二話 ところで、ダイスケさんって結婚しているんです?
ー/ー「ようやく終わった」
「……疲れた」
直樹と大輔は疲れた様子でその無機質な地下室に倒れる。仰向けになり、幻想具の光源を見上げる。
そんな直樹たちに二つの影が差し掛かる。
「お疲れ。こっちも終わったぞ」
「お疲れぞち」
翔とエクスィナだ。
二人は直樹たちのすぐ前に座る。直樹たちも溜息を吐きながら、起き上がる。
直樹が“収納庫”を発動して、プリントアウトした地図を取り出す。
「それで、できたか?」
「ああ。問題なく終わった」
「そうか」
その地図には直樹と大輔、雪と杏の家の位置が記されており、また、それを媒介に奇怪な魔方陣を描いていた。
大輔とエクスィナがその地図に文字列を書き込むのを見ながら、直樹がポツリと呟く。
「……後で何か礼をしなきゃな」
「ティーガンさん?」
「ああ。大規模縁惑結界――過越しの結界を張れるのもあいつのお陰だからな。魔力方面でも負担を掛けてるんだ。……よし、聞くか」
直樹はスマホを取り出し、ポチポチとし始めた。
それを面白そうに見つめながら、翔はニヤっと笑う。
「白桃さんにはいいのか?」
「……もう贈った」
「へぇ、何を?」
メールでティーガンに用件を送信した直樹は面倒くさそうに翔を睨んだ後、溜息を吐く。
「……お守りだ」
「お守り?」
「ああ。転移術式が組み込んである影の腕輪だ。あいつは変なことに巻き込まれ――いや首を突っ込む。だから、いつでも家に帰れるようにな」
「ふぅん」
翔は意味ありげに頷く。それに同調するように、地図に文字を書き込みまくっていた大輔がからかうように尋ねる。
「迎えに行くの?」
「……行かねぇよ」
「なんだ。つまんない。『お前がどんなに離れた場所に連れ去られようと、俺が必ず見つけてやる』とか言ってたら面白かったのに」
「だったら、『お前の帰るべき場所は、俺の腕の中さ』じゃないか?」
「それもいいね」
大輔と翔がカラカラと笑って直樹をからかう。
直樹がフルフルと震える。
「いいぜ。どうやらお前らは火車に乗りた――」
そしてブチリと何かが切れる音を響かせた瞬間、
「……時間か」
スマホが強烈な音を立てて震えた。
「じゃあ、僕は家に帰るよ」
「そうか。和也さんたちによろしくと伝えといてくれ」
「分かった。日時は三週目の土曜日でいいんだよね」
「ああ。問題ない。詳しい時間は後だな」
「そうだね」
そう頷いた大輔は懐からとりだした転門鍵を虚空に挿し、捻る。転移門を作り出し、じゃあね、と言いながら消えた。自宅に帰ったのだ。
「じゃあ晩飯だな」
「そうだな。……エクスィナ、それは後だ。まぁそのまま晩飯抜きで書き続けたいなら止めないが。いいや、しろ」
「ぬぅ~~んっ! 主様酷いぞちっ!」
もう地図の意味をなさないほど文字を書き込んでいたエクスィナは、恍惚とした表情で唸り声を上げる。
それを楽しんだ翔は、エクスィナに命令した時にゲスい表情と打って変わり王子様の如くエクスィナをお姫様抱っこする。
「ムチとアメ。す、素晴らしいぞちぃ~~っ」
エクスィナがうっとりとした様子で翔の首に腕を絡ませる。
「……はぁ、癒されたい」
そんな様子を背後に感じていた直樹は、さっさとこいつら追い出さないと俺の精神が死ぬな、と感じ、再度決意を固めるのだった。
修学旅行の次の週、アルビオンへ転移することを。
Φ
「いってきます」
「いって参ります」
体育祭も終わった翌週。秋がようやく感じ始めた頃、制服姿の大輔と冥土はそう言って家を出た。エレベーターを使い、エントランスからマンションに出る。
そしてそこには、
「おはよう、大輔」
「おはようです、ダイスケさん」
「おはようございます、杏様、ウィオリナ様」
制服姿の杏とウィオリナがいた。
そう、ウィオリナもいたのだ。制服姿で。
「……どうしてここにいるの? っというかさ、ウィオリナ。その制服、何?」
大輔は頭痛が痛いと言わんばかりにグリグリと眉間を押さえる。冥土は普通の女子高生のように杏たちに混ざる。
「何ってダイスケさんと同じ高校に通うんです」
「……いや、見ればわかるよ。うん。で、なんでこっちにいるの?」
「いちゃダメです?」
「いや、そういうわけではないんだけどさ」
純粋な赤錆色の瞳に見つめられ、大輔は溜息を吐く。そのままトボトボと歩き出す。
杏と冥土が何やら話し込んでいるが、それは気にしない。嫌な予感がするが、それよりも先にこっちを対処しなければ。
大輔がそう思ったとき、ウィオリナが大輔の横に並ぶ。
「ダイスケさんのご存じの通り、ティーガン様はこちらに住むことになったです」
「それについては本当に感謝してるよ。ティーガンさんのお陰で、魔力にも目途が立ったからね」
「いえ、約束を果たしたまでです。それでですね、母様にティーガン様やダイスケさんたちのお手伝いも兼ねて、日本で学生生活をしたらどうかと提案されたんです。朝焼けの灰は自分に任せてと」
「そうな――ん? 母様?」
ようやく理由を話し始めたか、と頷いた大輔は、うん? と首を傾げる。それから、眼鏡をクイッとして心を平静に保って確かめる。
「その、お母さん、生きてたの?」
「生きてるです! 勝手に死んだことにしないでくださいですっ!」
「いや、ごめん。けど、デジールとのやり取りで、さ」
ぷんすかっと頬を膨らませたウィオリナは、大輔の言葉に納得がいく。
「母様は確かに一度、死んだんです。私の目の前で。まぁティーガン様に言わせれば、器を一度なくしただけらしいですが」
「……なるほど。ティーガンさんが蘇生させたのか」
「はいです。ただ、母様は状況が状況だったため、数年間目を覚まさず、それに肉体が馴染んでいないせいで今も歩くこともできないんです」
悲観することなく、ただただ事実を述べるようなウィオリナの表情に、大輔は心の中で溜息を吐く。
(……ウィオリナ自体に世話になるわけではないけど、ティーガンさんと浅からぬ仲。個人的にも仲が悪いわけじゃないしな)
大輔はそう打算めいた考えをして、
「治すよ」
ウィオリナに提案する。既に話し込むのをやめていた杏と冥土は、二人のやり取りを静かに見守る。
そんな様子を感じつつ、ウィオリナは首を振った。
「いえ。大丈夫です」
「……いいの?」
「はいです。わたしもですが、母様も断るようにと。努力次第で歩けるようになりますし、ならば頼る必要はないと。それに既に対価が支払えないほど頼りすぎたのもあります」
「楽だけど?」
「楽だからといって、対価も払わずにするのはウィ家の信念に反するんです。というか、厚顔無恥すぎです」
「……でも君たち血闘封術師は対価も払ってもらうことなく命を賭けるよね。信念とも言っていたし」
「それはそれ。これはこれ、です」
ウィオリナのジェスチャーに合わせて茶髪のサイドテールがフワリと揺れる。ふすんっとウィオリナが大輔を見つめる。
大輔は今日何度目か分からない溜息を吐く。
「僕はいつでも構わないから」
「ありがとうです」
ウィオリナは大輔に頭を下げた。
大輔は少しだけ厄介だな……と感じつつ、話題を転換する。
「いつの間に日本語勉強したの? 厚顔無恥なんて言葉、一朝一夕が出てこないと思うんだけど」
「ああ、それはアタシも気になっていたんだ」
駅に近づいたのか人の数が増え、大輔たちは注目を集める。
金髪碧眼のベリーショート麗人に、人外の如き美女、茶髪赤錆瞳の白人美少女。そして中央にいるさえない丸眼鏡。
凄い視線が突き刺さるが、大輔は気にしない。杏たちも全くもって意に返さない。それどころか、ウィオリナは大輔に爛漫に笑いかけながら質問に答える。
「ああ、それはですね。血から学んだんです」
「なにそのパワーワード」
大輔は思わずツッコむ。ウィオリナは首を傾げる。杏もだ。
「パワーワードです?」
「強烈な言葉って感じ」
「ああ、なるほどです」
ウィオリナは納得いったように頷く。杏も頷き、スマホを取り出してポチポチとメモを取っていく。
「それで、血から学ぶってどういうこと?」
「ええっと、母国語は血に宿るんです」
「な――うん」
大輔はツッコみたい欲を押さえて、頷く。眼鏡に少しだけ罅が入る。
「なので、その血を読み取るんです」
「血術で?」
「はいです。<血識>と言うんです」
杏がなるほどな、と頷きながら、改札を通る。冥土が「本当に血に母国語が宿るのでしたら、日本人の血を体に入れれば日本語が母国語になるのですか」と恐ろしいことを呟いているが無視する。
「そう聞くと、血術っていうのは便利なんだね。吸血鬼の名を読み取ったのもそれでしょ?」
「はいです。別に吸血鬼に限らず、自身に名を定義している生物であれば、血から査べる事ができるんです」
「……ふむ。じゃあ、吸血鬼と人間以外なら例えばどうなのだ?」
杏が尋ねる。ホームで電車が来るのを待つ。
「例えば……あ、あの子も名前があるです」
ウィオリナが架線の近くを飛んでいた鳥を指さす。赤錆色の瞳を一瞬だけ、血色に輝かせる。
杏が眉をひそめる。
「……鳩がか?」
「はいです。あの子の名前はRuepockerって感じです」
「……ごめん、もう一度いい?」
電車が来た。そのせいで名前の部分が聞き取れなかった。
……そのはず。
大輔は謝りながら尋ねる。ウィオリナは全員が電車の中に乗った後、大丈夫ですと微笑みながらもう一度名前を述べる。
「Ruepockerです」
「りゅーぽーかー?」
「違います。Ruepocker、です。こうeとpの発音を意識してもらうと……」
「……発音的に英語なの?」
「いえ、違うです。なんというですか、音そのものです」
杏が何度か口にしようとして口を噛む。冥土も自分で発声する事ができず、結局ウィオリナの言葉を録音したのを再生していた。
つまり、どう考えても一般人では発声できない名前らしい。
すると、少しだけ疑問が出てくる。
「ねぇ、吸血鬼の名って僕が発音できるものなの?」
「どうなんでしょうか。私は昔吸血鬼古語というものを習ったので、問題なく発音できているんですけど……。詳しくはティーガン様に聞かないと分かりません」
「なるほど……」
大輔は頷きながら、
(たぶんだけど、その吸血鬼古語って発声機能そのものを変成させるような訓練の気がするんだよね。……ミュールさんと、慎太郎なら可能かな? 灯さんもなくはない感じ? まぁ明日にでもティーガンさんに尋ねればいい――)
と思考していたのだが、ウィオリナの疑問がそれを打ち破った。
「ところで、ダイスケさんって結婚しているんです?」
「……ぅん!?」
大輔はその言葉に目を剥き、丸眼鏡にさらに亀裂が入った。
そして冥土と雑談していた杏は裁定官の如き冷徹な瞳で大輔を見つめ、また尋ねたウィオリナも気の抜けた笑顔なのに、瞳だけは鋭かった。
冥土は心なしか楽しむように笑っていた。
======================================公開可能情報
<血識>:血術の一種。ほとんどの血闘封術師はこれが使える。というか、最初にこれを教えられる。
血からその個の名前や言葉、性別や年齢、その他諸々を査べることができる。ウィオリナほどになると、遺伝子的なつながりはもちろん、魂魄的なつながりも査べることができる。
<血識>は前章では流れの関係で説明を省きましたが、表現としては入れていたりします。また、ティーガンの場合は<血識>を使うまでもなく吸血鬼の名を識ることができたりします。
「……疲れた」
直樹と大輔は疲れた様子でその無機質な地下室に倒れる。仰向けになり、幻想具の光源を見上げる。
そんな直樹たちに二つの影が差し掛かる。
「お疲れ。こっちも終わったぞ」
「お疲れぞち」
翔とエクスィナだ。
二人は直樹たちのすぐ前に座る。直樹たちも溜息を吐きながら、起き上がる。
直樹が“収納庫”を発動して、プリントアウトした地図を取り出す。
「それで、できたか?」
「ああ。問題なく終わった」
「そうか」
その地図には直樹と大輔、雪と杏の家の位置が記されており、また、それを媒介に奇怪な魔方陣を描いていた。
大輔とエクスィナがその地図に文字列を書き込むのを見ながら、直樹がポツリと呟く。
「……後で何か礼をしなきゃな」
「ティーガンさん?」
「ああ。大規模縁惑結界――過越しの結界を張れるのもあいつのお陰だからな。魔力方面でも負担を掛けてるんだ。……よし、聞くか」
直樹はスマホを取り出し、ポチポチとし始めた。
それを面白そうに見つめながら、翔はニヤっと笑う。
「白桃さんにはいいのか?」
「……もう贈った」
「へぇ、何を?」
メールでティーガンに用件を送信した直樹は面倒くさそうに翔を睨んだ後、溜息を吐く。
「……お守りだ」
「お守り?」
「ああ。転移術式が組み込んである影の腕輪だ。あいつは変なことに巻き込まれ――いや首を突っ込む。だから、いつでも家に帰れるようにな」
「ふぅん」
翔は意味ありげに頷く。それに同調するように、地図に文字を書き込みまくっていた大輔がからかうように尋ねる。
「迎えに行くの?」
「……行かねぇよ」
「なんだ。つまんない。『お前がどんなに離れた場所に連れ去られようと、俺が必ず見つけてやる』とか言ってたら面白かったのに」
「だったら、『お前の帰るべき場所は、俺の腕の中さ』じゃないか?」
「それもいいね」
大輔と翔がカラカラと笑って直樹をからかう。
直樹がフルフルと震える。
「いいぜ。どうやらお前らは火車に乗りた――」
そしてブチリと何かが切れる音を響かせた瞬間、
「……時間か」
スマホが強烈な音を立てて震えた。
「じゃあ、僕は家に帰るよ」
「そうか。和也さんたちによろしくと伝えといてくれ」
「分かった。日時は三週目の土曜日でいいんだよね」
「ああ。問題ない。詳しい時間は後だな」
「そうだね」
そう頷いた大輔は懐からとりだした転門鍵を虚空に挿し、捻る。転移門を作り出し、じゃあね、と言いながら消えた。自宅に帰ったのだ。
「じゃあ晩飯だな」
「そうだな。……エクスィナ、それは後だ。まぁそのまま晩飯抜きで書き続けたいなら止めないが。いいや、しろ」
「ぬぅ~~んっ! 主様酷いぞちっ!」
もう地図の意味をなさないほど文字を書き込んでいたエクスィナは、恍惚とした表情で唸り声を上げる。
それを楽しんだ翔は、エクスィナに命令した時にゲスい表情と打って変わり王子様の如くエクスィナをお姫様抱っこする。
「ムチとアメ。す、素晴らしいぞちぃ~~っ」
エクスィナがうっとりとした様子で翔の首に腕を絡ませる。
「……はぁ、癒されたい」
そんな様子を背後に感じていた直樹は、さっさとこいつら追い出さないと俺の精神が死ぬな、と感じ、再度決意を固めるのだった。
修学旅行の次の週、アルビオンへ転移することを。
Φ
「いってきます」
「いって参ります」
体育祭も終わった翌週。秋がようやく感じ始めた頃、制服姿の大輔と冥土はそう言って家を出た。エレベーターを使い、エントランスからマンションに出る。
そしてそこには、
「おはよう、大輔」
「おはようです、ダイスケさん」
「おはようございます、杏様、ウィオリナ様」
制服姿の杏とウィオリナがいた。
そう、ウィオリナもいたのだ。制服姿で。
「……どうしてここにいるの? っというかさ、ウィオリナ。その制服、何?」
大輔は頭痛が痛いと言わんばかりにグリグリと眉間を押さえる。冥土は普通の女子高生のように杏たちに混ざる。
「何ってダイスケさんと同じ高校に通うんです」
「……いや、見ればわかるよ。うん。で、なんでこっちにいるの?」
「いちゃダメです?」
「いや、そういうわけではないんだけどさ」
純粋な赤錆色の瞳に見つめられ、大輔は溜息を吐く。そのままトボトボと歩き出す。
杏と冥土が何やら話し込んでいるが、それは気にしない。嫌な予感がするが、それよりも先にこっちを対処しなければ。
大輔がそう思ったとき、ウィオリナが大輔の横に並ぶ。
「ダイスケさんのご存じの通り、ティーガン様はこちらに住むことになったです」
「それについては本当に感謝してるよ。ティーガンさんのお陰で、魔力にも目途が立ったからね」
「いえ、約束を果たしたまでです。それでですね、母様にティーガン様やダイスケさんたちのお手伝いも兼ねて、日本で学生生活をしたらどうかと提案されたんです。朝焼けの灰は自分に任せてと」
「そうな――ん? 母様?」
ようやく理由を話し始めたか、と頷いた大輔は、うん? と首を傾げる。それから、眼鏡をクイッとして心を平静に保って確かめる。
「その、お母さん、生きてたの?」
「生きてるです! 勝手に死んだことにしないでくださいですっ!」
「いや、ごめん。けど、デジールとのやり取りで、さ」
ぷんすかっと頬を膨らませたウィオリナは、大輔の言葉に納得がいく。
「母様は確かに一度、死んだんです。私の目の前で。まぁティーガン様に言わせれば、器を一度なくしただけらしいですが」
「……なるほど。ティーガンさんが蘇生させたのか」
「はいです。ただ、母様は状況が状況だったため、数年間目を覚まさず、それに肉体が馴染んでいないせいで今も歩くこともできないんです」
悲観することなく、ただただ事実を述べるようなウィオリナの表情に、大輔は心の中で溜息を吐く。
(……ウィオリナ自体に世話になるわけではないけど、ティーガンさんと浅からぬ仲。個人的にも仲が悪いわけじゃないしな)
大輔はそう打算めいた考えをして、
「治すよ」
ウィオリナに提案する。既に話し込むのをやめていた杏と冥土は、二人のやり取りを静かに見守る。
そんな様子を感じつつ、ウィオリナは首を振った。
「いえ。大丈夫です」
「……いいの?」
「はいです。わたしもですが、母様も断るようにと。努力次第で歩けるようになりますし、ならば頼る必要はないと。それに既に対価が支払えないほど頼りすぎたのもあります」
「楽だけど?」
「楽だからといって、対価も払わずにするのはウィ家の信念に反するんです。というか、厚顔無恥すぎです」
「……でも君たち血闘封術師は対価も払ってもらうことなく命を賭けるよね。信念とも言っていたし」
「それはそれ。これはこれ、です」
ウィオリナのジェスチャーに合わせて茶髪のサイドテールがフワリと揺れる。ふすんっとウィオリナが大輔を見つめる。
大輔は今日何度目か分からない溜息を吐く。
「僕はいつでも構わないから」
「ありがとうです」
ウィオリナは大輔に頭を下げた。
大輔は少しだけ厄介だな……と感じつつ、話題を転換する。
「いつの間に日本語勉強したの? 厚顔無恥なんて言葉、一朝一夕が出てこないと思うんだけど」
「ああ、それはアタシも気になっていたんだ」
駅に近づいたのか人の数が増え、大輔たちは注目を集める。
金髪碧眼のベリーショート麗人に、人外の如き美女、茶髪赤錆瞳の白人美少女。そして中央にいるさえない丸眼鏡。
凄い視線が突き刺さるが、大輔は気にしない。杏たちも全くもって意に返さない。それどころか、ウィオリナは大輔に爛漫に笑いかけながら質問に答える。
「ああ、それはですね。血から学んだんです」
「なにそのパワーワード」
大輔は思わずツッコむ。ウィオリナは首を傾げる。杏もだ。
「パワーワードです?」
「強烈な言葉って感じ」
「ああ、なるほどです」
ウィオリナは納得いったように頷く。杏も頷き、スマホを取り出してポチポチとメモを取っていく。
「それで、血から学ぶってどういうこと?」
「ええっと、母国語は血に宿るんです」
「な――うん」
大輔はツッコみたい欲を押さえて、頷く。眼鏡に少しだけ罅が入る。
「なので、その血を読み取るんです」
「血術で?」
「はいです。<血識>と言うんです」
杏がなるほどな、と頷きながら、改札を通る。冥土が「本当に血に母国語が宿るのでしたら、日本人の血を体に入れれば日本語が母国語になるのですか」と恐ろしいことを呟いているが無視する。
「そう聞くと、血術っていうのは便利なんだね。吸血鬼の名を読み取ったのもそれでしょ?」
「はいです。別に吸血鬼に限らず、自身に名を定義している生物であれば、血から査べる事ができるんです」
「……ふむ。じゃあ、吸血鬼と人間以外なら例えばどうなのだ?」
杏が尋ねる。ホームで電車が来るのを待つ。
「例えば……あ、あの子も名前があるです」
ウィオリナが架線の近くを飛んでいた鳥を指さす。赤錆色の瞳を一瞬だけ、血色に輝かせる。
杏が眉をひそめる。
「……鳩がか?」
「はいです。あの子の名前はRuepockerって感じです」
「……ごめん、もう一度いい?」
電車が来た。そのせいで名前の部分が聞き取れなかった。
……そのはず。
大輔は謝りながら尋ねる。ウィオリナは全員が電車の中に乗った後、大丈夫ですと微笑みながらもう一度名前を述べる。
「Ruepockerです」
「りゅーぽーかー?」
「違います。Ruepocker、です。こうeとpの発音を意識してもらうと……」
「……発音的に英語なの?」
「いえ、違うです。なんというですか、音そのものです」
杏が何度か口にしようとして口を噛む。冥土も自分で発声する事ができず、結局ウィオリナの言葉を録音したのを再生していた。
つまり、どう考えても一般人では発声できない名前らしい。
すると、少しだけ疑問が出てくる。
「ねぇ、吸血鬼の名って僕が発音できるものなの?」
「どうなんでしょうか。私は昔吸血鬼古語というものを習ったので、問題なく発音できているんですけど……。詳しくはティーガン様に聞かないと分かりません」
「なるほど……」
大輔は頷きながら、
(たぶんだけど、その吸血鬼古語って発声機能そのものを変成させるような訓練の気がするんだよね。……ミュールさんと、慎太郎なら可能かな? 灯さんもなくはない感じ? まぁ明日にでもティーガンさんに尋ねればいい――)
と思考していたのだが、ウィオリナの疑問がそれを打ち破った。
「ところで、ダイスケさんって結婚しているんです?」
「……ぅん!?」
大輔はその言葉に目を剥き、丸眼鏡にさらに亀裂が入った。
そして冥土と雑談していた杏は裁定官の如き冷徹な瞳で大輔を見つめ、また尋ねたウィオリナも気の抜けた笑顔なのに、瞳だけは鋭かった。
冥土は心なしか楽しむように笑っていた。
======================================公開可能情報
<血識>:血術の一種。ほとんどの血闘封術師はこれが使える。というか、最初にこれを教えられる。
血からその個の名前や言葉、性別や年齢、その他諸々を査べることができる。ウィオリナほどになると、遺伝子的なつながりはもちろん、魂魄的なつながりも査べることができる。
<血識>は前章では流れの関係で説明を省きましたが、表現としては入れていたりします。また、ティーガンの場合は<血識>を使うまでもなく吸血鬼の名を識ることができたりします。
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