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第四十三話 作戦会議だ

ー/ー



 赤坂結愛(あかさかゆあ)菊池霞(きくちかすみ)の日記の存在を知ったのはつい先日の事。咲季(さき)を騙してその父親である俊名(としな)と対面させた日の翌日であった。

 そこでやっと秋春と霞の関係を知る事が出来た。中学生から今まで知りたかった真実は呆気なく、唐突に手に入った。
 知った後は、心の中でがんじがらめになっていた何かが緩んだような感覚がした。

 秋春は霞へ勇気を与えていた。自殺に追い込んだという噂は全くのデマでむしろ逆。霞の力になるという、結愛が友達として出来なかった事をやっていたのだ。
 勇気を与えてしまった結果霞は死んだのだから秋春は悪い……なんて言えるわけが無かった。
 確実に彼は霞の心を救ったのだ。
 それが分かった途端自分でも驚くほど秋春への歪んだ執着が薄れていくのを感じた。

 そしてその感情の変化に戸惑いながら日々を過ごしていたある日、大学でそれは起こった。
 秋春が結愛を恫喝しているように見える場面を写した写真が大学の構内に張り出され、彼はまた中学時代のように迫害されるようになったのだ。
 今までならば喜んでいたはずの状況。しかし今回は不思議と何も感じない。
 むしろ――

「結愛〜!見てこれウケるって!」

 ある日、講義を終えた直後の講義室で知り合いの女が声をかけてきて結愛へスマートフォンの画面を見せてきた。
 普通の教室が二つは入るくらいの大きさの部屋には講義が終わった直後という事もあって20人程度の学生が次の講義へ行くための準備を友人と喋りながらしているところだった。

 結愛の次の講義はここから近い講義室。急ぐことも無いかと促されるままそれを手に取る。
 と、映っていたのは動画。最初はぶれていて何がなんだか分からなかったが、徐々にそれが何の映像か理解した。

 秋春が地面に手をついて頭を下げていて、それを楽しそうに蹴っている誰かの動画。

 下卑(げひ)た男女の笑い声。
 秋春の脇腹や背中を一人ずつ、ゲームでもするように蹴っていき、歓声を上げる。
 蹴られたままじっとして動かない彼。

「………………」
「結愛の事殴ったクズ野郎の末路〜!」

 顔を上げると満面の笑顔の女とその後ろで同じように笑う取り巻きのような二人の女が見えた。

「これ、あなたがやったの?」

 ずっと貼り付けていた笑顔が剥がれ落ちる。

「あれ?どうしたん結愛?」

 久々の感覚が結愛の中に生まれた。
 沸騰するような不愉快な胸の熱さ。

「こういうの私嫌い」

 手の握る力を緩めてスマホを机へ落とす。机で跳ねたスマホはリノリウムの地面へと滑り落ちてけたたましい音を立てた。

 女がぎゃあぎゃあと喚き立てる声。スマホの画面が割れたらしい。「何してくれてんの!」と結愛を睨みつけ、さっきまでの態度はどこへやら、口汚く罵った。

「黙ってよ」

 結愛が表情の消えた顔で一瞥(いちべつ)すると、女は短い鳴き声じみた声を上げて黙り込む。
 異変を感じた教室内の学生の視線が集まるが、結愛は気にも留めずに出口へと歩き出した。

 ――アキ君の所に行かなきゃ。

 今更何のつもりだと思われるだろう。
 いきなり手のひらを返されて困惑されるのは目に見えていた。
 もう結愛は秋春の隣には行けない。分かっている。
 だけど、秋春は苦しんでいた。見せられた動画の中で中学生時代の虐めについて(なじ)られていた彼は明らかに何かを悔やんでいるようだった。
 霞の事だと確信した。ならば秋春はあの日記を見るべきだ。悔やむ必要は無いと知るべきだ。


 無意識下ではあったが、結愛の義務感にも似た復讐はこの時突然終わった。



 # # #


「アキ君ー」
「…………」
「ごめんね、もしかして待った?」
「…………」
「……アキ君?」
「…………」
「どうしたの?私の恰好変かしら」
「いや、別に」
「何よ、そんな苦虫を噛み潰したような表情。気になるなぁ」
「朝から嫌な奴の顔見たなぁって」
「あらまあ酷い」

 日曜日。時刻は11時。
 我がホームタウン灯火(とうか)市最大の駅――灯火駅は家族連れや学生等の姿で賑わっていた。
 デパートの二階から陸橋で繋がっている灯火駅の改札の前は大きな広場となっていて、ドーム状のガラス張りの天井から降り注ぐ太陽の光がその中心にあるカラフルに彩られた時計台を目映(まばゆ)いばかりに照らしている。
 この成人男性二人分ちょっと上くらいの背をした時計台を灯火市民はよく待ち合わせの目印として使っていた。主たる使用者は学生やカップル。特に休日の昼前なんて浮かれた気分の若人(わこうど)達が誘蛾灯の如くに時計台の周囲へ集まっている。
 俺もその中の一人だった。
 ただ、浮かれた気分など一ミリも湧かないという点は周りのカップルや学生と違う。正直この中でだいぶ……いや、一番テンションが低いのは俺だろう。
 だって俺の待ち人は目の前で薄い笑みを貼り付けた性格破綻女――赤坂結愛(あかさかゆあ)なのだから。

「酷いのはあんたの性格ですよ」
「そういう事言う?」

 ぷくっと可愛らしく頬を膨らませた表情は神がかっていると評されても仕方が無いくらいの破壊力。清楚さを強調したような淡い青のジャンパースカートもそれを助長していた。
 実際周りの男性の八割は赤坂さんをチラ見して見惚れている。女性も結構な割合が「キレー!」とかなんとか賞賛の声を上げていた。
 流石の求心力っぷり。しかしそうなると注目を集める美人に対して一方的に毒を浴びせる不届き者がいると俺が睨まれるわけで。

「さっさと案内してください」

 居心地が悪くなった俺は赤坂さんを急かした。対する彼女は相変わらずの貼り付けた笑みを崩さないまま「こっち」と先導する。

 行き先は赤坂さんが一人暮らししているマンション。目的は、作戦会議だ。







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 赤坂結愛《あかさかゆあ》が菊池霞《きくちかすみ》の日記の存在を知ったのはつい先日の事。咲季《さき》を騙してその父親である俊名《としな》と対面させた日の翌日であった。
 そこでやっと秋春と霞の関係を知る事が出来た。中学生から今まで知りたかった真実は呆気なく、唐突に手に入った。
 知った後は、心の中でがんじがらめになっていた何かが緩んだような感覚がした。
 秋春は霞へ勇気を与えていた。自殺に追い込んだという噂は全くのデマでむしろ逆。霞の力になるという、結愛が友達として出来なかった事をやっていたのだ。
 勇気を与えてしまった結果霞は死んだのだから秋春は悪い……なんて言えるわけが無かった。
 確実に彼は霞の心を救ったのだ。
 それが分かった途端自分でも驚くほど秋春への歪んだ執着が薄れていくのを感じた。
 そしてその感情の変化に戸惑いながら日々を過ごしていたある日、大学でそれは起こった。
 秋春が結愛を恫喝しているように見える場面を写した写真が大学の構内に張り出され、彼はまた中学時代のように迫害されるようになったのだ。
 今までならば喜んでいたはずの状況。しかし今回は不思議と何も感じない。
 むしろ――
「結愛〜!見てこれウケるって!」
 ある日、講義を終えた直後の講義室で知り合いの女が声をかけてきて結愛へスマートフォンの画面を見せてきた。
 普通の教室が二つは入るくらいの大きさの部屋には講義が終わった直後という事もあって20人程度の学生が次の講義へ行くための準備を友人と喋りながらしているところだった。
 結愛の次の講義はここから近い講義室。急ぐことも無いかと促されるままそれを手に取る。
 と、映っていたのは動画。最初はぶれていて何がなんだか分からなかったが、徐々にそれが何の映像か理解した。
 秋春が地面に手をついて頭を下げていて、それを楽しそうに蹴っている誰かの動画。
 下卑《げひ》た男女の笑い声。
 秋春の脇腹や背中を一人ずつ、ゲームでもするように蹴っていき、歓声を上げる。
 蹴られたままじっとして動かない彼。
「………………」
「結愛の事殴ったクズ野郎の末路〜!」
 顔を上げると満面の笑顔の女とその後ろで同じように笑う取り巻きのような二人の女が見えた。
「これ、あなたがやったの?」
 ずっと貼り付けていた笑顔が剥がれ落ちる。
「あれ?どうしたん結愛?」
 久々の感覚が結愛の中に生まれた。
 沸騰するような不愉快な胸の熱さ。
「こういうの私嫌い」
 手の握る力を緩めてスマホを机へ落とす。机で跳ねたスマホはリノリウムの地面へと滑り落ちてけたたましい音を立てた。
 女がぎゃあぎゃあと喚き立てる声。スマホの画面が割れたらしい。「何してくれてんの!」と結愛を睨みつけ、さっきまでの態度はどこへやら、口汚く罵った。
「黙ってよ」
 結愛が表情の消えた顔で一瞥《いちべつ》すると、女は短い鳴き声じみた声を上げて黙り込む。
 異変を感じた教室内の学生の視線が集まるが、結愛は気にも留めずに出口へと歩き出した。
 ――アキ君の所に行かなきゃ。
 今更何のつもりだと思われるだろう。
 いきなり手のひらを返されて困惑されるのは目に見えていた。
 もう結愛は秋春の隣には行けない。分かっている。
 だけど、秋春は苦しんでいた。見せられた動画の中で中学生時代の虐めについて詰《なじ》られていた彼は明らかに何かを悔やんでいるようだった。
 霞の事だと確信した。ならば秋春はあの日記を見るべきだ。悔やむ必要は無いと知るべきだ。
 無意識下ではあったが、結愛の義務感にも似た復讐はこの時突然終わった。
 # # #
「アキ君ー」
「…………」
「ごめんね、もしかして待った?」
「…………」
「……アキ君?」
「…………」
「どうしたの?私の恰好変かしら」
「いや、別に」
「何よ、そんな苦虫を噛み潰したような表情。気になるなぁ」
「朝から嫌な奴の顔見たなぁって」
「あらまあ酷い」
 日曜日。時刻は11時。
 我がホームタウン灯火《とうか》市最大の駅――灯火駅は家族連れや学生等の姿で賑わっていた。
 デパートの二階から陸橋で繋がっている灯火駅の改札の前は大きな広場となっていて、ドーム状のガラス張りの天井から降り注ぐ太陽の光がその中心にあるカラフルに彩られた時計台を目映《まばゆ》いばかりに照らしている。
 この成人男性二人分ちょっと上くらいの背をした時計台を灯火市民はよく待ち合わせの目印として使っていた。主たる使用者は学生やカップル。特に休日の昼前なんて浮かれた気分の若人《わこうど》達が誘蛾灯の如くに時計台の周囲へ集まっている。
 俺もその中の一人だった。
 ただ、浮かれた気分など一ミリも湧かないという点は周りのカップルや学生と違う。正直この中でだいぶ……いや、一番テンションが低いのは俺だろう。
 だって俺の待ち人は目の前で薄い笑みを貼り付けた性格破綻女――赤坂結愛《あかさかゆあ》なのだから。
「酷いのはあんたの性格ですよ」
「そういう事言う?」
 ぷくっと可愛らしく頬を膨らませた表情は神がかっていると評されても仕方が無いくらいの破壊力。清楚さを強調したような淡い青のジャンパースカートもそれを助長していた。
 実際周りの男性の八割は赤坂さんをチラ見して見惚れている。女性も結構な割合が「キレー!」とかなんとか賞賛の声を上げていた。
 流石の求心力っぷり。しかしそうなると注目を集める美人に対して一方的に毒を浴びせる不届き者がいると俺が睨まれるわけで。
「さっさと案内してください」
 居心地が悪くなった俺は赤坂さんを急かした。対する彼女は相変わらずの貼り付けた笑みを崩さないまま「こっち」と先導する。
 行き先は赤坂さんが一人暮らししているマンション。目的は、作戦会議だ。