四話 あ、どうもお久しぶりです
ー/ー「おいおい、もういいだろ?」
「何がだ?」
「いや、だからさ、その短刀、仕舞ってくれないか?」
「ハンッ。寝言は寝て言え」
「ええ……。私、君の教師だぞ……」
短刀を首に突き付けられながら、郭は「近頃の若者はドライだ」とぼんやり呟く。
が、直ぐに表情を変え、一連の事態に少し混乱しているカガミヒメを見やる。
「直接顔を合わせるのは初めてだな、カガミヒメ殿。私はD・P・T・S・T・Iの日本組織、隠聖字教の女教皇である烏丸郭だ。そして既にキョウラク殿やアメウナ殿には話を通してあるが、妖魔界に住んでいた化生の方は私たちが保護している」
「ッ!」
「故に神和ぎ社の導師、神映の巫女殿。この日出大地の防衛、私たちも参加させてもらう」
その言葉にカガミヒメの表情がスッと冷える。冷徹に冷酷に。全てを計算していく。そこに僅か十五の少女の姿はない。
「……つまり、導師の権限を与えろと」
「ああ、明治時の権限。私の部下をそこの指令系統に加える」
「……確認させてください」
「ああ、もちろん。ただ、さっきも言ったが時間がない。もうあの世界が偽物だと気付いている奴もいる。もって一時間だ」
カガミヒメは懐から携帯を取り出し、確認を取り始める。
と、
「ねぇ、ヤバい感じの化生たちが霊力の異空間にのみこ……え、烏丸先生?」
「何故烏丸先生がここにいるんだ?」
転移門が開き、イネスを抱えた杏とアヤを背負った大輔が現れる。二人とも短刀を首に突き付けられている郭を見て驚き、目を見張る。
特に大輔は一瞬で郭に宿る力を見抜き、警戒をとる。今まで感じていなかったからこそ、より一層。
杏は意識を覚まさない冥土を介抱しているウィオリナにどういう事か視線を向ける。
ウィオリナは自分も混乱しているので首を横に振った。ただ、杏と大輔の間に漂う妙な雰囲気に少しだけ眉を顰める。
大輔が直樹に視線で尋ねようとしたとき、
「ええ、はい。なら、そちらで進めて。はい。私の権限を行使して、はい。全力で。一秒すら無駄にしてはなりません」
電話を切ったカガミヒメが清廉な声を響かせる。
「皆さま、一旦場所を移させていただきます」
そして入れ替わった。転移させられたのだ。
Φ
閑散とした和室。イグサの匂いが柔らかく鼻の奥をくすぐり、上品な部屋だった。
「……神和ぎ社の本部か、ここは」
「そうでございます」
カガミヒメが頷く。それから直樹たちに向き直る。静々と頭を下げる。
「私はこれから緊急会議があります。真面な対応ができず申し訳ありませんが、そこの烏丸郭殿が全ての事情を把握していますので。初の仕事ですよ」
「ありがたく賜ります……あと、姫様。そう気負うなよ。君は子供。大人の私がその役を代われるからな」
「いえ、これが私の意義ですので」
「そうか」
カガミヒメは大輔と杏に視線を向ける。すると、同時に襖が開き、狩衣を纏った二人の女性が現れた。
「杏様、大輔様。そちらの方々を」
「……分かった」
「いいの?」
「危険はない。それに、今のアタシなら直ぐに動ける」
「……そう」
大輔と杏はそう言葉を交わし、狩衣を纏った二人の女性にイネスとアヤを預ける。ウィオリナは大輔と、特に杏の表情に違和感を覚えた。
「では、失礼いたします」
カガミヒメは襖の奥に消えた。大輔は「事情を聞く気はない」だのと色々言いたいところだったが、直樹に視線で制される。また、直樹は[影魔]モード・シャドースネークを召喚して、カガミヒメを追わせる。
それに気が付きながら、郭は首に触れかけている短刀が離れる事がないと分かったのか、直樹に呆れた視線を向ける。
「強情だな」
「当たり前だ。気絶することがあり得ない冥土が気絶してるんだ」
「……なるほどな」
郭はウィオリナの膝に頭を乗せている冥土を見る。呼吸は一切していないが、死んでいるわけでもない。もとからする必要がないのだ。
「そちらの言い分も分かった。だが、やはりこのままだと話づらい。それにあまり時間がないんだ」
「……はぁ」
直樹は仕方なく短刀を納刀した。郭に向き合うように座る。大輔は直樹の隣に座り、杏とウィオリナはその後ろに控える。
郭は一つ深呼吸する。
「まず、一つだけ謝罪させてくれ」
それから、郭は頭を下げた。直樹たちはなんの謝罪か分からずに目を細める。
「佐藤、鈴木。君たちなら私が常人ではないことが分かるだろう」
「ああ、霊力持ちとは思わなかった」
「どうやって隠してたか、今分かったよ」
“天心眼”などのあらゆる力を発動させ、郭の解析した大輔が、やれれた、と呟いた。
郭は少しだけ驚いたように目を見開く。
「君たちは霊力を知っているのか」
「ちょっと前にクソッたれが使ってたんでな」
「……そうか」
そのクソッたれが誰なのか気になるところではあるが、郭はもう一度頭を下げる。
「多少見当はついているが、それでも君たちがどうやってその力を手に入れたか、私には分からない。だが、手に入れた日のことは分かる。あの事故があった日だ」
それは謝罪に近い何か。
「あの日、君たちがあの事故に巻き込まれたのは、私が余計なお節介を焼いたせいだ。そして私はあの時、君たちを助けられる力があった。君たちだけではない。亡くなってしまった八神たちもだ」
後ろで杏とウィオリナの驚くような、それでも少し困惑するような雰囲気を感じた。
直樹は郭の続きを奪う。
「だが、それを学校を守るために使った」
「今思えば、あれだけのガソリンに引火して、僕たち以外の被害者が誰もいないことがおかしいもんね。放課後で部活動だってあった。そもそも火事すら殆ど起きてなかったらしいし」
「……そうだ。だが、結局、私は生徒である君たちを見捨てた」
郭のその言葉は後悔とは違う。
郭は直樹たちを見捨てて他の多くの生徒を守った決断を、間違いではなかったと思っている。あれが自分ができる最善だと。
だが、それでも見捨てたことには変わりない。
郭は下げた頭を上げない。
「……なぁ、どうする?」
「う~ん。結局、どんな感じなの?」
「十中八九戦う羽目になる、というか、アイツらがもうすぐ来るっていうのに、その日本がなくなったら困るだろ、って感じ」
「ああ、なるほど」
郭に対して何かいうでもなく、コソコソと話し始めた直樹と大輔に、頭を下げながら郭は少し戸惑いの雰囲気を漂わせる。
大輔はそれを丸々無視して、スマホを懐から取り出す。電話を掛ける。直樹は家にいるであろう詩織にメールする。電話だと詩織は出てくれないのだ。メールは即既読が付くのに。
「あ、もしもし。え、京都で、あ、それそれ。その件。いや、結構面倒くさい感じでさ。たぶん、今のままだと日本がなくなるとかそんな感じ。うん、で、エクスィナはそっちで父さんたちの保護とか、杏の両親にも。うん。直樹の家に。一応あそこが一番、うんうん、例のシェルターも。あ、ティーガンさんもこっちに。あ、分かった。白桃さんと花園さんとかの力も借り、あ……え、連絡先分からない。あ、じゃあティーガンさん経由で。うん。じゃあ、今、門開くから」
そう言って電話を切った大輔は、懐から転門鍵を取り出す。戸惑いを隠しきれない郭をチラリと見やってから、転門鍵を捻る。
青白い門ができ、そこから茶髪金目の青年が現れた。
「それでどんな状況――あれ、先生? あ、どうもお久しぶりです」
「……………………………………は?」
その茶髪金目の青年――翔を見て、郭は本当に間抜けな表情を浮かべた。それから夢なのか、働き過ぎで疲れているのか、と呟く。自分で自分の頬を抓る。
直樹はそんな郭に冷徹な声を浴びせる。
「烏丸先生。翔も灯さんも麗華さんも生きている。死んでない。そういう面倒ごとは来週に回してくれ。それより、さっさと事情説明をしてくれ。時間がないと言ったのはそっちだろ」
「………………皆は生きているのか?」
「生きている」
「……そうか。それは、良かった」
未だに飲み込めていないが、それでも時間がないのは確かだ。郭は翔に顔を向け、「生きていてくれてありがとう」と言った後、真剣な表情に変える。
翔もここに郭がいる状況を飲み込めていないが、大輔に促されて座る。
と、遅れて、血界の門が開く。
「済まぬがユキとは連絡がつかんかった。ノゾミたちはそもそもイギリスに修学旅……む? アザゼルの聖人じゃと? というか、お主はウィオリナの担任の」
「ッ! ティーガンさん。お久しぶりです」
ティーガンが郭を見て、少し目を見開く。
郭はティーガン以上に目を見開き、それから少しバツの悪そうな顔をして頭を下げる。まるで、頭の上がらない知り合いにあったような……
ティーガンは察する。
「すると、十三代目のアザゼルの聖人は妾の言う通りになったのじゃな」
「……え、ええ。まぁ」
郭がさらにバツの悪そうな表情になる。ただ、ティーガンはそれ以上の追及はしなかった。
まぁ、雰囲気がそれを許さなかったのもあるが。
ティーガンはどういうことだ? と視線で訴える直樹たちを見やってから、なんとなくの予想を述べる。
「ふむ……大方、悪魔と天使どもが今度はこっちにちょっかいを掛けてきたわけかの」
「……はい」
「厄介な。教皇は何をやっておる」
「……憑かれたんです」
郭が面目ないといった表情で答える。
「……益々厄介じゃな。あの坊は何をしておる。大体、お主らは自分たちの領域……いや、これは妾も言えんか。つい最近直樹たちを巻き込んだ――」
頭痛が痛いといった感じにこめかみを抑えたティーガンは、けれど。
「いい加減俺たちに分かるように説明してくれないか?」
「む、すまぬ。と言っても妾も分かっているわけではないんじゃが。日本にちょっかいを出す理由も思い当たらん――いや、もしかして……郭殿。説明を頼むのじゃ」
直樹が少しイラついたように様子だったため、ティーガンは頭を下げる。ある程度アグレッシブに長生きしていると、知識が増えていくから勝手に話し込んでしまうのだ。
ティーガンは事情説明を郭に頼む。
郭は頷き、少し話を頭の中で整理する。必要な情報だけを取り出す。
「時間がないから手短に話すぞ。詳しい用語の説明は時間がある時にティーガンさんに聞いてくれ」
そう言われてティーガンは少し顔を顰める。その詳しい用語の説明に結構な時間を取るからだ。何かいい方法はないかと郭の話を聞きながら、模索する。
「まず、黒幕は悪魔と天使の七王、一般的な知識で言えば七つの大罪の悪魔と言った方がいいか」
直樹と大輔が驚く。たぶん、今日一番驚く。
「えっ!? マジでっ!? 実在すんのっ!? 写真撮らなきゃ!」
「資料! 母さんたちのために資料を!」
どうやらその身に宿る不治の病が騒いでしまったらしい。シリアスで時間がない場面なのに思わずそんな事を呟く。
ティーガンたちが少し呆れたような視線を直樹たちに向ける。ウィオリナなど、今は真面目な場面です! と注意する。
……ウィオリナもシリアスな場面なのに気の抜けた事をしてた気がするけど、と大輔は思ったが、どうにか飲み込む。
「すまん」
「ごめん」
直樹も大輔も少し頭を下げる。
郭は一度咳ばらいをした後、続ける。
「悪魔や天使などについてはティーガンに聞いてくれ。それで七王たちの目的は今も昔も変わらない。神になることだ」
「うぇ」
「うっわ」
「うへ」
直樹と大輔、そして翔が思いっきり顔を歪める。特に直樹と大輔はお腹いっぱいすぎだよ、と思う。数ヵ月前の邪神もだが、つい数週間前も神になろうとしたデジールという小物もいたのだ。
まぁ、そもそもその手の話はどこにでも溢れているのだが。
郭は三人の反応に気になるものの、これ以上時間を無駄にはできないと思ったのか、無視して続ける。
「奴らは神になるために天獄界という異世界から度々地球に干渉し、暗躍していた。が、我々エクソシストが防いでいたこともあり、それは成らなかった。そもそも奴らの力では、霊力では神性を獲得するなど不可能だった」
その言葉を聞いた瞬間、直樹はなんとなく思い合ったった。カガミヒメの後を付けさせていた[影魔]モード・シャドースネークから得た情報も加味すると、そのなんとなくは確度を増していく。
ティーガンは確信を持った。
だが、言葉は挟まない。
「祈力。日本だけに存在する固有のエネルギー。祈力さえあれば、ただの人間であろうと神に成れる。そして、日本に五つ、その祈力を司る要地――祈力熾所がある。悪魔たちは異界魔術結社の異界解放派魔術師、D・P・T・S・T・Iの教皇派エクソシスト、そして解放された海外の化生を操り、その五つの要所を攻撃するつもりだ。もちろん、私が今抑えている妖魔界から解放された化生もだ」
そして、と郭は続ける。スマホを見せる。
「敵はそれだけじゃない。一般の軍隊もだ。全員、精神を操られている。というよりは、天使や悪魔どもに憑かれている」
スマホには全世界の国々が日本に対して宣戦布告をしているニュースが流れていた。
郭は厄介そうに溜息を吐いた。
「私たちが為すべきことはまず、この五つの祈力熾所を防衛すること。そして天獄界という異世界でふんぞり返っている七王をぶっ倒す、もしくは地球に干渉できなくようにすること」
そして郭はそう締めた。
「何がだ?」
「いや、だからさ、その短刀、仕舞ってくれないか?」
「ハンッ。寝言は寝て言え」
「ええ……。私、君の教師だぞ……」
短刀を首に突き付けられながら、郭は「近頃の若者はドライだ」とぼんやり呟く。
が、直ぐに表情を変え、一連の事態に少し混乱しているカガミヒメを見やる。
「直接顔を合わせるのは初めてだな、カガミヒメ殿。私はD・P・T・S・T・Iの日本組織、隠聖字教の女教皇である烏丸郭だ。そして既にキョウラク殿やアメウナ殿には話を通してあるが、妖魔界に住んでいた化生の方は私たちが保護している」
「ッ!」
「故に神和ぎ社の導師、神映の巫女殿。この日出大地の防衛、私たちも参加させてもらう」
その言葉にカガミヒメの表情がスッと冷える。冷徹に冷酷に。全てを計算していく。そこに僅か十五の少女の姿はない。
「……つまり、導師の権限を与えろと」
「ああ、明治時の権限。私の部下をそこの指令系統に加える」
「……確認させてください」
「ああ、もちろん。ただ、さっきも言ったが時間がない。もうあの世界が偽物だと気付いている奴もいる。もって一時間だ」
カガミヒメは懐から携帯を取り出し、確認を取り始める。
と、
「ねぇ、ヤバい感じの化生たちが霊力の異空間にのみこ……え、烏丸先生?」
「何故烏丸先生がここにいるんだ?」
転移門が開き、イネスを抱えた杏とアヤを背負った大輔が現れる。二人とも短刀を首に突き付けられている郭を見て驚き、目を見張る。
特に大輔は一瞬で郭に宿る力を見抜き、警戒をとる。今まで感じていなかったからこそ、より一層。
杏は意識を覚まさない冥土を介抱しているウィオリナにどういう事か視線を向ける。
ウィオリナは自分も混乱しているので首を横に振った。ただ、杏と大輔の間に漂う妙な雰囲気に少しだけ眉を顰める。
大輔が直樹に視線で尋ねようとしたとき、
「ええ、はい。なら、そちらで進めて。はい。私の権限を行使して、はい。全力で。一秒すら無駄にしてはなりません」
電話を切ったカガミヒメが清廉な声を響かせる。
「皆さま、一旦場所を移させていただきます」
そして入れ替わった。転移させられたのだ。
Φ
閑散とした和室。イグサの匂いが柔らかく鼻の奥をくすぐり、上品な部屋だった。
「……神和ぎ社の本部か、ここは」
「そうでございます」
カガミヒメが頷く。それから直樹たちに向き直る。静々と頭を下げる。
「私はこれから緊急会議があります。真面な対応ができず申し訳ありませんが、そこの烏丸郭殿が全ての事情を把握していますので。初の仕事ですよ」
「ありがたく賜ります……あと、姫様。そう気負うなよ。君は子供。大人の私がその役を代われるからな」
「いえ、これが私の意義ですので」
「そうか」
カガミヒメは大輔と杏に視線を向ける。すると、同時に襖が開き、狩衣を纏った二人の女性が現れた。
「杏様、大輔様。そちらの方々を」
「……分かった」
「いいの?」
「危険はない。それに、今のアタシなら直ぐに動ける」
「……そう」
大輔と杏はそう言葉を交わし、狩衣を纏った二人の女性にイネスとアヤを預ける。ウィオリナは大輔と、特に杏の表情に違和感を覚えた。
「では、失礼いたします」
カガミヒメは襖の奥に消えた。大輔は「事情を聞く気はない」だのと色々言いたいところだったが、直樹に視線で制される。また、直樹は[影魔]モード・シャドースネークを召喚して、カガミヒメを追わせる。
それに気が付きながら、郭は首に触れかけている短刀が離れる事がないと分かったのか、直樹に呆れた視線を向ける。
「強情だな」
「当たり前だ。気絶することがあり得ない冥土が気絶してるんだ」
「……なるほどな」
郭はウィオリナの膝に頭を乗せている冥土を見る。呼吸は一切していないが、死んでいるわけでもない。もとからする必要がないのだ。
「そちらの言い分も分かった。だが、やはりこのままだと話づらい。それにあまり時間がないんだ」
「……はぁ」
直樹は仕方なく短刀を納刀した。郭に向き合うように座る。大輔は直樹の隣に座り、杏とウィオリナはその後ろに控える。
郭は一つ深呼吸する。
「まず、一つだけ謝罪させてくれ」
それから、郭は頭を下げた。直樹たちはなんの謝罪か分からずに目を細める。
「佐藤、鈴木。君たちなら私が常人ではないことが分かるだろう」
「ああ、霊力持ちとは思わなかった」
「どうやって隠してたか、今分かったよ」
“天心眼”などのあらゆる力を発動させ、郭の解析した大輔が、やれれた、と呟いた。
郭は少しだけ驚いたように目を見開く。
「君たちは霊力を知っているのか」
「ちょっと前にクソッたれが使ってたんでな」
「……そうか」
そのクソッたれが誰なのか気になるところではあるが、郭はもう一度頭を下げる。
「多少見当はついているが、それでも君たちがどうやってその力を手に入れたか、私には分からない。だが、手に入れた日のことは分かる。あの事故があった日だ」
それは謝罪に近い何か。
「あの日、君たちがあの事故に巻き込まれたのは、私が余計なお節介を焼いたせいだ。そして私はあの時、君たちを助けられる力があった。君たちだけではない。亡くなってしまった八神たちもだ」
後ろで杏とウィオリナの驚くような、それでも少し困惑するような雰囲気を感じた。
直樹は郭の続きを奪う。
「だが、それを学校を守るために使った」
「今思えば、あれだけのガソリンに引火して、僕たち以外の被害者が誰もいないことがおかしいもんね。放課後で部活動だってあった。そもそも火事すら殆ど起きてなかったらしいし」
「……そうだ。だが、結局、私は生徒である君たちを見捨てた」
郭のその言葉は後悔とは違う。
郭は直樹たちを見捨てて他の多くの生徒を守った決断を、間違いではなかったと思っている。あれが自分ができる最善だと。
だが、それでも見捨てたことには変わりない。
郭は下げた頭を上げない。
「……なぁ、どうする?」
「う~ん。結局、どんな感じなの?」
「十中八九戦う羽目になる、というか、アイツらがもうすぐ来るっていうのに、その日本がなくなったら困るだろ、って感じ」
「ああ、なるほど」
郭に対して何かいうでもなく、コソコソと話し始めた直樹と大輔に、頭を下げながら郭は少し戸惑いの雰囲気を漂わせる。
大輔はそれを丸々無視して、スマホを懐から取り出す。電話を掛ける。直樹は家にいるであろう詩織にメールする。電話だと詩織は出てくれないのだ。メールは即既読が付くのに。
「あ、もしもし。え、京都で、あ、それそれ。その件。いや、結構面倒くさい感じでさ。たぶん、今のままだと日本がなくなるとかそんな感じ。うん、で、エクスィナはそっちで父さんたちの保護とか、杏の両親にも。うん。直樹の家に。一応あそこが一番、うんうん、例のシェルターも。あ、ティーガンさんもこっちに。あ、分かった。白桃さんと花園さんとかの力も借り、あ……え、連絡先分からない。あ、じゃあティーガンさん経由で。うん。じゃあ、今、門開くから」
そう言って電話を切った大輔は、懐から転門鍵を取り出す。戸惑いを隠しきれない郭をチラリと見やってから、転門鍵を捻る。
青白い門ができ、そこから茶髪金目の青年が現れた。
「それでどんな状況――あれ、先生? あ、どうもお久しぶりです」
「……………………………………は?」
その茶髪金目の青年――翔を見て、郭は本当に間抜けな表情を浮かべた。それから夢なのか、働き過ぎで疲れているのか、と呟く。自分で自分の頬を抓る。
直樹はそんな郭に冷徹な声を浴びせる。
「烏丸先生。翔も灯さんも麗華さんも生きている。死んでない。そういう面倒ごとは来週に回してくれ。それより、さっさと事情説明をしてくれ。時間がないと言ったのはそっちだろ」
「………………皆は生きているのか?」
「生きている」
「……そうか。それは、良かった」
未だに飲み込めていないが、それでも時間がないのは確かだ。郭は翔に顔を向け、「生きていてくれてありがとう」と言った後、真剣な表情に変える。
翔もここに郭がいる状況を飲み込めていないが、大輔に促されて座る。
と、遅れて、血界の門が開く。
「済まぬがユキとは連絡がつかんかった。ノゾミたちはそもそもイギリスに修学旅……む? アザゼルの聖人じゃと? というか、お主はウィオリナの担任の」
「ッ! ティーガンさん。お久しぶりです」
ティーガンが郭を見て、少し目を見開く。
郭はティーガン以上に目を見開き、それから少しバツの悪そうな顔をして頭を下げる。まるで、頭の上がらない知り合いにあったような……
ティーガンは察する。
「すると、十三代目のアザゼルの聖人は妾の言う通りになったのじゃな」
「……え、ええ。まぁ」
郭がさらにバツの悪そうな表情になる。ただ、ティーガンはそれ以上の追及はしなかった。
まぁ、雰囲気がそれを許さなかったのもあるが。
ティーガンはどういうことだ? と視線で訴える直樹たちを見やってから、なんとなくの予想を述べる。
「ふむ……大方、悪魔と天使どもが今度はこっちにちょっかいを掛けてきたわけかの」
「……はい」
「厄介な。教皇は何をやっておる」
「……憑かれたんです」
郭が面目ないといった表情で答える。
「……益々厄介じゃな。あの坊は何をしておる。大体、お主らは自分たちの領域……いや、これは妾も言えんか。つい最近直樹たちを巻き込んだ――」
頭痛が痛いといった感じにこめかみを抑えたティーガンは、けれど。
「いい加減俺たちに分かるように説明してくれないか?」
「む、すまぬ。と言っても妾も分かっているわけではないんじゃが。日本にちょっかいを出す理由も思い当たらん――いや、もしかして……郭殿。説明を頼むのじゃ」
直樹が少しイラついたように様子だったため、ティーガンは頭を下げる。ある程度アグレッシブに長生きしていると、知識が増えていくから勝手に話し込んでしまうのだ。
ティーガンは事情説明を郭に頼む。
郭は頷き、少し話を頭の中で整理する。必要な情報だけを取り出す。
「時間がないから手短に話すぞ。詳しい用語の説明は時間がある時にティーガンさんに聞いてくれ」
そう言われてティーガンは少し顔を顰める。その詳しい用語の説明に結構な時間を取るからだ。何かいい方法はないかと郭の話を聞きながら、模索する。
「まず、黒幕は悪魔と天使の七王、一般的な知識で言えば七つの大罪の悪魔と言った方がいいか」
直樹と大輔が驚く。たぶん、今日一番驚く。
「えっ!? マジでっ!? 実在すんのっ!? 写真撮らなきゃ!」
「資料! 母さんたちのために資料を!」
どうやらその身に宿る不治の病が騒いでしまったらしい。シリアスで時間がない場面なのに思わずそんな事を呟く。
ティーガンたちが少し呆れたような視線を直樹たちに向ける。ウィオリナなど、今は真面目な場面です! と注意する。
……ウィオリナもシリアスな場面なのに気の抜けた事をしてた気がするけど、と大輔は思ったが、どうにか飲み込む。
「すまん」
「ごめん」
直樹も大輔も少し頭を下げる。
郭は一度咳ばらいをした後、続ける。
「悪魔や天使などについてはティーガンに聞いてくれ。それで七王たちの目的は今も昔も変わらない。神になることだ」
「うぇ」
「うっわ」
「うへ」
直樹と大輔、そして翔が思いっきり顔を歪める。特に直樹と大輔はお腹いっぱいすぎだよ、と思う。数ヵ月前の邪神もだが、つい数週間前も神になろうとしたデジールという小物もいたのだ。
まぁ、そもそもその手の話はどこにでも溢れているのだが。
郭は三人の反応に気になるものの、これ以上時間を無駄にはできないと思ったのか、無視して続ける。
「奴らは神になるために天獄界という異世界から度々地球に干渉し、暗躍していた。が、我々エクソシストが防いでいたこともあり、それは成らなかった。そもそも奴らの力では、霊力では神性を獲得するなど不可能だった」
その言葉を聞いた瞬間、直樹はなんとなく思い合ったった。カガミヒメの後を付けさせていた[影魔]モード・シャドースネークから得た情報も加味すると、そのなんとなくは確度を増していく。
ティーガンは確信を持った。
だが、言葉は挟まない。
「祈力。日本だけに存在する固有のエネルギー。祈力さえあれば、ただの人間であろうと神に成れる。そして、日本に五つ、その祈力を司る要地――祈力熾所がある。悪魔たちは異界魔術結社の異界解放派魔術師、D・P・T・S・T・Iの教皇派エクソシスト、そして解放された海外の化生を操り、その五つの要所を攻撃するつもりだ。もちろん、私が今抑えている妖魔界から解放された化生もだ」
そして、と郭は続ける。スマホを見せる。
「敵はそれだけじゃない。一般の軍隊もだ。全員、精神を操られている。というよりは、天使や悪魔どもに憑かれている」
スマホには全世界の国々が日本に対して宣戦布告をしているニュースが流れていた。
郭は厄介そうに溜息を吐いた。
「私たちが為すべきことはまず、この五つの祈力熾所を防衛すること。そして天獄界という異世界でふんぞり返っている七王をぶっ倒す、もしくは地球に干渉できなくようにすること」
そして郭はそう締めた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。