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第17話 彼女の真実

ー/ー



 冒険者となったオクトゥスは、一刻も早く村へ戻ろうと馬を駆った。幾日もの道のりを経て故郷に着くと、村人たちは騎士を目指して送り出してくれた時と変わらず、暖かく受け入れてくれた。しかし、騎士の装束を身に纏わない彼の姿に驚きを隠せない。だが説明している暇はなかった。オクトゥスは真っ直ぐに森の奥の小屋へと向かった。

 小屋の扉を開けた瞬間、彼の心は凍りついた。

 そこには誰もいない。ヘレナの気配すら感じられない空虚な空間が広がっているだけだった。焦燥と不安が彼の胸を締め付ける。彼女はどこへ行ったのか。無事でいるのか。

 しかし、小さな木製のテーブルの上に、丁寧に折り畳まれた布切れが置かれているのを発見した。それは老婆が渡したマントの一部だった。布の端には、見慣れた字体で短い言葉が赤黒く書かれていた。そしてかつてヘレナに上げた木彫りのペンダントもあった。

「ありがとう。そしてごめんなさい。あなたの幸せを願っています。」

 オクトゥスは膝をついた。マントの切れ端を胸に抱きしめ、嗚咽を漏らす。ひたすらに頬に涙が伝う。彼女は去ってしまった。彼を想い、彼の未来を案じて。  
 ヘレナが勝手に出ていったことよりも、一緒にいると約束したのに、彼女が一人でいることを許してしまった――その自分自身に、オクトゥスは激しい怒りを覚えた。

 マントの切れ端と木彫りのペンダントを手に、オクトゥスはヘレナの育ての祖母を訪ねた。老婆は彼の来訪を予期していたかのように、静かに迎え入れる。夕陽が部屋を琥珀色に染める中、二人は向かい合って座った。

「もう話す時が来たようだね。あの子の本当の出生について。」  
 老婆の声は穏やかだった。

 老婆は語り始めた。魔族の美しい母と、それを愛した人間の父の物語を。種族の壁を越えた大恋愛と、生まれた愛しい娘の安全を祖母に託して旅立った両親のことを。ヘレナが半分魔族であることの重み、そして彼女が背負った宿命について。

「そうだったんですか……。ヘレナは、魔族との間の子……。」  
「あの子はあなたを巻き込みたくなかったんだろうね。自分の生まれのことだから。」  
 老婆は悲しそうに微笑んだ。

 オクトゥスはヘレナのことを何も知らなかった。それを思い知らされ、唇を強く噛んだ。そして嗚咽でかすれた声で叫んだ。

「俺が守ると誓ったのに……俺がもっと早く気づいていれば、もっと強くなっていれば!」

 オクトゥスの叫びに老婆は首を振った。  
「あなたは十分に強い。それに、騎士になった姿を見せられたからこそ、あの子は安心してあなたの前から姿を消せたんだと思うよ。」  
「でも!俺は一緒に……いてあげると誓ったのに!ヘレナの騎士になるって。やっと俺は本当に決心したのに!」

 オクトゥスは木のテーブルに突っ伏した。その頭を老婆が優しく撫でる。その手は子供の頃にヘレナと一緒に撫でてもらった頃のそのままの温もりが感じられた。

「だから、今こうして戻ってきたんだろう。ヘレナには伝えておいたよ、オクトゥス。あなたも行きなさい。思うがまま、あの子を追いかけて、役目を果たすんだ、いいね?」

 オクトゥスはゆっくりと顔を上げ、老婆を見据えて頬を拭って頷いた。

 夕陽が沈み、部屋が薄暗闇に包まれる頃、オクトゥスは新たな誓いを立てた。ヘレナがどこにいようとも必ず見つけ出し、今度こそ真に彼女を守り抜くと。

 一方その頃、ヘレナは遥か東の森で焚火を囲んでいた。

 初めて変身して森の中に逃げ込んだ日、月明かりに照らされた池の水面に映った自身の姿を見てしまった。髪は赤と黒、肌は褐色そして黒い龍鱗で覆われていた。かつての自分の面影など、もはやわからない。あまりの衝撃にその場で気を失った。  
 旅に出て、池や水たまりで改めて自分を見てみた。銀髪がある程度戻り、黒い龍鱗は剥がれ落ちて褐色の肌が見えている。祖母に触れられて心が落ち着いて以降、元に戻りつつあるのか。そうヘレナは感じた。  
 しかし魔族の血が騒ぐ夜には角が生え、翼が現れることもあったが、優しかった祖母そしてオクトゥスのことを思って深呼吸すると、異形への変身が緩やかになった。諦めずに自分自身と向き合い続けている。

 森を彷徨う魔物たちと遭遇することも多かった。最初は恐怖していたが、やがて彼女は植物を操る力で彼らと対話できることを知った。魔物たちの中には彼女の中に同族の血を感じ取り、敵意を向けることはなかった。むしろ、迷える半血として受け入れてくれた。  
 それでも向かってくる魔物には、ヘレナは仕方なく牙を向くことにした。

 焚火の温かさが頬を照らし、上空には無数の星が瞬いている。夜風が運ぶ草の匂いに包まれながら、ヘレナは胸の内側に隠した証明章の片割れを取り出した。金属の冷たさが指先に伝わり、遠くにいるであろうオクトゥスの存在を感じさせる。

「オクトゥス、騎士として大成を願っているわ。私は……村であなたの帰りを待つだけだった弱い私でいたくないから。だから、もう少しだけ許して。」

 ヘレナの呟きが、静寂の夜に溶けていった。その手の中で、証明章の冷たさが、次第に温まっていくのを感じた。



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次のエピソードへ進む 第18話 旅路の末


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 冒険者となったオクトゥスは、一刻も早く村へ戻ろうと馬を駆った。幾日もの道のりを経て故郷に着くと、村人たちは騎士を目指して送り出してくれた時と変わらず、暖かく受け入れてくれた。しかし、騎士の装束を身に纏わない彼の姿に驚きを隠せない。だが説明している暇はなかった。オクトゥスは真っ直ぐに森の奥の小屋へと向かった。
 小屋の扉を開けた瞬間、彼の心は凍りついた。
 そこには誰もいない。ヘレナの気配すら感じられない空虚な空間が広がっているだけだった。焦燥と不安が彼の胸を締め付ける。彼女はどこへ行ったのか。無事でいるのか。
 しかし、小さな木製のテーブルの上に、丁寧に折り畳まれた布切れが置かれているのを発見した。それは老婆が渡したマントの一部だった。布の端には、見慣れた字体で短い言葉が赤黒く書かれていた。そしてかつてヘレナに上げた木彫りのペンダントもあった。
「ありがとう。そしてごめんなさい。あなたの幸せを願っています。」
 オクトゥスは膝をついた。マントの切れ端を胸に抱きしめ、嗚咽を漏らす。ひたすらに頬に涙が伝う。彼女は去ってしまった。彼を想い、彼の未来を案じて。  
 ヘレナが勝手に出ていったことよりも、一緒にいると約束したのに、彼女が一人でいることを許してしまった――その自分自身に、オクトゥスは激しい怒りを覚えた。
 マントの切れ端と木彫りのペンダントを手に、オクトゥスはヘレナの育ての祖母を訪ねた。老婆は彼の来訪を予期していたかのように、静かに迎え入れる。夕陽が部屋を琥珀色に染める中、二人は向かい合って座った。
「もう話す時が来たようだね。あの子の本当の出生について。」  
 老婆の声は穏やかだった。
 老婆は語り始めた。魔族の美しい母と、それを愛した人間の父の物語を。種族の壁を越えた大恋愛と、生まれた愛しい娘の安全を祖母に託して旅立った両親のことを。ヘレナが半分魔族であることの重み、そして彼女が背負った宿命について。
「そうだったんですか……。ヘレナは、魔族との間の子……。」  
「あの子はあなたを巻き込みたくなかったんだろうね。自分の生まれのことだから。」  
 老婆は悲しそうに微笑んだ。
 オクトゥスはヘレナのことを何も知らなかった。それを思い知らされ、唇を強く噛んだ。そして嗚咽でかすれた声で叫んだ。
「俺が守ると誓ったのに……俺がもっと早く気づいていれば、もっと強くなっていれば!」
 オクトゥスの叫びに老婆は首を振った。  
「あなたは十分に強い。それに、騎士になった姿を見せられたからこそ、あの子は安心してあなたの前から姿を消せたんだと思うよ。」  
「でも!俺は一緒に……いてあげると誓ったのに!ヘレナの騎士になるって。やっと俺は本当に決心したのに!」
 オクトゥスは木のテーブルに突っ伏した。その頭を老婆が優しく撫でる。その手は子供の頃にヘレナと一緒に撫でてもらった頃のそのままの温もりが感じられた。
「だから、今こうして戻ってきたんだろう。ヘレナには伝えておいたよ、オクトゥス。あなたも行きなさい。思うがまま、あの子を追いかけて、役目を果たすんだ、いいね?」
 オクトゥスはゆっくりと顔を上げ、老婆を見据えて頬を拭って頷いた。
 夕陽が沈み、部屋が薄暗闇に包まれる頃、オクトゥスは新たな誓いを立てた。ヘレナがどこにいようとも必ず見つけ出し、今度こそ真に彼女を守り抜くと。
 一方その頃、ヘレナは遥か東の森で焚火を囲んでいた。
 初めて変身して森の中に逃げ込んだ日、月明かりに照らされた池の水面に映った自身の姿を見てしまった。髪は赤と黒、肌は褐色そして黒い龍鱗で覆われていた。かつての自分の面影など、もはやわからない。あまりの衝撃にその場で気を失った。  
 旅に出て、池や水たまりで改めて自分を見てみた。銀髪がある程度戻り、黒い龍鱗は剥がれ落ちて褐色の肌が見えている。祖母に触れられて心が落ち着いて以降、元に戻りつつあるのか。そうヘレナは感じた。  
 しかし魔族の血が騒ぐ夜には角が生え、翼が現れることもあったが、優しかった祖母そしてオクトゥスのことを思って深呼吸すると、異形への変身が緩やかになった。諦めずに自分自身と向き合い続けている。
 森を彷徨う魔物たちと遭遇することも多かった。最初は恐怖していたが、やがて彼女は植物を操る力で彼らと対話できることを知った。魔物たちの中には彼女の中に同族の血を感じ取り、敵意を向けることはなかった。むしろ、迷える半血として受け入れてくれた。  
 それでも向かってくる魔物には、ヘレナは仕方なく牙を向くことにした。
 焚火の温かさが頬を照らし、上空には無数の星が瞬いている。夜風が運ぶ草の匂いに包まれながら、ヘレナは胸の内側に隠した証明章の片割れを取り出した。金属の冷たさが指先に伝わり、遠くにいるであろうオクトゥスの存在を感じさせる。
「オクトゥス、騎士として大成を願っているわ。私は……村であなたの帰りを待つだけだった弱い私でいたくないから。だから、もう少しだけ許して。」
 ヘレナの呟きが、静寂の夜に溶けていった。その手の中で、証明章の冷たさが、次第に温まっていくのを感じた。