表示設定
表示設定
目次 目次




191 私の偉いはもっと薄汚いから

ー/ー



 修学旅行実行委員会が終わり、解散となった。委員長の藤城皐月(ふじしろさつき)や副委員長の江嶋華鈴(えじまかりん)、書記の水野真帆(みずのまほ)が居残る中、他の委員たちが足早に帰宅し始めた。
 そんな中、皐月は委員会の議事録を見たくなったので、真帆の隣からタブレットを覗き込んだ。
「まだベタ打ちしかしてないよ」
 真帆は謙遜するが、そこには皐月たちが話していた言葉が余さず打ち込まれていた。想像以上に膨大なテキストを見て、皐月は真帆に目を見張った。
「委員長、さっき修学旅行のスローガンを決めたでしょ。議事録に記録しておきたいから、その時の応募作を見せてほしいんだけど」
「あ、うん。わかった」
「それと昨日の委員会のことだけど、思い出しながら議事録を作っておくからね」
「昨日の委員会のも作るんだ」
「初回の議事録が欠けてるなんて気持ち悪いでしょ?」
「まあ、そう言われればそうかも。それよりこの文を議事録に直すの? 大変じゃない?」
「大丈夫。元の文があれば整形するだけだから、そんなに時間はかからない」
 得意な技で力を発揮できるのが楽しいのだろうか、真帆がとても生き生きして見える。真帆の軽やかな雰囲気に影響され、皐月まで実行委員が少し楽しくなってきた。

「ねえ、藤城君。ちょっと聞いてもいい?」
 華鈴の言葉に皐月はビクッとした。さっきの委員たちとのやりとりについて非難されるのかと思い、一呼吸入れて華鈴から攻められる覚悟を決めた。華鈴に人格攻撃されたことがまだ尾を引いている。
「どうした?」
「藤城君ってすぐに『強制したくない』って言うけど、どうしてなの?」
 予期せぬ普通の質問でホッとした。強張っていた肩と首の筋肉が一気に緩んだ。
「それはさ、俺が人から強制されるのが嫌だから。自分がされて嫌なことは人にしたくないだけ」
「そんな理由なの?」
「そんなって何だよ。俺にとっては強制しない、されないっていうのは絶対に守りたい価値観なんだから」
「それは……立派な考えだと思う。でも人の上に立つ以上、ある程度の強制力は必要なんじゃないの?」
 華鈴に言われたことはわからないでもない。担任の先生のクラスの運営を見ていると、児童に強制力を発揮する場面が多い。でも、それは先生と生徒の関係だから成り立つことで、児童同士ではなかなか難しい。

「俺はそもそも委員長が他の委員の上にいるとは思っていないし、委員長なんてただの雑用係程度くらいにしか考えていないよ。もしかしたら委員長なんて一番下っ端な役割かもな」
「そんなわけないでしょ! 委員長は委員会で一番偉いんだから」
「江嶋……お前って児童会長やってて自分のこと一番偉いって思ってんの?」
 キツい言葉かな、と思ったが、一度は本人から聞いてみたいことだった。
 皐月には児童会長をやりたがる人の気持ちがわからない。ただ、華鈴の今までの振る舞いを見てきた限りでは、動機がただの承認欲求だけではないはずだと思っている。
「……偉いと思ってるよ。だって、そう思わないとやってられないんだもん」
「そうか……」
「何よ?」
「実際、江嶋は偉いよな。俺はお前のお陰で、稲荷小学校は児童がみんな楽しく学校に通えてるんだと思う。今年の児童会は去年までやってたくだらない挨拶運動をやめたり、六年生と一年生の交流を増やしたりしてる。これってお前の選挙の時の公約だったよな。公約を実現させたのは江嶋の功績だろ?」
 華鈴の顔が真っ赤になった。

「なんで褒めるのよ……。そんなこと誰からも言われたことないのに……」
「みんな俺と同じこと思ってるはずだよ」
「適当なこと言わないでよ……。それに藤城君が言った偉いと、私の思ってる偉いは意味が全然違う。私の偉いはもっと薄汚いから、買い被らないでほしい」
 普段は優等生ぶっている華鈴なのに、自分の暗黒面を吐露する華鈴を初めて見た。慣れていないのか、頑張って悪ぶっている華鈴のことを皐月はかわいいと思った。
「江嶋は自分がこの学校のピラミッドの頂点に立ってるって思ってるのかな? そう考えるのはしょうがないよな。だってこの世界はどんなところでもそういう階層を作っているんだから。だから江嶋が自分のことを偉いって思うのは自然な発想だと思う。でも、俺はそう言う風には思えないんだよなぁ。自己評価が低すぎるのかもしれない……」
 華鈴の顔から興奮が引いてきた。
「藤城君は私みたいな権力志向の強い人なんて嫌いでしょ?」
「そうだな……江嶋みたいなタイプはあまり好きじゃないかも」
「……そうだよね」
「でも江嶋のことは好きだよ」
「なっ、何言ってんの?」
 華鈴の顔がまた真っ赤になった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 192 痴話喧嘩


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 修学旅行実行委員会が終わり、解散となった。委員長の|藤城皐月《ふじしろさつき》や副委員長の|江嶋華鈴《えじまかりん》、書記の|水野真帆《みずのまほ》が居残る中、他の委員たちが足早に帰宅し始めた。
 そんな中、皐月は委員会の議事録を見たくなったので、真帆の隣からタブレットを覗き込んだ。
「まだベタ打ちしかしてないよ」
 真帆は謙遜するが、そこには皐月たちが話していた言葉が余さず打ち込まれていた。想像以上に膨大なテキストを見て、皐月は真帆に目を見張った。
「委員長、さっき修学旅行のスローガンを決めたでしょ。議事録に記録しておきたいから、その時の応募作を見せてほしいんだけど」
「あ、うん。わかった」
「それと昨日の委員会のことだけど、思い出しながら議事録を作っておくからね」
「昨日の委員会のも作るんだ」
「初回の議事録が欠けてるなんて気持ち悪いでしょ?」
「まあ、そう言われればそうかも。それよりこの文を議事録に直すの? 大変じゃない?」
「大丈夫。元の文があれば整形するだけだから、そんなに時間はかからない」
 得意な技で力を発揮できるのが楽しいのだろうか、真帆がとても生き生きして見える。真帆の軽やかな雰囲気に影響され、皐月まで実行委員が少し楽しくなってきた。
「ねえ、藤城君。ちょっと聞いてもいい?」
 華鈴の言葉に皐月はビクッとした。さっきの委員たちとのやりとりについて非難されるのかと思い、一呼吸入れて華鈴から攻められる覚悟を決めた。華鈴に人格攻撃されたことがまだ尾を引いている。
「どうした?」
「藤城君ってすぐに『強制したくない』って言うけど、どうしてなの?」
 予期せぬ普通の質問でホッとした。強張っていた肩と首の筋肉が一気に緩んだ。
「それはさ、俺が人から強制されるのが嫌だから。自分がされて嫌なことは人にしたくないだけ」
「そんな理由なの?」
「そんなって何だよ。俺にとっては強制しない、されないっていうのは絶対に守りたい価値観なんだから」
「それは……立派な考えだと思う。でも人の上に立つ以上、ある程度の強制力は必要なんじゃないの?」
 華鈴に言われたことはわからないでもない。担任の先生のクラスの運営を見ていると、児童に強制力を発揮する場面が多い。でも、それは先生と生徒の関係だから成り立つことで、児童同士ではなかなか難しい。
「俺はそもそも委員長が他の委員の上にいるとは思っていないし、委員長なんてただの雑用係程度くらいにしか考えていないよ。もしかしたら委員長なんて一番下っ端な役割かもな」
「そんなわけないでしょ! 委員長は委員会で一番偉いんだから」
「江嶋……お前って児童会長やってて自分のこと一番偉いって思ってんの?」
 キツい言葉かな、と思ったが、一度は本人から聞いてみたいことだった。
 皐月には児童会長をやりたがる人の気持ちがわからない。ただ、華鈴の今までの振る舞いを見てきた限りでは、動機がただの承認欲求だけではないはずだと思っている。
「……偉いと思ってるよ。だって、そう思わないとやってられないんだもん」
「そうか……」
「何よ?」
「実際、江嶋は偉いよな。俺はお前のお陰で、稲荷小学校は児童がみんな楽しく学校に通えてるんだと思う。今年の児童会は去年までやってたくだらない挨拶運動をやめたり、六年生と一年生の交流を増やしたりしてる。これってお前の選挙の時の公約だったよな。公約を実現させたのは江嶋の功績だろ?」
 華鈴の顔が真っ赤になった。
「なんで褒めるのよ……。そんなこと誰からも言われたことないのに……」
「みんな俺と同じこと思ってるはずだよ」
「適当なこと言わないでよ……。それに藤城君が言った偉いと、私の思ってる偉いは意味が全然違う。私の偉いはもっと薄汚いから、買い被らないでほしい」
 普段は優等生ぶっている華鈴なのに、自分の暗黒面を吐露する華鈴を初めて見た。慣れていないのか、頑張って悪ぶっている華鈴のことを皐月はかわいいと思った。
「江嶋は自分がこの学校のピラミッドの頂点に立ってるって思ってるのかな? そう考えるのはしょうがないよな。だってこの世界はどんなところでもそういう階層を作っているんだから。だから江嶋が自分のことを偉いって思うのは自然な発想だと思う。でも、俺はそう言う風には思えないんだよなぁ。自己評価が低すぎるのかもしれない……」
 華鈴の顔から興奮が引いてきた。
「藤城君は私みたいな権力志向の強い人なんて嫌いでしょ?」
「そうだな……江嶋みたいなタイプはあまり好きじゃないかも」
「……そうだよね」
「でも江嶋のことは好きだよ」
「なっ、何言ってんの?」
 華鈴の顔がまた真っ赤になった。