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fragment 4 秋春の章(5)

ー/ー



『誰に似たのかしらね』

 母さんのあの言葉が、目が、昨日からずっと頭から離れてくれなかった。予想以上に俺はショックを受けているらしい。
 愛せないと母さんの口から聞いたあの時から――あの時の言葉を理解した日から、判っていたはずなのに。

「何か期待でもしてたのかよ、俺は」

 雑草が生え広がった地べたに座りながら、足元に転がる小石を蹴り上げる。視線の先の木へ当てる気でいたのだが、小石はあらぬ方向へ外れていってしまった。

 まるで今の自分だなと苦笑。

「あーあ」

 なんか、色々とどうでもよくなってきたな。
 このまま死んでも特に文句ねぇわ。俺が死んだところで誰かが悲しむ事も、何か被害を受ける事もないだろ。

 ホント、なんで生きているのか……なんてありきたりだけど考えてしまう。

 ああ、けど、

 そこで一人の顔が浮かんだ。

 赤坂結愛。

 結愛姉ちゃんだけは、俺が死ぬとか言ったら本気で怒ってきそうだ。
 最近は学校以外だとよく遊びに行ったりするし、そんなやつにいきなり死なれたら目覚めも悪いだろう。
 それに、アタック……というか、俺の自意識過剰なのかも知れないが、やたら俺の気を引こうとしてる……というか、そんな感じする……しな。

「結愛姉ちゃん、今どこいんのかな……」
「何?アキ君?」
「うぉうっ!?」

 俺の言葉に答えるような声が背後から聞こえた。
 反射的に立ち上がって振り向くと、そこには体操服姿の美人が中腰で立っていた。
 均整のとれた小さな顔に、流れるようなサラサラの黒髪。彼女が、俺が思いを馳せていた赤坂結愛である。
 ビビった……、驚き過ぎて心臓がバクバク鳴ってる。

「お、おう……結愛……ちゃん」

 引き攣った作り笑顔で片手を上げる。
 外で〝姉ちゃん〟をつけるところだったのは(すんで)で堪えた。さすがにこの歳で「結愛姉ちゃん」呼びは恥ずかしい。
 しかし結愛姉ちゃんはそれが不満だったのか頬を膨らませた。

「む、〝結愛姉ちゃん〟でいいのに」
「カンベンしてくれ」

 俺は力無く笑って、自然と下がっていた顔を上げた。
 視界に入ったのは中学校の校舎の壁。そして所々に生えた草木。辺りにはやかましく鳴き喚く蝉共の声が行き渡っていた。
 ここは中学校の校舎裏。敷地外の住宅街に道路を挟んで接する場所だ。
 一見すると結構開けているので目立つ場所に見えるが、開けているのは道路の側だけ。
 通行人には見られるが学校関係者には見つかりにくいという割と溜まり場に適している所なのだ。
 ゲームとか煙草とかやってたら即刻住民にクレームされるだろうから羽柴とか辻堂は来ないが、こうやって授業をサボって何もせずに座っている分にはギリギリ問題ない。

 というわけで、俺は四時間目の授業をサボってここで無意味な時間を過ごしていたのだ。確か今は合同体育とかで、クラスの連中は三年のどこかのクラスとバスケをしてる。
 そしてここに体操着姿の結愛姉ちゃんがいるという事は、彼女のクラスと試合をしているんだろう。

 しかし、なんというか……。

「…………………………………」

 結愛姉ちゃんの体操着姿、間近で見るの初めてだけど、破壊力(たけ)ぇな。
 半袖から覗く健康的で白い肌は言うに及ばず。今日は長くて綺麗な髪をポニーテールに結わえていて、普段見ないその姿がまた結愛姉ちゃんの魅力を引き立てているように感じる。
 やっぱり芸能人顔負けだ。クラスの男子の八割方はあわよくばとか思って狙ってる。絶対。

「……じっと見て、どうしたの?」
「い、いや、なんでも」
「もしかしてどこかに虫とか付いてる?」

 結愛姉ちゃんはおっとりと言いながら、首や身体を捻って自分の背中や脚を見たりする。
 そうやって動く度に女子特有の身体のラインが強調されて目のやり場に困った。
 なんつーか、もっと警戒?注意?そういうものをして欲しい。他の男子にもこういう無防備な姿を見せてるんじゃないかと気が気じゃない。
 とにかく虫なんて付いてないと言って聞かせ、その行為を止めさせた。

「で、どうしたんだよこんな所で」

 フェンスに背中を預け、訊く。

「アキ君のクラスと合同体育だって言うからちょっと楽しみだったのに肝心のアキ君が見当たらないんだもの。だから探しに来たの」
「あー、そう」

 さっきから少し膨れた様子の結愛姉ちゃん。
 俺は頭を掻いて視線を逸らした。

「さて、アキ君はこんな所で何をしてたのかしら」
「……サボり」
「隠そうともしないなんていい度胸ね」

 冗談めかして俺の隣にやってきて、頬を人差し指でぐりぐり押してきた。

「授業はサボらないでちゃんと受けようねっていつも言ってるでしょぉ〜」

 ジト目でぐりぐり。

「……まあ」
「なのになんでサボってるのかしら〜?」

 ぐりぐり。

「ごべんなはい」
「……もう、体操着は着てるんだから参加すればいいのに」

 結愛姉ちゃんは「しょうがないわね」といった具合に息を吐いて、ぐりぐりするのを止めた。
 そして、俯く俺の顔を控えめに覗いて、

「悩み事?」
「は?」
「そういう顔してる」
「え、そんな顔に出てんの俺?」

 思わず頬を軽く(つね)ってこねる。

「ううん。そうでもないと思うけれど、私は幼馴染だから分かるの」
「あー……そう?」
「そうなの」

 そう言いつつ、何も聞いてこないのは、俺に気を使っているんだろう。
 俺のについては既に結愛姉ちゃんに伝わっている。……というか以前に話した。
 恐らくそれについてだと察しがついてるんだ。何があったのかなんて聞くのは野暮だと、俺から話してくるのを待っている。
 けど俺は結愛姉ちゃんに要らぬ心配をかけるのが嫌だった。
 好きだから。暗い気持ちにさせたくないから。
 だから俺は、話を別の方へ持っていった。

「あんま一緒に居ると変な噂立つぞ」
「え?」
「クソみたいな連中が騒ぎ立てる」

 俺の言葉に結愛姉ちゃんは軽く笑った。

「なにそれ、どんなの?」
「それは……ほら、なんか、あるだろ。男子と女子が一緒にいたら、さ」

 気恥ずかしくて言葉がしどろもどろになる。

「カップルと間違われるってこと?」
「……うん」
「えー、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねーって」
「平気だよ」
「いや、こんなのと付き合ってるなんて噂が流れたら、せっかくの人気が落ち……」


「そんな事言わないで」

 強い声。
 今までそう聞いたことの無い結愛姉ちゃんの声色に、驚くと共に戸惑った。
 だけど結愛姉ちゃんは次の瞬間にはいつものおっとりした様子に戻っていて、

「私は別に、変な噂立ったって構わないよ?」
「いや、駄目だろ」
「駄目じゃない。だって、アキ君が喧嘩をいっぱいするようになったきっかけは私だもの」

 それは、俺が中一になって間もない頃のあの時の出来事の話を言っているのだろう。
 結愛姉ちゃんが繁華街でしつこく男(学ラン着てたから中三ぐらいのやつだと思う)に絡まれていたのを俺が偶然発見し、突っ込んでいって最終的に殴り合いになった事件だ。
 確かにあの時からストレスの()け口を喧嘩に求めるようになった。
 だが、結果的にそうなっただけで、いずれこうなっていたと自分で思う。
 それを以前言っても結愛姉ちゃんは納得しなかったからもう何も言わないけど。

「だから、責任を取ってアキ君を一生養っていく気満々なんだから」
「……………………」

 と、思っていたら急に恥ずかしい事をさらりと言ってのけたので本当に何も言えなくなった。
 何も反応が来ないのを不審に思ったのか、結愛姉ちゃんが慌て始める。

「あ、あれ?そこはもっと「バカ」とか言って笑ってくれるところだとお、思うのだけれどっ!?」

 体操着の袖の部分をグイグイと引っ張って、反応の無い俺に「ねぇ!ねぇ!」と抗議する結愛姉ちゃん。
 頬を仄かに赤らめて恥ずかしがっている。珍しい反応だ。かわいいな。

「本気にしちゃったわー」
「えっ!?そそそそうなの!?……どうしよう、これはもう本当に責任取るしかないのかしら……!」

 下らなくて、こっ恥ずかしいじゃれ合い。
 だけど、今の俺にはそれが凄く心地よかった。





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 母さんのあの言葉が、目が、昨日からずっと頭から離れてくれなかった。予想以上に俺はショックを受けているらしい。
 愛せないと母さんの口から聞いたあの時から――あの時の言葉を理解した日から、判っていたはずなのに。
「何か期待でもしてたのかよ、俺は」
 雑草が生え広がった地べたに座りながら、足元に転がる小石を蹴り上げる。視線の先の木へ当てる気でいたのだが、小石はあらぬ方向へ外れていってしまった。
 まるで今の自分だなと苦笑。
「あーあ」
 なんか、色々とどうでもよくなってきたな。
 このまま死んでも特に文句ねぇわ。俺が死んだところで誰かが悲しむ事も、何か被害を受ける事もないだろ。
 ホント、なんで生きているのか……なんてありきたりだけど考えてしまう。
 ああ、けど、
 そこで一人の顔が浮かんだ。
 赤坂結愛。
 結愛姉ちゃんだけは、俺が死ぬとか言ったら本気で怒ってきそうだ。
 最近は学校以外だとよく遊びに行ったりするし、そんなやつにいきなり死なれたら目覚めも悪いだろう。
 それに、アタック……というか、俺の自意識過剰なのかも知れないが、やたら俺の気を引こうとしてる……というか、そんな感じする……しな。
「結愛姉ちゃん、今どこいんのかな……」
「何?アキ君?」
「うぉうっ!?」
 俺の言葉に答えるような声が背後から聞こえた。
 反射的に立ち上がって振り向くと、そこには体操服姿の美人が中腰で立っていた。
 均整のとれた小さな顔に、流れるようなサラサラの黒髪。彼女が、俺が思いを馳せていた赤坂結愛である。
 ビビった……、驚き過ぎて心臓がバクバク鳴ってる。
「お、おう……結愛……ちゃん」
 引き攣った作り笑顔で片手を上げる。
 外で〝姉ちゃん〟をつけるところだったのは既《すんで》で堪えた。さすがにこの歳で「結愛姉ちゃん」呼びは恥ずかしい。
 しかし結愛姉ちゃんはそれが不満だったのか頬を膨らませた。
「む、〝結愛姉ちゃん〟でいいのに」
「カンベンしてくれ」
 俺は力無く笑って、自然と下がっていた顔を上げた。
 視界に入ったのは中学校の校舎の壁。そして所々に生えた草木。辺りにはやかましく鳴き喚く蝉共の声が行き渡っていた。
 ここは中学校の校舎裏。敷地外の住宅街に道路を挟んで接する場所だ。
 一見すると結構開けているので目立つ場所に見えるが、開けているのは道路の側だけ。
 通行人には見られるが学校関係者には見つかりにくいという割と溜まり場に適している所なのだ。
 ゲームとか煙草とかやってたら即刻住民にクレームされるだろうから羽柴とか辻堂は来ないが、こうやって授業をサボって何もせずに座っている分にはギリギリ問題ない。
 というわけで、俺は四時間目の授業をサボってここで無意味な時間を過ごしていたのだ。確か今は合同体育とかで、クラスの連中は三年のどこかのクラスとバスケをしてる。
 そしてここに体操着姿の結愛姉ちゃんがいるという事は、彼女のクラスと試合をしているんだろう。
 しかし、なんというか……。
「…………………………………」
 結愛姉ちゃんの体操着姿、間近で見るの初めてだけど、破壊力|高《たけ》ぇな。
 半袖から覗く健康的で白い肌は言うに及ばず。今日は長くて綺麗な髪をポニーテールに結わえていて、普段見ないその姿がまた結愛姉ちゃんの魅力を引き立てているように感じる。
 やっぱり芸能人顔負けだ。クラスの男子の八割方はあわよくばとか思って狙ってる。絶対。
「……じっと見て、どうしたの?」
「い、いや、なんでも」
「もしかしてどこかに虫とか付いてる?」
 結愛姉ちゃんはおっとりと言いながら、首や身体を捻って自分の背中や脚を見たりする。
 そうやって動く度に女子特有の身体のラインが強調されて目のやり場に困った。
 なんつーか、もっと警戒?注意?そういうものをして欲しい。他の男子にもこういう無防備な姿を見せてるんじゃないかと気が気じゃない。
 とにかく虫なんて付いてないと言って聞かせ、その行為を止めさせた。
「で、どうしたんだよこんな所で」
 フェンスに背中を預け、訊く。
「アキ君のクラスと合同体育だって言うからちょっと楽しみだったのに肝心のアキ君が見当たらないんだもの。だから探しに来たの」
「あー、そう」
 さっきから少し膨れた様子の結愛姉ちゃん。
 俺は頭を掻いて視線を逸らした。
「さて、アキ君はこんな所で何をしてたのかしら」
「……サボり」
「隠そうともしないなんていい度胸ね」
 冗談めかして俺の隣にやってきて、頬を人差し指でぐりぐり押してきた。
「授業はサボらないでちゃんと受けようねっていつも言ってるでしょぉ〜」
 ジト目でぐりぐり。
「……まあ」
「なのになんでサボってるのかしら〜?」
 ぐりぐり。
「ごべんなはい」
「……もう、体操着は着てるんだから参加すればいいのに」
 結愛姉ちゃんは「しょうがないわね」といった具合に息を吐いて、ぐりぐりするのを止めた。
 そして、俯く俺の顔を控えめに覗いて、
「悩み事?」
「は?」
「そういう顔してる」
「え、そんな顔に出てんの俺?」
 思わず頬を軽く抓《つね》ってこねる。
「ううん。そうでもないと思うけれど、私は幼馴染だから分かるの」
「あー……そう?」
「そうなの」
 そう言いつつ、何も聞いてこないのは、俺に気を使っているんだろう。
 俺の《《家庭の事情》》については既に結愛姉ちゃんに伝わっている。……というか以前に話した。
 恐らくそれについてだと察しがついてるんだ。何があったのかなんて聞くのは野暮だと、俺から話してくるのを待っている。
 けど俺は結愛姉ちゃんに要らぬ心配をかけるのが嫌だった。
 好きだから。暗い気持ちにさせたくないから。
 だから俺は、話を別の方へ持っていった。
「あんま一緒に居ると変な噂立つぞ」
「え?」
「クソみたいな連中が騒ぎ立てる」
 俺の言葉に結愛姉ちゃんは軽く笑った。
「なにそれ、どんなの?」
「それは……ほら、なんか、あるだろ。男子と女子が一緒にいたら、さ」
 気恥ずかしくて言葉がしどろもどろになる。
「カップルと間違われるってこと?」
「……うん」
「えー、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねーって」
「平気だよ」
「いや、こんなのと付き合ってるなんて噂が流れたら、せっかくの人気が落ち……」
「そんな事言わないで」
 強い声。
 今までそう聞いたことの無い結愛姉ちゃんの声色に、驚くと共に戸惑った。
 だけど結愛姉ちゃんは次の瞬間にはいつものおっとりした様子に戻っていて、
「私は別に、変な噂立ったって構わないよ?」
「いや、駄目だろ」
「駄目じゃない。だって、アキ君が喧嘩をいっぱいするようになったきっかけは私だもの」
 それは、俺が中一になって間もない頃のあの時の出来事の話を言っているのだろう。
 結愛姉ちゃんが繁華街でしつこく男(学ラン着てたから中三ぐらいのやつだと思う)に絡まれていたのを俺が偶然発見し、突っ込んでいって最終的に殴り合いになった事件だ。
 確かにあの時からストレスの捌《は》け口を喧嘩に求めるようになった。
 だが、結果的にそうなっただけで、いずれこうなっていたと自分で思う。
 それを以前言っても結愛姉ちゃんは納得しなかったからもう何も言わないけど。
「だから、責任を取ってアキ君を一生養っていく気満々なんだから」
「……………………」
 と、思っていたら急に恥ずかしい事をさらりと言ってのけたので本当に何も言えなくなった。
 何も反応が来ないのを不審に思ったのか、結愛姉ちゃんが慌て始める。
「あ、あれ?そこはもっと「バカ」とか言って笑ってくれるところだとお、思うのだけれどっ!?」
 体操着の袖の部分をグイグイと引っ張って、反応の無い俺に「ねぇ!ねぇ!」と抗議する結愛姉ちゃん。
 頬を仄かに赤らめて恥ずかしがっている。珍しい反応だ。かわいいな。
「本気にしちゃったわー」
「えっ!?そそそそうなの!?……どうしよう、これはもう本当に責任取るしかないのかしら……!」
 下らなくて、こっ恥ずかしいじゃれ合い。
 だけど、今の俺にはそれが凄く心地よかった。