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第四十八話 駄々をこねるのはやめましょう?

ー/ー



 一瞬呆けて固まった父さんだったが、すぐに持ち直す。文句ありありといった険しい顔で咲季の隣、灯火病院医院長の青柳さんへ詰め寄った。

「青柳さんこれはどういう事ですか?面会謝絶にしたはずなのに彼がこうして咲季を誘拐までしている!病院側の管理体制が杜撰(ずさん)すぎるのではないですか!?」

 父さんの高身長に対して青柳さんの身長は小さく、子供と大人ほどの違いがあった。それは彼のバツが悪そうな顔も相まって相乗的に感じる。
 こちらからすれば少し気の毒ではあるが、今は容赦無く利用させて貰おう。

「いいんです」
「なんですって?」

 青柳さんは脂汗を額から垂らし、目を逸らしている。先生に呼び出された小学生みたいな絵面。
 大人がこうも縮こまっているとなんだか不思議な気持ちだ。同情してしまう。


「さ、咲季さんには翌日中に退院していただきます」


 だけどそんな人から飛び出した言葉は父さんの威勢を打ち砕くには十分だった。

「な、にを」

 父さんは今度こそ固まる。急転直下の冷水のような宣言。閉口してしまい、次の言葉が紡げない。
 それはそうだろう、今起きているのは裏切るはずがない人物の突然の手のひら返し。想像の埒外から飛んできた一撃はどんな人間だろうと驚き動揺する。

 灯火病院医院長の青柳さんは父さんの友人であり、過去父さんから金銭面でかなり世話になったそうだ。だから彼は父さんに頭が上がらず、父さんの頼みで咲季をずっと入院させる事を了承していたのだ。

 学校で突然倒れて入院した咲季はその数日後に余命を宣告されたが、その際同時にこうも言われていた。「手の施しようがない」と。
 現状の医学ではまともな延命治療さえない珍しい病で、対処の方法が未だに手探り状態。それは他の有名な病院に行っても同じ答えしか返ってこなかった。入院したところで意味は無く、痛みが出た際の痛み止めくらいしか病院ができる事は無いのだと。だから今はいつも通りの時間を過ごした方が咲季のためだと。
 けどそれを受け入れられなかった父さんと母さんは青柳さんへ頼み込んだ。どうにか、せめて延命は出来ないのか。
 結果として咲季は長期の入院となった。無理だと言えなかったのだろう。櫻井さんから聞いていたが、治療と言うのも名ばかりの家庭療法並みの事しかしていないのだそうだ。
 それを最新の治療と称して咲季を閉じ込めた。
 愛情によって生まれた歪な状況。

 歪だからこそ、そこには大きく付け入る隙があった。今までは俺の思考が硬直していて気付けなかっただけ。
 だからこんなにもあっさりと崩れ去る。

「明日には荷物をまとめてご自宅の方へ……」
「青柳さん、話が違う!」

 父さんに焦りが見えた。
 もう俺の事なんて見えていない。だって一番恐れていた事が現実になりつつあるのだから。
 青柳さんはまるで台本に書かれている文字をなぞるように、

「今病院(うち)は満床です。治療を待っている人達がたくさんいるのです」
「それは娘も同じはずです!」
「……咲季さんは今、治療を受けるべき段階ではありません。病院側(我々)はそう判断しています。そして当院は満床であり、病室が空くのを待っている方々がいる現状、一個人のわがままで咲季さんを入院させたままでいさせるわけにはいかないのです」

 そう、付け入る隙とはここだ。
 病室が満床であれば退院出来る人は出来るだけ退院させたいのが病院側。そして、そういう正当な理由があるにも関わらず退院を拒否するのは許されない。櫻井さん曰く、場合によっては強制的に退院させられるのだそうだ。
 つまり父さんは正当では無く、ズルをしている状態。ここを(つつ)かれれば父さんは強く出れず、それに加担していた青柳さんも無視は出来ない。

 まあ、青柳さんがこうやって俺達に協力的に動いてくれたのは全く別ベクトルからの作用があったからなんだけど。

「……」

 俺は狼狽している父さんを横目に、たおやかな笑みを浮かべている悪魔みたいなやつに視線を遣った。
 本当に恐ろしい奴。味方でいる内はなんとも心強い限りだが。

「馬鹿な……何故……咲季の長期入院を承諾してくれたのはあなたのはずなのに」
「それは……申し訳ありません、ですが私は咲季さんのお兄さんの言葉に胸を打たれた。〝彼女に最高の思い出を作ってあげたい〟と頭を下げた彼は(しん)に咲季さんを想っているのだろうと感じました」

 確かにそう言って頭を下げたけど、協力してくれる決め手になったのは確実に別の原因があるだろうに。
 本当の事は隠しておきたいんだろうなと内心苦笑。

「咲季さんは今、思う存分色んな事をするべきです。当然、激しい運動などは避けて頂きたいですが」

 咲季と俺の意見をなぞるような言葉に父さんはまた段々と怒りを滲ませて歯を食いしばり、

「僕が今までしてきた厚意は全て無駄だったわけだ。恩を仇で返されるとは思わなかった!」

 決別の言葉。
 青柳さんはびくりと肩を震わせた。気が弱いんだろう。だからこそ良いように協力させられてるのだ。

「話にならない!もういいです、他の病院を探します!」

 鼻息荒く青柳さんに背を向け、俺と咲季の方へ歩いてくる。青柳さんへしつこく食い下がらなかったのは自分が〝正当で無い〟事をしている自覚があるからだろう。
 だけど逃さない。そこへ立ちはだかったのはにっこりと嘘で固めた仮面完全装甲の赤坂さん。
 あとひと押しだ、一気に決めてもらおう。

「俊名さん」
「結愛ちゃん、どいてくれないかな」

 なぜ赤坂さんがここにいるんだろうという困惑はあれど、父さんは今どうにかして咲季を別の病院へ移すという考えしか無い。
 そんな事許さないけどな。ここで俺が殴られた事が生きる。

「往生際が悪いですから、いい加減駄々をこねるのはやめましょう?」

 穏やかな笑顔で言って赤坂さんはスマホの画面を父さんへ向けた。
 次の瞬間、大音量で流れるスマホの音。

『君みたいな奴が家族を語るなッ!僕達の生活を滅茶苦茶にしたクズが、知ったような面で説教をする気か!』

「……これは」

 理解が追いついていない様子の父さんは驚くより先に戸惑った。
 赤坂さんのスマホから流れているのは動画だ。それも、
 次第にその動画を突き付けられた意味が理解できたのか、父さんは目を見開いて、

「どういう、つもりなんだ」

 呟くように問いかける。
 なおも赤坂さんは笑った。悪戯が成功した少女のように。

「どういう事だと思いますか?」








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 一瞬呆けて固まった父さんだったが、すぐに持ち直す。文句ありありといった険しい顔で咲季の隣、灯火病院医院長の青柳さんへ詰め寄った。
「青柳さんこれはどういう事ですか?面会謝絶にしたはずなのに彼がこうして咲季を誘拐までしている!病院側の管理体制が杜撰《ずさん》すぎるのではないですか!?」
 父さんの高身長に対して青柳さんの身長は小さく、子供と大人ほどの違いがあった。それは彼のバツが悪そうな顔も相まって相乗的に感じる。
 《《なぜそんな表情をしているのかを知っている》》こちらからすれば少し気の毒ではあるが、今は容赦無く利用させて貰おう。
「いいんです」
「なんですって?」
 青柳さんは脂汗を額から垂らし、目を逸らしている。先生に呼び出された小学生みたいな絵面。
 大人がこうも縮こまっているとなんだか不思議な気持ちだ。同情してしまう。
「さ、咲季さんには翌日中に退院していただきます」
 だけどそんな人から飛び出した言葉は父さんの威勢を打ち砕くには十分だった。
「な、にを」
 父さんは今度こそ固まる。急転直下の冷水のような宣言。閉口してしまい、次の言葉が紡げない。
 それはそうだろう、今起きているのは裏切るはずがない人物の突然の手のひら返し。想像の埒外から飛んできた一撃はどんな人間だろうと驚き動揺する。
 灯火病院医院長の青柳さんは父さんの友人であり、過去父さんから金銭面でかなり世話になったそうだ。だから彼は父さんに頭が上がらず、父さんの頼みで咲季をずっと入院させる事を了承していたのだ。
 学校で突然倒れて入院した咲季はその数日後に余命を宣告されたが、その際同時にこうも言われていた。「手の施しようがない」と。
 現状の医学ではまともな延命治療さえない珍しい病で、対処の方法が未だに手探り状態。それは他の有名な病院に行っても同じ答えしか返ってこなかった。入院したところで意味は無く、痛みが出た際の痛み止めくらいしか病院ができる事は無いのだと。だから今はいつも通りの時間を過ごした方が咲季のためだと。
 けどそれを受け入れられなかった父さんと母さんは青柳さんへ頼み込んだ。どうにか、せめて延命は出来ないのか。
 結果として咲季は長期の入院となった。無理だと言えなかったのだろう。櫻井さんから聞いていたが、治療と言うのも名ばかりの家庭療法並みの事しかしていないのだそうだ。
 それを最新の治療と称して咲季を閉じ込めた。
 愛情によって生まれた歪な状況。
 歪だからこそ、そこには大きく付け入る隙があった。今までは俺の思考が硬直していて気付けなかっただけ。
 だからこんなにもあっさりと崩れ去る。
「明日には荷物をまとめてご自宅の方へ……」
「青柳さん、話が違う!」
 父さんに焦りが見えた。
 もう俺の事なんて見えていない。だって一番恐れていた事が現実になりつつあるのだから。
 青柳さんはまるで台本に書かれている文字をなぞるように、
「今|病院《うち》は満床です。治療を待っている人達がたくさんいるのです」
「それは娘も同じはずです!」
「……咲季さんは今、治療を受けるべき段階ではありません。病院側《我々》はそう判断しています。そして当院は満床であり、病室が空くのを待っている方々がいる現状、一個人のわがままで咲季さんを入院させたままでいさせるわけにはいかないのです」
 そう、付け入る隙とはここだ。
 病室が満床であれば退院出来る人は出来るだけ退院させたいのが病院側。そして、そういう正当な理由があるにも関わらず退院を拒否するのは許されない。櫻井さん曰く、場合によっては強制的に退院させられるのだそうだ。
 つまり父さんは正当では無く、ズルをしている状態。ここを突《つつ》かれれば父さんは強く出れず、それに加担していた青柳さんも無視は出来ない。
 まあ、青柳さんがこうやって俺達に協力的に動いてくれたのは全く別ベクトルからの作用があったからなんだけど。
「……」
 俺は狼狽している父さんを横目に、たおやかな笑みを浮かべている悪魔みたいなやつに視線を遣った。
 本当に恐ろしい奴。味方でいる内はなんとも心強い限りだが。
「馬鹿な……何故……咲季の長期入院を承諾してくれたのはあなたのはずなのに」
「それは……申し訳ありません、ですが私は咲季さんのお兄さんの言葉に胸を打たれた。〝彼女に最高の思い出を作ってあげたい〟と頭を下げた彼は真《しん》に咲季さんを想っているのだろうと感じました」
 確かにそう言って頭を下げたけど、協力してくれる決め手になったのは確実に別の原因があるだろうに。
 本当の事は隠しておきたいんだろうなと内心苦笑。
「咲季さんは今、思う存分色んな事をするべきです。当然、激しい運動などは避けて頂きたいですが」
 咲季と俺の意見をなぞるような言葉に父さんはまた段々と怒りを滲ませて歯を食いしばり、
「僕が今までしてきた厚意は全て無駄だったわけだ。恩を仇で返されるとは思わなかった!」
 決別の言葉。
 青柳さんはびくりと肩を震わせた。気が弱いんだろう。だからこそ良いように協力させられてるのだ。
「話にならない!もういいです、他の病院を探します!」
 鼻息荒く青柳さんに背を向け、俺と咲季の方へ歩いてくる。青柳さんへしつこく食い下がらなかったのは自分が〝正当で無い〟事をしている自覚があるからだろう。
 だけど逃さない。そこへ立ちはだかったのはにっこりと嘘で固めた仮面完全装甲の赤坂さん。
 あとひと押しだ、一気に決めてもらおう。
「俊名さん」
「結愛ちゃん、どいてくれないかな」
 なぜ赤坂さんがここにいるんだろうという困惑はあれど、父さんは今どうにかして咲季を別の病院へ移すという考えしか無い。
 そんな事許さないけどな。ここで俺が殴られた事が生きる。
「往生際が悪いですから、いい加減駄々をこねるのはやめましょう?」
 穏やかな笑顔で言って赤坂さんはスマホの画面を父さんへ向けた。
 次の瞬間、大音量で流れるスマホの音。
『君みたいな奴が家族を語るなッ!僕達の生活を滅茶苦茶にしたクズが、知ったような面で説教をする気か!』
「……これは」
 理解が追いついていない様子の父さんは驚くより先に戸惑った。
 赤坂さんのスマホから流れているのは動画だ。それも、《《さっき俺が殴られた時の》》。
 次第にその動画を突き付けられた意味が理解できたのか、父さんは目を見開いて、
「どういう、つもりなんだ」
 呟くように問いかける。
 なおも赤坂さんは笑った。悪戯が成功した少女のように。
「どういう事だと思いますか?」