表示設定
表示設定
目次 目次




fragment6 結愛の章(2)

ー/ー



「やってらんない」

 忌々しげに言い切ったのは隣で古びた本をいくつも抱えたレオナちゃんだった。

 五月の半ば。静けさが充満する図書室での事である。
 どうしたんだろうと私が目を向けると、レオナちゃんは「疲れました!」と言わんばかりに灰色のカーペットが敷かれた地面にぺたりとお尻をつけた。
 凪いだ水面に石を投げたみたいに、静寂が崩れる。

「レオナちゃん?」

 突然の奇行に戸惑いつつ、私も視線を合わせるようにしゃがんでレオナちゃんを見つめた。

「なんでレオナがこんな大変な事しなきゃいけないのー?」

 白い肌を紅潮させ、泣きそうな顔。
 何を大げさな。
 そんな言葉は飲み込んで私はレオナちゃんに寄り添って背中を擦った。

「もう少し頑張ろ?」

 周りを見る。
 ちらほらと居る上級生達が訝しんだ様子で私達を見ていてとても居心地が悪い。勘弁して欲しいなぁ、もう。

 委員会に入ると内申点が上がる。
 そう言い出したのは仲良しグループの一人、ユウキちゃんだった。
 どういう流れでそんな話になったんだったか。確かレオナちゃんが勉強が苦手だという話題だったかな。
「内申点ってなぁに?」と綿菓子みたいなほわほわした髪を揺らしてほわほわした質問をしたレオナちゃんにユウキちゃんが返したのが「テストの点数悪くても許してもらえるんだ!」なんて少し的外れな答えで。
 本気にしたレオナちゃんが「やりたい!結愛ちゃんもやろー!」って私も委員会に誘って、楽そうだからという理由で適当に手を挙げたのが図書委員だった。
 私としては本は大好きだし、特に不満は無かった……のだけれど。

「こんなのやるんじゃなかったよぉ〜」

 今やっている作業、本が好きでもない人からしたら地獄みたいな作業なんだろう。

 貸出禁止の本とそうじゃない本の選り分け。

 私達が使ってる教室よりも一回り大きい図書室に置かれた五つの本棚と壁を埋めるように設置された本棚。その中の一冊一冊の中に貸し出し禁止のマークがあるのを選別して、『準備室』と呼ばれる隣の部屋の本棚に移すというのが今回先生に言われた図書委員の仕事。
 なんでそんな仕事が回ってきたのかは分からない。まあ、元々『準備室』に集めてあった貸し出し禁止の本が何らかの手違いで図書室に紛れ込んだんだろうけど。
 ともかくそういうわけで、この広い図書室の本棚の本を一冊一冊確認してるのが今。
 それに対して開始十数分でレオナちゃんが音を上げたのだ。

「今日見たいアニメあるのにぃー!」

 このままのペースだと日が暮れると感じたのだろう。本をタンバリンみたいにして叩きながらレオナちゃんが叫ぶ。
 最悪だ。漱石の本をそんな風に扱わないで欲しい。

「レオナちゃん、あんまり大きな声……」

 レオナちゃんの奇行もさることながら、それに対する周りの視線も痛い。止めてよ。悪目立ちなんて一番したくないのに。
 六年生の時の記憶がフラッシュバックして泣きそうになる。落書きされた机。ずぶ濡れの椅子。クスクスと笑う声。腫れ物に触れるように見てくるクラスの皆。
 記憶を振り払うように頭を振った。

「やだよぉ、帰りたいよぉ!」
「えっと、一旦落ち着こう?」

 レオナちゃんは本当に自分勝手というか、周りの迷惑を考えない子だ。好きなものは?って聞かれたら真っ先に自分の名前が出てきそう。


「ど、どうかしたんですか?」

 私が地面にしゃがみ込んで幼児のようにグズっているレオナちゃんに手を焼いていたその時、私達を見下ろす視線と声を感じた。
 大暴れするレオナちゃんを見かねた誰かが来たのだろう。
 私はレオナちゃんを無理矢理立たせて声の主へ向き直った。

「うるさくしちゃってすみません」

 間髪容れずに頭を下げる。すると声の主は「あっ、そ、そういう事じゃ、なくて」と焦り気味。
 なんだか不思議に思って、顔を上げる。

 視線の先には小さい女の子が居た。
 野暮ったい髪が黒縁眼鏡のグラスの中ほどまでかかった、見た瞬間重苦しさを感じる子。
 見覚えがある。

「あの、わ、私、同じ図書委員で、一年四組の菊池霞(きくちかすみ)です」

 そうそう。確かそんな名前。
 そういえば私達ともう一つのチームで選り分け作業やってたんだった。その内の一人だ。
 私達も自己紹介して「よろしくね」と挨拶。

 ……というか一年生だったんだ。制服が凄く使い古した風にくたびれていたからてっきり先輩なのかと思ってた。

「根暗そうな子だねー」

 小声で耳打ちしてくるレオナちゃん。
 だからどうだって言うのだろう。言う必要は無いと思う。

「それで、その、あの、そちらの方が困っているように見えたので、その……」

 女の子――菊池さんは手のひらを上に向けた〝どうぞ〟のジェスチャーでレオナちゃんを指差した。
 そこまで聞いて察する。
 多分助け舟を出そうかっていう申し出だろう。
 けど、この流れはまずいなぁ。
 だってそんな事言ったらレオナちゃんはきっと……。

「……………………」

 にやぁ、と無邪気に、ともすれば残酷ささえ感じるような笑みを浮かべて、

「……そうなの。困ってるの。お願いきいてくれる?」


 #

 作業が終わったのは17時頃。始めた時間からは1時間30分経って、少し日が暮れてきた時刻だった。
 思いの外早く終わった事に安堵しつつ、私はすっかり人の気配が無くなった図書室の椅子に座って突っ伏。
 うん、いくら本が好きだからと言ってこの作業量はね。疲れたなぁ。
 高い所に手を伸ばし続けてたから腕が痛い。

「ごめんなさい」

 と、頭上から声。顔だけ起き上がらせると、机を挟んだ先に菊池さんが。顔を俯むかせ、申し訳無さそうに手を下の方でもじもじさせていた。

「何が?」

 ちゃんと椅子に座り直し、聞く。

「……その、」
「レオナちゃんを帰らせなければもっと早く、楽に終わってた……とか?」
「えと、はい……」

 菊池さんは首肯し、バツが悪いのか目を泳がせた。
 さっきあった事を簡単に話すとこうだ。

『レオナ今忙しくってぇ、レオナの代わりに二人分働いてよぉ』
『分かりました』

 終わり。
 レオナちゃんに遠慮なんて無い。彼女の頼みを突っぱねられるのはユウキちゃんくらいか。そういう圧力がレオナちゃんにはある。

「全然大丈夫よ」

 私は笑顔を作った。
 表情は嘘だけど、言葉は嘘じゃない。レオナちゃん、正直邪魔だったもの。
 私の過去を知らない分話してて楽ではあるけれど、好きになれる人格じゃない。

「私本好きだから。匂いを嗅いだり、触ってるだけでも楽しい」
「そう、ですか。それなら良かったです」
「まあ、ちょっぴり疲れたけれど」
「……あはは」

 初対面なのにこんな軽口……、自分で言って驚いた。
 不思議だな。なんだろう、なんでも許してくれそうな雰囲気?いや、違うな、うーん。
 ともかく、菊池さんの不思議なオーラのせいで所々素が出てしまっていた。
 まるでアキ君と喋ってるみたい。

「ところで、どうして菊池さんは一人でやってるの?パートナーは?」
「用事があるそうで……」
「レオナちゃんと同じかぁ」

 思わず嘆息した。

「仕事押し付けられて嫌じゃないの?」
「私も本好きなので」

 乾いた笑い。慣れてるといった具合だけど、無理に笑っているようにしか見えなかった。

 言ったら悪いけれど、自業自得。こんな不潔な見た目じゃ周りから揶揄(からか)われても仕方無い。見た目って大事だ。人間関係は見た目からって何かの雑誌で見たけど、私もその通りだと思う。中身が大事だって言う人も、絶対無意識に見た目を気にしている。本当に気にしてない人なんていない。それが限りなく薄い人もいるけれど、大多数は見た目主義だ。
 ……だけど、その通りだと思うけれど、そんな考えに自分が染まってしまうのはちょっと嫌だった。
 だってそんなの、差別や虐めを認めているみたいじゃない。

「……どんなジャンルが好きなの?」

 だから私は、クラスメイトとそうするように、ごく普通に会話を振った。
 突然だったからか、菊池さんはきょとんとして固まっていた。

「え?」
「本の話だよ?ラブストーリーとかホラーとか」

 補足で説明すると菊池さんはなんとか理解が及んだようで、

「え、えっと……ファンタジー、です」
「私も同じ。ミステリーかファンタジーかな」
「そ、そうなんですね……!」

 菊池さん、ちょっと嬉しそう。

「あ、けど、ファンタジーものって言っても男の子が読むようなものばっかりよ?『野良ウサギぴょん吉の冒険』って言って分かる?」
「分かります分かります!動物が主役なのに内容がダークで良いですよね!」
「知ってるんだ?えっと、後は、最近最終巻が出た……」
「もしかして『ウルトラ・クエスト』です?」

 ちょうど今読んでいる本――いわゆる児童向けノベルだけど――のタイトルを言う前にズバリと当てられた。

「うん。『災厄の帰還』の途中」
「最終章の上巻ですね!」

 菊池さんが机越しに身を乗り出す。

「うそ!えぇー!どうしよ!女の子で『ウルトラ・クエスト』読んでる人と初めて会った!」

 ここが図書室だという事も忘れたのか大きな声を出して跳ねる菊池さん。今は人がいないから大丈夫だけど、ちょっとびっくり。
 興奮しているんだろう。髪の毛の隙間から見える眼鏡越しの瞳はキラキラと輝いていた。
 気持ちは分かる。私も『ウルトラ・クエスト』読んでる女の子なんて初めて見たからちょっと気分が浮ついてきている。

「他には何読んでるんですか?」
「んーとねぇ……」


 結局、その後小一時間ほど好きな本の話で盛り上がってしまった。
 最終下校時間ギリギリに見回りに来た先生に二人して怒られたけど、気分は沈まなかった。

 だって、こんなに楽しかったのは久し振りだったから。

 どうしてだろう。

 あ、そっか。菊池さんの目はキラキラとしてた。まっすぐに私を見てくれた。
 値踏みするような視線、態度。それが無かったんだ。







スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第四十話 本当の理由


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「やってらんない」
 忌々しげに言い切ったのは隣で古びた本をいくつも抱えたレオナちゃんだった。
 五月の半ば。静けさが充満する図書室での事である。
 どうしたんだろうと私が目を向けると、レオナちゃんは「疲れました!」と言わんばかりに灰色のカーペットが敷かれた地面にぺたりとお尻をつけた。
 凪いだ水面に石を投げたみたいに、静寂が崩れる。
「レオナちゃん?」
 突然の奇行に戸惑いつつ、私も視線を合わせるようにしゃがんでレオナちゃんを見つめた。
「なんでレオナがこんな大変な事しなきゃいけないのー?」
 白い肌を紅潮させ、泣きそうな顔。
 何を大げさな。
 そんな言葉は飲み込んで私はレオナちゃんに寄り添って背中を擦った。
「もう少し頑張ろ?」
 周りを見る。
 ちらほらと居る上級生達が訝しんだ様子で私達を見ていてとても居心地が悪い。勘弁して欲しいなぁ、もう。
 委員会に入ると内申点が上がる。
 そう言い出したのは仲良しグループの一人、ユウキちゃんだった。
 どういう流れでそんな話になったんだったか。確かレオナちゃんが勉強が苦手だという話題だったかな。
「内申点ってなぁに?」と綿菓子みたいなほわほわした髪を揺らしてほわほわした質問をしたレオナちゃんにユウキちゃんが返したのが「テストの点数悪くても許してもらえるんだ!」なんて少し的外れな答えで。
 本気にしたレオナちゃんが「やりたい!結愛ちゃんもやろー!」って私も委員会に誘って、楽そうだからという理由で適当に手を挙げたのが図書委員だった。
 私としては本は大好きだし、特に不満は無かった……のだけれど。
「こんなのやるんじゃなかったよぉ〜」
 今やっている作業、本が好きでもない人からしたら地獄みたいな作業なんだろう。
 貸出禁止の本とそうじゃない本の選り分け。
 私達が使ってる教室よりも一回り大きい図書室に置かれた五つの本棚と壁を埋めるように設置された本棚。その中の一冊一冊の中に貸し出し禁止のマークがあるのを選別して、『準備室』と呼ばれる隣の部屋の本棚に移すというのが今回先生に言われた図書委員の仕事。
 なんでそんな仕事が回ってきたのかは分からない。まあ、元々『準備室』に集めてあった貸し出し禁止の本が何らかの手違いで図書室に紛れ込んだんだろうけど。
 ともかくそういうわけで、この広い図書室の本棚の本を一冊一冊確認してるのが今。
 それに対して開始十数分でレオナちゃんが音を上げたのだ。
「今日見たいアニメあるのにぃー!」
 このままのペースだと日が暮れると感じたのだろう。本をタンバリンみたいにして叩きながらレオナちゃんが叫ぶ。
 最悪だ。漱石の本をそんな風に扱わないで欲しい。
「レオナちゃん、あんまり大きな声……」
 レオナちゃんの奇行もさることながら、それに対する周りの視線も痛い。止めてよ。悪目立ちなんて一番したくないのに。
 六年生の時の記憶がフラッシュバックして泣きそうになる。落書きされた机。ずぶ濡れの椅子。クスクスと笑う声。腫れ物に触れるように見てくるクラスの皆。
 記憶を振り払うように頭を振った。
「やだよぉ、帰りたいよぉ!」
「えっと、一旦落ち着こう?」
 レオナちゃんは本当に自分勝手というか、周りの迷惑を考えない子だ。好きなものは?って聞かれたら真っ先に自分の名前が出てきそう。
「ど、どうかしたんですか?」
 私が地面にしゃがみ込んで幼児のようにグズっているレオナちゃんに手を焼いていたその時、私達を見下ろす視線と声を感じた。
 大暴れするレオナちゃんを見かねた誰かが来たのだろう。
 私はレオナちゃんを無理矢理立たせて声の主へ向き直った。
「うるさくしちゃってすみません」
 間髪容れずに頭を下げる。すると声の主は「あっ、そ、そういう事じゃ、なくて」と焦り気味。
 なんだか不思議に思って、顔を上げる。
 視線の先には小さい女の子が居た。
 野暮ったい髪が黒縁眼鏡のグラスの中ほどまでかかった、見た瞬間重苦しさを感じる子。
 見覚えがある。
「あの、わ、私、同じ図書委員で、一年四組の菊池霞《きくちかすみ》です」
 そうそう。確かそんな名前。
 そういえば私達ともう一つのチームで選り分け作業やってたんだった。その内の一人だ。
 私達も自己紹介して「よろしくね」と挨拶。
 ……というか一年生だったんだ。制服が凄く使い古した風にくたびれていたからてっきり先輩なのかと思ってた。
「根暗そうな子だねー」
 小声で耳打ちしてくるレオナちゃん。
 だからどうだって言うのだろう。言う必要は無いと思う。
「それで、その、あの、そちらの方が困っているように見えたので、その……」
 女の子――菊池さんは手のひらを上に向けた〝どうぞ〟のジェスチャーでレオナちゃんを指差した。
 そこまで聞いて察する。
 多分助け舟を出そうかっていう申し出だろう。
 けど、この流れはまずいなぁ。
 だってそんな事言ったらレオナちゃんはきっと……。
「……………………」
 にやぁ、と無邪気に、ともすれば残酷ささえ感じるような笑みを浮かべて、
「……そうなの。困ってるの。お願いきいてくれる?」
 #
 作業が終わったのは17時頃。始めた時間からは1時間30分経って、少し日が暮れてきた時刻だった。
 思いの外早く終わった事に安堵しつつ、私はすっかり人の気配が無くなった図書室の椅子に座って突っ伏。
 うん、いくら本が好きだからと言ってこの作業量はね。疲れたなぁ。
 高い所に手を伸ばし続けてたから腕が痛い。
「ごめんなさい」
 と、頭上から声。顔だけ起き上がらせると、机を挟んだ先に菊池さんが。顔を俯むかせ、申し訳無さそうに手を下の方でもじもじさせていた。
「何が?」
 ちゃんと椅子に座り直し、聞く。
「……その、」
「レオナちゃんを帰らせなければもっと早く、楽に終わってた……とか?」
「えと、はい……」
 菊池さんは首肯し、バツが悪いのか目を泳がせた。
 さっきあった事を簡単に話すとこうだ。
『レオナ今忙しくってぇ、レオナの代わりに二人分働いてよぉ』
『分かりました』
 終わり。
 レオナちゃんに遠慮なんて無い。彼女の頼みを突っぱねられるのはユウキちゃんくらいか。そういう圧力がレオナちゃんにはある。
「全然大丈夫よ」
 私は笑顔を作った。
 表情は嘘だけど、言葉は嘘じゃない。レオナちゃん、正直邪魔だったもの。
 私の過去を知らない分話してて楽ではあるけれど、好きになれる人格じゃない。
「私本好きだから。匂いを嗅いだり、触ってるだけでも楽しい」
「そう、ですか。それなら良かったです」
「まあ、ちょっぴり疲れたけれど」
「……あはは」
 初対面なのにこんな軽口……、自分で言って驚いた。
 不思議だな。なんだろう、なんでも許してくれそうな雰囲気?いや、違うな、うーん。
 ともかく、菊池さんの不思議なオーラのせいで所々素が出てしまっていた。
 まるでアキ君と喋ってるみたい。
「ところで、どうして菊池さんは一人でやってるの?パートナーは?」
「用事があるそうで……」
「レオナちゃんと同じかぁ」
 思わず嘆息した。
「仕事押し付けられて嫌じゃないの?」
「私も本好きなので」
 乾いた笑い。慣れてるといった具合だけど、無理に笑っているようにしか見えなかった。
 言ったら悪いけれど、自業自得。こんな不潔な見た目じゃ周りから揶揄《からか》われても仕方無い。見た目って大事だ。人間関係は見た目からって何かの雑誌で見たけど、私もその通りだと思う。中身が大事だって言う人も、絶対無意識に見た目を気にしている。本当に気にしてない人なんていない。それが限りなく薄い人もいるけれど、大多数は見た目主義だ。
 ……だけど、その通りだと思うけれど、そんな考えに自分が染まってしまうのはちょっと嫌だった。
 だってそんなの、差別や虐めを認めているみたいじゃない。
「……どんなジャンルが好きなの?」
 だから私は、クラスメイトとそうするように、ごく普通に会話を振った。
 突然だったからか、菊池さんはきょとんとして固まっていた。
「え?」
「本の話だよ?ラブストーリーとかホラーとか」
 補足で説明すると菊池さんはなんとか理解が及んだようで、
「え、えっと……ファンタジー、です」
「私も同じ。ミステリーかファンタジーかな」
「そ、そうなんですね……!」
 菊池さん、ちょっと嬉しそう。
「あ、けど、ファンタジーものって言っても男の子が読むようなものばっかりよ?『野良ウサギぴょん吉の冒険』って言って分かる?」
「分かります分かります!動物が主役なのに内容がダークで良いですよね!」
「知ってるんだ?えっと、後は、最近最終巻が出た……」
「もしかして『ウルトラ・クエスト』です?」
 ちょうど今読んでいる本――いわゆる児童向けノベルだけど――のタイトルを言う前にズバリと当てられた。
「うん。『災厄の帰還』の途中」
「最終章の上巻ですね!」
 菊池さんが机越しに身を乗り出す。
「うそ!えぇー!どうしよ!女の子で『ウルトラ・クエスト』読んでる人と初めて会った!」
 ここが図書室だという事も忘れたのか大きな声を出して跳ねる菊池さん。今は人がいないから大丈夫だけど、ちょっとびっくり。
 興奮しているんだろう。髪の毛の隙間から見える眼鏡越しの瞳はキラキラと輝いていた。
 気持ちは分かる。私も『ウルトラ・クエスト』読んでる女の子なんて初めて見たからちょっと気分が浮ついてきている。
「他には何読んでるんですか?」
「んーとねぇ……」
 結局、その後小一時間ほど好きな本の話で盛り上がってしまった。
 最終下校時間ギリギリに見回りに来た先生に二人して怒られたけど、気分は沈まなかった。
 だって、こんなに楽しかったのは久し振りだったから。
 どうしてだろう。
 あ、そっか。菊池さんの目はキラキラとしてた。まっすぐに私を見てくれた。
 値踏みするような視線、態度。それが無かったんだ。