリナの魂魄は祈力の扱いに慣れていない。

 拮抗どころか、徐々に<血糸封楔>(封印)死の瘴気(神性)に押し負けていく。

 そして同時に死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)にかけられていた暗示(霊力)がその全てを消費するが如く、強烈に死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)を操る。

 封印されては困るからだ。

 けれど、だからこそ、この時を待っていた。

「これが最後ぞ!」

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)は気力をふり絞る。己に掛かった暗示と神性に一瞬だけ抵抗する。

「優命――ウィ流血糸闘術ッッッ!!!」

 ウィオリナはその一瞬に全てを賭ける。己の全て(経験)をこの封印に賭ける。

 故に、

「“天封”ッッッ――」

 ウィオリナに眠っていた力が目覚める。

 今までウィオリナが培って大切に育ててきた経験(封印)大皇(おおすめ)日女(ひめ)から与えられた()を覚醒させた。

 それは“天封”。封印の極地。

「<血糸封楔>、混合技ッッッ!!――」

 美しい鮮血がウィオリナを包む。それは(あか)く、陽光のように優しく。鮮烈に輝く。

「<天血楔封獄(てんちせっぷうごく)>ッッッ!!!」
「……感謝する」

(リン)ッ。

 美しいヴァイオリンの音色が響き、死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)は封印された。

 死之怨巨鬼神(しのおんおおきがみ)は柔らかく笑い、ウィオリナに感謝した。


 
 Φ



「私は冥土(ギズィア)。私は冥土(ギズィア)創造主様(マスター)副創造主様(サブマスター)の手によって作られた人形。あれ、じゃあ私は死んでる? 私は生きてる? え、私は……」

 (とら)われた暗闇。冥土(ギズィア)意識(・・)は奥深くに沈み込んでいた。

 と、そんな暗闇に光が(とも)る。

『グッ!』
『カハッ!』

 敬愛する創造主様(マスター)副創造主様(サブマスター)が、やられている姿だった。





======================================
公開可能情報

死瘴糸(ししょうし):死の瘴気を糸状にしたもの。

“天封”:大皇(おおすめ)日女(ひめ)から与えられた力でもあり、ウィオリナが育てた力でもある。封印の極地であり、あらゆる封印を強化する。<血糸封楔>に祈力と“天封”を合わせれば、神すら封印できる。そしてそれは元祖であるティーガンのそれよりも上回る。

天血楔封獄(てんちせっぷうごく)>:神すらも封印することができる封印術。また、封印した存在に対して干渉することも可能で、特に精神に干渉して地獄を見せることもできる。


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次のエピソードへ進む 二十三話 今のうちに殴らないと!


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「ッッ!?!?」 
 ウィオリナの意識が体に戻った瞬間、死の瘴気を纏った拳が眼前に迫っていた。中途半端な時にカガミヒメはウィオリナに身体を返したのだ。
 そのことにほんの、ほんの僅かばかり憤りを感じながらも、ウィオリナは意識を切り替える。
 血力を全身にまわす。血力は自身に対しての超常的現象の干渉を得意とするエネルギーであり、故にウィオリナは強化した驚異的な反射神経により|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の拳を紙一重で躱した。
 が、それで終わるはずもない。
「で、我を封印できるであろうな?」
「ッ!」
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の蹴りがウィオリナの下腹部に迫っていた。瞬き一つすら許さない連撃だ。まるで水の流れのように|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》は格闘術を繰り出す。
 ウィオリナは死の危機をかき鳴らす本能をねじ伏せながら、紙一重でそれを躱していく。
 元々、ウィオリナは躱すのが得意なのだ。
 なんせ、無尽蔵の体力と再生能力を持つ|吸血鬼《ヴァンパイア》を想定して鍛錬を積み重ねてきたから。打ち合ったところで必ず人であるウィオリナが打ち負ける。
 だから、封印術を施す一瞬を見極めるために、躱し、躱し、躱す。
 そういう戦い方が得意なのだ。ウィオリナは。
 が、しかしながら相手が悪すぎる。その躱し続け、一瞬に賭ける戦いをするためにはそれなりに準備が必要だ。
 しかし、急に体に意識を戻され、またそもそもカガミヒメが無理やりウィオリナの身体を奪ったのは、ウィオリナの魂魄が死にかけていたからだ。
 つまるところ、状況が悪すぎる。
 と。
「わっちを忘れては困るでありんす!!」
「別に忘れていたわけではないのだがな」
 ウィオリナに対して間断ない連撃を繰り出していた|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の背後から、美しい|紅《くれない》の鬼女、|紅葉《もみじ》が急襲してきた。
 酒呑童子やウカよりは傷ついていなかったため、カガミヒメがまだ呼び戻していなかったのだ。
|豪《ゴウ》ッ。
 鬼気と瘴気がぶつかり合う。
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》が神ごとき驚異的反射神経で反転し、その勢いのまま放った拳と、|紅葉《もみじ》の拳が交わり、拮抗。大地が|抉《えぐ》れるほどの衝撃波が二人を中心に広がる。
 ウィオリナはその衝撃波に逆らうことなく、飛ばされ、そのまま体勢を整えながら着地する。
 同時に、|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》から莫大な死の瘴気があふれ出て、拮抗していた|紅葉《もみじ》に侵食する。|紅葉《もみじ》から放たれる鬼気では、瘴気を防ぎきれなかったのだ。
 だが、|紅葉《もみじ》は鬼。しかも、稀代の鬼女。|柔《やわ》ではない。
「ここで沈みなんせんッッ!!!」
「なかなかやりおるッ!」
 爆発。
 |紅葉《もみじ》が己の命を消費するが如く、|紅《くれない》の妖力を迸らせ、|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の瘴気を払拭する。
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》がカカっと豪快に笑う。久しぶりに骨のある鬼女にであったと。
「欲しいな。我の物にしたいぞ」
「ッ! 気色悪いでありんすッッッ!!! わっちの旦那様は|旦那様《芦屋》だけでありんすッッッ! 失せなんしッッッ!!!」
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の呟きに|紅葉《もみじ》の背筋に悪寒が走る。鳥肌が立つ。嫌悪の気持ちが沸き立つ。
 だからか、少しだけ|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》を押した……かのように思えて、
「フラれたか」
「ガ、カハッッッッ!!!」
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》が悲しそうに顔を歪めた瞬間、更に|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》から死の瘴気があふれ出る。
 それはまるで濁流のようで、|紅葉《もみじ》の鬼気を一瞬で押し流し、侵す。
 死の瘴気により気力を失い、|紅葉《もみじ》は|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》に殴られる。腹に穴が|空《あ》き、体のいたるところに黒のあざができる。壊死し始めているのだ。
 瞬間、紅葉の体が優しい日の光に包まれて、
「あと……頼むでありん……す」
 消えた。カガミヒメによって呼び戻された。
 けれど、だからこそ、時間は稼がれた。
「ウィ流血糸闘術、<血糸妖斬>ッッッ!!!」
「ッ!?」
 <|天血獣《てんけつじゅう》>の狼を身に纏い、<天血識>の瞳を輝かせる。美しい信念を|湛《たた》えた血の少女、ウィオリナが|往《い》く。
|凛《リン》ッ!
 死の瘴気が漂う戦場に似付かわしくない美しいヴァイオリンの音色が響いた瞬間、目に見えないほど細く、それでいてどんなに硬いものでも一閃する血糸が|奔《はし》る。
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の右腕を切断した。
「|迅《はや》いッ!?」
「遅いです!」
 |奔《はし》る血糸は、まるで光の世界にいるかのようで、速い。しかも、ウィオリナが血のヴァイオリンを奏でるたびに、血糸の数は増えていき、今や無数。
 しかも<天血識>により、|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の肉体を|識《し》り、死の瘴気による肉体強化の|粗《あら》を見出し、確実に切断できる個所と時を見極める。
 目に見えない血糸が|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》に襲い掛かる。
「祈力を得たかッ!! あの|顕身《うつしみ》が|汝《うぬ》の身体を使ったのはそのためだったか!!」
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》は歓喜する。大きく笑う。光が見えてきた。自分が封印されることに確実性が増した。
 だからこそ、切断された右腕から死の瘴気を噴出させ、一瞬で右腕を再生した|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》は、己の全力で戦う。
 アスモデウスによって強力にかけられた暗示が、危機感を示したからだ。
「ふむ。こんなもんか?」
「ッ!」
 死の瘴気がウィオリナの血糸をまねるように、細い糸となる。
 |死瘴糸《ししょうし》というべきそれは、ウィオリナの血糸と絡み合い、切断され、また絡み合う。
 やがてそれは血糸と|死瘴糸《ししょうし》によって編まれた布のようになっていく。ウィオリナと|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》を覆うドームとなる。領域だ。
「縛り上げろですッッ!!」
 血の領域を支配するは、ウィオリナ。
 血のヴァイオリンを奏で、血糸を|奔《はし》らせる。血糸により一瞬で|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》を拘束し、そのまま音を超えた勢いのまま右足の蹴りを繰り出す。
「甘い。ぬるい。弱い」
 死の領域を支配するは、|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》。
 死の瘴気を噴き上げ、|死瘴糸《ししょうし》を操り、自身を縛る血糸を殺す。崩壊させる。そのまま、ウィオリナの蹴りを片腕で防ぐ。
「まだまだですッッ!!」
 ウィオリナは一瞬で空中に編んだ血糸の盾を足場に左足を踏みしめる。軸とする。蹴りを防がれた反動を利用して、そのまま回る。
 右足の|踵《かかと》回し蹴りが|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》に迫る。
 同時に血のヴァイオリンを奏で、<血糸妖斬>を放つ。
「|汝《うぬ》こそ|依然《いぜん》足りぬであろうぞ!」
「ッッァァ!!」
 放たれた<血糸妖斬>は噴出させた|死瘴糸《ししょうし》で対抗。また、顔の右側面に迫っていた|踵《かかと》回し蹴りは顔を逸らして紙一重で回避。
 そのまま、ウィオリナの右足を掴み、地面に叩きつける。
 クレーターができ、ウィオリナは血反吐を吐く。血のシスターワンピースで衝撃をある程度受け流したが、それでも全身の骨にそれなりにダメージを負った。
 そして地面の叩きつけは一度では終わらない。死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》は地面に叩きつけたウィオリナを振り上げ、全身全霊をもって地面に叩きつけようとする。
「ッァアアアッッッ、ですッッッ!!!」
「ぬぉ!?」
 だが、ウィオリナは裂帛の叫びを上げると同時に、<血糸妖斬>を|自ら《・・》の右足に放つ。|自身《・・》の右足を切断する。
 残された右足を掴んでいた|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》は自分の勢いを中断することができず、空振る。バランスを崩す。
「<血糸捕縛>ッッッ!!!」
 ウィオリナは切断した右足の激痛に耐えながら切断部から吹き出る鮮血を操る。
 とめどなく自分の影から送られてくる祈力の一部を注ぎ、決して|解《ほど》けない血糸で|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》を捕縛。
 そして、
「ミツケタですッッッ!!!」
 祈力の多くを注いでいた<天血識>が|暴《あば》いた。|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の本当の名を。神になるまえの、真名。
 その名前を|識《し》り、ウィオリナは少しだけ悲しそうに目を伏せた。
 だけど、だからこそ、ウィオリナはまるで神を|祀《まつ》るが如く、静寂にその真名を紡ぐ。
「|優命《ゆうめい》――」
「ッッッッ!!!」
 ぞわり。
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の|本能《神性》が恐怖する。だが、|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》の|理性《意識》は歓喜する。
 |日出《ひいづる》神々では|終《つい》ぞ看破できなかった名前が紡がれた。幾星霜も呼ばれなかった名前を久しく呼ばれた。
 これほどの幸福がどこにあろうか。
「ウィ流血糸闘術――」
 いつの間にかウィオリナの右足は再生しており、|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》を縛り上げる血糸にはより一層祈力が注がれる。
 美しい血のヴァイオリンの音が奏でられ、
「<血糸封楔>ッッッ!!!」
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》は血糸に包まれ、|血の繭になった《封印された》――
「それでも|依然《いぜん》足りぬ」
 かと思われたが、血の繭から|死の瘴気《神性》があふれ出る。神々に削がれたとはいえ、その神性は本物。真名を知られたからといって、やすやすと封印されるわけもない。
 だがしかし、
「ハァァッッ!!」
 ウィオリナは分かっていた。予測していた。
 だから、ここからが勝負ッ!!
 己に宿る血力を、祈力を注ぐ! 注ぐッ! 注ぐッッ!
「ハァァァァァッッッ!!!!」
 封印ッッッ!!!
「グッ」
 しかしそれでも|死の瘴気《神性》は|<血糸封楔>《封印》と拮抗する。
 いくらカガミヒメが即席でウィオリナの体に使い方を叩き込もうと、ウィオリナの魂魄は祈力の扱いに慣れていない。
 拮抗どころか、徐々に|<血糸封楔>《封印》が|死の瘴気《神性》に押し負けていく。
 そして同時に|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》にかけられていた|暗示《霊力》がその全てを消費するが如く、強烈に|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》を操る。
 封印されては困るからだ。
 けれど、だからこそ、この時を待っていた。
「これが最後ぞ!」
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》は気力をふり絞る。己に掛かった暗示と神性に一瞬だけ抵抗する。
「優命――ウィ流血糸闘術ッッッ!!!」
 ウィオリナはその一瞬に全てを賭ける。己の|全て《経験》をこの封印に賭ける。
 故に、
「“天封”ッッッ――」
 ウィオリナに眠っていた力が目覚める。
 今までウィオリナが培って大切に育ててきた|経験《封印》が|大皇《おおすめ》|日女《ひめ》から与えられた|血《種》を覚醒させた。
 それは“天封”。封印の極地。
「<血糸封楔>、混合技ッッッ!!――」
 美しい鮮血がウィオリナを包む。それは|紅《あか》く、陽光のように優しく。鮮烈に輝く。
「<|天血楔封獄《てんちせっぷうごく》>ッッッ!!!」
「……感謝する」
|凛《リン》ッ。
 美しいヴァイオリンの音色が響き、|死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》は封印された。
 |死之怨巨鬼神《しのおんおおきがみ》は柔らかく笑い、ウィオリナに感謝した。
 Φ
「私は|冥土《ギズィア》。私は|冥土《ギズィア》。|創造主様《マスター》と|副創造主様《サブマスター》の手によって作られた人形。あれ、じゃあ私は死んでる? 私は生きてる? え、私は……」
 |囚《とら》われた暗闇。|冥土《ギズィア》の|意識《・・》は奥深くに沈み込んでいた。
 と、そんな暗闇に光が|灯《とも》る。
『グッ!』
『カハッ!』
 敬愛する|創造主様《マスター》と|副創造主様《サブマスター》が、やられている姿だった。
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|死瘴糸《ししょうし》:死の瘴気を糸状にしたもの。
“天封”:|大皇《おおすめ》|日女《ひめ》から与えられた力でもあり、ウィオリナが育てた力でもある。封印の極地であり、あらゆる封印を強化する。<血糸封楔>に祈力と“天封”を合わせれば、神すら封印できる。そしてそれは元祖であるティーガンのそれよりも上回る。
<|天血楔封獄《てんちせっぷうごく》>:神すらも封印することができる封印術。また、封印した存在に対して干渉することも可能で、特に精神に干渉して地獄を見せることもできる。