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二話 ぶっとべッッッッッッ!!!!

ー/ー



 背後に感じる強大な気配。絶望の権化とすら思えるほどの威圧を放っている。

 ガタガタと身体を震わせ、口から血を吐くミラとノアの状態がさらに悪化する。瞳は(うつ)ろになって焦点が合わず、擦り切れた音と共に過呼吸になり、全身が氷のように冷たくなっていく。
 
 命の灯火が消えつつある。

「握って!」

 ヘレナは焦燥に駆られる心を叱咤し、懐から二つの石ころを取り出す。それは数か月前にイザベラから貰ったあらゆる邪悪(危害)から対象を守る守護の結界が組み込まれた幻想具(アイテム)

 ミラとノアの酷く冷たい手に、その石ころ型の幻想具(アイテム)を強く握らせた。

 すれば、ミラとノアに淡い光が纏わりつく。ゆっくりと二人に血色が戻り、呼吸も落ち着く。

「よかった――」

 ヘレナは死にかけ間際から病人程度に回復したミラとノアを守るように抱きしめようとした。

 が、その前に二人はするりと抜け出す。

「かかは渡さない!」
「ママは守る!」

 ヘレナの背後に周り、両手を力強く広げた。ガタガタと膝を震わせながらも、キッと強い瞳で目の前の存在を睨む。

 ヘレナは唖然とする。驚きで、動くことすらできない。

 それが悪かった。

(ゴミ)がオレ様を睨んだと? ……ハハ、アハハハ、アハハハハハ!!」
「ぅ」
「ぇ」

 あらゆる()の権化とも言うべきその男は、整った顔を片手で抑え、哄笑(こうしょう)する。強欲と野心の炎を宿した瞳はギラギラと輝き、短い金髪からは死の灰があふれ出る。

 金と炎が流れる影の翼を生やした。

 同時に人の身では御しきれないほどの欲望の嵐が吹き荒れる。精神があらゆるものを望み、狂気へと陥れる。

 それに当てられたミラとノアはとめどなく溢れる狂気な欲望に(うめ)き、胃液の全てを吐きつくす。収まらない苛立ちと苦しみに身を掻きむしる。

 だから。

「消えろ!!!」
「なんだと!?」

 怒声と驚愕が響き渡る。

 ヘレナはミラとノアの前に立ち、腕を振るった。それと同時にガラスが割れたような甲高い音が響くと、ミラとノアは気を失ったまま倒れこんだ。

 その壮麗な虹色の瞳に怒気を宿し、神の如き美しい顔を夜叉のように歪めたヘレナはミラとノアを抱きかかえる。

 もう絶対に離さないと。命を代えてでも守ると。

 ヘレナはギリッと舌を嚙みちぎり、ペッと吐き出す。それを片足で踏みつぶし、一直線の線を引く。

 驚く男に叫ぶ。

「ここより先に足を踏み入れるな!」
(もの)が俺に指図(さしず)するだと? アハハハハハ、今日は驚きで腹がよじれそうだ」

 男は悪魔そのものと言わんばかりに口角を上げる。ジャラジャラと両手から金貨を創造し、祝福するかのようにそれをばらまく。

「あの男の最も愛してる(高価な)存在(もの)を召喚した甲斐があったというわけか」
 
 静かにそう呟いた男は、クククと嗤う。

 そしてゆっくり間を取った後、ヘレナへ牙を剥く。

「そしてそれを奪うのがオレ様の価値(強欲)! 屈服させ調教し、自らの愛してる(高価な)存在(もの)が失った絶望を愉しむのがオレ様の意義!」
「入るなと言ったはずだッッ!!」

 経験から男が何に挑発され、どうやって動くかを把握していたヘレナは、拳を振りかざし飛び込んでくる男に驚くことはない。

 叫ぶと同時に、虚空から幾つもの影の石をばらまく。

 ヘレナは大きく息を吸い込んで、命令する。

「自壊しろ!」
「チッ!」

 ばらまかれた幾つもの小石は太陽の如く光り輝き、爆発した。灼熱の爆炎が全てを襲う。

 直樹がヘレナのために護身用に持たせていた[影魔]モード・デストラクト。いわば自爆する石の[影魔]だ。

 男は高密度に爆発した炎に顔を歪める。苦々し気に舌打ちし、背中に生やした影の翼で自らを守る。

 そして、一分が経った後、ヘレナ達はいなかった。



 Φ



「……アイツが不用心の馬鹿で助かった」
 
 豪速で移動する[影魔]モード・グリフォンの背中に乗ったヘレナは、安堵するように呟いた。

 それから心の奥底から溢れそうになる怒りと力をコントロールし、押さえつける。ここで暴走させてしまったら、直ぐにあの男に追いつかれてしまう。

 今は少しでも遠くに行くことだけを考える。

 直樹が持たせてくれた“収納庫”代わりの小鳥型の[影魔]モード・ウェアハウスに命令して、灰色のローブを取り出させる。それを羽織る。

 そしてその内側に苦し気に呼吸するミラとノアを入れて、ローブの内側に垂れさがっていた二つの紐で二人を自分の身体に括りつける。

 その灰色のローブは大輔の特製品であり、空気清浄や空調管理、体力温存や体力回復、内部拡張や姿勢安定、隠密など、ヘレナがミラとノアを抱えて移動しなければならない場合を想定したものだ。これまでも何度もお世話になった。

 ヘレナは[影魔]モード・グリフォンの背中を撫でる。

 すれば、[影魔]モード・グリフォンはヘレナの願いに応えるように力強く翼をはためかせ、その身に宿る魔力()を全力で消費しながら音を超えた速度で飛翔する。

「クッ」

 ヘレナは振り落とされないように、[影魔]モード・グリフォンの背中にしがみつく。

 身体を襲う暴風や極寒の寒さに奥歯を噛みしめ、ミラとノアに負担がいかないようにじっと耐え忍ぶ。

 途中途中で[影魔]モード・シャドースネークを放ち、自分たちの気配を消したり、また痕跡を偽装したりする。罠を張り、少しでも男が追いつけないように細工する。

 そして、一時間近く経った後。[影魔]モード・グリフォンの魔力()が尽きた。

「クェ」
「ありがとう、助かった」

 消えゆく[影魔]モード・グリフォンの頭を撫でたヘレナは、辺りを見渡す。

「逃げ切れた、か」

 召喚された場所から数万キロは離れられただろう。

 それでも相も変わらず鮮血の風が吹き荒れ、硫黄の雨が降り注ぎ、死の灰が舞い散っている。炎と雷が這う大地は死んだように荒れ果てている。

「守護の結界の効果もいつまで持つか。幻力が関わらない自然現象のようだし、効果が切れてしまえばミラとノアの身が危ない。モード・ウェアハウス内の食料も少なかったはずだ」

 ヘレナは失態だ、と言わんばかりに歯噛みする。

 それからローブの空気洗浄などの効果でもこの世界を犯す毒を防ぎきることはできないと判断する。ローブに組み込まれている隠遁や残り一体の[影魔]モード・シャドースネークの隠密偽装を発動させる。

 ヘレナが傍目から見ると透明になる。足音や気配、熱などといった全ての生命痕跡を消し去る。

「どこか、この邪悪な雨風と灰が防げるところを探さないと」

 そうヘレナは呟き、歩き出す。

(見つけてそれから耐える。じっと息を潜める。私だけなら兎も角、ミラとノアが消えたとなれば、アカリたちが全力で動くはず。今のところ世界を越える力を持つのは地球にいるナオキとダイスケさんだけ)

 ヘレナはしっかりとした足取りで、大地を薄く流れるマグマを歩く。常に両足が燃え、けれど膝より上に炎が昇ることはない。

 襲い掛かる痛みに耐え続けながら、ヘレナは状況を整理していく。

(クルトゥーアデア様は他の星や世界に出向いてるから、いつ帰ってくるか分からない。それにかなり力を消耗している可能性もある。異世界通信は、魔力状況から見て最善を見積もって二日。けど、最悪一ヵ月以上は掛かる。そこからナオキたちが動くとして、またさらに一ヵ月。地球の魔力状況はそう良くないはずだし)

 ヘレナは思い出せるだけの情報を引っ張り出す。

(イザベラの事もある。私たちだけに割く余裕はない)

 間断なく視線を巡らせ、荒廃した世界の隅々をくまなく見渡す。隠れられる場所を。

(短期間で私の目の前に界孔(かいこう)が開いた試しはない。それは当てにできない。あの男以外のこの世界の住人と接触するのも手だが、それもどう転ぶか分からない。何よりこんな世界に真面な生物が生きているとも思えない)

 代わり映えしない死んだ世界に、ヘレナは顔を歪ませる。思わず足を止めそうになる。

(それに最悪、この世界の時の流れが早い可能性もある。いや、たぶん早い。どれくらい早いかは見当が付かないが、それでも十倍近く違うとなると絶望的だ。結界も食料ももたない。あの男に見つかる可能性も上がる)

 自らの勘に確信を持ってしまっているヘレナの虹色の瞳が、僅かばかりの絶望を宿す。どうか珍しくその勘が外れてくれ、と願ってしまう。

 それでも。

(私の為すべきことはミラとノアを守りきること。アカリさんが異世界通信魔法でナオキたちに連絡するまでの間、二人を傷一つつけず守りきること)

 抱きしめている二つの最愛の命は温かい。それだけで、(すさ)み凍りつきそうになるヘレナの心は燃える。活力が(みなぎ)る。

 どんな手段に手を染めてでも最愛を守り切る。

 その決意を胸に、ヘレナは歩き続けた。

 …………

 そして五日が経った。

 その間、ヘレナは様々な異形を見た。ヤギのような頭をもった人型だったり、首のない馬だったり、下半身がタコの存在だったり、様々だ。

 だが、全てが心胆を寒からしめるほど歪で、邪悪な力を持っていた。

 言葉を使う程度の知性はあったようだが、[影魔]モード・シャドースネークを介して話の内容を聞いた感じ、意思疎通はできなさそうであった。真面な人間性を持ち合わせていなかった。

 また、ここは『地獄(ゲヘナ)』と呼ばれ、ここに住むものは『悪魔』であると分かった。その『悪魔』がどのようなところに住んでいて、その行動範囲もある程度把握できたのは本当に僥倖(ぎょうこう)だった。

 おかげで、ここ二日近くは悪魔の気配すら感じない。

「ゆっくり食べな。よく噛んで」
「ん。かか」
「ママは食べないの?」
「私は大丈夫だ」

 昔、近くの火山が噴火したのだろう。

 ヘレナたちがいる一帯は歪に固まった岩が連なり、一種の山を築いていた。その岩の山には数々の穴や隙間があり、その内の一つの岩陰にヘレナ達は身を隠しているのだ。

 血の風と硫黄の雨はどうにか防げている中、それでも空気中を漂う死の灰は防げない。

 岩に背を預けて座っているヘレナは、自らのローブの内側にいるミラとノアに微笑む。ローブには内部の空間拡張が組み込まれており、ミラとノアが胡坐をかいて座れるほどの広さが、ヘレナの懐にはあった。

 ヘレナはローブの元から二人を覗き込み、眩しそうに目を細めた。

 この五日間で、ミラとノアの体調は回復した。高熱で(うな)されていたのが冗談だと思えるほど、ケロリと笑っている。
 
 血色は良いし、ミラの額にある白の宝石の輝きも、ノアの髪に編み込まれたように咲いている白の花の艶めきも良い。ドワーフとエルフの健康はそこで見るのだ。

 それにだ。

 ここは太陽はなく、朝と夜も分からない。外では魑魅魍魎(ちみもうりょう)異形(悪魔)が闊歩していて、気が滅入る死の環境が広がっている。恐怖と不安ばかりが襲い掛かる。

 少しでも守護の結界の消費を減らすために、常にヘレナの懐にいるため満足に動くこともできない。食事も簡素な物ばかり。

 最初の三日間はそれにプラスして高熱に(おか)されていたのだ。何度も胃の中の物を吐いたし、苦しかった。

 なのに、ミラもノアも泣き言一つ言わない。

 気丈に振舞い、それどころかヘレナを気遣う様子すら見せる。

 ヘレナはもっさもっさと不味い携帯食料を食べる二人の頭を撫でる。本当に強い子たちだと。私なんかには勿体ない子供たちだと。

(ああ、だからこそ守り抜かなくては)

 そう何度も心の中で反芻(はんすう)する。己を強く叱咤する。

 と、その時、

「ッ」
「かか?」
「ママ?」
「何でもない。ただ、食事が終わったらここを離れよう」
「ん」
「うん」

 嫌な勘だけは、よく当たる。経験上、よく当たってしまう。

 預けていた背中から微かな異変(振動)を感じ取ったヘレナは、安心させるように二人に笑いかける。

 聡いミラとノアは何かあったのだと心中で確信し、安心した笑顔をヘレナに見せる。

 大丈夫。私たち、僕たちは怖くないよ。だから、安心して、と。

 それからミラとノアは急いで携帯食料を胃の中に押し込んだ。ヘレナにぎゅっと抱きつき、自らで自分たちを紐で固定する。これでヘレナが走っても落ちない。

 申し訳ないように眉を八の字にしたヘレナは、小さく「ありがとう」と呟く。立ち上がり、魔力温存させていた[影魔]モード・シャドースネークに警戒を任せる。

 そしてローブの隠密を全力で発動し、全ての痕跡を消してその岩陰からゆっくりと歩き出す。

 不安定な足場をものともせず、ヘレナは岩が連なった山を降りていく。勘を頼りに行き先を決める。

 そして数十分歩いた後、

「……よかった」

 ヘレナは安堵の溜息を漏らした。

 火山が噴火したのだ。チラリと背後を振り返れば、死の灰を噴き上げた火山はドロドロのマグマを流している。

 今頃、あの岩が連なった山はそのマグマに飲み込まれていただろう。

 悪い勘は当たったが、それを回避できた。常に気を張れば、大丈夫。

 そう強く思い直したヘレナは、ぎゅっと下唇を噛み、そして歩き出す。

 その時。

「褒めてやるぜ、(もの)
「ミラ! ノア!」
「かふっ」
「こふっ」

 強い血の暴風が吹き荒れたかと思うと、ヘレナが纏っていたローブが千切れる。突然のことに対応できず、小さなミラとノアの身体はそのまま暴風によって吹き飛ばされ、近くの岩場に激突する。

 うめき声を上げて地に伏すミラとノアに後ろには男がいた。あのおぞましい影の翼を侍らせた男がいた。

 強欲に濡れた声音を響かせる。

「これだけの悪魔(もの)を使って、五日も掛かるとは。本当に大したもんだぜ、(もの)
「ッ」

 ヘレナの周囲には軽く数千を越える異形が、悪魔がいた。姿形は千差万別。けれど、邪悪な悪魔たちは目の前の男に(ひざまず)いていた。

 王だ。彼は悪魔の王なのだ。

「知っているか? あの火山は命の煌めきを吸って噴火するんだぜ。悪魔のオレ様たちにそんな気色の悪いもんがあるわけねぇよな? 人でない(もの)にもない」

 そう確信したヘレナは、それでもミラとノアの命が最優先。

 余裕綽々と講釈を垂れる男を無視し、男の意識の間を突いたヘレナは走り出す。

 けれど、

「ッッァアア!」
「だが、この(ゴミ)どもにはそれがあるんだ」
「ぅぁ」
「ぇぁ」

 ヘレナは悪魔たちに取り押さえられる。地面に這いつくばる。全身を灼熱の炎で焼かれる。美しい銀髪が燃える。

 そして男はミラとノアの頭を無造作に持ち上げる。黒の瘴気を迸らせると、ミラとノアを守っていた淡い光が甲高い音と共に割れる。

 ミラとノアが瘴気に侵され、顔が蒼白になっていく。血反吐を吐き、目の焦点が合わなくなっていく。

「返せっ! ミラとノアを返せっっ!!」
「いい、いいぞ!」

 ヘレナは己の()を迸らせる。

 けれど、自らを焼く炎を消し去ることはできても、自らを取り押さえる悪魔たちどうにかすることはできない。

 焼けた肌が美しい玉の肌へと戻っても、灰になった髪が煌めく銀髪に戻っても、ヘレナには悪魔たちをどうにかする()すらない。
 
 ホント、こんな時にだけ役に立たない。

 ヘレナは、懇願する。戦い方を切り替える。

「お願いだ。お願いです私はどうなってもいい。喜んでお前のモノにでもなります。だからお願いです。その子たちだけは、その子たちだけはっ!」

 それは魅惑の懇願。

 誰も彼もが思わず手を止め、その懇願を受け入れるだろう。それほどまでの誘惑と美があり、己の嗜虐心や欲が刺激される。

 だが、

「ハハハハハ、アハハハハハ!! 素晴らしい、素晴らしい!! その顔、その表情! 懇願することに慣れてるな! その美しさを知り尽くしてるな! 苦痛に心を歪ませて、涙を流すそれは素晴らしい。素晴らしい演技(もの)だ」

 男は哄笑した。少しだけ、ミラとノアを侵す瘴気が薄れる。

(これで少しだけ時間を稼いだ。私に意識が向いてる。コイツが私の演技(経験)を見抜き、(たの)しむ奴でよかった。よし、次の呼吸の瞬間――)

 冷静に努めたヘレナは男の呼吸を読み、意識が一瞬だけ逸れる瞬間。

「自壊し――」

 万が一のために温存していた三つの[影魔]モード・デストラクトを、召喚して自爆させようとして、

「おい、その(もの)は見飽きたぞ?」
「ガッ、カフッ!!」

 瞬く間もなく、ヘレナの頭は男に踏みつぶされた。爆発寸前だった[影魔]モード・デストラクトは、金貨の(おり)によって封じ込まれた。

 男は溜息を吐く。

「興覚めだな。もっと(たの)しめるかと思ったんだが。まぁ、(ゴミ)どもを殺せばもっと面白いものが見れるか」
「ァァッッ!」
「ァァッッ!」

 男は絶大な瘴気を迸らせる。

 ミラの額の白の宝石は酷く(よど)み、ノアの髪に編まれた白の花は枯れる。穴という穴から血を流し、手足は徐々に黒く変色していく。

 苦悶の叫びを上げる。

 なのに、それでも。

「ぁ……かか……大丈夫……ひとり……しない……ととも……たすけてくれる」
「ぁ……ママ……大丈夫……かならず……まもる……パパも……まもってくれる」

 自らの下唇を強く噛んだミラとノアは、ニィッとヘレナに笑いかける。まるで、大好きなパパを意識しているようで。決してくじけぬ意志を持っているようで。

「やめてくれ、止めてくれっ――」

 悪魔たちによって押しつぶされているヘレナが身をよじり、土に(まみ)れ、絶望を叫ぶ。身体の肉と骨を千切りながらもそれでも二人を助けようと必死に暴れる。

 けれど、悪魔たちはビクともしない。

 絶叫が響き、

「至高だ。至高の(もの)の絶望はなんと素晴らしい――」

 男が愉悦に顔を歪ませ、

 そして、

「ぶっとべッッッッッッ!!!!」
「ガハッ!!」
「ぁ……」
「ぇ……」

 白と黒の桜の嵐が吹き荒れた。

 雪だった。





======================================
公開可能情報

[影魔]モード・デストラクト:自爆する[影魔]。石ころ型。

[影魔]モード・ウェアハウス:小鳥型の[影魔]で、“収納庫”のように異空間に物を出し入れする。


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 背後に感じる強大な気配。絶望の権化とすら思えるほどの威圧を放っている。
 ガタガタと身体を震わせ、口から血を吐くミラとノアの状態がさらに悪化する。瞳は|虚《うつ》ろになって焦点が合わず、擦り切れた音と共に過呼吸になり、全身が氷のように冷たくなっていく。
 命の灯火が消えつつある。
「握って!」
 ヘレナは焦燥に駆られる心を叱咤し、懐から二つの石ころを取り出す。それは数か月前にイザベラから貰ったあらゆる|邪悪《危害》から対象を守る守護の結界が組み込まれた|幻想具《アイテム》。
 ミラとノアの酷く冷たい手に、その石ころ型の|幻想具《アイテム》を強く握らせた。
 すれば、ミラとノアに淡い光が纏わりつく。ゆっくりと二人に血色が戻り、呼吸も落ち着く。
「よかった――」
 ヘレナは死にかけ間際から病人程度に回復したミラとノアを守るように抱きしめようとした。
 が、その前に二人はするりと抜け出す。
「かかは渡さない!」
「ママは守る!」
 ヘレナの背後に周り、両手を力強く広げた。ガタガタと膝を震わせながらも、キッと強い瞳で目の前の存在を睨む。
 ヘレナは唖然とする。驚きで、動くことすらできない。
 それが悪かった。
「|塵《ゴミ》がオレ様を睨んだと? ……ハハ、アハハハ、アハハハハハ!!」
「ぅ」
「ぇ」
 あらゆる|富《欲》の権化とも言うべきその男は、整った顔を片手で抑え、|哄笑《こうしょう》する。強欲と野心の炎を宿した瞳はギラギラと輝き、短い金髪からは死の灰があふれ出る。
 金と炎が流れる影の翼を生やした。
 同時に人の身では御しきれないほどの欲望の嵐が吹き荒れる。精神があらゆるものを望み、狂気へと陥れる。
 それに当てられたミラとノアはとめどなく溢れる狂気な欲望に|呻《うめ》き、胃液の全てを吐きつくす。収まらない苛立ちと苦しみに身を掻きむしる。
 だから。
「消えろ!!!」
「なんだと!?」
 怒声と驚愕が響き渡る。
 ヘレナはミラとノアの前に立ち、腕を振るった。それと同時にガラスが割れたような甲高い音が響くと、ミラとノアは気を失ったまま倒れこんだ。
 その壮麗な虹色の瞳に怒気を宿し、神の如き美しい顔を夜叉のように歪めたヘレナはミラとノアを抱きかかえる。
 もう絶対に離さないと。命を代えてでも守ると。
 ヘレナはギリッと舌を嚙みちぎり、ペッと吐き出す。それを片足で踏みつぶし、一直線の線を引く。
 驚く男に叫ぶ。
「ここより先に足を踏み入れるな!」
「|女《もの》が俺に|指図《さしず》するだと? アハハハハハ、今日は驚きで腹がよじれそうだ」
 男は悪魔そのものと言わんばかりに口角を上げる。ジャラジャラと両手から金貨を創造し、祝福するかのようにそれをばらまく。
「あの男の最も|愛してる《高価な》|存在《もの》を召喚した甲斐があったというわけか」
 静かにそう呟いた男は、クククと嗤う。
 そしてゆっくり間を取った後、ヘレナへ牙を剥く。
「そしてそれを奪うのがオレ様の|価値《強欲》! 屈服させ調教し、自らの|愛してる《高価な》|存在《もの》が失った絶望を愉しむのがオレ様の意義!」
「入るなと言ったはずだッッ!!」
 経験から男が何に挑発され、どうやって動くかを把握していたヘレナは、拳を振りかざし飛び込んでくる男に驚くことはない。
 叫ぶと同時に、虚空から幾つもの影の石をばらまく。
 ヘレナは大きく息を吸い込んで、命令する。
「自壊しろ!」
「チッ!」
 ばらまかれた幾つもの小石は太陽の如く光り輝き、爆発した。灼熱の爆炎が全てを襲う。
 直樹がヘレナのために護身用に持たせていた[影魔]モード・デストラクト。いわば自爆する石の[影魔]だ。
 男は高密度に爆発した炎に顔を歪める。苦々し気に舌打ちし、背中に生やした影の翼で自らを守る。
 そして、一分が経った後、ヘレナ達はいなかった。
 Φ
「……アイツが不用心の馬鹿で助かった」
 豪速で移動する[影魔]モード・グリフォンの背中に乗ったヘレナは、安堵するように呟いた。
 それから心の奥底から溢れそうになる怒りと力をコントロールし、押さえつける。ここで暴走させてしまったら、直ぐにあの男に追いつかれてしまう。
 今は少しでも遠くに行くことだけを考える。
 直樹が持たせてくれた“収納庫”代わりの小鳥型の[影魔]モード・ウェアハウスに命令して、灰色のローブを取り出させる。それを羽織る。
 そしてその内側に苦し気に呼吸するミラとノアを入れて、ローブの内側に垂れさがっていた二つの紐で二人を自分の身体に括りつける。
 その灰色のローブは大輔の特製品であり、空気清浄や空調管理、体力温存や体力回復、内部拡張や姿勢安定、隠密など、ヘレナがミラとノアを抱えて移動しなければならない場合を想定したものだ。これまでも何度もお世話になった。
 ヘレナは[影魔]モード・グリフォンの背中を撫でる。
 すれば、[影魔]モード・グリフォンはヘレナの願いに応えるように力強く翼をはためかせ、その身に宿る|魔力《命》を全力で消費しながら音を超えた速度で飛翔する。
「クッ」
 ヘレナは振り落とされないように、[影魔]モード・グリフォンの背中にしがみつく。
 身体を襲う暴風や極寒の寒さに奥歯を噛みしめ、ミラとノアに負担がいかないようにじっと耐え忍ぶ。
 途中途中で[影魔]モード・シャドースネークを放ち、自分たちの気配を消したり、また痕跡を偽装したりする。罠を張り、少しでも男が追いつけないように細工する。
 そして、一時間近く経った後。[影魔]モード・グリフォンの|魔力《命》が尽きた。
「クェ」
「ありがとう、助かった」
 消えゆく[影魔]モード・グリフォンの頭を撫でたヘレナは、辺りを見渡す。
「逃げ切れた、か」
 召喚された場所から数万キロは離れられただろう。
 それでも相も変わらず鮮血の風が吹き荒れ、硫黄の雨が降り注ぎ、死の灰が舞い散っている。炎と雷が這う大地は死んだように荒れ果てている。
「守護の結界の効果もいつまで持つか。幻力が関わらない自然現象のようだし、効果が切れてしまえばミラとノアの身が危ない。モード・ウェアハウス内の食料も少なかったはずだ」
 ヘレナは失態だ、と言わんばかりに歯噛みする。
 それからローブの空気洗浄などの効果でもこの世界を犯す毒を防ぎきることはできないと判断する。ローブに組み込まれている隠遁や残り一体の[影魔]モード・シャドースネークの隠密偽装を発動させる。
 ヘレナが傍目から見ると透明になる。足音や気配、熱などといった全ての生命痕跡を消し去る。
「どこか、この邪悪な雨風と灰が防げるところを探さないと」
 そうヘレナは呟き、歩き出す。
(見つけてそれから耐える。じっと息を潜める。私だけなら兎も角、ミラとノアが消えたとなれば、アカリたちが全力で動くはず。今のところ世界を越える力を持つのは地球にいるナオキとダイスケさんだけ)
 ヘレナはしっかりとした足取りで、大地を薄く流れるマグマを歩く。常に両足が燃え、けれど膝より上に炎が昇ることはない。
 襲い掛かる痛みに耐え続けながら、ヘレナは状況を整理していく。
(クルトゥーアデア様は他の星や世界に出向いてるから、いつ帰ってくるか分からない。それにかなり力を消耗している可能性もある。異世界通信は、魔力状況から見て最善を見積もって二日。けど、最悪一ヵ月以上は掛かる。そこからナオキたちが動くとして、またさらに一ヵ月。地球の魔力状況はそう良くないはずだし)
 ヘレナは思い出せるだけの情報を引っ張り出す。
(イザベラの事もある。私たちだけに割く余裕はない)
 間断なく視線を巡らせ、荒廃した世界の隅々をくまなく見渡す。隠れられる場所を。
(短期間で私の目の前に|界孔《かいこう》が開いた試しはない。それは当てにできない。あの男以外のこの世界の住人と接触するのも手だが、それもどう転ぶか分からない。何よりこんな世界に真面な生物が生きているとも思えない)
 代わり映えしない死んだ世界に、ヘレナは顔を歪ませる。思わず足を止めそうになる。
(それに最悪、この世界の時の流れが早い可能性もある。いや、たぶん早い。どれくらい早いかは見当が付かないが、それでも十倍近く違うとなると絶望的だ。結界も食料ももたない。あの男に見つかる可能性も上がる)
 自らの勘に確信を持ってしまっているヘレナの虹色の瞳が、僅かばかりの絶望を宿す。どうか珍しくその勘が外れてくれ、と願ってしまう。
 それでも。
(私の為すべきことはミラとノアを守りきること。アカリさんが異世界通信魔法でナオキたちに連絡するまでの間、二人を傷一つつけず守りきること)
 抱きしめている二つの最愛の命は温かい。それだけで、|荒《すさ》み凍りつきそうになるヘレナの心は燃える。活力が|漲《みなぎ》る。
 どんな手段に手を染めてでも最愛を守り切る。
 その決意を胸に、ヘレナは歩き続けた。
 …………
 そして五日が経った。
 その間、ヘレナは様々な異形を見た。ヤギのような頭をもった人型だったり、首のない馬だったり、下半身がタコの存在だったり、様々だ。
 だが、全てが心胆を寒からしめるほど歪で、邪悪な力を持っていた。
 言葉を使う程度の知性はあったようだが、[影魔]モード・シャドースネークを介して話の内容を聞いた感じ、意思疎通はできなさそうであった。真面な人間性を持ち合わせていなかった。
 また、ここは『|地獄《ゲヘナ》』と呼ばれ、ここに住むものは『悪魔』であると分かった。その『悪魔』がどのようなところに住んでいて、その行動範囲もある程度把握できたのは本当に|僥倖《ぎょうこう》だった。
 おかげで、ここ二日近くは悪魔の気配すら感じない。
「ゆっくり食べな。よく噛んで」
「ん。かか」
「ママは食べないの?」
「私は大丈夫だ」
 昔、近くの火山が噴火したのだろう。
 ヘレナたちがいる一帯は歪に固まった岩が連なり、一種の山を築いていた。その岩の山には数々の穴や隙間があり、その内の一つの岩陰にヘレナ達は身を隠しているのだ。
 血の風と硫黄の雨はどうにか防げている中、それでも空気中を漂う死の灰は防げない。
 岩に背を預けて座っているヘレナは、自らのローブの内側にいるミラとノアに微笑む。ローブには内部の空間拡張が組み込まれており、ミラとノアが胡坐をかいて座れるほどの広さが、ヘレナの懐にはあった。
 ヘレナはローブの元から二人を覗き込み、眩しそうに目を細めた。
 この五日間で、ミラとノアの体調は回復した。高熱で|魘《うな》されていたのが冗談だと思えるほど、ケロリと笑っている。
 血色は良いし、ミラの額にある白の宝石の輝きも、ノアの髪に編み込まれたように咲いている白の花の艶めきも良い。ドワーフとエルフの健康はそこで見るのだ。
 それにだ。
 ここは太陽はなく、朝と夜も分からない。外では|魑魅魍魎《ちみもうりょう》の|異形《悪魔》が闊歩していて、気が滅入る死の環境が広がっている。恐怖と不安ばかりが襲い掛かる。
 少しでも守護の結界の消費を減らすために、常にヘレナの懐にいるため満足に動くこともできない。食事も簡素な物ばかり。
 最初の三日間はそれにプラスして高熱に|侵《おか》されていたのだ。何度も胃の中の物を吐いたし、苦しかった。
 なのに、ミラもノアも泣き言一つ言わない。
 気丈に振舞い、それどころかヘレナを気遣う様子すら見せる。
 ヘレナはもっさもっさと不味い携帯食料を食べる二人の頭を撫でる。本当に強い子たちだと。私なんかには勿体ない子供たちだと。
(ああ、だからこそ守り抜かなくては)
 そう何度も心の中で|反芻《はんすう》する。己を強く叱咤する。
 と、その時、
「ッ」
「かか?」
「ママ?」
「何でもない。ただ、食事が終わったらここを離れよう」
「ん」
「うん」
 嫌な勘だけは、よく当たる。経験上、よく当たってしまう。
 預けていた背中から微かな|異変《振動》を感じ取ったヘレナは、安心させるように二人に笑いかける。
 聡いミラとノアは何かあったのだと心中で確信し、安心した笑顔をヘレナに見せる。
 大丈夫。私たち、僕たちは怖くないよ。だから、安心して、と。
 それからミラとノアは急いで携帯食料を胃の中に押し込んだ。ヘレナにぎゅっと抱きつき、自らで自分たちを紐で固定する。これでヘレナが走っても落ちない。
 申し訳ないように眉を八の字にしたヘレナは、小さく「ありがとう」と呟く。立ち上がり、魔力温存させていた[影魔]モード・シャドースネークに警戒を任せる。
 そしてローブの隠密を全力で発動し、全ての痕跡を消してその岩陰からゆっくりと歩き出す。
 不安定な足場をものともせず、ヘレナは岩が連なった山を降りていく。勘を頼りに行き先を決める。
 そして数十分歩いた後、
「……よかった」
 ヘレナは安堵の溜息を漏らした。
 火山が噴火したのだ。チラリと背後を振り返れば、死の灰を噴き上げた火山はドロドロのマグマを流している。
 今頃、あの岩が連なった山はそのマグマに飲み込まれていただろう。
 悪い勘は当たったが、それを回避できた。常に気を張れば、大丈夫。
 そう強く思い直したヘレナは、ぎゅっと下唇を噛み、そして歩き出す。
 その時。
「褒めてやるぜ、|女《もの》」
「ミラ! ノア!」
「かふっ」
「こふっ」
 強い血の暴風が吹き荒れたかと思うと、ヘレナが纏っていたローブが千切れる。突然のことに対応できず、小さなミラとノアの身体はそのまま暴風によって吹き飛ばされ、近くの岩場に激突する。
 うめき声を上げて地に伏すミラとノアに後ろには男がいた。あのおぞましい影の翼を侍らせた男がいた。
 強欲に濡れた声音を響かせる。
「これだけの|悪魔《もの》を使って、五日も掛かるとは。本当に大したもんだぜ、|女《もの》」
「ッ」
 ヘレナの周囲には軽く数千を越える異形が、悪魔がいた。姿形は千差万別。けれど、邪悪な悪魔たちは目の前の男に|跪《ひざまず》いていた。
 王だ。彼は悪魔の王なのだ。
「知っているか? あの火山は命の煌めきを吸って噴火するんだぜ。悪魔のオレ様たちにそんな気色の悪いもんがあるわけねぇよな? 人でない|女《もの》にもない」
 そう確信したヘレナは、それでもミラとノアの命が最優先。
 余裕綽々と講釈を垂れる男を無視し、男の意識の間を突いたヘレナは走り出す。
 けれど、
「ッッァアア!」
「だが、この|塵《ゴミ》どもにはそれがあるんだ」
「ぅぁ」
「ぇぁ」
 ヘレナは悪魔たちに取り押さえられる。地面に這いつくばる。全身を灼熱の炎で焼かれる。美しい銀髪が燃える。
 そして男はミラとノアの頭を無造作に持ち上げる。黒の瘴気を迸らせると、ミラとノアを守っていた淡い光が甲高い音と共に割れる。
 ミラとノアが瘴気に侵され、顔が蒼白になっていく。血反吐を吐き、目の焦点が合わなくなっていく。
「返せっ! ミラとノアを返せっっ!!」
「いい、いいぞ!」
 ヘレナは己の|力《・》を迸らせる。
 けれど、自らを焼く炎を消し去ることはできても、自らを取り押さえる悪魔たちどうにかすることはできない。
 焼けた肌が美しい玉の肌へと戻っても、灰になった髪が煌めく銀髪に戻っても、ヘレナには悪魔たちをどうにかする|力《・》すらない。
 ホント、こんな時にだけ役に立たない。
 ヘレナは、懇願する。戦い方を切り替える。
「お願いだ。お願いです私はどうなってもいい。喜んでお前のモノにでもなります。だからお願いです。その子たちだけは、その子たちだけはっ!」
 それは魅惑の懇願。
 誰も彼もが思わず手を止め、その懇願を受け入れるだろう。それほどまでの誘惑と美があり、己の嗜虐心や欲が刺激される。
 だが、
「ハハハハハ、アハハハハハ!! 素晴らしい、素晴らしい!! その顔、その表情! 懇願することに慣れてるな! その美しさを知り尽くしてるな! 苦痛に心を歪ませて、涙を流すそれは素晴らしい。素晴らしい|演技《もの》だ」
 男は哄笑した。少しだけ、ミラとノアを侵す瘴気が薄れる。
(これで少しだけ時間を稼いだ。私に意識が向いてる。コイツが私の|演技《経験》を見抜き、|愉《たの》しむ奴でよかった。よし、次の呼吸の瞬間――)
 冷静に努めたヘレナは男の呼吸を読み、意識が一瞬だけ逸れる瞬間。
「自壊し――」
 万が一のために温存していた三つの[影魔]モード・デストラクトを、召喚して自爆させようとして、
「おい、その|芸《もの》は見飽きたぞ?」
「ガッ、カフッ!!」
 瞬く間もなく、ヘレナの頭は男に踏みつぶされた。爆発寸前だった[影魔]モード・デストラクトは、金貨の|檻《おり》によって封じ込まれた。
 男は溜息を吐く。
「興覚めだな。もっと|愉《たの》しめるかと思ったんだが。まぁ、|塵《ゴミ》どもを殺せばもっと面白いものが見れるか」
「ァァッッ!」
「ァァッッ!」
 男は絶大な瘴気を迸らせる。
 ミラの額の白の宝石は酷く|澱《よど》み、ノアの髪に編まれた白の花は枯れる。穴という穴から血を流し、手足は徐々に黒く変色していく。
 苦悶の叫びを上げる。
 なのに、それでも。
「ぁ……かか……大丈夫……ひとり……しない……ととも……たすけてくれる」
「ぁ……ママ……大丈夫……かならず……まもる……パパも……まもってくれる」
 自らの下唇を強く噛んだミラとノアは、ニィッとヘレナに笑いかける。まるで、大好きなパパを意識しているようで。決してくじけぬ意志を持っているようで。
「やめてくれ、止めてくれっ――」
 悪魔たちによって押しつぶされているヘレナが身をよじり、土に|塗《まみ》れ、絶望を叫ぶ。身体の肉と骨を千切りながらもそれでも二人を助けようと必死に暴れる。
 けれど、悪魔たちはビクともしない。
 絶叫が響き、
「至高だ。至高の|女《もの》の絶望はなんと素晴らしい――」
 男が愉悦に顔を歪ませ、
 そして、
「ぶっとべッッッッッッ!!!!」
「ガハッ!!」
「ぁ……」
「ぇ……」
 白と黒の桜の嵐が吹き荒れた。
 雪だった。
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公開可能情報
[影魔]モード・デストラクト:自爆する[影魔]。石ころ型。
[影魔]モード・ウェアハウス:小鳥型の[影魔]で、“収納庫”のように異空間に物を出し入れする。