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第一話:美しすぎる女神の要求

ー/ー



 女神アフロディーテは、今日も今日とて大きな溜息を漏らした。磨き上げられた大理石の床に、その溜息は虚しく響く。彼女の周りには、金色の光が常に纏わりつき、その美貌をさらに際立たせていたが、当の本人はその輝きとは裏腹に、心底うんざりしていた。

 憂鬱の原因は、相変わらず言い寄ってくる「男性神」たちである。

「ああ、アフロディーテ。君のその瞳は、まるで天空で瞬く最も明るい星々のようだ!」

 そう言って、自信満々に彼女の前に膝をついたのは、太陽神アポロンだった。完璧なまでに整った顔立ち、眩いばかりの光を放つ長髪。神々の中でも一、二を争うイケメンであることは間違いない。しかし、アフロディーテにとっては、それが微妙の原因だった。

(またそれか……。星とか、光とか、竪琴の音色とか、自分の得意分野の比喩しか使えないの? 芸術の神ならもう少しオリジナリティを出して欲しいわ。というか、そのナルシシズムが鬱陶しい。)

 アフロディーテが内心で辛辣な評価を下している間にも、アポロンは止まらない。

「そして、その唇は、熟れたザクロのように甘美だろう。この私でさえ、君の美しさの前では、竪琴の調べを忘れてしまいそうだ…」

「アポロン、ありがとう。でも、ザクロはちょっと固いし、種が多くて食べにくいわ。もっと口溶けの良いものに例えてくれる?」

 アフロディーテはあくまで優雅に、微笑みで拒絶の棘を包んで返す。アポロンは一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに我に返り、「それもまた魅力的だ!」とさらに大きな声で言い募った。

(はぁ。全然話が通じない。ザクロが固いって言ってるのよ。もう少し、ねっとりした愛の言葉を期待してたのに。昼間の光みたいにさっぱりしすぎ!)

 アポロンが去ると、今度は鍛冶神ヘパイストスが、ゴツゴツとした岩のような体でノコノコとやってきた。彼はアフロディーテの正式な夫ではあるが、その愛情表現は彼女にとって別の意味で微妙だった。

「アフロディーテ、これを見ろ!」

 彼が差し出したのは、火と槌で叩き上げた、いかにも頑丈そうな鉄のブレスレットだった。装飾は皆無。シンプル・イズ・ベストを通り越して、ただの鉄の輪である。

「これは私が、冥界の奥底で採れる特殊な鉱石を使って、3日3晩かけて打ったものだ。どんな猛毒にも、雷にも、時間の流れにも耐える! 君を守るために!」

(守ってくれるのは嬉しいけど、重い! オシャレの「オ」の字もない! せめてダイヤの一つでも埋め込んでよ。愛の女神よ? センスのかけらもない、ただの鈍器じゃない。)

「ヘパイストス、ありがとう。でも、私には平和の神としての力があるから、身を守る心配はないわ。それより、もう少し...繊細で、軽くて、付けるだけで気分が上がるような、夢見心地になれるものが欲しいの。」

 ヘパイストスは戸惑い、自分の手のひらを見つめた。

「む…夢見心地、か。それは、愛の力とやらでどうにかするものではないのか?」

「そうよ。愛の神たる私でさえ、ときめきを貰わないと、愛の力が湧かないのよ。」

 彼はブレスレットを胸に抱え、「分かった。もっと…ファンシーなものを作ってみる」と、その場を去っていったが、アフロディーテは彼の言う「ファンシー」が、どうせまた派手に光るだけの、微妙な一品になるだろうと予感して、再び溜息をついた。

 そして、極めつけは、戦神アレスだった。血と勇猛さの神は、愛の神にこそふさわしいと、自信満々にやってくる。

「アフロディーテ! 今日も美しいな。私が次の戦いで、敵の首を一つお前のために持ち帰ってやろう! その赤は、お前の頬のバラ色にも劣らない!」

 彼はいつも、愛の言葉を流血や暴力で表現する。

(流血は勘弁して! 私が欲しいのは、甘い囁きと、洗練されたエスコートなのよ! 首を持ち帰るなんて、愛じゃなくてホラーよ! 私の美を讃えるのに、なぜ常に死体や戦場が絡むの?)

「アレス、私は血を見ただけで気分が悪くなるわ。私のために戦ってくれるのは嬉しいけど、それなら、私のために詩を一編書いて、吟遊詩人に歌わせてくれる? 血の代わりに、愛の情熱を、美しく、優雅な言葉で表現して欲しいの。」

 アレスは驚愕し、口をあんぐり開けた。詩は、彼にとって戦闘より困難な任務だった。

「…し、詩だと? 筆なんて剣より重いではないか! 女神よ、お前は無茶を言う…」

 戦神が逃げるように去っていくのを見送りながら、アフロディーテは深いソファに体を沈めた。

(はあ。皆、自分の「神様属性」から一歩も出ないのよね。アポロンは光と芸術の枠から出ないナルシスト。ヘパイストスは実用性だけの不器用な職人。アレスは暴力至上主義の野蛮人。誰も、私の真の美を理解し、繊細な心を射抜いてくれるような、気の利いた一言が言えない。)

 愛の女神は、愛に飢えていた。彼女が求めるのは、神としての地位や力ではなく、ただ一人の女性として、心から「キュン」とさせてくれるような、センスの良い愛だった。

「ああ、私のときめきセンサーは、今日も警報を鳴らすことなく、ただただ静かに、微妙な波動を感知しているわ…」

 アフロディーテは、今日この後も誰か来るだろうか、と想像した。もしかしたら、海神ポセイドンが、巨大な真珠のネックレスを持ってくるかもしれない。しかし、それはきっと重くて、水臭いだろう。

 愛の女神の憂鬱は、今日も晴れそうになかった。






みんなのリアクション

 女神アフロディーテは、今日も今日とて大きな溜息を漏らした。磨き上げられた大理石の床に、その溜息は虚しく響く。彼女の周りには、金色の光が常に纏わりつき、その美貌をさらに際立たせていたが、当の本人はその輝きとは裏腹に、心底うんざりしていた。
 憂鬱の原因は、相変わらず言い寄ってくる「男性神」たちである。
「ああ、アフロディーテ。君のその瞳は、まるで天空で瞬く最も明るい星々のようだ!」
 そう言って、自信満々に彼女の前に膝をついたのは、太陽神アポロンだった。完璧なまでに整った顔立ち、眩いばかりの光を放つ長髪。神々の中でも一、二を争うイケメンであることは間違いない。しかし、アフロディーテにとっては、それが微妙の原因だった。
(またそれか……。星とか、光とか、竪琴の音色とか、自分の得意分野の比喩しか使えないの? 芸術の神ならもう少しオリジナリティを出して欲しいわ。というか、そのナルシシズムが鬱陶しい。)
 アフロディーテが内心で辛辣な評価を下している間にも、アポロンは止まらない。
「そして、その唇は、熟れたザクロのように甘美だろう。この私でさえ、君の美しさの前では、竪琴の調べを忘れてしまいそうだ…」
「アポロン、ありがとう。でも、ザクロはちょっと固いし、種が多くて食べにくいわ。もっと口溶けの良いものに例えてくれる?」
 アフロディーテはあくまで優雅に、微笑みで拒絶の棘を包んで返す。アポロンは一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに我に返り、「それもまた魅力的だ!」とさらに大きな声で言い募った。
(はぁ。全然話が通じない。ザクロが固いって言ってるのよ。もう少し、ねっとりした愛の言葉を期待してたのに。昼間の光みたいにさっぱりしすぎ!)
 アポロンが去ると、今度は鍛冶神ヘパイストスが、ゴツゴツとした岩のような体でノコノコとやってきた。彼はアフロディーテの正式な夫ではあるが、その愛情表現は彼女にとって別の意味で微妙だった。
「アフロディーテ、これを見ろ!」
 彼が差し出したのは、火と槌で叩き上げた、いかにも頑丈そうな鉄のブレスレットだった。装飾は皆無。シンプル・イズ・ベストを通り越して、ただの鉄の輪である。
「これは私が、冥界の奥底で採れる特殊な鉱石を使って、3日3晩かけて打ったものだ。どんな猛毒にも、雷にも、時間の流れにも耐える! 君を守るために!」
(守ってくれるのは嬉しいけど、重い! オシャレの「オ」の字もない! せめてダイヤの一つでも埋め込んでよ。愛の女神よ? センスのかけらもない、ただの鈍器じゃない。)
「ヘパイストス、ありがとう。でも、私には平和の神としての力があるから、身を守る心配はないわ。それより、もう少し...繊細で、軽くて、付けるだけで気分が上がるような、夢見心地になれるものが欲しいの。」
 ヘパイストスは戸惑い、自分の手のひらを見つめた。
「む…夢見心地、か。それは、愛の力とやらでどうにかするものではないのか?」
「そうよ。愛の神たる私でさえ、ときめきを貰わないと、愛の力が湧かないのよ。」
 彼はブレスレットを胸に抱え、「分かった。もっと…ファンシーなものを作ってみる」と、その場を去っていったが、アフロディーテは彼の言う「ファンシー」が、どうせまた派手に光るだけの、微妙な一品になるだろうと予感して、再び溜息をついた。
 そして、極めつけは、戦神アレスだった。血と勇猛さの神は、愛の神にこそふさわしいと、自信満々にやってくる。
「アフロディーテ! 今日も美しいな。私が次の戦いで、敵の首を一つお前のために持ち帰ってやろう! その赤は、お前の頬のバラ色にも劣らない!」
 彼はいつも、愛の言葉を流血や暴力で表現する。
(流血は勘弁して! 私が欲しいのは、甘い囁きと、洗練されたエスコートなのよ! 首を持ち帰るなんて、愛じゃなくてホラーよ! 私の美を讃えるのに、なぜ常に死体や戦場が絡むの?)
「アレス、私は血を見ただけで気分が悪くなるわ。私のために戦ってくれるのは嬉しいけど、それなら、私のために詩を一編書いて、吟遊詩人に歌わせてくれる? 血の代わりに、愛の情熱を、美しく、優雅な言葉で表現して欲しいの。」
 アレスは驚愕し、口をあんぐり開けた。詩は、彼にとって戦闘より困難な任務だった。
「…し、詩だと? 筆なんて剣より重いではないか! 女神よ、お前は無茶を言う…」
 戦神が逃げるように去っていくのを見送りながら、アフロディーテは深いソファに体を沈めた。
(はあ。皆、自分の「神様属性」から一歩も出ないのよね。アポロンは光と芸術の枠から出ないナルシスト。ヘパイストスは実用性だけの不器用な職人。アレスは暴力至上主義の野蛮人。誰も、私の真の美を理解し、繊細な心を射抜いてくれるような、気の利いた一言が言えない。)
 愛の女神は、愛に飢えていた。彼女が求めるのは、神としての地位や力ではなく、ただ一人の女性として、心から「キュン」とさせてくれるような、センスの良い愛だった。
「ああ、私のときめきセンサーは、今日も警報を鳴らすことなく、ただただ静かに、微妙な波動を感知しているわ…」
 アフロディーテは、今日この後も誰か来るだろうか、と想像した。もしかしたら、海神ポセイドンが、巨大な真珠のネックレスを持ってくるかもしれない。しかし、それはきっと重くて、水臭いだろう。
 愛の女神の憂鬱は、今日も晴れそうになかった。