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第十一話 サキーヌ様

ー/ー



 大学の帰りに真っ先に咲季の所に向かった。
 いつも通り、ちょっとした顔見知りになった看護師さんと医師さんに会釈しつつ階段を上って病室のドアを開けた。
「おー!お兄ちゃん!」と満面の笑みで迎えてくる咲季に軽く声を上げて応えベッドの横の壁に立てかけられたパイプ椅子を組んで座る。
 反応が少し素っ気ない事に咲季は首を傾げつつも、嬉しそうにベッドから端座位になって俺の両手を握る。そのまま自由気ままに振ったりさわさわと腕を触るなど、スキンシップを取って遊び出した。
 しかし俺の心は氷のように冷えきっていた。
 そう。俺はイチャイチャしに来たのではない。文句を言いに来たのだ。

「咲季」
「あ、お兄ちゃんゲームどうだった!?」

 早速本題に入ろうとすると、咲季の方から話題を振ってくれた。助かる。余計な手間が省けた。
 俺は咲季の両手を軽く振り払い、

「端的に言いましょう」
「はい」

 目を輝かせて俺の答えを待つ。

「クソ」
「………はい?」
「クソだ。うんこ。クソゲー」

 そんな咲季に俺は忌憚無く言い切ってやった。

「な…?!」

 大袈裟に仰け反って狼狽えるアホの子。
 逆になぜ驚くのか謎だ。

「これお前が作ったろ。専用のソフトとか使って」

 問うと、首を縦に振る。
 枕側の壁にある棚の上にノートパソコンがあるから、それで作ったのだろう。多分父さんにでもお下がりを譲って貰ったんだと思う。

「まあ、形にはなってたよ。そこは凄いと思う」
「そお?そお?えへ、へへへへ」

「照れますねぇー」なんて嬉しそうに身体をクネクネ。

「でもね、やってて凄いイライラしたんですよ。癒されるどころか殺意が芽生えたんですよ」
「そんな事言ってぇ〜、本当は素直に褒めらんないだけなんでしょ?このツンデレ!」

 うざったいテンションで俺の額を人差し指で軽くつついてくる咲季。
 思わず胸ぐらを掴んでやりたくなる衝動を抑えてスルーし、ポケットからスマホを取り出して咲季自作のゲーム『セーブ・ジ・イモウト』を起動。
 テンプレなRPGのタイトル画面が現れ、[つづきから]を選択する。

「まず腹立ったのは最初の街の住人の会話な」

 咲季が見やすいように隣に腰掛け、あらかじめセーブしておいたデータを呼び出す。
 するとアホの子は後ろから抱きつくようにして密着し、肩に頭を乗せてきた。背中に当たる弾力性のある圧迫感に気を散らされつつ、ドット絵の主人公を動かして最初の街の住人達に声をかけていく。


『サキーヌ様はとても美しい。まるであの髪は天使が施した金糸のようだよ』

『わたし、サキーヌさまのようなうつくしくてかれんなじょせいになりたい!』

『サキーヌ様は美しいだけじゃなく、その内面も美しいの!まるでエメラルドグリーンの水面に散りばめられた宝石を眺めているようだわ!』


 俺はすぐそばにある小さな顔を見遣って、なるべく感情を込めずに言った。

「これを見てどう思いますか?」
「しまった。顔の造形の美しさについてもっと言及させるべきだったよマイハニー…」
「……サキーヌってお前の事だろ」
「ふ、〝美しい〟でバレちゃったかな…」
「やかましい」
「っだ」

 軽く頭突きしてやった。
 名前がまんまだろうが。

「それで……これがなんなの?」
「いや、単純に作ったやつのアホさが透けて見えてムカついた」
「ひどい」

 フラットな声で言って、つむじを頬に押し付けてくる。
 犬のマーキングみたいだなと思いつつ、

「まあ、これだけならまだよかったよ。他にも色々癪に障る会話とかあったけど、一番の問題は戦闘パートだ」
「何か問題あったっけ?」
「問題しかねぇよ…」

 頬と頬をくっつけては離し、くっつけては離しを繰り返して甘えてくる咲季を横目で睨む。
 そしてゲームへと視線を移し、メニュー画面を開いてロードを選択。するとおどろおどろしいBGMと共に画面に怪しげな城のドットと勇者の数歩先にいる魔王のドットが表示された。

「お、魔王城じゃん。お兄ちゃんもうラスボスまで行ったんだ?」
「相当頑張ったけどな」

 皮肉で言って、数歩先に立っている魔王へ突っ込んだ。
 妹を半分やるなどと猟奇的な発言をする魔王のセリフを流して、バトル開始。


《魔王があらわれた!》

[たたかう]

《アキハールのこうげき!魔王に152ダメージ!》
《アントニオのこうげき!魔王に200ダメージ!》
《カズチカのこうげき!魔王に179ダメージ!》

 デレレン!

《魔王の『燃える吐息』!アキハールに300ダメージ!アントニオに344ダメージ!カズチカに190ダメージ!》


 まず最初の攻防は順調。ここまでは全く問題は無い。

「さすがお兄ちゃん。すばやさは全員魔王より上とは抜かりないですなー」
「まあな」

 言いつつ、もう一回同じコマンド。

 さっきとほとんど変わらない結果となる。これも問題無い。

「……んー、もしかしてあれ?魔王が全体攻撃しか使って来ないって事?まーちょっと強すぎかなって思ったけど…頑張ればクリアできる強さだよ?カズチカをもっと強化するか…」
「ちげーよ。それじゃなくて、たたかうを選ぶと一定確率で出る……」


[たたかう]

 デレレレン!


《アキハールはサキーヌのブラジャーをしゃぶっている!》


「こ、れ、だ、よ!!!!!」


 溢れ出た苛立ちに任せてスマホを音が鳴るほど叩いた。
 咲季は俺から離れて恥ずかしげに口元を手で隠し、

「あらやだ、お色気シーンの話?」
「どこがお色気だ!敵前で何やってんだこいつ!攻撃させろ!」
「アキハールだって衝動が抑えきれなくなる時があるのよ。ほら、ドラクエで遊び人がふざけ始めて戦ってくれない時あるでしょ?」
「勇者にいらねぇよその性質!ていうかそっちの方はまだ愛嬌あるわ!衝動的に妹の下着しゃぶる勇者ってなんだよキモさしかねえっつの!それに…」

《アントニオのこうげき!アキハールに239ダメージ!》
《カズチカのこうげき!アキハールに199ダメージ!》
《魔王のこうげき!アキハールに280ダメージ!》

「ブラジャーしゃぶり始めたら敵味方から袋叩きにあうんだけど!?」
「そりゃ、必死に戦ってる横でブラジャーしゃぶってるバカがいたら腹立つじゃん」
「じゃあ最初からそんなシステム組み込むなっ!このせいで何回死んだと思ってんだ!」

 しかも魔王もこの時に限ってアキハールだけ殴ってくるし。
 もうわけ分からん。

「むふふ」
「何笑ってんだよ」
「…えへ、そんな事言ってるけど、お兄ちゃんなんだかんだ魔王戦までやってくれてるし、やっぱツンデレだなって?」

 ピタリと肩を寄せて来る。

「あ?」
「なんでもないです」

 本気で睨んだら一瞬で離れた。

 こんなクソゲーで俺の勉強時間を削りやがって。単位落としたらどうしてくれる。
 勉強がひと段落するまでは咲季の所に行くまいと考えていたのに、これの文句を言うためについつい病室に来てしまっただろうが。

「……てかさー、お兄ちゃん」
「ん?」

 離れたのにまた、今度はベッドに這って腰にしがみつくように抱きついてくる。
 というか、今日はやたらとくっついてくるなこいつ。

「………なんだよ」
「ちゅーしていい?」
「よくない」

 服越しに腹を齧られた。

「っ、おま、汚ねーな…」
「汚くないですー。JKの唾液の需要を知らないのかねキミは」
「知らん。知りたくもない」
「じゃあ今ここで分からせてやるっ」

 舌を高速で左右に振り始めた。キモっ。
 本能的に恐怖を感じて手で制する。

「ちょっと待て。分かった。分かったから待て」
「何がどう分かったと言うのだ。訳知り顔で唾液の何たるかを騙るな若造」
「お前誰だよ」
「ルロイ修道士」

 ルロイ修道士はそんな事言わない。

「さっきからなんだよ、ボロくそ言われた腹いせか?」
「違うし」

 拗ねたような様子の咲季に、俺は呆れ混じりのため息をついた。
 次いで、スマホを目の前のパイプ椅子に置き、背後に張り付いた咲季を一旦引っ剥がす。
 名残惜しそうにしている咲季へ、

「ほら、隣こい」

 俺の横に空いたベッドのスペースを指さした。

「え?な、なに?」

 怪訝そうにして身構えられる。
 いきなりだったので当然の反応だとは思うが、勢いは大事だ。気恥ずかしくなる前にやってしまおうと思う。

「いいから」

 有無を言わせないように強い口調で、右隣のスペースを叩く。
 頭に疑問符を浮かべた咲季はおずおずと言った様子で俺の隣に。

 その肩を引き寄せるように抱いた。

「ひぇ……っ!?」
「……明日からは、ちゃんと会いに来る」
「えっ、えっ?」

 顔をみるみる内に真っ赤に上気させてあたふた。

「寂しかったんだろ?」

 恥ずかしい気持ちを隠すため、わざとからかうように笑った。

 こいつがやたらとくっついてくるのは多分、そういう事だ。
 会えなかった分の寂しさを埋めるための代償行為。
 ここまであからさまなら俺にだって分かる。
 試験勉強と車の運転免許の試験も同時にやっていたから、なるべく集中したくてここに二日間行かなかったが、咲季にとってその二日は大きかったらしい。今までも一日くらいなら行かない事もあったが連続二日となるとほとんど無かったと記憶している。
 辻堂が現れた次の日はさすがに顔を出したが、病室に行く前にばったり会った櫻井さんに雑談程度に試験が近いという話をしたら「辻堂君って子は私が目を光らせとくからデートに備えなさい」とキツく言われてしまったので、そのまま咲季に会わずにUターンしたのだ。

 だから、今日くらいはこうやってバカップルみたいに引っ付いてもいいかと、そう思えた。

「…ずるい」
「何が」
「急に察しが良くなってずるい。不意打ち。脳みそ溶けそう。もっとして」
「はいはい」

 そのまましばらくくっついて過ごす。
 しっとりとして、落ち着いた空気。
 俺の肩に頭を預けて犬みたいな甘え声を上げる咲季に苦笑しつつ、思考が切り替わっていく。

 この前から色々あって保留になってる過去の話。そして父さんと母さんの話。
 今のタイミングなら言えそうな気がした。

 そばにある咲季の顔を見る。さらさらの長髪が瞼のあたりまで流れていて、時折鬱陶しそうに前髪を片手で分けている。
 穏やかな顔。
 俯きがちの視線。
 オレンジになりかけの光が窓から差し込んで、頬を照らす。
 素直に、綺麗だと思った。
 こりゃあモテるのも分かるわと心の中で賛辞を送り――








「ぶっふぉっっ!!!」


 突然、咲季が吹き出した。

「は?」
「――――っ!――――っ!!」

 超大爆笑だった。

「――っっっ!!変態……!へん、ぶふっ!へんたいが…っ、おる…ぅ…ふふあははははっ!!」

 完全に何かがツボったらしく、自分の膝を叩いて身体をくの字に曲げて悶えている。
 わけが分からず呆然としていると、「それっ…!それっ…っ!」とパイプ椅子の方を指さしたので視線を向ける。
 俺のスマホだった。ゲームの画面が表示されている。
 そういえば適当な画面でそのまま置いておいたなとスマホを手に持って、見た。
 これは……ステータス画面か。




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 大学の帰りに真っ先に咲季の所に向かった。
 いつも通り、ちょっとした顔見知りになった看護師さんと医師さんに会釈しつつ階段を上って病室のドアを開けた。
「おー!お兄ちゃん!」と満面の笑みで迎えてくる咲季に軽く声を上げて応えベッドの横の壁に立てかけられたパイプ椅子を組んで座る。
 反応が少し素っ気ない事に咲季は首を傾げつつも、嬉しそうにベッドから端座位になって俺の両手を握る。そのまま自由気ままに振ったりさわさわと腕を触るなど、スキンシップを取って遊び出した。
 しかし俺の心は氷のように冷えきっていた。
 そう。俺はイチャイチャしに来たのではない。文句を言いに来たのだ。
「咲季」
「あ、お兄ちゃんゲームどうだった!?」
 早速本題に入ろうとすると、咲季の方から話題を振ってくれた。助かる。余計な手間が省けた。
 俺は咲季の両手を軽く振り払い、
「端的に言いましょう」
「はい」
 目を輝かせて俺の答えを待つ。
「クソ」
「………はい?」
「クソだ。うんこ。クソゲー」
 そんな咲季に俺は忌憚無く言い切ってやった。
「な…?!」
 大袈裟に仰け反って狼狽えるアホの子。
 逆になぜ驚くのか謎だ。
「これお前が作ったろ。専用のソフトとか使って」
 問うと、首を縦に振る。
 枕側の壁にある棚の上にノートパソコンがあるから、それで作ったのだろう。多分父さんにでもお下がりを譲って貰ったんだと思う。
「まあ、形にはなってたよ。そこは凄いと思う」
「そお?そお?えへ、へへへへ」
「照れますねぇー」なんて嬉しそうに身体をクネクネ。
「でもね、やってて凄いイライラしたんですよ。癒されるどころか殺意が芽生えたんですよ」
「そんな事言ってぇ〜、本当は素直に褒めらんないだけなんでしょ?このツンデレ!」
 うざったいテンションで俺の額を人差し指で軽くつついてくる咲季。
 思わず胸ぐらを掴んでやりたくなる衝動を抑えてスルーし、ポケットからスマホを取り出して咲季自作のゲーム『セーブ・ジ・イモウト』を起動。
 テンプレなRPGのタイトル画面が現れ、[つづきから]を選択する。
「まず腹立ったのは最初の街の住人の会話な」
 咲季が見やすいように隣に腰掛け、あらかじめセーブしておいたデータを呼び出す。
 するとアホの子は後ろから抱きつくようにして密着し、肩に頭を乗せてきた。背中に当たる弾力性のある圧迫感に気を散らされつつ、ドット絵の主人公を動かして最初の街の住人達に声をかけていく。
『サキーヌ様はとても美しい。まるであの髪は天使が施した金糸のようだよ』
『わたし、サキーヌさまのようなうつくしくてかれんなじょせいになりたい!』
『サキーヌ様は美しいだけじゃなく、その内面も美しいの!まるでエメラルドグリーンの水面に散りばめられた宝石を眺めているようだわ!』
 俺はすぐそばにある小さな顔を見遣って、なるべく感情を込めずに言った。
「これを見てどう思いますか?」
「しまった。顔の造形の美しさについてもっと言及させるべきだったよマイハニー…」
「……サキーヌってお前の事だろ」
「ふ、〝美しい〟でバレちゃったかな…」
「やかましい」
「っだ」
 軽く頭突きしてやった。
 名前がまんまだろうが。
「それで……これがなんなの?」
「いや、単純に作ったやつのアホさが透けて見えてムカついた」
「ひどい」
 フラットな声で言って、つむじを頬に押し付けてくる。
 犬のマーキングみたいだなと思いつつ、
「まあ、これだけならまだよかったよ。他にも色々癪に障る会話とかあったけど、一番の問題は戦闘パートだ」
「何か問題あったっけ?」
「問題しかねぇよ…」
 頬と頬をくっつけては離し、くっつけては離しを繰り返して甘えてくる咲季を横目で睨む。
 そしてゲームへと視線を移し、メニュー画面を開いてロードを選択。するとおどろおどろしいBGMと共に画面に怪しげな城のドットと勇者の数歩先にいる魔王のドットが表示された。
「お、魔王城じゃん。お兄ちゃんもうラスボスまで行ったんだ?」
「相当頑張ったけどな」
 皮肉で言って、数歩先に立っている魔王へ突っ込んだ。
 妹を半分やるなどと猟奇的な発言をする魔王のセリフを流して、バトル開始。
《魔王があらわれた!》
[たたかう]
《アキハールのこうげき!魔王に152ダメージ!》
《アントニオのこうげき!魔王に200ダメージ!》
《カズチカのこうげき!魔王に179ダメージ!》
 デレレン!
《魔王の『燃える吐息』!アキハールに300ダメージ!アントニオに344ダメージ!カズチカに190ダメージ!》
 まず最初の攻防は順調。ここまでは全く問題は無い。
「さすがお兄ちゃん。すばやさは全員魔王より上とは抜かりないですなー」
「まあな」
 言いつつ、もう一回同じコマンド。
 さっきとほとんど変わらない結果となる。これも問題無い。
「……んー、もしかしてあれ?魔王が全体攻撃しか使って来ないって事?まーちょっと強すぎかなって思ったけど…頑張ればクリアできる強さだよ?カズチカをもっと強化するか…」
「ちげーよ。それじゃなくて、たたかうを選ぶと一定確率で出る……」
[たたかう]
 デレレレン!
《アキハールはサキーヌのブラジャーをしゃぶっている!》
「こ、れ、だ、よ!!!!!」
 溢れ出た苛立ちに任せてスマホを音が鳴るほど叩いた。
 咲季は俺から離れて恥ずかしげに口元を手で隠し、
「あらやだ、お色気シーンの話?」
「どこがお色気だ!敵前で何やってんだこいつ!攻撃させろ!」
「アキハールだって衝動が抑えきれなくなる時があるのよ。ほら、ドラクエで遊び人がふざけ始めて戦ってくれない時あるでしょ?」
「勇者にいらねぇよその性質!ていうかそっちの方はまだ愛嬌あるわ!衝動的に妹の下着しゃぶる勇者ってなんだよキモさしかねえっつの!それに…」
《アントニオのこうげき!アキハールに239ダメージ!》
《カズチカのこうげき!アキハールに199ダメージ!》
《魔王のこうげき!アキハールに280ダメージ!》
「ブラジャーしゃぶり始めたら敵味方から袋叩きにあうんだけど!?」
「そりゃ、必死に戦ってる横でブラジャーしゃぶってるバカがいたら腹立つじゃん」
「じゃあ最初からそんなシステム組み込むなっ!このせいで何回死んだと思ってんだ!」
 しかも魔王もこの時に限ってアキハールだけ殴ってくるし。
 もうわけ分からん。
「むふふ」
「何笑ってんだよ」
「…えへ、そんな事言ってるけど、お兄ちゃんなんだかんだ魔王戦までやってくれてるし、やっぱツンデレだなって?」
 ピタリと肩を寄せて来る。
「あ?」
「なんでもないです」
 本気で睨んだら一瞬で離れた。
 こんなクソゲーで俺の勉強時間を削りやがって。単位落としたらどうしてくれる。
 勉強がひと段落するまでは咲季の所に行くまいと考えていたのに、これの文句を言うためについつい病室に来てしまっただろうが。
「……てかさー、お兄ちゃん」
「ん?」
 離れたのにまた、今度はベッドに這って腰にしがみつくように抱きついてくる。
 というか、今日はやたらとくっついてくるなこいつ。
「………なんだよ」
「ちゅーしていい?」
「よくない」
 服越しに腹を齧られた。
「っ、おま、汚ねーな…」
「汚くないですー。JKの唾液の需要を知らないのかねキミは」
「知らん。知りたくもない」
「じゃあ今ここで分からせてやるっ」
 舌を高速で左右に振り始めた。キモっ。
 本能的に恐怖を感じて手で制する。
「ちょっと待て。分かった。分かったから待て」
「何がどう分かったと言うのだ。訳知り顔で唾液の何たるかを騙るな若造」
「お前誰だよ」
「ルロイ修道士」
 ルロイ修道士はそんな事言わない。
「さっきからなんだよ、ボロくそ言われた腹いせか?」
「違うし」
 拗ねたような様子の咲季に、俺は呆れ混じりのため息をついた。
 次いで、スマホを目の前のパイプ椅子に置き、背後に張り付いた咲季を一旦引っ剥がす。
 名残惜しそうにしている咲季へ、
「ほら、隣こい」
 俺の横に空いたベッドのスペースを指さした。
「え?な、なに?」
 怪訝そうにして身構えられる。
 いきなりだったので当然の反応だとは思うが、勢いは大事だ。気恥ずかしくなる前にやってしまおうと思う。
「いいから」
 有無を言わせないように強い口調で、右隣のスペースを叩く。
 頭に疑問符を浮かべた咲季はおずおずと言った様子で俺の隣に。
 その肩を引き寄せるように抱いた。
「ひぇ……っ!?」
「……明日からは、ちゃんと会いに来る」
「えっ、えっ?」
 顔をみるみる内に真っ赤に上気させてあたふた。
「寂しかったんだろ?」
 恥ずかしい気持ちを隠すため、わざとからかうように笑った。
 こいつがやたらとくっついてくるのは多分、そういう事だ。
 会えなかった分の寂しさを埋めるための代償行為。
 ここまであからさまなら俺にだって分かる。
 試験勉強と車の運転免許の試験も同時にやっていたから、なるべく集中したくてここに二日間行かなかったが、咲季にとってその二日は大きかったらしい。今までも一日くらいなら行かない事もあったが連続二日となるとほとんど無かったと記憶している。
 辻堂が現れた次の日はさすがに顔を出したが、病室に行く前にばったり会った櫻井さんに雑談程度に試験が近いという話をしたら「辻堂君って子は私が目を光らせとくからデートに備えなさい」とキツく言われてしまったので、そのまま咲季に会わずにUターンしたのだ。
 だから、今日くらいはこうやってバカップルみたいに引っ付いてもいいかと、そう思えた。
「…ずるい」
「何が」
「急に察しが良くなってずるい。不意打ち。脳みそ溶けそう。もっとして」
「はいはい」
 そのまましばらくくっついて過ごす。
 しっとりとして、落ち着いた空気。
 俺の肩に頭を預けて犬みたいな甘え声を上げる咲季に苦笑しつつ、思考が切り替わっていく。
 この前から色々あって保留になってる過去の話。そして父さんと母さんの話。
 今のタイミングなら言えそうな気がした。
 そばにある咲季の顔を見る。さらさらの長髪が瞼のあたりまで流れていて、時折鬱陶しそうに前髪を片手で分けている。
 穏やかな顔。
 俯きがちの視線。
 オレンジになりかけの光が窓から差し込んで、頬を照らす。
 素直に、綺麗だと思った。
 こりゃあモテるのも分かるわと心の中で賛辞を送り――
「ぶっふぉっっ!!!」
 突然、咲季が吹き出した。
「は?」
「――――っ!――――っ!!」
 超大爆笑だった。
「――っっっ!!変態……!へん、ぶふっ!へんたいが…っ、おる…ぅ…ふふあははははっ!!」
 完全に何かがツボったらしく、自分の膝を叩いて身体をくの字に曲げて悶えている。
 わけが分からず呆然としていると、「それっ…!それっ…っ!」とパイプ椅子の方を指さしたので視線を向ける。
 俺のスマホだった。ゲームの画面が表示されている。
 そういえば適当な画面でそのまま置いておいたなとスマホを手に持って、見た。
 これは……ステータス画面か。