八話 やっぱり岩盤をぶち抜くのが正解だわ
ー/ー「そういえば、マモンが混沌の妄執の仇になるか、説明していませんでしたね」
「いやっ、そんな事はいいから、こいつらッ」
「問題ありませんッ!」
雪は桜吹雪を纏った右腕を大きく引いて、放つ。すれば、巨大な桜の竜巻が噴き上げ、宮殿を囲う城壁の門を守護していた三匹の悪魔はもちろん、その門さえもが粉々に砕けてしまう。
「グッ、女っ!」
「ここはマモン陛下の城であろうぞぉぉぉぉ!!!」
「死にさらせぇぇぇ!!」
肉片となった三匹の悪魔は、しかし再生能力を持っていた。そして特異な力も。
蛇のような尻尾を幾つも持つ悪魔は悍ましい重力の槍。辺りに散らばった門の残骸と共に雪たちを飲み込もうとする。
ヤギの角に高貴な燕尾服を纏った悪魔は空間を切り裂く刃。世界がズレる。
上半身が鳥の悪魔は猛毒。毒霧が大きな顎と化し、雪たちの上空から襲い掛かる。
しかし、
「絶対不変」
ヘレナが軽く腕を振るえば、それら全てが消去される。
「「「ッ!――」」」
「〝怨伝〟!」
悪魔たちが驚愕に声を上げる前に、雪によって絶望のくさびを打ち込まれる。声を出すことすらも許されず、悍ましい怨念が精神を蝕み崩壊させていく。
また、どういうわけか、悪魔たちの体がスライムのようにドロドロに溶けていく。蠢き、形が取れなくなっていく。
雪がニィッと嗤う。桜の花弁を三枚召喚し、それぞれに突き刺す。
「ついでに燃えてください!」
ライターに火が灯るような音と共に桜の花弁が引火し、燃える。悪魔たちに伝う。
その炎は決してそこまでの火力はない。杏の炎と比べると弱々しい。
しかし、これまたどういうわけか太陽の紅炎で焼却させられたかの如く、塵すら残らず燃え尽きてしまう。
雪は燃え尽きた悪魔たちに一瞥もせずに宮殿へ続く仰々しい石畳を走る。ヘレナはそこに並べられている石像などの芸術品に少し感嘆しながら、慌てて雪を追いかける。
雪が口を開く。
「ヘレナ、この世界の幻力は霊力という名前でいいんですよね?」
「たぶんな。基本的に精神に呼応しやすい幻力だ。己はもちろん他人の精神によってその力は増減する。だから、大抵は物語や神話などを使って自己暗示をすることが多いな。後、ある程度の準備やら器は必要だが、やろうと思えば人の概念や信仰を己の力に変えることもできる」
「やっぱり」
それを聞いて雪は確信する。
ヘレナは眇む。
「やっぱりだと?」
「はい。さっき、言いましたよね、私は想いを聞いて伝える魔法が得意だと。それを攻撃に転用すれば、強い恐怖を植え付けたりもできます。そして限度はありますが、≪強化≫することもできる」
雪はニィッっと嗤う。
「霊力は想いに反応しやすい。特に悪魔は負の想いによって力が増減したり、姿形が変わるんです。形を保てなくなったり、簡単に燃え尽きたのはそれです」
「……天敵だな。お前のその魔法は」
「ええ」
柔らかな雪の頷きを聞きながら、ヘレナはその虹色の瞳を細めた。また、雪を強く尊敬する。
無限に生きた経験が教えてくれる。。
たぶん、伝える想いとは自分が『今』感じている想い。強い恐怖を感じながらその恐怖を相手に植え付けるのだろう。いくら≪強化≫できるとはいえ、元が必要なのだ。
だから、尊敬する。その想いを抱えて戦うその精神の強さに。
そんなヘレナの内心も知らず、雪は桜の花弁を周囲に展開し、それを四方八方に放つ。警戒と探索をさせるのだ。
それからチラリとヘレナを見やって、話す。
「混沌の妄執はもともと五人の魔女だった。っていうのは話しましたよね」
「チラっとだけな。つまり、あの男はその五人の魔女の仇なのか?」
「はい。その魔女さんたちには娘がいました。そしてマモンは色々な人の精神を操ってその娘たちと魔女たちを生贄に、一つの国を滅ぼす怪物を作り出そうとしたんです。で、色々あって五人の魔女がその怪物を逆に乗っ取った。それが混沌の妄執です」
「そうか」
ヘレナはその話をすんなり飲み込んだ。
幾星霜生きた年月で、そんな悲劇をよく見てきたから。その色々も容易に想像が付く。子を、娘を愛する母親の怨みだろう。その五人の魔女にどれほどの力があったかは分からないが、子を思う母の怨みは力の格を簡単に上げる。
それこそ、それで神性を得たやつもいた。星どころか、世界すらも滅ぼした奴もいた。
だけど、だからヘレナは僅かばかり瞑目した。
雪はそんなヘレナをチラリと見やりながら、続ける。
「しかも、マモンはその混沌の妄執すらも利用しようとしたんです。来る日に空間すらも崩壊させる程の自爆させるつもりでした」
まぁ、直樹さんが力を無理やり分離させたせいでそれができなかったようですが。と雪は心の中で付け足す。
そしてまた、大皇日女の事も思い出す。
(たぶん、アレは聞き間違えじゃなかった。貪婪は貪欲。つまり、強欲。サブカルを学び始めたばかりの私でも分かります。マモンは強欲の悪魔)
直樹がサブカル好きなのは知っていた。だから、色々とそっちの方に手を出して得ていた知識が役に立った。
(大皇日女さんが潰したのはマモンの手先。アイツは私までも利用しようとした)
雪は強く確信する。
(ヘレナやミラちゃんたちがここにいたのも偶然じゃない。私の前にたまたま界孔が開いたのも偶然じゃない)
たぶん、今まで色々と暗躍していたのだろう。
そして今、悪魔と天使と、それらによって精神を操られた奴らによって、日本は侵略されている。
「ヘレナ、ごめんなさい」
「……どうした」
「直樹さんが来るのは少し遅いです」
「分かってる。異世界転移なんて普通、できない。ユキがミラとノアを直樹の元に送ったのだって、奇跡だ」
だからこそ、お前は安静にしなくてはいけないんだぞ。とヘレナは視線で訴える。
強がっているものの、虚脱感は抜けないし、体力も魔力もそう多くない。頭痛も酷い。吐き気もする。体中ボロボロだ。
そんな雪が苦笑する。
同時に。
「マモン様の大切な御殿を穢すなぁぁっっ!! ウジ虫共がぁぁぁッッッ!!!」
漆黒の翼を生やし、どす黒い天使の輪を持つ存在が上空から無数の岩石を落とす。後ろには数百に近い多種多様な姿の悪魔がいた。
ヘレナは慌てて雪を見やる。あの岩石は霊力によって作り出されたものではない。自分の力では消せない。
雪は恐怖を受け流し、力に変えるようにニィッと嗤う。
「そうじゃないんです、ヘレナっ! 直樹さんはヘレナのためなら、どんな不可能も一瞬で成し遂げます!」
雪の右手には桜の拳鍔があった。大皇日女から貰ったものだ。
それは自身の想いを具現化する拳鍔。想いを武器にする雪にとって最も最適な武器。
雪は強く拳鍔を握りしめると、地面に打ち付ける。
轟音が響き、美しい石畳は割れ、そして地獄にはあり得ないモノが聳えた立った。
「直樹さんはこれをしたんですねッ!」
それは桜。雪の桜。天よりも高く、岩石の雨など軽く弾いてしまう雪桜の大樹が大地から生えたのだ。
それは一度、混沌の妄執の想いを奪った際に使った魔法。直樹のサポートがあったからこそできた魔法。
だが、今は自分一人でできる。
そして何よりもこの世界は霊力に満ちている。空気中には霊力が漂っている。だからこそ、雪桜はどんどんと高く高く生長する。雪桜に込められた想いに霊力が反応して、力を与えているのだ。
雪は急に雪の前から生えた桜の大樹に驚き目を見張るヘレナを見やる。生やした雪桜を操り、次々に現れる悪魔たちをその花弁で屠りながら。
「マモンは、いえ、マモンだけではありません。この天獄界に残った悪魔と天使……まぁゴミくずたちの七人の王は神になるため、今、直樹さんたちがいる日本を襲っているんです」
雪はマモンの思考を読んだ。その記憶も。
「だから、ヘレナ。もう巻き込んでるけど、お願いします。私がマモンを倒すの手伝ってください。そしてマモンだけじゃない。直樹さんたちが楽しんでいた修学旅行を壊したクソどもを倒すのを手伝ってください」
雪はヘレナに頭を下げた。経験による理解でその話を飲み込んだヘレナは呆れかえる。溜息を吐く。
「ったく。手伝うもなにも、あのクソ男には怨みがある。ミラとノアを傷つけた。それだけで私の怒りは抑えきれないほど溢れている。それで直樹の楽しみを奪っただと?」
そこには阿修羅がいた。
「ユキがしなくても私が殺す。何百回、何千回この身が果てようと、殺してやる」
まる恐怖。まるで畏怖。
ひれ伏し自ら死を選んでしまうほどの覇気がヘレナにはあった。
同時にヘレナの虹色の瞳には信頼もあった。
雪は大丈夫。私の力に当てられても決して消えない。だって、強いし凄い。初対面だったはずの私がもうこんなに好きになってるんだ。
だから、ヘレナはマモンの配下の一つであるガーゴイルの軍団に、破滅させることしかできない力を揮う。
幻力がある世界で生まれた魂魄は、その幻力を宿している。必要不可欠な構成要素の一つになっている。
だから、幻力を消し去る力を使えば必然的にその魂魄は崩壊する。
数百体いたガーゴイルたちが土へ還る。
「ふふ。ヘレナ、私もそのつもりですよ」
そしてヘレナの力に当てられて消し飛んだ雪桜を再生していた雪が頷いた。
そして二人は暴れ回る。
こちらから宮殿の奥に出向く必要などない。
大切な宮殿を破壊してやれば、宮殿の奥の玉座で休んでいるマモンが出向いてくれる。傷ついた体を休ませるか、大切なコレクションを壊されるか、どっちか選べよ。
悪魔よりも悪魔らしい発想で、雪とヘレナの宮殿破壊が始まった。配下の悪魔たちの叫び声を添えて。
Φ
一見すれば、そこは清く正しい場所だ。聖域という言葉が似合うのかもしれない。明るく、空気は澄みきっていて、静寂が響く。一面真っ白な大地に覆われ、汚れ切った心が洗われるだろう。
しかし、空しい。薄ら寒い。中身がない立派な蟹のようなものだ。いくら豪華な見た目の甲羅を焼いたところで、中身がなければ腹の足しにすらならない。
何が言いたいかと言えば、
「……自称神や自称天使が澄んでいそうな場所ね」
イザベラはうんざりとした表情を浮かべた。もう間に合っていると。数ヵ月前にお腹いっぱいになるほど味わったと。
突如開いた界孔により、イザベラは別の異世界に放り出された。
しかし、イザベラは自分の事よりもヘレナやミラたちの事を思う。
「大丈夫かしら。守護の結界を持たせておいて正解だったけれども。やっぱりツヴァイの勘を甘く見るべきではなかったかしら……」
守護の結界以外ももっと色々と渡しておくべきだったと悔やむが、後の祭りだ。
それよりも今と未来の事だ。
イザベラは虚空から銀の羅針盤を取り出す。魔力を注ぎ、淡く光らせる。
「……駄目ね。ヘレナたちの反応はない……いえ、微弱に。よかったわ。同じ世界だったのね」
膨大な魔力を注いで、どうにかヘレナたちの、正確にはヘレナが持っている守護の結界の反応を掴んだ。
しかし、その反応は極めて弱い。
さらに銀の羅針盤に魔力を注ぎ、また懐から銀縁の片眼鏡を取り出し、右目に付ける。銀の羅針盤を穴が開くほど睨む。
「空間は、ちょっと違うわね。けど、かなり近い位相かしら。……ノイズが酷いわ。離れているというよりは、妨害されている感じ。空間の隔たりもあるでしょうけど、魔力濃度が濃い場所かなにか。けど、この世界は魔力の世界ではない。魔力は感じない」
イザベラは顔を上げる。果てしなく広がる純白の大地を見渡し、そして一つの方向を見定める。
「どっちにしろ、長居できない環境にいるのは確かね。急がなくちゃ」
走り出す。金属のヘヤカフスで纏めた青交じりの白髪がたなびく。白衣のコートが音を立てて荒れる。
「こっちが近いわね。それにしても、ここは一般の星ではないわ。無理やり空間を重ねたような場所ね。迷宮に近いかしら」
大輔特製の幻想具である片眼鏡で周囲を解析する。走りながら懐から橙のレンズを取り出し、それを片眼鏡のレンズに重ねるように嵌める。
探知に特化したレンズだ。その片眼鏡は色々なレンズを重ねることによって、様々な用途に使うのだ。
イザベラが黒のブーツの底から青白い光を波打たせると同時に、空を駆ける。天高く上昇する。高く、高く。
そして、
「いけるわね」
灰色のベルトに携えていた二振りのレイピアを抜き去ると、イザベラは冷徹な瞳で何もない空を見定める。
右手に持っていたレイピアを引き絞る。
「穿てっ!」
イザベラは引き絞った右のレイピアを何もない空に向かって突き刺す。
甲高い音と共に、レイピアが空に突き刺さる。罅が入り、小さな粉がそこから零れ落ちていく。
イザベラはそれらに眼も止めない。
もう片方のレイピアを同様に引き絞る。
そして右のレイピアが突き刺さったところへ向かって放つ。
「やっぱり岩盤をぶち抜くのが正解だわ」
割れた。大きな穴が開き、何もない空から純白の大地が見えた。そこは一つの箱庭であり、またさらにその上に新たな箱庭が連なっているのだ。階層だ。
二振りのレイピアを回収し、再び灰色のベルトに納刀したイザベラは、青白い光の障壁を蹴って上の階層へと進んだ。
下の階層へ行くよりもそっちの方がヘレナに近いから。
「いやっ、そんな事はいいから、こいつらッ」
「問題ありませんッ!」
雪は桜吹雪を纏った右腕を大きく引いて、放つ。すれば、巨大な桜の竜巻が噴き上げ、宮殿を囲う城壁の門を守護していた三匹の悪魔はもちろん、その門さえもが粉々に砕けてしまう。
「グッ、女っ!」
「ここはマモン陛下の城であろうぞぉぉぉぉ!!!」
「死にさらせぇぇぇ!!」
肉片となった三匹の悪魔は、しかし再生能力を持っていた。そして特異な力も。
蛇のような尻尾を幾つも持つ悪魔は悍ましい重力の槍。辺りに散らばった門の残骸と共に雪たちを飲み込もうとする。
ヤギの角に高貴な燕尾服を纏った悪魔は空間を切り裂く刃。世界がズレる。
上半身が鳥の悪魔は猛毒。毒霧が大きな顎と化し、雪たちの上空から襲い掛かる。
しかし、
「絶対不変」
ヘレナが軽く腕を振るえば、それら全てが消去される。
「「「ッ!――」」」
「〝怨伝〟!」
悪魔たちが驚愕に声を上げる前に、雪によって絶望のくさびを打ち込まれる。声を出すことすらも許されず、悍ましい怨念が精神を蝕み崩壊させていく。
また、どういうわけか、悪魔たちの体がスライムのようにドロドロに溶けていく。蠢き、形が取れなくなっていく。
雪がニィッと嗤う。桜の花弁を三枚召喚し、それぞれに突き刺す。
「ついでに燃えてください!」
ライターに火が灯るような音と共に桜の花弁が引火し、燃える。悪魔たちに伝う。
その炎は決してそこまでの火力はない。杏の炎と比べると弱々しい。
しかし、これまたどういうわけか太陽の紅炎で焼却させられたかの如く、塵すら残らず燃え尽きてしまう。
雪は燃え尽きた悪魔たちに一瞥もせずに宮殿へ続く仰々しい石畳を走る。ヘレナはそこに並べられている石像などの芸術品に少し感嘆しながら、慌てて雪を追いかける。
雪が口を開く。
「ヘレナ、この世界の幻力は霊力という名前でいいんですよね?」
「たぶんな。基本的に精神に呼応しやすい幻力だ。己はもちろん他人の精神によってその力は増減する。だから、大抵は物語や神話などを使って自己暗示をすることが多いな。後、ある程度の準備やら器は必要だが、やろうと思えば人の概念や信仰を己の力に変えることもできる」
「やっぱり」
それを聞いて雪は確信する。
ヘレナは眇む。
「やっぱりだと?」
「はい。さっき、言いましたよね、私は想いを聞いて伝える魔法が得意だと。それを攻撃に転用すれば、強い恐怖を植え付けたりもできます。そして限度はありますが、≪強化≫することもできる」
雪はニィッっと嗤う。
「霊力は想いに反応しやすい。特に悪魔は負の想いによって力が増減したり、姿形が変わるんです。形を保てなくなったり、簡単に燃え尽きたのはそれです」
「……天敵だな。お前のその魔法は」
「ええ」
柔らかな雪の頷きを聞きながら、ヘレナはその虹色の瞳を細めた。また、雪を強く尊敬する。
無限に生きた経験が教えてくれる。。
たぶん、伝える想いとは自分が『今』感じている想い。強い恐怖を感じながらその恐怖を相手に植え付けるのだろう。いくら≪強化≫できるとはいえ、元が必要なのだ。
だから、尊敬する。その想いを抱えて戦うその精神の強さに。
そんなヘレナの内心も知らず、雪は桜の花弁を周囲に展開し、それを四方八方に放つ。警戒と探索をさせるのだ。
それからチラリとヘレナを見やって、話す。
「混沌の妄執はもともと五人の魔女だった。っていうのは話しましたよね」
「チラっとだけな。つまり、あの男はその五人の魔女の仇なのか?」
「はい。その魔女さんたちには娘がいました。そしてマモンは色々な人の精神を操ってその娘たちと魔女たちを生贄に、一つの国を滅ぼす怪物を作り出そうとしたんです。で、色々あって五人の魔女がその怪物を逆に乗っ取った。それが混沌の妄執です」
「そうか」
ヘレナはその話をすんなり飲み込んだ。
幾星霜生きた年月で、そんな悲劇をよく見てきたから。その色々も容易に想像が付く。子を、娘を愛する母親の怨みだろう。その五人の魔女にどれほどの力があったかは分からないが、子を思う母の怨みは力の格を簡単に上げる。
それこそ、それで神性を得たやつもいた。星どころか、世界すらも滅ぼした奴もいた。
だけど、だからヘレナは僅かばかり瞑目した。
雪はそんなヘレナをチラリと見やりながら、続ける。
「しかも、マモンはその混沌の妄執すらも利用しようとしたんです。来る日に空間すらも崩壊させる程の自爆させるつもりでした」
まぁ、直樹さんが力を無理やり分離させたせいでそれができなかったようですが。と雪は心の中で付け足す。
そしてまた、大皇日女の事も思い出す。
(たぶん、アレは聞き間違えじゃなかった。貪婪は貪欲。つまり、強欲。サブカルを学び始めたばかりの私でも分かります。マモンは強欲の悪魔)
直樹がサブカル好きなのは知っていた。だから、色々とそっちの方に手を出して得ていた知識が役に立った。
(大皇日女さんが潰したのはマモンの手先。アイツは私までも利用しようとした)
雪は強く確信する。
(ヘレナやミラちゃんたちがここにいたのも偶然じゃない。私の前にたまたま界孔が開いたのも偶然じゃない)
たぶん、今まで色々と暗躍していたのだろう。
そして今、悪魔と天使と、それらによって精神を操られた奴らによって、日本は侵略されている。
「ヘレナ、ごめんなさい」
「……どうした」
「直樹さんが来るのは少し遅いです」
「分かってる。異世界転移なんて普通、できない。ユキがミラとノアを直樹の元に送ったのだって、奇跡だ」
だからこそ、お前は安静にしなくてはいけないんだぞ。とヘレナは視線で訴える。
強がっているものの、虚脱感は抜けないし、体力も魔力もそう多くない。頭痛も酷い。吐き気もする。体中ボロボロだ。
そんな雪が苦笑する。
同時に。
「マモン様の大切な御殿を穢すなぁぁっっ!! ウジ虫共がぁぁぁッッッ!!!」
漆黒の翼を生やし、どす黒い天使の輪を持つ存在が上空から無数の岩石を落とす。後ろには数百に近い多種多様な姿の悪魔がいた。
ヘレナは慌てて雪を見やる。あの岩石は霊力によって作り出されたものではない。自分の力では消せない。
雪は恐怖を受け流し、力に変えるようにニィッと嗤う。
「そうじゃないんです、ヘレナっ! 直樹さんはヘレナのためなら、どんな不可能も一瞬で成し遂げます!」
雪の右手には桜の拳鍔があった。大皇日女から貰ったものだ。
それは自身の想いを具現化する拳鍔。想いを武器にする雪にとって最も最適な武器。
雪は強く拳鍔を握りしめると、地面に打ち付ける。
轟音が響き、美しい石畳は割れ、そして地獄にはあり得ないモノが聳えた立った。
「直樹さんはこれをしたんですねッ!」
それは桜。雪の桜。天よりも高く、岩石の雨など軽く弾いてしまう雪桜の大樹が大地から生えたのだ。
それは一度、混沌の妄執の想いを奪った際に使った魔法。直樹のサポートがあったからこそできた魔法。
だが、今は自分一人でできる。
そして何よりもこの世界は霊力に満ちている。空気中には霊力が漂っている。だからこそ、雪桜はどんどんと高く高く生長する。雪桜に込められた想いに霊力が反応して、力を与えているのだ。
雪は急に雪の前から生えた桜の大樹に驚き目を見張るヘレナを見やる。生やした雪桜を操り、次々に現れる悪魔たちをその花弁で屠りながら。
「マモンは、いえ、マモンだけではありません。この天獄界に残った悪魔と天使……まぁゴミくずたちの七人の王は神になるため、今、直樹さんたちがいる日本を襲っているんです」
雪はマモンの思考を読んだ。その記憶も。
「だから、ヘレナ。もう巻き込んでるけど、お願いします。私がマモンを倒すの手伝ってください。そしてマモンだけじゃない。直樹さんたちが楽しんでいた修学旅行を壊したクソどもを倒すのを手伝ってください」
雪はヘレナに頭を下げた。経験による理解でその話を飲み込んだヘレナは呆れかえる。溜息を吐く。
「ったく。手伝うもなにも、あのクソ男には怨みがある。ミラとノアを傷つけた。それだけで私の怒りは抑えきれないほど溢れている。それで直樹の楽しみを奪っただと?」
そこには阿修羅がいた。
「ユキがしなくても私が殺す。何百回、何千回この身が果てようと、殺してやる」
まる恐怖。まるで畏怖。
ひれ伏し自ら死を選んでしまうほどの覇気がヘレナにはあった。
同時にヘレナの虹色の瞳には信頼もあった。
雪は大丈夫。私の力に当てられても決して消えない。だって、強いし凄い。初対面だったはずの私がもうこんなに好きになってるんだ。
だから、ヘレナはマモンの配下の一つであるガーゴイルの軍団に、破滅させることしかできない力を揮う。
幻力がある世界で生まれた魂魄は、その幻力を宿している。必要不可欠な構成要素の一つになっている。
だから、幻力を消し去る力を使えば必然的にその魂魄は崩壊する。
数百体いたガーゴイルたちが土へ還る。
「ふふ。ヘレナ、私もそのつもりですよ」
そしてヘレナの力に当てられて消し飛んだ雪桜を再生していた雪が頷いた。
そして二人は暴れ回る。
こちらから宮殿の奥に出向く必要などない。
大切な宮殿を破壊してやれば、宮殿の奥の玉座で休んでいるマモンが出向いてくれる。傷ついた体を休ませるか、大切なコレクションを壊されるか、どっちか選べよ。
悪魔よりも悪魔らしい発想で、雪とヘレナの宮殿破壊が始まった。配下の悪魔たちの叫び声を添えて。
Φ
一見すれば、そこは清く正しい場所だ。聖域という言葉が似合うのかもしれない。明るく、空気は澄みきっていて、静寂が響く。一面真っ白な大地に覆われ、汚れ切った心が洗われるだろう。
しかし、空しい。薄ら寒い。中身がない立派な蟹のようなものだ。いくら豪華な見た目の甲羅を焼いたところで、中身がなければ腹の足しにすらならない。
何が言いたいかと言えば、
「……自称神や自称天使が澄んでいそうな場所ね」
イザベラはうんざりとした表情を浮かべた。もう間に合っていると。数ヵ月前にお腹いっぱいになるほど味わったと。
突如開いた界孔により、イザベラは別の異世界に放り出された。
しかし、イザベラは自分の事よりもヘレナやミラたちの事を思う。
「大丈夫かしら。守護の結界を持たせておいて正解だったけれども。やっぱりツヴァイの勘を甘く見るべきではなかったかしら……」
守護の結界以外ももっと色々と渡しておくべきだったと悔やむが、後の祭りだ。
それよりも今と未来の事だ。
イザベラは虚空から銀の羅針盤を取り出す。魔力を注ぎ、淡く光らせる。
「……駄目ね。ヘレナたちの反応はない……いえ、微弱に。よかったわ。同じ世界だったのね」
膨大な魔力を注いで、どうにかヘレナたちの、正確にはヘレナが持っている守護の結界の反応を掴んだ。
しかし、その反応は極めて弱い。
さらに銀の羅針盤に魔力を注ぎ、また懐から銀縁の片眼鏡を取り出し、右目に付ける。銀の羅針盤を穴が開くほど睨む。
「空間は、ちょっと違うわね。けど、かなり近い位相かしら。……ノイズが酷いわ。離れているというよりは、妨害されている感じ。空間の隔たりもあるでしょうけど、魔力濃度が濃い場所かなにか。けど、この世界は魔力の世界ではない。魔力は感じない」
イザベラは顔を上げる。果てしなく広がる純白の大地を見渡し、そして一つの方向を見定める。
「どっちにしろ、長居できない環境にいるのは確かね。急がなくちゃ」
走り出す。金属のヘヤカフスで纏めた青交じりの白髪がたなびく。白衣のコートが音を立てて荒れる。
「こっちが近いわね。それにしても、ここは一般の星ではないわ。無理やり空間を重ねたような場所ね。迷宮に近いかしら」
大輔特製の幻想具である片眼鏡で周囲を解析する。走りながら懐から橙のレンズを取り出し、それを片眼鏡のレンズに重ねるように嵌める。
探知に特化したレンズだ。その片眼鏡は色々なレンズを重ねることによって、様々な用途に使うのだ。
イザベラが黒のブーツの底から青白い光を波打たせると同時に、空を駆ける。天高く上昇する。高く、高く。
そして、
「いけるわね」
灰色のベルトに携えていた二振りのレイピアを抜き去ると、イザベラは冷徹な瞳で何もない空を見定める。
右手に持っていたレイピアを引き絞る。
「穿てっ!」
イザベラは引き絞った右のレイピアを何もない空に向かって突き刺す。
甲高い音と共に、レイピアが空に突き刺さる。罅が入り、小さな粉がそこから零れ落ちていく。
イザベラはそれらに眼も止めない。
もう片方のレイピアを同様に引き絞る。
そして右のレイピアが突き刺さったところへ向かって放つ。
「やっぱり岩盤をぶち抜くのが正解だわ」
割れた。大きな穴が開き、何もない空から純白の大地が見えた。そこは一つの箱庭であり、またさらにその上に新たな箱庭が連なっているのだ。階層だ。
二振りのレイピアを回収し、再び灰色のベルトに納刀したイザベラは、青白い光の障壁を蹴って上の階層へと進んだ。
下の階層へ行くよりもそっちの方がヘレナに近いから。
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