「それでね、結局、選挙前は公表しないんですって! それどころか、領地で長期療養って形にするって」
昼食時、城から戻ってきたアルスがプラグを廊下に連れ出して愚痴を言い始めた。
午前中、アルスはリズとサンドラを引き連れてアルマティラの行状を国王へ直訴していた。
昨夜『明日、登城する』と連絡してからの翌日なので、おそらく風より早い。
アルスは証拠としてリズが破った小切手も持って行った。
気合いの入ったアルスと午前中から付き合ってくれた神様のようなサンドラ、付き合わされて眠そうなリズ……。
サンドラは証拠になるか分からないですが……と言って、自分の日記を差し出した。そこに今までの経緯や喧嘩の詳細、アルマティラの陰湿な行動も知る限りで記録してあると言った。日記が証拠にならなくても、その時の事は、日記を見れば全て思い出せるし、話せるとも言った。
毅然とした態度にアルスは感激したという。
リズは『あー聞いた聞いた。おっさん、いい加減、何とかしてやれよ』と適当に擁護した。
三人の訴えを聞いた国王は、かなり渋った顔で『分かった』と頷いた。
しかし、こう続けた。
『だが今は来月末に選挙を控えている。小娘の行状一つで結果が変わるのはよろしくない。一応、長く続いた家名であるが故。それにその娘はまだ子供だ。下手に不敬罪などと言うと再起不能になる。首都出禁は致し方ないが、療養で十分だ。全く朝っぱらから。ほら、終わりだ、帰って良し』
「ですって! ちょっとは怒ってよ! もう。だから厳重注意を足しておくようにって言っておいたわ。あと、プラグにはちゃんと何かお礼をもらえるようにして、って言っておいたから。命を賭けようと思っていたけど、何か釈然としなくなったし、それはやっぱりやめて、その後、ナイフで髪をちょっと切ってきたわ。『ちゃんとお願いしますね! でないと頭を丸めます!』って。毛先をザクザク切ったら真っ青になってたから、いい気味よ。ふん。切った髪を渡して来たわ」
プラグは思わず笑ってしまった。
そう言えば、アルスの髪は三十セリチほど短くなっている。前は腰まであったので半分程度だが、このくらいならすぐ伸びるだろう。夏だし、ちょうど良かったかもしれない。
「後で整えよう」
プラグは少し嬉しくなった。ククナも髪を揃えて衣装替えをしたし、アルスも毛先を揃えてお揃いだ。アメルも少し髪を整えてもいいかもしれない。
「うん、お願い。ついでにシオウの髪もちょっと切ったら?」
「そうする」
プラグは頷いた。プラグはラ=ヴィアに切ってもらっているが、アルスとシオウの髪はプラグが切っている。
ストラヴェルでは通常、理髪屋は風呂屋の中か近くにあるが、風呂は宿舎にあるので、垢すりやマッサージが好きで無ければ行く理由は無い。
候補生達はたまに切りに行くか、伸ばしっぱなしか、器用な候補生、または器用な精霊に切ってもらっている。ここにいる精霊で一番腕がいいのはレンツィのジョエ=アアヤ(風/剣風)だ。彼女は女性の髪は勿論、男性の髪も上手に切れる。
頼む候補生が多すぎて、今では一回、五百パルと有料になっているが、大した金額では無いからよく頼まれている。プラグも髪は伸びるので、たまに頼んでいる。
初めはラ=ヴィアに頼んでいたが、髪は床に散る。レンツィは最近、散髪用の鋏やカッパ、敷布を買ってジョエに教わりながら練習を始めたらしい。精霊騎士が駄目なら理髪屋になるかと冗談交じりに言っていた。
「でも、首都出禁は良いとして、不敬罪にしたかったわー……まあ、仕方無いけど……」
アルスは不満を漏らしているが、アルマティラはまだ若いし長い目で見れば重い処罰よりいい……かもしれない。どう転ぶかは分からないが、少なくともアルスの思い通りにはなっている。
プラグは微笑んだ。
「良かったね。サンドラさんも安心しただろう」
「良くないわよ! 私の気持ちの問題よ! もう、貴方まで」
アルスはご立腹だ。しかし問題は解決したのでプラグも安心だ。
アルスも、ずっと板挟みだったサンドラも国王も安心しているだろう。特に国王は気をもんでいたに違い無い。
アルスの気持ちもすぐに落ち着くだろうから、プラグはアルスの意識を別の所へ向けることにした。
「それより、アルスは何かサンドラさんにお礼をしないと」
「――! あ、そうね。何が良いかしら……?」
プラグは言いながら、ふと、貴族女性の呼び方について考えた。
サンドラさんでもいいのだが、サンドラさんは中々胆力のある女性なのでアルスのように『サンドラ様』と呼びたくなった。
(サンドラ様……か。そう言えば……ナージャは皆に『様』をつけているな)
プラグは思い出した。
ナージャが平民、貴族問わず『様』を着けるのは、単に礼儀正しいからだと思っていたが、もしかして呼び分けが面倒か、まだよく分からないから、ではないか?
ナージャの出身であるタルクロン領は国でも南の端で、レガンに近い。つまり首都からすれば地方貴族だ。これは本人に聞いてみないとわからないが、もしそうだとしたらナージャは賢い方法を選んでいる。
(よし。俺も貴族にはとりあえず『様』ってつけよう。ルネ以外)
プラグは一人で頷いた。
「贈り物は何がいいかしら……宝石は困るわよね……うーん……お花はいらないだろうし、現金はもっと駄目、何が欲しいか聞こうかしら? 意外な物が欲しいって言うかも……?」
「アルスはサンドラ様の事好き?」
プラグは尋ねた。するとアルスはとびきりの笑顔で深く頷いた。
「ええ、大好きよ!」
「それならドレスは? 王女様からもらったら喜ぶと思うよ。お金があるならついでに欲しがってる物もあげたら?」
「ドレス! 良いわね! ちょうど選挙があるし! ――あ、でもお仕立てが間に合わないわね。まあ、使う機会はあるだろうし、秋用でもいいか。あっ既製服なら間に合うわ! 色はサンドラ様に選んで頂けば良いわね! デザインもそうね、王室の衣装係に頼んでみようかしら」
プラグは頷いた。
「たぶん、アルスの予算は余っていると思うよ。使っていないよね?」
アルスの飾り気の無さでは、高価な宝石が欲しいとか、ドレスが欲しいとかあまり言っていないだろう。それどころか剣や本をもらって喜びそうだ。
「あ。そう言えばそうだわ。すっかり忘れていたわ……んんんん……あ! そうだわ! 思いついた! あなたのお礼、私が出すわ!」
アルスが手を打って言った。
「イメイア侯爵からまた払ってもらうのも悪いし。できれば受け取りたくないものね。でも国から出してもらうわけにもいかないし。それなら、私がちょっと出すわ。巻き込んじゃったみたいな物だし。そんなに沢山は無理だと思うけど、五百万グラン程度なら? ……どのくらいあるのかしら? 手紙で聞いてみましょう」
そう言ってアルスはさっと手紙を取り出した。
まさか今いきなり、と思ったのだが、そのまさかだった。
「ル・フィーラ・ディアセス・ナタ・プロセフィム・ア・スアス・メノム!」
しかし繋げた相手はメノム……おそらく宰相だ。
「あ、宰相? 今、大丈夫? ありがとう。お父様はいる? お食事中かしら? ――ああ、庭を眺めてるのね、暇なのねー。ところで今、思いついたんだけど――今年、私に使えるお金っていくらあるの? うん……――え! そんなに? なんでそんなにあるの? おかしくない?」
アルスはサンドラにお礼をしたいこと、ドレスが良いのでは無いかと思ったこと。プラグに自分のお金からお礼を出したいと言う事を伝えた。
「プラグのお礼は五百万くらいでいいわよ。え、金額は相談する? ええ、それでいいわ。サンドラ様には、一緒に好きな布を選んで頂きたいから……そんなに凄く高い物は送れないけれど王室の衣装係か近い所で見られない? 秋冬用でもいいから。ドレスと靴とバック一式。いつ頃なら行けそう? 私が休みの時……ええと、一番近いのは七月三日、次は七日の、星の日で、その次が十日よ。ああそうね、サンドラ様の予定もあるわね。分かった、聞いてからまた連絡するわ」
そしてアルスは「ル・レーナ」で切って今度はまたすぐにサンドラに繋いだ。
「サンドラ様、アルスです。今、お時間はよろしいでしょうか?」
『あっ!? ――は、はい! 大丈夫ですよ!?』
サンドラはちょうど手紙の側にいたらしい。いきなり連絡が来て驚いているようだ。
候補生が持つ『手紙』は会った事のある人物が範囲内にいれば連絡ができるが、それはかなり高価な物になる。
サンドラが持っているとは思えないので、アルスが渡したのだろう。
普通は相手が一人か二人で、相手の登録は郵便局か交換所、教会などでやってもらう。
精霊騎士課程は贅沢なのだ。
「いきなりすみません。先程はありがとうございました。実は……サンドラ様に、私のお金から、ずっと迷惑をかけたお詫びと証言のお礼言う事で、ドレスを送りたいのですけれど、サイズや好みが分からないので、一緒に見に行きたくて……王室のお店か、近い所で」
アルスの言葉遣いを聞いてプラグは笑いそうになった。宰相より丁寧だ。
そして二人は話し合って、結果、サンドラは『お城の準備もあるでしょうから、十日はいかがでしょうか』と言った。
「はい、じゃあ十日で。お店の希望とかあれば、そちらでも良いんですが――」
『えっ、首都はあまり詳しくないので……』
「あ、じゃあ、じゃあお城か、お城おすすめのお店で。どんなドレスが欲しいですか? 今からだと、選挙には半でき合いの物しか間に合わないので、秋冬かなって思ったんですけど。高くなければ二着でも。流行り物と、伝統的な物、どちらが良いでしょう?」
『そ、そうですね、何でも良いですが、あまり高く無い物で』
サンドラは控え目な性分らしい――と言うか、いきなり王女から連絡があったら戸惑うだろう。
半でき合い、というのは、仕立て済み、既製服とも言う。既にいくつかのサイズにスカートが作ってあって、あとは個人に合わせて上身頃を仕立てて、ウエストのサイズを調整して、裾の長さを合わせる物だ。
襟や袖などのちょっとしたデザインの変更や、スカートだけのアレンジや、上着だけ替える事、装飾の追加やレースの追加などもできる割に安く済むので人気がある。
婦人のドレスは安くしようと思えば安くできるが、高くしようと思えばいくらでも高くなる。
大貴族でない限り、晴れ着は数着で、または古着を買って手直しする、と言う場合が多い。しかし流行があるので流行の物を身に着けたいときは安い既製服がいい。
貴族が服を買う場合、既製服とオーダーメイドの割合は半々と言ったところだろうか。
「わかりました。では時間は宰相と相談してまた連絡しますね。あ、これは明日か明後日になります。夜はお忙しいですよね? ――あ、今日は大丈夫ですか? 遅れる場合はまた手紙で伝えます。既製服なら選挙も間に合うかしら。とりあえず聞いてみますね」
そこで昼休みの時間がなくなったので、後は夜と言う事になった。
■ ■ ■
そして夜。
気になってアルスに聞いたのだが、手紙は前回選挙のあった三年前に、頼み込んで登録してもらったのだという。三年前、選挙前の一ヶ月、近くで話す『お手紙ごっこ』をして遊んでいたと語った。
サンドラはいつも首都にいる訳では無いので、それ以降は使っていなかったのだが、今回の事で思い出し、何かあったら連絡する、と伝えていたらしい。
プラグは改めて苦笑した。サンドラは思ったより連絡が早くて驚いただろう。
しかし、サンドラは選挙のためにしばらく首都にいるので会うなら今のうちだ。
アルスは、アルマティラ襲撃の件があったので三年前のように、出歩く事はできないはず、と言っていた。
サンドラの父レンスタン・ル・ハイン男爵は評議員の常連だ。そもそも評議員は、高齢で退職とか、汚職、不慮の死が無ければほとんど変わらない。
選挙はそれ自体が『貴族と領主の意見を聞きますよ』と言う、国王の主張なのだ。
勿論、何か問題があれば投票で変わるし、後任選出の際は盛り上がる。
今年は交代も無いので、社交や領主会議が主になるだろう。
――アルマティラが殺されていたら、もう少し違ったかもしれないが、どうなったかは分からない。
投票は一人一票ではなく、投票権を持つ者が、自分が推す十一人の評議員をまとめて書いて提出することになっている。
大抵は現行のまま書くので、交代の時以外は荒れないのだ。
アルマティラの事件は怨恨だったらしいが、人質を取って引退を迫る、というのは十分に考えられる。選挙まであと一ヶ月と少し――近衛は大急ぎで警備を見直しているはずだ。
アルスの話では犯人は既に捕まったらしいが、同じ評議員の娘と言う事で、サンドラも危険だ。選挙まではお城でお茶くらいしかする事が無さそうなので、ちょうど良い気晴らしになるだろう。
アルスは宰相に連絡して、七月十日に決まった。
宰相は衣装係を呼んで既に店の候補を出していた。
『選挙が違いので、既製服を数着と、後の晴れ着は城の衣装係に用意させます。冬なら温かいロングケープもお勧めだそうです。採寸は城に店の者を呼べば、城で、一度で済ませる事が可能だそうです。城に持って来て頂くことも可能ですが、店で選ぶ楽しみもあるので、警備付きで、一緒に外出されても良いかも、と申しております。お店の候補は『アメトリン・ラ・フィーナ』『カルサ・ラ・テール』『クラット・ル・ミゼ』後は若者向けなら『アール・ショコラ』『ワットソニア』『ラリトプール』『ランリー・ロンリー』等も人気だそうです。ドレスの予算は合わせて五百万グランまでなら大丈夫だそうです。サンドラ様のお好みに合わせてはいかがでしょう?』
「うわ、どれも有名ブランドね。迷うわ……どうしよう、でももしかしたら気になるブランドがあるかもしれないわよね……? ちょっと、書くわ――もう一回お願い。――聞いてみるわ。ごめんねまた連絡する。今日中か、遅かったら明日になるわ」
アルスは手紙を切って悩んでいる。
「この辺りは……有名すぎて、きっと使った事ないわよね。どこでも良いって言われるかしら? お勧めを考えておこうかしら。プラグはどこがいいと思う?」
プラグはアルスが書いたメモを見て、あ、と思った。
ここは言うべきだろう。
「アルス、実は、若者向けの『ワットソニア』と『ラリトプール』なんだけど、実は、サリー……カルタの巫女が経営してる。出資者だけど。そこも一件入れて欲しいなって」
「え? サリー? 経営?」
「そう、サリーア・サリチル・ラ・リノ。あまり知られていないけど、リノ家の女性は良く、聖女教会の本部で修行するんだ」
若い貴族女性が行儀見習いとして巫女になる事は多く、また貴族は、縁ある教会を持つ事が多い。いわゆる『行儀見習い』だが、当然、平民とは扱いが違う。
厳しい教会で、扱いが同じでも親貴族はとても寄付金を弾んでくれるので、教会からすれば大変ありがたい。親からしても常識や奉仕精神が身につくので歓迎される。
必ずしもなる必要はないが『元巫女でした』と言えば『親元で贅沢三昧でした』と言うより領民の印象がいいし、結婚にも有利だ。
そして貴族女性は結婚して教会の支援者になるか、才能があればそのまま巫女長になる。
才能がなくても代々、名前を借りて巫女長にしている教会もある。他に実務担当の巫女がいれば、巫女長本人は不在でも構わないのだ。
そして、貴族女性が結婚する場合は、身分にもよるが、お世話になった教会で結婚式を行う事も多い。貴族の結婚式があれば教会は潤う……双方にとって、とても良い仕組みなのだ。
アルスは目を丸くしていた。
「サリチルって……!? あの!? 前、聞いたけど、うそ、ラ・リノって、公爵令嬢じゃない!? サリー!? 同姓同名だと思っていたわ!」
『サリー』という愛称や『サリーア』『サリチル』と言う名前は意外と良くあるし、リノという土地もあるので、そこ出身の女性は皆、ナントカ・リノを名乗る。
プラグは頷いた。
「うん。リノ公爵がオレリア教会の援助者なんだ。その縁でアメルは色々なドレスを着させて頂いてる。試作品をそのままもらう事が多いかな。でも、王室にも知られているなんて、大きくなったなぁ……あ。ブランドのことだけど」
「公爵令嬢ってやり手って噂よね。何度かお会いしたこともあるけど凄く美人だったわ。サラサラの長い金髪に青目で、胸が大きくて……スタイルも抜群で。ブランドを立ち上げたの? でも、ラリトプールって、もう少し前からあるわよね? 私の小さい頃にもあった気がするわ」
プラグは頷いた。
ワットソニアは新しいブランドだが、ラリトプールは昔からある。
「作ったのはサリーのお母さんだって言っていたよ。元々、お店を経営していたんだって。その縁で公爵と知り合ったらしいよ。アール・ショコラはお母さんの弟子が独立した姉妹店だから、そっちもお勧めだよ。後はもう、サンドラ様の好みかな……アール・ショコラっぽいけど、ラリトプールの高めの物もいいかも」
「そうね……聞いたおかげで余計に迷ったわ。あ。じゃあもしかして老舗の中でどれがサンドラ様に合うとか分かる?」
アルスが尋ねた。
プラグは頷いた。
「秋冬用なら絶対『クラット・ル・ミゼ』だよ。あそこのケープは最高に温かくていいし、軽いし、派手すぎなくて洗練されていて、どこにでも着ていける。サンドラ様の普段の服にも合うと思う。礼装ドレスも得意だし、ハイン家の領地はラヴェルの北端だから、冬は冷えるし、あってもいいんじゃない?」
旧王都ラヴェルはストラヴェルの中央付近にある領で、ハイン家はその北端に小さい領地を持っている。
アルスは頷いた。
「そうね、そうしようかしら。でも、ばらけるなら、もう全部、持って来てもらおうかしら。そういうのってしたこと無いのよ。あ、持って来てくれる事はあるけど……だいたい、生地や色を決めて、儀式の雰囲気に合うようにってお願いしてるだけだから……」
アルスは城に全て呼ぶ事にしたが、聞いたプラグは焦った。
「でも、待って、ちょっと待って。呼んだら何か買わないと駄目になるよ?」
城に呼んで、何も買いませんでした、というのはあまり良くない。
アルスは王女なので自由だが、やはり何も買わないのは気まずいし、店も接客の精鋭を送って来るから断るのは大変だ。それなら最初から店を絞った方がいい。
「あ、そうよね……うわー……、じゃあ、もうサンドラ様に、老舗から一件、流行の店から一件、選んでもらって、先に選挙用に流行の物を用意して……ああもう、『クラット・ル・ミゼ』が第一候補で、後は好みで選んでもらいましょう。それが一番よ」
――手紙でサンドラに連絡した結果『母と相談してもいいですか?』と言われて翌日『クラット・ル・ミゼ』と『ワットソニア』になった。
サンドラはイメイア侯爵家に配慮して、落ち着いた物を選びたいと言っていた。
クラット・ル・ミゼは首都にはないので出張となり、ワットソニアも出張してもらう事になった。王女の呼び出しを断るドレス店はない。条件に合った服や小物、おまけの服も沢山持ってくるだろう。
それで決まって手紙が終わったのだが、その後も、アルスはまだ迷っていた。
「……貴族女性がドレスたくさん買う気持ちが分かってきたわ……たぶん、サンドラ様は『アール・ショコラ』も全部見たいと思うのよ……私は『ランリー・ロンリー』も気になるわ。この前、雑誌を見せてもらったでしょ。こっそりでいいから、あの寝間着が欲しいの……私だけ贅沢はできないから、お城で着る事になると思うけど。本当に可愛かったもの」
アルスが肩を落として、がっくりと項垂れた。
『ランリー・ロンリー』はとにかく可愛い、レースがいっぱい――で売り始めたブランドで、精霊で言うと、ニア=エルタが似たような服を着ている。
サリーが送ってきた雑誌は当然アルスも見ていた。
はしゃいだアルスが休日、食堂へ持って行ったので女子達も群がっていた。
男子達は『女ってこういうの好きだよなぁ』と呆れていた。
なぜこの雑誌がプラグ宛てに送られてきたのか、と聞かれたが、プラグはアメルが『折角だからアルスにも』と言ってこちらに送ってもらった事にした。
通販もできるので、部屋履きや小物を頼む女子もいて、アルスがまとめて注文したが、やはりドレスや寝間着は高い。寝間着は一着、五万グランで手は届く金額だったが、アルスは皆に遠慮して買えなかったのだろう。代わりに部屋履きを頼んでいた。
――ちなみにプラグも手袋が欲しいと思ったのだが、それはアメルに任せる。
プラグは深く頷いた。
「分かる。確かに可愛かった。デザイナーは天才だ。セラ国から来たブランドらしいから、やっぱり最先端なんだろうな」
セラ国からの初出店。サリーが焦っているのは、そう言う理由もある。
服飾はどこかの国風、などの流行はあるものの、今まで外国の店が出店を許可された例はなく、初めての出店だ。これは自国の商業を守るためと、商業組合との兼ね合いがあるためだ。外国の商品を扱うときは大抵、商業組合と代理店がつき、輸入、という形になる。
ランリー・ロンリーはイアデ領に小さな店舗を構えている。イアデ領は首都キルトの北側、最もセラ国に近い領だが、ランリー・ロンリーの経営者は余程強い力があるらしい。
アルスも更に頷いた。
「セラ国って凄いわね」
「この際、アルスも普段着を作ったら? 白いワンピースしかないよね? ドレスじゃなくても、帽子とか小物でもいいし」
「あの服、気に入っているんだけど……同じ物はもう無いわよね」
こだわりがあるらしい。
「どこで買ったの?」
「この街で、初めて一人で路面店に入って勢いで選んだ服なの。また同じ店を見に行こうかしら。……それはいいけど……ううん。そうね、やっぱり、城に集めてもらうわ」
「敗北の予感がするんだけど?」
プラグは苦笑した。あれもこれもと買ってしまいそうだ。
「う……予算の上限を決めるわ。そうね、サンドラ様に、晴れ着一着、コート一枚、既製服が二着くらいで、二百万くらいまでに収まるわよね」
アルスが言った。予算の上限は五百万だが、あまり高くても遠慮されるのでそのくらいが妥当だ。プラグは頷いた。
「大丈夫だと思うよ。誘惑に負けなければ」
「そうね、そうするわ」
アルスの話はそれで終わり、アルスはメノム宰相に連絡した。
「十日が楽しみだわー」
アルスが言っている反対側で、シオウが口を開いた。
「――終わったか?」
「うん」
「じゃ、朝言った頼み、聞いてくれるか?」
「俺にできることなら」
シオウの言葉にプラグは頷いた。
■ ■ ■
「よし。今度、選挙があるだろ? 俺は一応、領主代理の付き添いって事で行く。で、そこに向けて刺客が来るかもしれねぇから、見つけたらなんとかしてくれ」
シオウの頼みを聞いてプラグは固まった。
「……良い天気だなぁ……」
プラグは天井を見上げて現実逃避をした。
「もう夜だぞ――ついでに当日の護衛も頼む」
シオウに言われてプラグは首を振った。
ちなみにシオウが良いと言ったので、アルスも一緒に話を聞いている。
「護衛なら、リズに頼んだら?」
プラグは言ってみた。
選挙の警護と言う事なら、どうせクロスティアも行くだろうから一人くらい回してもらえるかもしれない。
「いや、リズ達だと相手が諦めるかもしれないし。友達一人くらいなら襲ってくるだろ? 分かれてこられても面倒だし、まとめて始末したいんだよ」
「そうかもしれないけど、俺はその日休みじゃないし……星の日が終わったら、もう出かけないって決めたから。城には行きたくない」
プラグは言ったのだが、シオウは不満げな表情をした。
「んー、じゃあ仕方ねぇ。片っ端から殺すか! それがいいな、そうしよう」
シオウの言葉にプラグはぎょっとした。
シオウは笑顔で続けた。
「お前なら上手く加減してくれるかなーって思ったんだが、来ないなら仕方無い。ま、城に来た分は近衛が片付けてくれるだろうし。宿舎に来た分はコルに焼いてもらえば埋めやすいな。いっそ灰にして畑に撒くか。火の精霊、最高! あ、流れ矢がソイツに当たっても恨むなよ。連中、毒矢も使うから」
シオウは『ソイツ』――つまりアルスを示した。
プラグはぎょっとしてアルスを見た。
「アルスも選挙に行くのか?」
「ええ。行くわ……王妃様とミアルカは出ないけど、お父様もお兄様もいるわよ……」
アルスは頭を押さえている。
プラグは溜息を吐いた。
「選挙前に何とかならないのか?」
「どうだろーな。とりあえず俺を殺すって計画はあるみたいなんだが。さてどの部族が来るかな」
「そもそも、今、レガンはどうなっているんだ?」
プラグは尋ねた。
「んー、テキトーに部族同士で争ってる。原因は俺だけどよ。あいつらバカだからなぁ」
シオウは笑って説明を始めた。
「俺、ここに来る前、ラハバでのんびり過ごしてたんだけどさ。その時、各部族の代表、二十五人宛てに、同じ手紙を出しといたんだよ」
『各部族の長は評議員選挙までにどこか一つ代表となる部族を選ぶ事』
『俺に従う部族の長は、七月三十日、キルト城に来て俺と一緒に国王陛下に謁見すること』
『なお、その場に間に合わない部族は、従う意志、または従う能力がないものと見なす』
「――ってな。知略で頑張るヤツもいれば、単純に力で何とかしようとするヤツもいる。俺なんかどうでもいいって、無視するヤツもいる。でも結局、『ラガタ』が無いから跡が継げない。無理矢理、跡を継いでもお飾りになって誰も従わない。結局、俺に従うしか無いって事だな」
そう言って、シオウは赤色の薄い箱を取り出した。
短辺十五セリチ程度、長辺は二十セリチ程度。厚みは六セリチ程だろう。
シオウが「ル・フィーラ!」と言って鍵を開けると、中にはクッションが敷かれ、立派な印章と、貴族の紋章らしき鷹の絵が刻まれたブローチが入っていた。
「これが連中が狙ってる領主印と紋章。『領主代理』って言ってもこれが無いと何もできないからな。この前国王に会ったときに『選挙の時に、領主代理を連れて挨拶に行きます』的な事言っといたから、そこで正式に認めてもらって終わり。国王への対応なんていつもそんなもんだ」
シオウは印章の箱を閉じてアルスに渡した。
「で、これは今からアルスに預けて、さくっと国王に届けてもらう。俺が成人するまで預かってくれって感じで。狙ってきても、もう城だって言えば諦めるかなー。あいつら。はい、頼んだ」
アルスは渡された箱を見て「ええ?」と声を上げた。
プラグは呆れた。
「……話を聞くと、別にシオウが領主で良いんじゃ無いか。正統な血筋だし……問題は無いような?」
「いやーそれがさ。連中、ラオラ地区が無くなって、住人が死んだのが俺のせいだって思ってるらしくて、結構、恨まれてるみたいなんだよな。家族が居たヤツも大勢いるし? 俺としてはまともな族長には身の潔白を証明したいわけ。部族が多いし信じる気ねぇだろうし。説明すんの面倒だから、集まってもらって一度に済ませる予定。それまで来た刺客は皆殺し! 従わないヤツは首切り! の予定なんだけど、お前等がいたらなんか上手い事、説明してくれるかなーって?」
お前等……アルスも勘定に入っているらしい……。
アルスは印章の箱を見て眉を顰めている。
「私が渡すの? 選挙で直接渡した方が格好いいわよ?」
アルスの言い方はどうかと思ったが、確かにそうだ。
シオウは頷いた。
「それも考えたけど、それまで置いとくと、こっちに刺客が来るだろ」
「えっ。でも、渡したら城に刺客が行くんでしょ……?」
アルスは心配そうだ。
「いや心配無い。偽物があるからな、いちおー」
シオウは同じ箱を二つ取り出した。
本物と全く同じかと思いきや、片方の箱は本物と同じく、鍵のプレートで開く仕組みになっていたが、もう片方は普通の鍵であける仕組みになっていた。
「片方の箱は本物と一緒で、俺の声で開く。もう片方は鍵で開く箱。中身は一緒――ル・フィーラっと」
シオウは笑って、二つの箱を開けた。
二つの箱にはそれぞれ、似た重さになるように作られた、版面の無い印章と、ヒヨコが描かれた安っぽい紋章があり、その上に『アホ』と『バーカ』と書かれた紙が入っている。
大変ムカツク仕様だ。
シオウは一つをプラグに渡して来た。鍵で開ける『バーカ』の箱だ。
「こっちはお前に預ける。これ鍵」
「え……」
銀色の鍵を首に掛けられる。鍵は簡単な物で、黒い革紐がついていて、首から提げられた。
「攪乱ってやつ。当日持って来てくれ。俺はこれを持ってくから」
シオウは『アホ』の箱を持った。
「まあ、印章なんて正統な領主なら作れるから、お遊びだな」
シオウの言葉に、アルスが本物の箱を見て青ざめる。
「――ええ? いよいよお城が危ないんだけど……!? どうするのよこれ!」
シオウは目を細めて笑った。
「城なら大丈夫だって。金庫に入れといてもらって。狙われて困ってるとか適当に言っとけ」
「でも、やっぱりすぐには無理よ? お城、今日行ってきたばかりなのに。先に言ってよ」
アルスが頰を膨らませた。
「心配ならリズに渡しとけば良いだろ。アプリアか。そっち経由でもいいぞ?」
するとアルスは首を振った。
「駄目よ、大事な物だし……自分で持っていくわ。できれば護衛付きで行った方がいいから、お城から近衛を頼むわ。それまで置いておくのも不安だけど……」
アルスは真面目に悩んでいるので、プラグはひとつ提案することにした。
「じゃあ、とりあえず隊長に預けたらどうかな。――ラ=ヴィア出て来て――隊長が持ってるプレートにそんな効果があるって、言っていなかった?」
プレートに向かって声を掛けると、ラ=ヴィアが出てきた。勿論プラグは『闇』の効果を知っているので、フリだ。
「ミ?」
ラ=ヴィアに事情を説明すると、彼女は頷いて「ミー。リズの『闇』の部屋に入れておけば大丈夫だヨ」と言ってくれた。
そしてプラグが尋ねると、少し説明もしてくれた。
『闇』の部屋は暗いという欠点はあるが、リズとギナ=ミミムが許さないと誰も出入りができない。外の景色も見えるがとても暗い。入っている間は絶対に安全で、お腹も空かないしトイレも必要なく、使い方としては牢獄、仮眠室など。ギナ=ミミムに頼めば、大事な物の保管にも使える……。
説明を聞いてアルスは目を輝かせた。
「それなら安心ね。『闇』ってそんな便利な物なのね。分かったわ、明日でいいかしら? お願いしてみる。その後は宰相と相談ね」
「ん、じゃあそれで頼む」
シオウが満足げに頷いた。
本物はアルスに任せておけば良さそうだ。
シオウは何やら考えている。
「まあ、無くなったら作るだけだし。とりあえず、プラグの『バーカ』が本物って事にする。お前もそのつもりで扱えよ」
プラグは戸惑った。
「ええ……どうすれば良いの?」
「それはこれから考える。狙ってこないかもしれないし?」
シオウの適当さに呆れつつ、プラグは首を振った。
「でも、これは俺の手には負えないよ。そもそも部外者だから。アルスから、国王陛下にお願いしてもらって、きちんと跡継ぎとして認めてもらうのがいいんじゃないのか。まだ一ヶ月あるし。宿舎に来られても困るよ」
プラグは言って、アルスを見た。
「私もその方がいいと思うわ……だって領主の問題よ? 要するにシオウの、身の潔白が証明できれば良いんでしょ? だったら国王陛下しかいないわよ。シオウは潔白だから成人後はレガンの領主となるべき人物である、って御触れを出してもらうか、一筆書いてもらえば……」
「ま、そーだな。じゃあそれも頼んだ」
シオウはあっさりアルスに言った。
「ええ……」
アルスは口を曲げた。
「お前の交渉力に期待する。で、それは良いとして、やっぱり来ると思うんだよな。そっちはお前がリズに上手く言って、夜外に出ても罰則をくらわねぇようにしてくれねぇか? お前リズと仲がいいだろ」
シオウがプラグに言った。
罰則を恐がるくらいなら堂々とリズに助けを求めれば良いのに、奇妙な事を言う。
「別に、頼めば警備くらい付けてくれると思うけど……?」
「それなー。俺が言うと多分、自分で何とかしろって言われる。でも、ひ弱そうなお前が頼めばリズも一肌脱ぐかって気になる。見た目の問題だな」
シオウの言い分にプラグは眉を顰めた。
「ええ? そんな事あるか?」
リズは、ああ見えて公平な人物だと思う。
宿舎に刺客が来るかもしれない、というのは大問題なので警備くらい敷いてくれるだろう。
するとアルスがプラグを見て軽く唸った。
「……それ、あるかも」
「だよな?」
シオウはアルスを見て頷いた。
アルスはしっかり頷いた。
「ええ。シオウが来たら、私だったら『貴方なら大丈夫でしょ』って言っちゃうけど、プラグがとても困った顔で来たら『助けてあげようかな……?』って思うもの」
アルスとシオウは頷き合っている。
「そうそう。――あとは俺には、リズが喜ぶ取り引き材料が無い。あいつ基本、貸せないヤツだからな。でもお前ならなんかあるだろ。この前の結婚式の礼とか。貸しがたっぷりあるし」
シオウの言い分は分かったような、分からないような……。
「リズは基本は良い人だから、困ってる人を見過ごしたりしないと思うけど……?」
プラグの言葉にシオウが笑った。
「んー。でも俺、別に困ってないんだよな。もう俺が次の領主ってのは決まりだし、刺客が死のうが、生きようが、族長が減っても、恨みが残っても、土地さえあればどうでも良いし。だからリズは俺に力は貸さない。せいぜい自分で何とかしろってなるだけ。――でも、お前が言ったらリズが何て言うのか、それが少し気になる」
シオウの言い分は分かった気がするが……。
リズの考えはプラグにも分からない。
「リズは自分で言え、って怒ると思うけど……分かった、聞いてみる。聞くだけだから……」
「ああ、あとそれと、当日は頼むな。お前が行けないなら、別にアメルでもいいし。立ってるだけでいいから」
「立ってるだけって……それ絶対、刺客が来るだろ」
「俺はアルスとも親しく話すし? 何なら踊るし? 流れ矢が来たら止めてくれよ。でも――そうならないように、今、前もって。お前にこうして頼んでるわけ。一ヶ月もあれば余裕だろ」
「そうだな……一ヶ月か。穏やかに過ごしたいからな……」
プラグは溜息を吐いて、立ち上がった。
「わかった、今から聞いてくる。今日はいるかな」
■ ■ ■
プラグはまずアプリアの部屋を訪ねた。
そもそもリズが今日いるのか分からないのだ。
「すみません。プラグ・カルタです」
扉をノックすると、アプリアが出て来た。夕食が終わってすぐなのでまだ隊服を着ている。
「はい。どうしました?」
「いきなりすみません。あの、今日って、リズ隊長はいらっしゃいますか……?」
「ああ、隊長に用があるんですね。どんな用件ですか?」
「それが、シオウから頼まれた面倒な話で。居なければ明日でも大丈夫です」
するとアプリアは「いますよ」と言って、手紙を取り出して起動させた。
手紙が繋がり、そのままアプリアが手紙に話し掛けた。
「隊長、アプリアです。今よろしいですか?」
『んー、なんだ?』
「プラグ・カルタ君が訪ねて来たのですが。シオウ君から頼まれた面倒な話があるそうです」
『シオウ? ……あー。わかった、その件な。もうお前で何とかしろって言ってくれるか。つか、今そこにいるか? 代われ』
「ええ。代わりますね――どうぞ」
アプリアが『手紙』のプレートをプラグに向けた。
「プラグです」
『プラグ、お前、昨日、部屋、抜け出しただろ。その罰って事で自分でなんとかしろ。こっちはただでさえ、警備やらなんやらで忙しいんだ。フラフラして仕事を増やすんじゃねー!』
昨夜の散歩が既にばれている……。山が光るのを目撃されたのかもしれない。
「あれ、頼み事の内容……分かってるんですか?」
『んなもん、わかってるっつーか、レントとマリーがもう十人くらい捕まえてる。あいつらをそのまま貸すから、さっさと終わらせろ。面倒くせーんだよ』
どうやら既にリズは警備をしてくれていたらしい。
プラグは気づいていなかったら、敷地に入る前に捕まったのだろう。
「それはすみませんでした……。分かりました。あの、選挙の日は俺も外出して良いでしょうか?」
『あー、敬語! うっぜ! 勝手にしろ。あ、でもあのオッサンに会わないように気を付けろよ。もし会ったら適当に挨拶しとけ。テキトーに』
「はい……それは大丈夫です……絶対に避けます」
プラグは頷いた。あのオッサン、というのはイメイア侯爵のことだ。
出会っても良い事は無いので、逃げるしかない。
『他、なんもないな?』
「はい。あ。後はアルスが近く登城するかも、と後は領主印をしばらく隊長に預かって欲しい、とかそのくらいです。今日は遅いので、明日、渡したいと。明日は居ますか?」
プラグが言うと『あーはいはい、いるいる』と雑な返事が返ってきた。
「じゃあ、以上です。頑張ります」
『はいはい。じゃな』
そこで手紙は切られた。
「隊長はやっぱり凄い人ですね」
プラグは感心した。
「ええ、そうなのですけど……昨日、抜け出したんですか?」
「――あ、いえ……あの……はい。すみませんでした」
プラグは正直に認めた。罰があってもおかしくないが……。
「いけませんよ」
アプリアは苦笑するだけだった。
「はい……」
それで終わりかと思ったら「どうして抜け出したんですか?」と理由を尋ねられた。
プラグはどう言うか迷ったが、ほぼ、正直に言う事にした。
「最近、俺はこのままでいいのかって悩んでいて……戸惑うこともあったし、眠れなくて、山に出かけて、川で泳いできました。おかげですっきりしたけど、反省しています」
アプリアは呆れたようだ。腕を組んで溜息を吐いた。
「はぁ……そうですか……きついお仕置きが必要なところですが……もう既にもらってしまいましたね……でも、他の生徒に示しが付きませんから、何か考えておきます」
プラグは頭を下げた。
「はい……。あの、刺客の件でこれから度々、外に出ると思うのですが、それは? 皆に何と説明したら良いでしょう?」
「そうですねー。夜、頻繁に外に出る理由ですか。夜の散歩……見回り……。……あ! では、私に『六角虫(ろっかくむし)』の駆除を頼まれたというのは? 最近、精霊灯の周りに多いんですよ。外に出たついでに取って、どこかに放してきてくれますか? そうですね。これを罰にしましょう」
プラグは瞬きをした。
『六角虫』とはストラヴェルでは良く見られる虫で、他国では『カメムシ』とも呼ばれる。
小さな緑色っぽい虫で、危険を感じるととても臭い匂いを出す。夜、明るいところに集まる習性があり、そう言えば玄関の精霊灯にたくさんくっついていて、気付いた女子が悲鳴を上げていた。
「六角虫ですか? 確かミントの匂いや、ハッカ、お酢を嫌うから、それを散布するか、塗った方が良いですよ。効果は二、三日で消えますけど」
プラグの言葉にアプリアが目を丸くした。
「まあ! そうなんですか? では試しに塗ってもらえますか? 二十五号室が虫対策係と言う事で。皆さんには抜け出す相談が見つかった罰、と言っておきます」
アプリアがにこやかに言った。
「分かりました。あ、ミントは繁殖力が強いので、置く場合は鉢植えで。植えたら凄く増えて大変です」
「わかりました。ああ、それもお任せしますから、上手くやって下さい。必要な物は厨房で借りて、霧吹きはどこかにあると思いますから、探して下さい。もう許可なく抜け出さないように。他の子はお行儀が良くて抜け出しませんから。貴方はもっと真面目に頑張らないと減点ですよ? 理由があるなら先に申し出て下さい、ね? 後は、悩みがあるなら相談して下さい。一人で悩まずに……」
アプリアが言った。
「はい。分かりました……お邪魔しました」
プラグは頭を下げて、アプリアの部屋を出た。
■ ■ ■
「と言う訳で、ついでに六角虫を退治するなら、夜、外に出ても良いって」
プラグの報告にシオウがぽかんと口を開けた。
「なんだそりゃ……なんでそうなるんだよ?」
アルスも瞬きをしている。
「ねえ、それ、私もやるの?」
「うん、でも外に出るなら。出ないなら俺とシオウでやる。六角虫は平気?」
「平気だけど……ミントね……アレ、お城に植えたら凄く増えたから、気を付けないと。あ、そうだわ! ついでにもらって来ようかしら? 取り放題よ」
「ああ、そうしてくれると助かる。根っこごと持ってこればいいから。鉢植えで。すぐ増えるから、少しでいいよ」
「ええ。じゃあ私はミントと鉢の担当で。他は暇だったら手伝うわ。刺客が来たら恐いもの」
アルスの言葉にプラグは頷いた。
六角虫はついでで、刺客への対処が本題だ。アルスが外に出るのは危ない。
「うん。――という感じで、六角虫も刺客も、選挙までにいなくなると良いね」
プラグはシオウに言った。
「どーだか。分かった。ま、俺じゃこうはいかなかっただろうな。やれやれ。片付いたら『プラグ』で参加しろよ」
「それは無理。アメルで行くから」
プラグはそっぽを向いた。
「ま、この際、アメルでもいいけど、プラグが良かったなぁ……」
シオウが言ったが……そもそも何故プラグを連れて行きたがるのか。
「そんなに俺が良いの?」
するとシオウは当然、と言う顔をした。
「は? そりゃそうだろ……だって、故郷のやつらに、これが俺の友人だって紹介するんだぞ?」
今度はシオウがそっぽを向いてしまった。
目的を聞いたプラグは、参加してもいいかも……。と思ってしまった。
まあ、その『故郷のやつら』はシオウを殺しに来るのだが。
「……友達……そうか、そうなんだ……アルスも友達?」
「一応な」
シオウの言葉にアルスがにやりと微笑んだ。
「私も入れてくれるの? やったわー! ねえプラグも行きましょうよ、最初アメルちゃんでいて、さくっと着替えればいいんじゃない?」
「ううん……考えておく」
プラグは恋愛よりも何よりも、この捕まりやすい性質を何とかするべきだ。
「あ、そうだわシオウ、服はもう用意した?」
アルスがシオウに尋ねた。
「ん? まだだけど。今度、予約する」
するとアルスが腕を組んだ。
「やっぱり。それだともう間に合わないわよ。選挙前は貸衣装が大はやりだもの。予約は最低三ヶ月前で無いと取れないわ」
「ええ!? まじか。買うか?」
「それも一杯よ。二人とも服は私に任せて。お城にあてがあるの。お兄様のお下がりか、お城が持ってる衣装もあったから。貴族服も何着もあるし、お城から予約してもらう事もできると思うわ。一度、権力を使ってみたいの」
アルスの言葉にシオウが口の端を上げた。
「おっ。おもしれー事言うな。分かった、頼んだ。やるからにはちゃんと用意しろよ」
アルスが頷いた。
「ええ。もちろん。希望のブランドはある?」
「んー……別にない。任せる」
「わかったわ。サイズは先に測っていこうかしら。試着もした方がいいかしら? その時は来てね。選挙の少し前くらいかしら」
「ん。わかった。いやー助かるー。物差しってあるのか? 紐?」
シオウは目を細めて笑っている。
「紐を使って――物差しで測りましょう。でも無いわ。用務員さんに借りて来ようかしら? プラグ、持ってる??」
「いや、持ってない」
物差しは使わないので用意していない。服飾で使う紐状の物も、あいにく持っていない。
「そう、じゃあ探して来るわ――あ、お風呂に行かなくちゃ。また後でね」
アルスが立ち上がり、寝間着を持って出て行った。シオウも風呂に入るか、と言って機嫌良く出て行った。
プラグは先に入っていたので、一人部屋に残された。
……首には鍵、手元には『バーカ』の箱。
六角虫――もとい刺客の退治が終わらなければ、選挙に行く事になり。選挙前には試着の予定も入りそうだ。
(もう外に出ない、って思ったけど……無謀だったかも)
プラグはベッドに突っ伏した。