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第4話 あんた性格ホント悪いな

ー/ー



「こんなところで奇遇ね」

 図書館に入って手頃な席に座り、咲季とメッセージのやり取りをしていると、背後から落ち着いた女性の声が聴こえて、思わずビクリと肩を跳ねさせた。

 振り向いた先にいたのは、艶のある黒髪を背中半ばまで伸ばした綺麗な女性。

「赤坂さん……」

 彼女はにこりと柔和な笑みを浮かべる。
 近付いてきて、俺の隣の席に座った。

「そんなに他人行儀に呼ばないでアキ君。お姉ちゃん悲しくなりそう」
「すみません、我が大学のミスコングランプリを昔みたいに馴れ馴れしくは呼べないです」
「私は構わないけれど?」

 俺が構うんだよと苛立ちと共にぶつけてやりたかったが、一々この程度で騒いでいたら身が持たないので何も言わない。

 整った鼻梁と薄い唇。落ち着いた雰囲気に、白いロングスカートと黒タートル。
〝綺麗〟を地で行くこの人は赤坂(あかさか)結愛(ゆあ)という。一つ上の俺の幼馴染みだ。

 ただ、幼馴染みと言っても色んな形があるもので。

 端的に言うなら俺は彼女の事が怖かった。

 怖くて、遠ざけたくて、敵意を向けるほどに。

「俺に何か用ですか」
「用が無ければ話しかけちゃ駄目?」
「別にそういうわけじゃ……」
「駄目じゃないけど嫌?」
「………………」

 分かっているなら一々絡んでこないで欲しかった。
 思っていると、それが顔に出たらしい。
 赤坂さんは口を軽く押さえて笑む。

「素直。だけどそういう所、好きだよ?」
「主に男子学生にぶち殺されそうなのでそういう事を軽々しく言わないで下さい」

 現在いるのは図書館の入口付近の席。
 近くで受け付けの女性が黙々と作業し、横に広がる陳列棚にはちらほらと学生の姿があった。
 パソコン室よりは人が少ないが、それでもある程度人はいるし、そもそも赤坂さんは注目を集めやすい。
 有名人はもう少し発言に気をつけるべきだ。

 まあ、気をつける気が無いんだろうけど。

「最近大学はどう?」

 思春期の娘と父の会話かよと内心突っ込みながら、

「ぼちぼちです」
「大変でしょ、そっちは」

 俺と赤坂さんは同じキャンパスだが、学科が違う。確か彼女はデザイン系の学科だったか。
 学年も違うため、見かけることもほとんどない。少なくとも最近は無かった。

「実験レポートは毎回反吐が出ますけど、人間、睡眠時間削れば何とかなるもんです」
「無理は良くないよ?」
「赤坂さんと二人というこの状況が一番キツイですけど」
「あらお上手」
「どこがどう上手だったのか説明して欲しいくらいにはド下手な会話だったかと思います」
「ふふっ、やっぱりアキ君は面白いなぁ」

 赤坂さんは愉快そうに両手を絡ませ、こちらをじっと見つめる。

 不快。

 何を考えてるか分からない。
 きっとろくでもない事なんだろう。それ故に、こういう間は何か良からぬ何かが起きそうで…


「ところで話は変わるけど、咲季ちゃんは、?」

「っ――!!」

 沸騰して爆発しかけた感情を、すんでの所で抑えつけた。

 何かと思ったら、その話題かこいつ!


「ねぇ、体調はどうなの?もしかして、もうだいぶ……」

 俺は赤坂さんを睨んだ。
 それ以上は許さないとありったけの敵意をもって。

「あら、怖い」

 赤坂さんはわざとらしく両手を上げて降参のポーズ。

「あんたは、どうしてそう………!」
「なに、幼馴染みの心配しちゃいけない?」
「赤坂さんのそれは心配じゃなく、俺に対する嫌がらせだ」
「そんな事しないよ」

 人の良さそうな笑み。
 どの口が言うのかと思う。

「それはそうとして、アキ君」
「いい加減その呼び方も止めてくれ」

 俺の言った事が聞こえてないのか無視したのか、赤坂さんは手を前に戻し、

「スマホはちゃんと持ってないとダメじゃない」

 窘めるように、をこちらに向けた。

「っ!!」

 いつの間に!

 ひったくるように俺のスマホを奪い返す。
 画面を見ると、俺が送った覚えのないメッセージが既に咲季へ送られていて……

《じゃあ一回やってみる?》

「おい!」

 とんでもない文章だった。
 この流れで言ったら確実にある種の誘いに見えるだろう。

「あ、んたなぁ……!」

 周りの視線が集まっていたことに気づき、声を抑えながら赤坂さんを睨む。睨むしか出来ない。

「さっき怒らせちゃった時に取って、後ろで画面を見ないで打ってみたの。凄いでしょう?」

 確かに凄いがそれはこの際どうでもいい。

「何であんたが俺のスマホの暗証番号知ってるんだよ!」
「私、好きな人の事は結構観察するタイプなの」

 ちょこんと小首を傾げる。
 かなりイラついた。つまり以前に盗み見て覚えたという事か。俺は彼女を見たのは久しぶりだったが、向こうはそうでは無かったというわけだ。
 しかし、冷静さを欠いていたとはいえ、そんな事目の前でされたらわかりそうなものだが、相当動揺していたみたいだ。

「最近困った風だったからどうしたんだろうと思ってたんだけど、こういう事だったんだ」
「……何が?」
「兄妹で恋愛は、確かに難しいよね」
「………………………」

 面白い玩具を見つけた子供のような無邪気な笑み。
 まずい。
 そう思うが、あの画面を見られた時点でアウトだと頭を切り替える。

「赤坂さんには関係無いです」
「あるよ?だって幼馴染じゃない。おじさんやおばさんになんて言ったらいいか」
「……言ったら確実に気が触れるでしょうね」

 近親での恋愛に理解のある人間なんて限られてる。
 それに赤坂さんは俺の両親から絶大な信頼を得ているから、彼女に「付き合ってる」と言われたら疑わずに信じるだろう。

 俺は彼女に最大の弱みを握られたことになる。

「あんた性格ホント悪いな」
「皆からは優しいってよく言われるんだけどなぁ」
「表面だけ見てたらそう思うのも仕方ない」
「褒められた」
「耳鼻科行け」

 軽く罵倒してからスマホの画面を見る。
 アプリの画面にはやはり何度見ても、

《じゃあ一回やってみる?》

 という最悪な文字列。既読がついているのに何も返事が無いから、咲季がテンパってるのが容易に想像出来た。ため息をつく。
 そんな俺を赤坂さんはニヤニヤと頬杖をつきながら眺めている。

 何故こんな子供のイタズラじみた嫌がらせを赤坂さんがしてくるのか。理由は分からないが、ともかく事実として、彼女は俺に対する嫌がらせを嬉々として行う厄介な習性があった。

 いや、と言うよりは、俺を怒らせるのを楽しんでると言った方が適切かもしれない。
 そして時にそれは、度が過ぎたものになる事がしばしば。
 だから何をしでかすのか分からなくて、怖い。非常に、切実に、一刻も早く離れたい程に。

「けどなぁ、お姉ちゃんちょっとイラッとしちゃうな」
「はあ?」
「咲季ちゃんに。だってそうでしょう?やってる事、脅しみたいなものじゃない」

 言いたい事は何となく分かった。
 だけど、

「よくもそう自分にクリティカルするブーメランを投げれますね」
「人って得てしてそういうものじゃない」
「そうですか、そんなもんですか」
「ええ」

 開き直りなのか何なのか分からないがとりあえず殴りたくなった。

「赤坂さん」

 俺は腹に煮えたぎった悪意を抑え込み、冷静を努める。
 一緒にいるだけで怯えてしまうほど苦手な人間だが、逃げる前に一つ言っておきたくなった。
 それは俺に対する数々の嫌がらせとか、そういう事についてじゃなくて、咲季へのふざけた罵倒の事。

 赤坂さんは薄い笑みを浮かべながら俺を真っ直ぐ見つめ、言葉を待っている。悠然な態度が余計に俺の苛立ちを助長させた。

「これから死ぬかも知れない人間の気持ちとか、分かります?」
「さあ?」

 笑顔のまま即答。
 そう、分からない。普通の生活を送ってたら、わからないんだ。健常で、先が見えない未来を進んでいける俺達には、突然終わりを見せられた人間の気持ちなんて分かるはずもない。

 分かってたまるものか。

 だから――

「だったら咲季をどうこう言うのは止めろ。どう思おうが自由だけど、それをわざわざ言葉にして俺達の前で言うな。ふざけんのも大概にしてくれ」

 冷たく言い放ち、何か言われるより先、立ち上がる。
 一刻も早く離れたかった。
 これ以上不快になれば授業の後、咲季に会う時に笑えなくなりそうだ。
 彼女の前では暗い顔を見せたくない。
 それにこのメッセージの弁明もしなければいけないし。

 俺はこれから起こる面倒を思ってため息をつき、鞄を持って赤坂さんを視界に入れないように出口へ向かった。


 #

「……ふ」

 一人取り残された女性、赤坂結愛は図書館から出ていった秋春の背中を目で追い、消えるまでずっと眺めていた。
 彼の怒りを一身に受けてもなお、彼女の心に大きな波が立つことはなく、ただ悠然とその場に座って笑顔を浮かべていた。
 通りがかった男子学生が思わず立ち止まって、その姿に見蕩れる。

 彼女は完璧だった。
 十人に聞けば十人が綺麗だと口を揃えて言う。
 今まで生きてきて何かを大きく咎められたりした事は無い。
 その容姿故に同性から攻撃される事もあったが、それも小学生まで。
 中学から、彼女は周りの人間の習性を学び、何が疎まれるのか、何が喜ばれるのかを判断し、実践。周囲に溶け込んだ。完璧な人間になった。
 だからこそ、彼女は

「ふふっ、ふふふっ」

 思わず笑顔になってしまう。
 思い出すのは秋春の怒った顔。
 結愛は嬉しくて笑う。

 彼の妹がどうとか、彼らがおままごとみたいな恋愛ごっこをしている事とか、正直結愛にはどうでもよかった。
 ただ、あの怒りの表情には何の曇りも無かったなと想いを馳せて、

「やっぱりアキ君は凄いよ」

 うっとりと呟き、席を立った。









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みんなのリアクション

「こんなところで奇遇ね」
 図書館に入って手頃な席に座り、咲季とメッセージのやり取りをしていると、背後から落ち着いた女性の声が聴こえて、思わずビクリと肩を跳ねさせた。
 振り向いた先にいたのは、艶のある黒髪を背中半ばまで伸ばした綺麗な女性。
「赤坂さん……」
 彼女はにこりと柔和な笑みを浮かべる。
 近付いてきて、俺の隣の席に座った。
「そんなに他人行儀に呼ばないでアキ君。お姉ちゃん悲しくなりそう」
「すみません、我が大学のミスコングランプリを昔みたいに馴れ馴れしくは呼べないです」
「私は構わないけれど?」
 俺が構うんだよと苛立ちと共にぶつけてやりたかったが、一々この程度で騒いでいたら身が持たないので何も言わない。
 整った鼻梁と薄い唇。落ち着いた雰囲気に、白いロングスカートと黒タートル。
〝綺麗〟を地で行くこの人は赤坂《あかさか》結愛《ゆあ》という。一つ上の俺の幼馴染みだ。
 ただ、幼馴染みと言っても色んな形があるもので。
 端的に言うなら俺は彼女の事が怖かった。
 怖くて、遠ざけたくて、敵意を向けるほどに。
「俺に何か用ですか」
「用が無ければ話しかけちゃ駄目?」
「別にそういうわけじゃ……」
「駄目じゃないけど嫌?」
「………………」
 分かっているなら一々絡んでこないで欲しかった。
 思っていると、それが顔に出たらしい。
 赤坂さんは口を軽く押さえて笑む。
「素直。だけどそういう所、好きだよ?」
「主に男子学生にぶち殺されそうなのでそういう事を軽々しく言わないで下さい」
 現在いるのは図書館の入口付近の席。
 近くで受け付けの女性が黙々と作業し、横に広がる陳列棚にはちらほらと学生の姿があった。
 パソコン室よりは人が少ないが、それでもある程度人はいるし、そもそも赤坂さんは注目を集めやすい。
 有名人はもう少し発言に気をつけるべきだ。
 まあ、気をつける気が無いんだろうけど。
「最近大学はどう?」
 思春期の娘と父の会話かよと内心突っ込みながら、
「ぼちぼちです」
「大変でしょ、そっちは」
 俺と赤坂さんは同じキャンパスだが、学科が違う。確か彼女はデザイン系の学科だったか。
 学年も違うため、見かけることもほとんどない。少なくとも最近は無かった。
「実験レポートは毎回反吐が出ますけど、人間、睡眠時間削れば何とかなるもんです」
「無理は良くないよ?」
「赤坂さんと二人というこの状況が一番キツイですけど」
「あらお上手」
「どこがどう上手だったのか説明して欲しいくらいにはド下手な会話だったかと思います」
「ふふっ、やっぱりアキ君は面白いなぁ」
 赤坂さんは愉快そうに両手を絡ませ、こちらをじっと見つめる。
 不快。
 何を考えてるか分からない。
 きっとろくでもない事なんだろう。それ故に、こういう間は何か良からぬ何かが起きそうで…
「ところで話は変わるけど、咲季ちゃんは、《《あと半年だったかな》》?」
「っ――!!」
 沸騰して爆発しかけた感情を、すんでの所で抑えつけた。
 何かと思ったら、その話題かこいつ!
「ねぇ、体調はどうなの?もしかして、もうだいぶ……」
 俺は赤坂さんを睨んだ。
 それ以上は許さないとありったけの敵意をもって。
「あら、怖い」
 赤坂さんはわざとらしく両手を上げて降参のポーズ。
「あんたは、どうしてそう………!」
「なに、幼馴染みの心配しちゃいけない?」
「赤坂さんのそれは心配じゃなく、俺に対する嫌がらせだ」
「そんな事しないよ」
 人の良さそうな笑み。
 どの口が言うのかと思う。
「それはそうとして、アキ君」
「いい加減その呼び方も止めてくれ」
 俺の言った事が聞こえてないのか無視したのか、赤坂さんは《《いつの間にか後ろに回していた》》手を前に戻し、
「スマホはちゃんと持ってないとダメじゃない」
 窘めるように、《《俺と咲季のやり取りが映ったスマホ》》をこちらに向けた。
「っ!!」
 いつの間に!
 ひったくるように俺のスマホを奪い返す。
 画面を見ると、俺が送った覚えのないメッセージが既に咲季へ送られていて……
《じゃあ一回やってみる?》
「おい!」
 とんでもない文章だった。
 この流れで言ったら確実にある種の誘いに見えるだろう。
「あ、んたなぁ……!」
 周りの視線が集まっていたことに気づき、声を抑えながら赤坂さんを睨む。睨むしか出来ない。
「さっき怒らせちゃった時に取って、後ろで画面を見ないで打ってみたの。凄いでしょう?」
 確かに凄いがそれはこの際どうでもいい。
「何であんたが俺のスマホの暗証番号知ってるんだよ!」
「私、好きな人の事は結構観察するタイプなの」
 ちょこんと小首を傾げる。
 かなりイラついた。つまり以前に盗み見て覚えたという事か。俺は彼女を見たのは久しぶりだったが、向こうはそうでは無かったというわけだ。
 しかし、冷静さを欠いていたとはいえ、そんな事目の前でされたらわかりそうなものだが、相当動揺していたみたいだ。
「最近困った風だったからどうしたんだろうと思ってたんだけど、こういう事だったんだ」
「……何が?」
「兄妹で恋愛は、確かに難しいよね」
「………………………」
 面白い玩具を見つけた子供のような無邪気な笑み。
 まずい。
 そう思うが、あの画面を見られた時点でアウトだと頭を切り替える。
「赤坂さんには関係無いです」
「あるよ?だって幼馴染じゃない。おじさんやおばさんになんて言ったらいいか」
「……言ったら確実に気が触れるでしょうね」
 近親での恋愛に理解のある人間なんて限られてる。
 それに赤坂さんは俺の両親から絶大な信頼を得ているから、彼女に「付き合ってる」と言われたら疑わずに信じるだろう。
 俺は彼女に最大の弱みを握られたことになる。
「あんた性格ホント悪いな」
「皆からは優しいってよく言われるんだけどなぁ」
「表面だけ見てたらそう思うのも仕方ない」
「褒められた」
「耳鼻科行け」
 軽く罵倒してからスマホの画面を見る。
 アプリの画面にはやはり何度見ても、
《じゃあ一回やってみる?》
 という最悪な文字列。既読がついているのに何も返事が無いから、咲季がテンパってるのが容易に想像出来た。ため息をつく。
 そんな俺を赤坂さんはニヤニヤと頬杖をつきながら眺めている。
 何故こんな子供のイタズラじみた嫌がらせを赤坂さんがしてくるのか。理由は分からないが、ともかく事実として、彼女は俺に対する嫌がらせを嬉々として行う厄介な習性があった。
 いや、と言うよりは、俺を怒らせるのを楽しんでると言った方が適切かもしれない。
 そして時にそれは、度が過ぎたものになる事がしばしば。
 だから何をしでかすのか分からなくて、怖い。非常に、切実に、一刻も早く離れたい程に。
「けどなぁ、お姉ちゃんちょっとイラッとしちゃうな」
「はあ?」
「咲季ちゃんに。だってそうでしょう?やってる事、脅しみたいなものじゃない」
 言いたい事は何となく分かった。
 だけど、
「よくもそう自分にクリティカルするブーメランを投げれますね」
「人って得てしてそういうものじゃない」
「そうですか、そんなもんですか」
「ええ」
 開き直りなのか何なのか分からないがとりあえず殴りたくなった。
「赤坂さん」
 俺は腹に煮えたぎった悪意を抑え込み、冷静を努める。
 一緒にいるだけで怯えてしまうほど苦手な人間だが、逃げる前に一つ言っておきたくなった。
 それは俺に対する数々の嫌がらせとか、そういう事についてじゃなくて、咲季へのふざけた罵倒の事。
 赤坂さんは薄い笑みを浮かべながら俺を真っ直ぐ見つめ、言葉を待っている。悠然な態度が余計に俺の苛立ちを助長させた。
「これから死ぬかも知れない人間の気持ちとか、分かります?」
「さあ?」
 笑顔のまま即答。
 そう、分からない。普通の生活を送ってたら、わからないんだ。健常で、先が見えない未来を進んでいける俺達には、突然終わりを見せられた人間の気持ちなんて分かるはずもない。
 分かってたまるものか。
 だから――
「だったら咲季をどうこう言うのは止めろ。どう思おうが自由だけど、それをわざわざ言葉にして俺達の前で言うな。ふざけんのも大概にしてくれ」
 冷たく言い放ち、何か言われるより先、立ち上がる。
 一刻も早く離れたかった。
 これ以上不快になれば授業の後、咲季に会う時に笑えなくなりそうだ。
 彼女の前では暗い顔を見せたくない。
 それにこのメッセージの弁明もしなければいけないし。
 俺はこれから起こる面倒を思ってため息をつき、鞄を持って赤坂さんを視界に入れないように出口へ向かった。
 #
「……ふ」
 一人取り残された女性、赤坂結愛は図書館から出ていった秋春の背中を目で追い、消えるまでずっと眺めていた。
 彼の怒りを一身に受けてもなお、彼女の心に大きな波が立つことはなく、ただ悠然とその場に座って笑顔を浮かべていた。
 通りがかった男子学生が思わず立ち止まって、その姿に見蕩れる。
 彼女は完璧だった。
 十人に聞けば十人が綺麗だと口を揃えて言う。
 今まで生きてきて何かを大きく咎められたりした事は無い。
 その容姿故に同性から攻撃される事もあったが、それも小学生まで。
 中学から、彼女は周りの人間の習性を学び、何が疎まれるのか、何が喜ばれるのかを判断し、実践。周囲に溶け込んだ。完璧な人間になった。
 だからこそ、彼女は《《大きく欠けてしまった》》。
「ふふっ、ふふふっ」
 思わず笑顔になってしまう。
 思い出すのは秋春の怒った顔。
 結愛は嬉しくて笑う。
 彼の妹がどうとか、彼らがおままごとみたいな恋愛ごっこをしている事とか、正直結愛にはどうでもよかった。
 ただ、あの怒りの表情には何の曇りも無かったなと想いを馳せて、
「やっぱりアキ君は凄いよ」
 うっとりと呟き、席を立った。