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十七話 正妻の座も狙っている

ー/ー



 極寒零度。

 杏を取り残して、世界が氷に閉じ込められる。ベルゼブブさえも。

 巨大な氷山が周囲一帯を覆いつくした。

 杏は顔を上げる。飛翔する。

 そこには、

「それで貴女(アナタ)(わたくし)の敵なのかし――」

 少しボロボロのイザベラがいて。

 杏を見やって、理解した。どこまでも冴えている女の、いや好きな人に関しての勘。

「初めまして、(わたくし)はダイスケの婚約者であり正妻になるイザベラ・イーレ・クラルスよ」
「アタシは百目鬼杏。大輔のお嫁さん希望者だ」

 イザベラは冷徹な(アメジストの)瞳で杏を射貫く。杏は灼熱(蒼炎)の瞳でイザベラを射貫く。

「フッ、希望?」

 イザベラは片眉を上げる。杏を鼻で笑う。その程度の想いなのかと。

 そして杏は理解した。先ほどの言葉は失礼だったと。

「すまない。遠慮した。アタシは大輔の嫁になる者だ。正妻の座も狙っている」
「譲らないわよ」

 強烈な意志。

 片や全てを燃え上がらせる強い意志。

 片や全てを凍り付かせる強い意志。

 互いに好戦的。己の心を偽らず、その戦意をぶつけ合う。

 故に杏は大剣を握りしめ。

 故にイザベラは二振りのレイピアを構え。

「フッ!」
「シッ!」

 それぞれ互いに向かって――否!

「カハッッッッ!?」
「グハッッッッ!?」

 互いの背後に潜んでいた天使たちに向かってそれぞれの武器を振るう。天使たちが絶命した。

 同時に氷山が弾けた。

 いや、喰われた。無数のウジ虫が全ての氷を喰らいつくし、氷に閉じ込められ仮死していた天使たちを踊り食う。

 そしてウジ虫の玉座に座ったベルゼブブが現れた。

「やれやれ。赤蛇では足止めもできませんでしたか。一時的とはいえ、我らと同等の力を振るえるというのに」
「あら、矢もまともに放てない(盲目の)奴のことかしら。それならそこにいるわよ」
「ッ!!」

 ベルゼブブが初めてその余裕を(たた)えた表情を崩した。

 両目眼帯の天使がベルゼブブの背後から急襲した。紅い蛇がどぐろを巻いた剣をベルゼブブに振るう。

 同時に杏は蒼炎の火炎弾を、イザベラは鋭い氷の矢を掃射する。

 頬をひきつらせながら、ベルゼブブは玉座のウジ虫を操作。

「喰らいなさいッ!」

 ウジ虫たちは杏とイザベラの掃射も、紅い蛇がどぐろを巻いた剣も喰らいつくす。そのまま杏とイザベラに襲い掛かる。超接近していた両目眼帯の天使に這い、血肉を(むさぼ)る。

 だが、そもそもそれが罠。

「なんだとッ!?!?」

 杏たちに反撃しようとしていたウジ虫も、両目眼帯の天使を貪っていたウジ虫たちも、玉座を作っていたウジ虫たちも、全て朽ちた。

 両目眼帯の天使は既に朽ちた身。イザベラに殺された身。

 ただ、それなりに身体能力が高いうえに、天使たちの間でも特殊な存在だと伺えたため、イザベラは両目眼帯の天使の死体に、死体を操作する幻想具(アイテム)、呪縛核を植え付けたのだ。

 そして、その肉体に毒を仕込ませていた。肉体を喰らった存在とそれに連なる存在を魂魄から消滅させる毒だ。

 まぁ、肉体を喰らう相手などそうそういないと思っていたので、普通に周囲一帯を破壊しつくす爆弾を仕込んでいたのだが、それは無駄になってしまった。

 ベルゼブブが驚愕する。慌ててウジ虫たちとの繋がりを断つ。魂魄を守る。

「ッッッ!!!」

 しかし、隙ができる。

 ベルゼブブの背筋に悪寒が走る。

「拾い食いしてはダメとお母さん()に教わらなかったのかしら」
「言ってやるな。拾い食い(寄生)しかできない害虫なのだから」
「確かにどの世界でも天使は寄生虫ね」
「ガッ、カハッ!?」

 イザベラがベルゼブブの全身を氷で包む。そこに〝焔転〟で加速した杏が蒼炎を纏わせた大剣を振るう。

 燃え、氷が弾け、蒸発する。ベルゼブブの身体が真っ二つに両断される。

 そして二振りのレイピアを抜き去ったイザベラが、両断されたそれぞれに向かって突く。内側から凍らせる。

 もちろん、それでもベルゼブブは死なない。

 徐々に凍てつくベルゼブブの体が無数のハエになる。バッと散開する。

『食事に毒を仕込むなどッ! 冒涜でしかないッ!』
仲間(天使)を、あまつさえアヤの家族すら踊り食った害虫がなにほざいてるんだッッッッ!!!!」

 無数のハエの羽音を震わせ激昂するベルゼブブに、杏がそれ以上に激昂する。

 杏は詳しく聞いていない。そんな暇などなかったから。それでも、ちょっとだけ聞いた。

 何故アヤが日本を襲おうとしていたか。

 それは、家族がベルゼブブの眷属(ハエ)によって喰われ、そして親友であり妹分のイネスや仲間のグスタフたちを人質に取られていたから。

 常に彼女たちにはハエが取りついていて、いつでも喰われる状態だったから。

 それでもアヤは分かっていた。脅された通りに妖魔界を崩壊させたとしても、イネスたちは喰われる可能性が高いと。

 グスタフたちは裏社会の者。どうにか対処ができるかもしれない。だが、イネスは普通の女性。関係ない女性。

 だから、アヤはイネスの体をいくつもの短剣で突きさし、その眷属(ハエ)を殺した。

 目の前で家族を踊り食いされたアヤは、それでもイネスを守るために、イネスを傷つけた。

 それは苦渋の決断で、とてつもなく屈辱的で。

 杏はアヤの心を代弁できるわけではない。この怒りはたぶん、ただのエゴ。それでも、やはりおさまりは効かない。

 それに、自分一人ならどうにか耐えたが、今はイザベラがいる。初対面だが、イザベラは大輔の婚約者。アイツが好きな人。

 なら、背中を預けられる。

「〝聖焔解放〟ッッ!!」

 祈力による第三昇華、〝聖焔解放〟。神性を獲得する一歩手前。

 白炎の化身となった杏は無数のハエの大群へと〝焔転〟する。光すらも置き去りにする。

 それでもベルゼブブはそれに反応する。

『喰らって殺るッ!』
「燃やし尽くして殺るッ!」

 無数のハエの巨大な顎の(かたち)をとって白炎を噴き上げる杏に襲い掛かる。

 杏は回避することなく、白炎の炎と化した大剣を握りしめ、横薙ぎに振るう。≪白焔≫を注ぎ、魂魄を焼き尽くそうとする。

 が、しかし、ベルゼブブは王の一人。そして、伝承では悪魔だけでなく、魔神であり、異教の神。

 その力はバアルと半分に分かたれているが、その半分だけでも十分。

『這え貪り喰らえ。堕とせッ!』

 雷を纏ったハエの槍が杏の背後から襲い掛かる。目の前のハエの顎を燃やすのに手一杯な杏は、

「凍り付きなさい」

 しかし、背中はイザベラに任せてある。

 杏の背後にあった氷と入れ替え転移したイザベラは、レイピアを弓のように引き絞る。放つ。

 ハエの雷槍が振れると同時に、凍り付く。そのままイザベラは凍り付いた雷槍を操り、虚空に放つ。

 弾ける。ベルゼブブが空中で佇む。

高みの見物(臆病者)ね」
虫でしかない(飛ぶ事しかできない)のだから、仕方ないさ」

 片翼はハエの翼。もう片翼は純白の翼。雷と暴風を纏い、ウジ虫がその下を這いずり回る。

 先ほどのベルゼブブとは、格が違う。指先一つで大陸を喰らい滅ぼすほどの力を感じる。

 だが、動かない。動けない。

 イザベラはもちろん、ハエの顎を一瞬で燃やし尽くした杏の力が底知れないから。未来予知である程度その力を計っていたとはいえ、想定以上だったから。

 動かないベルゼブブに殺気をぶつけながら、イザベラはちらりと杏を見やる。片眼鏡(モノクル)の解析で杏の力を把握する。

「アナタ、その力を抑えなさい」
「ハンッ。アタシは助けを待つお姫様ではない。危険を冒そうが、自分で勝ち取るのが好きなんだ」

 イザベラのその言葉は心配。

 ただ、杏は先ほどの意趣返しなのか、イザベラを鼻で笑う。

 別に杏は喧嘩を売るつもりはない。イザベラを本気で笑ったわけでもない。

 が、たぶん、このぶつかり方があっている気がする。炎と氷はこの関わり方がいいのではと感じ取る。

 イザベラもそう判断したようで。

「……あら、(わたくし)も同感よ」

 張り合うように、青白い魔力を迸らせる。

「“天元突破[氷楔(ひょうけつ)解放]”ッッッ!!!」

 氷を纏う。青白い白髪は()てつき、氷結する。二振りのレイピアは氷のレイピアとなる。

 吐く息が凍り、呼吸をするごとに周囲の温度が一回り下がる。空間すらも凍らせるダイヤモンドダストを放出する。

 そして杏が纏う(プラズマ)とぶつかる。

(わたくし)の手を煩わせないことねッ!」
「こっちのセリフだッ!」

 一条の凍結。一条の白炎。

 ベルゼブブに襲い掛かる。

「ハァッ!!」

 五つの巨大な白炎の〝焔星〟――〝焔恒星〟を背後に展開。〝焔恒星〟を中心に旋回するように、無数の〝焔星〟が展開。

 全ての中心にいる杏が、白炎の〝焔転〟を()ってベルゼブブに迫る。白炎を纏う――否、白炎そのものの大剣を振るう。

「ッ。ハンッ!」

 ベルゼブブは(またた)く一瞬に現れた杏に目を見開きながらも、鼻で笑い、無数のハエの結界を張る。あらゆる攻撃を喰らう結界だ。

 自分に迫るほどの力を持っていようと、喰らう事はできる。問題ない――

「〝何人(なんぴと)たりとも裁きを妨げることができないッッッ〟!!!」
「ッッッ!!!」

 余裕ぶっていたベルゼブブの表情が引きつる。慌てて己の体を無数のハエと化し、
ハエの結界で守られているのにも関わらずその場から離脱しようとする。

凍え(止まり)なさいッッ!!」

 しかし、イザベラが先回り。

 全身をパキパキと凍り付かせながらも、レイピアを振るう。一瞬だけベルゼブブとその周囲の時を凍てつかせる(止める)

 杏だけは止まらない。白炎の体がイザベラの時止め()を防いだから。

 凍り付いた(止まった)時の世界。

 白炎の大剣があらゆる攻撃を喰らう無数のハエの結界と接触――

「シッ!!」
「ッッッ、ガァッッッ!!??」

 することはなく、透過し、ベルゼブブの魂魄だけを切り裂いた。

 同時に世界が氷解した(動き出した)。ベルゼブブが強烈な激痛に絶叫する。

 その白炎の大剣は、天使たちが使っていた技だ。あれは特定の魂魄以外に干渉できない力。邪悪な者にしか効かない天の裁きと言ったところか。

 ≪白焔≫を使える杏は、疑似的に相手の魂魄を特定できる。そして≪白焔≫を応用し、あらゆる障害を透過し、目標の魂魄だけを斬る大剣、〝必裁之焔剣〟だ。

 ベルゼブブは血反吐を吐く。吐いた血は足元にいたウジ虫が喰らい、ベルゼブブを回復させる。

「出でよッ! 暴風の蟲喰(じゅばみ)ッ!!」

 忌々しいと言わんばかりに杏とイザベラを睨んだベルゼブブは、怒声を放つ。ベルゼブブの体からぶわっと無数のハエが湧き出る。

 無数のハエは半径数十メートルを覆いつくす。杏とイザベラすらも覆いつくしてしまう。囲まれてしまう。

 そのハエは嵐を纏い、空間すらも喰らう。空間が崩壊し、発生したプラズマと衝撃波すらも喰らいつくす。

 何もかもが喰らいつくされるハエの中で、

「燃えろッッ!!」
()てつきなさいッッ!!」

 だが、ベルゼブブに接近していた杏とイザベラは慌てない。

 阿吽(あうん)の呼吸で互い(・・)に向かって炎を、氷を放つ。
 
 燃える杏に全てを凍らせる氷が、凍るイザベラに全てを燃やし尽くす炎がぶつかる。

 瞬間、

「全くもって冷たくないなッ?」
「そちらこそ火力が足りなくてッ?」

 消滅の光が杏とイザベラを覆いつくす。まるで、二人をハエから守るように。

 杏は炎。全てを燃やし尽くす白炎。

 イザベラは氷。全てを凍てつかせる凍結。

 なら、それらが合わされば? 真逆の性質を持つそれらが、相殺することなく融合すれば?

 全てを消滅させるナニかが生まれる。メド〇ーア。
 
 だがしかし、その消滅の閃光の内側にいる杏もイザベラも頬を引きつらせる。死神が直ぐ背後にいるような幻覚を視る。

 それほどまでに危険であり、一歩間違えば死ぬ技なのだ。いや、今も放出する力の加減を間違えれば、外側に放出している消滅が、自分に向く状況だ。

 それを咄嗟の判断で、行ったのだ。

 杏もイザベラも噴き出る冷や汗をねじ伏せる。魂がかき鳴らす警戒音もねじ伏せる。ここで集中力を切らせば、何もかもが終わる。

 消滅の閃光は、ゆっくりと膨れ上がる。周囲のハエを問答無用で消滅させていく。

 消滅と喰らうなら、消滅が上。圧倒的に上。喰らうという力も消滅させる。

「ッッ!?!?」

 それに気が付いたベルゼブブは、急いで消滅の閃光から逃れる。しかし、ハエたちは全て消滅した。

 閃光が晴れる。

「そろそろ冷静になれた頃合いだな」
「そろそろ体が(あった)まってきた頃合いかしら」

 アヤの件で抱いた怒りをある程度発散できた杏は、そう呟く。煌々と体の炎が燃え上がり、空間を焼き尽くしていく。

 数ヵ月ぶりに感じた死に戦闘感覚を取り戻したイザベラは、そう呟く。極寒に体が凍り付き、空間を()てつかせていく。

 それから互いを見やってニヤっと口角を吊り上げる。

「おいおい、絶対零度より冷たくなってるお前が(あった)まるなんて、なんの冗談だ?」
「あら、煉獄よりも煌々(こうこう)と燃えている貴女(アナタ)が冷静とか、なんの冗談かしら?」

 軽口を叩きあいながら、歯噛みするベルゼブブに殺気を叩きつける。

「アイスコーヒーは如何かしら?」
「ホットコーヒーはどうだ?」

 フルコースの最後。

 つまり、ベルゼブブの最期を宣言した二人は、ニィッと嗤った。





======================================
公開可能情報

幻想具(アイテム)・呪縛核:宝珠型幻想具(アイテム)。その宝珠を植え込んだ死体をまるで生きているかのように操る。それなりに魔力を注げば、生前の記憶等も引き継いだ状態になる。

〝聖焔解放〟:祈力による第三昇華。最終昇華でもあり、これ以上の昇華をすると神性を得てしまう。

“天元突破[氷楔(ひょうけつ)解放]”:イザベラ専用の“天元突破”。強化率は“天元突破[極越]”にも並ぶが、使用後のステータス減少や虚脱感などはあまりない。ただし、使いすぎると己の体が氷そのものになり、もとに戻らなくなる。

〝焔恒星〟:〝焔星〟の強化バージョン。

〝必裁之焔剣〟:大剣を≪白焔≫で非実体の白炎にし、特定の魂魄だけを切り裂く燃やし尽くす技。あらゆる実体的、非実体的な障害を透過する。強力すぎるため、顕現できる時間は数分程度。


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 極寒零度。
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「アタシは百目鬼杏。大輔のお嫁さん希望者だ」
 イザベラは|冷徹な《アメジストの》瞳で杏を射貫く。杏は|灼熱《蒼炎》の瞳でイザベラを射貫く。
「フッ、希望?」
 イザベラは片眉を上げる。杏を鼻で笑う。その程度の想いなのかと。
 そして杏は理解した。先ほどの言葉は失礼だったと。
「すまない。遠慮した。アタシは大輔の嫁になる者だ。正妻の座も狙っている」
「譲らないわよ」
 強烈な意志。
 片や全てを燃え上がらせる強い意志。
 片や全てを凍り付かせる強い意志。
 互いに好戦的。己の心を偽らず、その戦意をぶつけ合う。
 故に杏は大剣を握りしめ。
 故にイザベラは二振りのレイピアを構え。
「フッ!」
「シッ!」
 それぞれ互いに向かって――否!
「カハッッッッ!?」
「グハッッッッ!?」
 互いの背後に潜んでいた天使たちに向かってそれぞれの武器を振るう。天使たちが絶命した。
 同時に氷山が弾けた。
 いや、喰われた。無数のウジ虫が全ての氷を喰らいつくし、氷に閉じ込められ仮死していた天使たちを踊り食う。
 そしてウジ虫の玉座に座ったベルゼブブが現れた。
「やれやれ。赤蛇では足止めもできませんでしたか。一時的とはいえ、我らと同等の力を振るえるというのに」
「あら、|矢もまともに放てない《盲目の》奴のことかしら。それならそこにいるわよ」
「ッ!!」
 ベルゼブブが初めてその余裕を|湛《たた》えた表情を崩した。
 両目眼帯の天使がベルゼブブの背後から急襲した。紅い蛇がどぐろを巻いた剣をベルゼブブに振るう。
 同時に杏は蒼炎の火炎弾を、イザベラは鋭い氷の矢を掃射する。
 頬をひきつらせながら、ベルゼブブは玉座のウジ虫を操作。
「喰らいなさいッ!」
 ウジ虫たちは杏とイザベラの掃射も、紅い蛇がどぐろを巻いた剣も喰らいつくす。そのまま杏とイザベラに襲い掛かる。超接近していた両目眼帯の天使に這い、血肉を|貪《むさぼ》る。
 だが、そもそもそれが罠。
「なんだとッ!?!?」
 杏たちに反撃しようとしていたウジ虫も、両目眼帯の天使を貪っていたウジ虫たちも、玉座を作っていたウジ虫たちも、全て朽ちた。
 両目眼帯の天使は既に朽ちた身。イザベラに殺された身。
 ただ、それなりに身体能力が高いうえに、天使たちの間でも特殊な存在だと伺えたため、イザベラは両目眼帯の天使の死体に、死体を操作する|幻想具《アイテム》、呪縛核を植え付けたのだ。
 そして、その肉体に毒を仕込ませていた。肉体を喰らった存在とそれに連なる存在を魂魄から消滅させる毒だ。
 まぁ、肉体を喰らう相手などそうそういないと思っていたので、普通に周囲一帯を破壊しつくす爆弾を仕込んでいたのだが、それは無駄になってしまった。
 ベルゼブブが驚愕する。慌ててウジ虫たちとの繋がりを断つ。魂魄を守る。
「ッッッ!!!」
 しかし、隙ができる。
 ベルゼブブの背筋に悪寒が走る。
「拾い食いしてはダメと|お母さん《神》に教わらなかったのかしら」
「言ってやるな。|拾い食い《寄生》しかできない害虫なのだから」
「確かにどの世界でも天使は寄生虫ね」
「ガッ、カハッ!?」
 イザベラがベルゼブブの全身を氷で包む。そこに〝焔転〟で加速した杏が蒼炎を纏わせた大剣を振るう。
 燃え、氷が弾け、蒸発する。ベルゼブブの身体が真っ二つに両断される。
 そして二振りのレイピアを抜き去ったイザベラが、両断されたそれぞれに向かって突く。内側から凍らせる。
 もちろん、それでもベルゼブブは死なない。
 徐々に凍てつくベルゼブブの体が無数のハエになる。バッと散開する。
『食事に毒を仕込むなどッ! 冒涜でしかないッ!』
「|仲間《天使》を、あまつさえアヤの家族すら踊り食った害虫がなにほざいてるんだッッッッ!!!!」
 無数のハエの羽音を震わせ激昂するベルゼブブに、杏がそれ以上に激昂する。
 杏は詳しく聞いていない。そんな暇などなかったから。それでも、ちょっとだけ聞いた。
 何故アヤが日本を襲おうとしていたか。
 それは、家族がベルゼブブの|眷属《ハエ》によって喰われ、そして親友であり妹分のイネスや仲間のグスタフたちを人質に取られていたから。
 常に彼女たちにはハエが取りついていて、いつでも喰われる状態だったから。
 それでもアヤは分かっていた。脅された通りに妖魔界を崩壊させたとしても、イネスたちは喰われる可能性が高いと。
 グスタフたちは裏社会の者。どうにか対処ができるかもしれない。だが、イネスは普通の女性。関係ない女性。
 だから、アヤはイネスの体をいくつもの短剣で突きさし、その|眷属《ハエ》を殺した。
 目の前で家族を踊り食いされたアヤは、それでもイネスを守るために、イネスを傷つけた。
 それは苦渋の決断で、とてつもなく屈辱的で。
 杏はアヤの心を代弁できるわけではない。この怒りはたぶん、ただのエゴ。それでも、やはりおさまりは効かない。
 それに、自分一人ならどうにか耐えたが、今はイザベラがいる。初対面だが、イザベラは大輔の婚約者。アイツが好きな人。
 なら、背中を預けられる。
「〝聖焔解放〟ッッ!!」
 祈力による第三昇華、〝聖焔解放〟。神性を獲得する一歩手前。
 白炎の化身となった杏は無数のハエの大群へと〝焔転〟する。光すらも置き去りにする。
 それでもベルゼブブはそれに反応する。
『喰らって殺るッ!』
「燃やし尽くして殺るッ!」
 無数のハエの巨大な顎の|容《かたち》をとって白炎を噴き上げる杏に襲い掛かる。
 杏は回避することなく、白炎の炎と化した大剣を握りしめ、横薙ぎに振るう。≪白焔≫を注ぎ、魂魄を焼き尽くそうとする。
 が、しかし、ベルゼブブは王の一人。そして、伝承では悪魔だけでなく、魔神であり、異教の神。
 その力はバアルと半分に分かたれているが、その半分だけでも十分。
『這え貪り喰らえ。堕とせッ!』
 雷を纏ったハエの槍が杏の背後から襲い掛かる。目の前のハエの顎を燃やすのに手一杯な杏は、
「凍り付きなさい」
 しかし、背中はイザベラに任せてある。
 杏の背後にあった氷と入れ替え転移したイザベラは、レイピアを弓のように引き絞る。放つ。
 ハエの雷槍が振れると同時に、凍り付く。そのままイザベラは凍り付いた雷槍を操り、虚空に放つ。
 弾ける。ベルゼブブが空中で佇む。
「|高みの見物《臆病者》ね」
「|虫でしかない《飛ぶ事しかできない》のだから、仕方ないさ」
 片翼はハエの翼。もう片翼は純白の翼。雷と暴風を纏い、ウジ虫がその下を這いずり回る。
 先ほどのベルゼブブとは、格が違う。指先一つで大陸を喰らい滅ぼすほどの力を感じる。
 だが、動かない。動けない。
 イザベラはもちろん、ハエの顎を一瞬で燃やし尽くした杏の力が底知れないから。未来予知である程度その力を計っていたとはいえ、想定以上だったから。
 動かないベルゼブブに殺気をぶつけながら、イザベラはちらりと杏を見やる。|片眼鏡《モノクル》の解析で杏の力を把握する。
「アナタ、その力を抑えなさい」
「ハンッ。アタシは助けを待つお姫様ではない。危険を冒そうが、自分で勝ち取るのが好きなんだ」
 イザベラのその言葉は心配。
 ただ、杏は先ほどの意趣返しなのか、イザベラを鼻で笑う。
 別に杏は喧嘩を売るつもりはない。イザベラを本気で笑ったわけでもない。
 が、たぶん、このぶつかり方があっている気がする。炎と氷はこの関わり方がいいのではと感じ取る。
 イザベラもそう判断したようで。
「……あら、|私《わたくし》も同感よ」
 張り合うように、青白い魔力を迸らせる。
「“天元突破[|氷楔《ひょうけつ》解放]”ッッッ!!!」
 氷を纏う。青白い白髪は|凍《い》てつき、氷結する。二振りのレイピアは氷のレイピアとなる。
 吐く息が凍り、呼吸をするごとに周囲の温度が一回り下がる。空間すらも凍らせるダイヤモンドダストを放出する。
 そして杏が纏う|炎《プラズマ》とぶつかる。
「|私《わたくし》の手を煩わせないことねッ!」
「こっちのセリフだッ!」
 一条の凍結。一条の白炎。
 ベルゼブブに襲い掛かる。
「ハァッ!!」
 五つの巨大な白炎の〝焔星〟――〝焔恒星〟を背後に展開。〝焔恒星〟を中心に旋回するように、無数の〝焔星〟が展開。
 全ての中心にいる杏が、白炎の〝焔転〟を|以《も》ってベルゼブブに迫る。白炎を纏う――否、白炎そのものの大剣を振るう。
「ッ。ハンッ!」
 ベルゼブブは|瞬《またた》く一瞬に現れた杏に目を見開きながらも、鼻で笑い、無数のハエの結界を張る。あらゆる攻撃を喰らう結界だ。
 自分に迫るほどの力を持っていようと、喰らう事はできる。問題ない――
「〝何人《なんぴと》たりとも裁きを妨げることができないッッッ〟!!!」
「ッッッ!!!」
 余裕ぶっていたベルゼブブの表情が引きつる。慌てて己の体を無数のハエと化し、
ハエの結界で守られているのにも関わらずその場から離脱しようとする。
「|凍え《止まり》なさいッッ!!」
 しかし、イザベラが先回り。
 全身をパキパキと凍り付かせながらも、レイピアを振るう。一瞬だけベルゼブブとその周囲の時を|凍てつかせる《止める》。
 杏だけは止まらない。白炎の体がイザベラの|時止め《氷》を防いだから。
 |凍り付いた《止まった》時の世界。
 白炎の大剣があらゆる攻撃を喰らう無数のハエの結界と接触――
「シッ!!」
「ッッッ、ガァッッッ!!??」
 することはなく、透過し、ベルゼブブの魂魄だけを切り裂いた。
 同時に世界が|氷解した《動き出した》。ベルゼブブが強烈な激痛に絶叫する。
 その白炎の大剣は、天使たちが使っていた技だ。あれは特定の魂魄以外に干渉できない力。邪悪な者にしか効かない天の裁きと言ったところか。
 ≪白焔≫を使える杏は、疑似的に相手の魂魄を特定できる。そして≪白焔≫を応用し、あらゆる障害を透過し、目標の魂魄だけを斬る大剣、〝必裁之焔剣〟だ。
 ベルゼブブは血反吐を吐く。吐いた血は足元にいたウジ虫が喰らい、ベルゼブブを回復させる。
「出でよッ! 暴風の|蟲喰《じゅばみ》ッ!!」
 忌々しいと言わんばかりに杏とイザベラを睨んだベルゼブブは、怒声を放つ。ベルゼブブの体からぶわっと無数のハエが湧き出る。
 無数のハエは半径数十メートルを覆いつくす。杏とイザベラすらも覆いつくしてしまう。囲まれてしまう。
 そのハエは嵐を纏い、空間すらも喰らう。空間が崩壊し、発生したプラズマと衝撃波すらも喰らいつくす。
 何もかもが喰らいつくされるハエの中で、
「燃えろッッ!!」
「|凍《い》てつきなさいッッ!!」
 だが、ベルゼブブに接近していた杏とイザベラは慌てない。
 |阿吽《あうん》の呼吸で|互い《・・》に向かって炎を、氷を放つ。
 燃える杏に全てを凍らせる氷が、凍るイザベラに全てを燃やし尽くす炎がぶつかる。
 瞬間、
「全くもって冷たくないなッ?」
「そちらこそ火力が足りなくてッ?」
 消滅の光が杏とイザベラを覆いつくす。まるで、二人をハエから守るように。
 杏は炎。全てを燃やし尽くす白炎。
 イザベラは氷。全てを凍てつかせる凍結。
 なら、それらが合わされば? 真逆の性質を持つそれらが、相殺することなく融合すれば?
 全てを消滅させるナニかが生まれる。メド〇ーア。
 だがしかし、その消滅の閃光の内側にいる杏もイザベラも頬を引きつらせる。死神が直ぐ背後にいるような幻覚を視る。
 それほどまでに危険であり、一歩間違えば死ぬ技なのだ。いや、今も放出する力の加減を間違えれば、外側に放出している消滅が、自分に向く状況だ。
 それを咄嗟の判断で、行ったのだ。
 杏もイザベラも噴き出る冷や汗をねじ伏せる。魂がかき鳴らす警戒音もねじ伏せる。ここで集中力を切らせば、何もかもが終わる。
 消滅の閃光は、ゆっくりと膨れ上がる。周囲のハエを問答無用で消滅させていく。
 消滅と喰らうなら、消滅が上。圧倒的に上。喰らうという力も消滅させる。
「ッッ!?!?」
 それに気が付いたベルゼブブは、急いで消滅の閃光から逃れる。しかし、ハエたちは全て消滅した。
 閃光が晴れる。
「そろそろ冷静になれた頃合いだな」
「そろそろ体が|温《あった》まってきた頃合いかしら」
 アヤの件で抱いた怒りをある程度発散できた杏は、そう呟く。煌々と体の炎が燃え上がり、空間を焼き尽くしていく。
 数ヵ月ぶりに感じた死に戦闘感覚を取り戻したイザベラは、そう呟く。極寒に体が凍り付き、空間を|凍《い》てつかせていく。
 それから互いを見やってニヤっと口角を吊り上げる。
「おいおい、絶対零度より冷たくなってるお前が|温《あった》まるなんて、なんの冗談だ?」
「あら、煉獄よりも|煌々《こうこう》と燃えている|貴女《アナタ》が冷静とか、なんの冗談かしら?」
 軽口を叩きあいながら、歯噛みするベルゼブブに殺気を叩きつける。
「アイスコーヒーは如何かしら?」
「ホットコーヒーはどうだ?」
 フルコースの最後。
 つまり、ベルゼブブの最期を宣言した二人は、ニィッと嗤った。
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公開可能情報
|幻想具《アイテム》・呪縛核:宝珠型|幻想具《アイテム》。その宝珠を植え込んだ死体をまるで生きているかのように操る。それなりに魔力を注げば、生前の記憶等も引き継いだ状態になる。
〝聖焔解放〟:祈力による第三昇華。最終昇華でもあり、これ以上の昇華をすると神性を得てしまう。
“天元突破[|氷楔《ひょうけつ》解放]”:イザベラ専用の“天元突破”。強化率は“天元突破[極越]”にも並ぶが、使用後のステータス減少や虚脱感などはあまりない。ただし、使いすぎると己の体が氷そのものになり、もとに戻らなくなる。
〝焔恒星〟:〝焔星〟の強化バージョン。
〝必裁之焔剣〟:大剣を≪白焔≫で非実体の白炎にし、特定の魂魄だけを切り裂く燃やし尽くす技。あらゆる実体的、非実体的な障害を透過する。強力すぎるため、顕現できる時間は数分程度。