第三十五話:光と風の盾、深海の戦術師の誓い
ー/ー 狂炎の破壊者を打ち破ってから三週間。ヒカルの司令部には、放浪の運び屋が多大な危険を冒して持ってきた極秘情報が、緊迫感のある空気を生み出していた。
「分析結果が出ました、王」
蒼玉の理性竜姫アクアが、冷徹な声で報告を始めた。その隣には深海の戦術師シエルが、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせていた。
「敵の狙いは、我々の自由な情報網を破壊する疾風の追跡者による、古代の魔術を用いた遠隔暗殺でした。しかし、放浪の運び屋の情報により、魔術の発動中枢は既に風の遊撃竜姫セフィラと空虚の斥候王ゼファーが押さえています」
アクアは戦略盤の駒を一つ、敵陣の最奥部から撤去した。
「つまり、敵の最大火力は、発動前に無力化された」
ヒカルは深く頷いた。賢者から得た「知識の盾」が、見事に機能したのだ。しかし、シエルが静かに別の駒を動かした。
「ですが、王。疾風の追跡者は、我々が罠を知っていることに気づいたはずです。彼のエキスパートとしてのプライドと、古王の『古代の魔術を成功させる』という絶対命令。その板挟みで、彼は撤退という論理的な選択を放棄する」
「その通りだ」
ヒカルは司令部の地図を見据えた。
「奴の使命は、情報網の破壊と俺の暗殺だ。魔術が使えなくても、彼がこのまま任務を放棄するという選択肢はない。奴は、暗殺を自ら実行する」
シエルは、その冷静な判断に感嘆の表情を浮かべた。
「敵の行動を『論理的な退却』ではなく、『狂気的な使命』として捉える。これこそが、王の真骨頂です。彼の次の行動は、高速機動と隠密を駆使した、王への直接的な奇襲に切り替わります」
ヒカルは、疾風の追跡者という暗殺者の本質を理解していた。彼の暗殺は、セフィラの情報網を破壊し、盟約軍の「自由な情報」という核を潰すことが目的だ。
「セフィラ、ゼファー。お前たちの愛の旋律が試されるぞ。敵の機動力を上回る自由な情報と、敵を欺く奇襲で、奴を王の命から引き剥がせ」
◇◆◇◆◇
作戦は、夜明け前の深い霧の中で開始された。
疾風の追跡者は、古代の魔術の発動地点を諦め、その比類なき速度と暗殺術を駆使して、ヒカルの司令部へと一直線に侵入を試みていた。
中性的で痩身の青年。疾風の追跡者は全身を漆黒の斥候服で覆い、瞳は感情を抑圧した冷たい金色で、背中には常に暗殺用の風の刃を隠し持っていた。
しかし、彼の侵入経路は、既に風の竜姫セフィラの遊撃・攪乱部隊によって予測されていた。
「あはは! 団長! 奴の動きは、退屈で予測可能だよ!」
セフィラは軽装なミニスカート姿のまま、愛機の背に乗って高速で夜空を駆ける。彼女の純粋な自由な愛から生み出された高速情報網は、疾風の追跡者の隠密行動の全てを捉えていた。
「ゼファー、指示通り、遊撃部隊を広域濃霧結界(風水ユニゾン)で展開!」
空虚の斥候王ゼファーが冷静に指示を出す。セフィラ軍の風の力と、アクア軍の水の力が融合した広域濃霧結界(ユニゾン)が、瞬時に司令部周辺に展開した。
ヒカルの指揮棒に合わせ、セフィラのG音(ソ)(フルート)とアクアのF音(ファ)(クラリネット)が重なり、減三和音(ディミニッシュ・トライアド)という静かで不吉な不協和音を奏でる。この和音は、濃霧の物理的な効果に加え、敵の聴覚と精神に「不安定さ」という圧力を与え、疾風の追跡者は、己の隠密能力を、濃霧という味方の属性で封じられるという、予測外の事態に陥る。
「馬鹿な…………我の自由な情報網を、なぜ敵が…………!」
疾風の追跡者は、濃霧の中で視覚と聴覚を奪われ、焦燥の声を上げる。
「退けない…………! 古王の命令は絶対! 命をもって、王の命を奪う!」
追い詰められた疾風の追跡者は、魔力を爆発させ、濃霧結界を力で突破。濃霧が晴れた瞬間、彼はヒカルの司令部へと一直線に突撃した。彼の目的は、もはや情報網の破壊ではなく、ヒカルの命そのものだ。
さらに完全竜化し流線型の銀色の風竜へと変貌した。翼は風を切り裂き、音速を超える移動で盟約軍の機動を抑圧し、本陣に迫ってくる。
「団長(ヒカル)、危ない!」
セフィラが叫ぶ。
司令部の最前線で、ヒカルは戦場の視覚化で敵の最終突撃を把握していた。しかし、敵の速度はあまりにも速い。疾風の追跡者が、ヒカルの心臓めがけて、高速の魔力刃を放った。
「王!」
ヒカルの横に控えていた深海の戦術師シエルが、反射的にヒカルの前に飛び出した。彼女は、アクア軍の防御魔力を瞬時に展開するが、暗殺者の魔力刃は防御を貫通。
キンッ!という鈍い音と共に、シエルの身体は宙を舞う。彼女はヒカルの頭脳を護るため、暗殺者の致命的な一撃を、自らの右翼で受け止めたのだ。
シエルは、その場で崩れ落ちる。その右翼からは、大量の血が噴き出し、軍師服を赤く染めていった。
「シエル!」
ヒカルの叫びが、濃霧が晴れた戦場に響き渡る。
その一瞬の隙を、セフィラは見逃さなかった。彼女の純粋な自由な愛が、仲間の流した血という非合理な怒りによって激しく揺さぶられた。
「私の団員の血を流させるなんて、最低だよ!」
セフィラは、珍しく怒りの感情を露わに叫びながら、大地シールド加速ユニゾンを応用し、猛スピードで突撃。彼女の遊撃部隊が疾風の追跡者を包囲し、風の刃と土の防御が複合した強烈な一撃で、その身体を貫き討ち取った。
「ぐ、ぐはっ。な、なんというスピード……。これが姫の力なのか……」
◇◆◇◆◇
戦闘は終結したが、司令部には静かな、しかし深い悲しみが広がっていた。ヒカルは、重傷を負ったシエルを自ら抱きかかえ、テラの部隊による治療に当たらせた。
「くそっ……なぜ、シエルまで…………!」
ヒカルは、またしても自分の優しさを盾に、誰かの献身を受け入れるという、王の義務の重さに打ちのめされていた。
シエルは、激しい痛みに耐えながらも、ヒカルを見つめ、微かに微笑んだ。
「王よ…………ご心配なく。私の右翼は一時的に失われましたが、頭脳は生きています。こんなもの回復呪文で再生できますわ。それより、私は論理で、王の命を守るという義務を果たしただけ。王の戦略的な資産は、私が必ず守り抜きます」
ヒカルは、シエルの理性的な献身に胸を締め付けられた。彼女は、愛を義務という言葉で武装し、自らの命を投げ出したのだ。
その時、レヴィア軍の最前線で待機していた爆炎龍将軍フレアが、司令部の状況を知り、血相を変えて駆け込んできた。彼は、シエルを抱きかかえるヒカルの姿を見て、激しく動揺する。
ヒカル、レヴィア、アクア、そして治療に当たっていたテラたちは、その場で息を潜めた。この瞬間、戦略も論理も崩壊し、ただ一人の男の激情と、瀕死の軍師の告白だけが、司令部を支配した。彼らは、その個人的な愛憎の激しさに、誰も口を挟むことができなかった。
「な、なぜだ…………! なぜ、あんな人間ごときを守るために、貴様が…………!」
フレアの憎しみと嫉妬は、すべてヒカルに向けられていた。彼は、自分がレヴィアの側で嫉妬と不満に苛まれている間に、ヒカルという「人間」のそばにいたシエルが、命を懸けてヒカルを守ったという事実に直面した。
その時、シエルは、冷徹な軍師の仮面を外し、本当の感情を吐露した。
「フレア…………」
シエルの声は、弱々しかったが、ヒカルという王の論理を、一瞬で個人的な感情へと引き戻した。彼女の瞳は、ヒカルを見つめる論理的な愛ではなく、フレアの激情と孤独を理解する優しさに満ちていた。
「貴方は、王への忠誠心と、私への個人的な優しさで、ずっと葛藤していた。知っています。私が王を守るために動いたのは…………貴方の純粋な情熱が、誰かの血を流すことを許さないと知っていたから」
彼女の言葉は、これまでの戦略的な誘惑を超え、フレアの強い信念に心底から惹かれていたという真実の告白だった。シエルは、フレアの自分にはない、熱い信念に、論理を超えた愛を自覚していたのだ。
「貴方は、炎の竜姫の矛であり、私の心の中の、唯一の非合理な感情よ。貴方のその孤独を、もう責めたりしない。どうか、王への忠誠心を、貴方の命で証明し続けて…………」
シエルは、フレアの憎悪と裏切りの炎を、優しさと真実という水で、一瞬で鎮火させた。フレアの心の中は、シエルの献身とヒカルへの憎悪という、より複雑な泥沼へと変貌した。
「シエル…………お前は…………!」
フレアは、シエルに駆け寄ろうとして、その場で立ち尽くした。副官としての冷静さと、レヴィアへの忠誠心が、彼の激情を押しとどめたのだ。
「…………王よ」
彼の瞳に灯るのは、激情ではなく、冷たく計算された憎悪だった。フレアは、ヒカルに聞こえるよう、低く、しかし明確な声で告げた。
「貴様が王である限り、我々の犠牲は、永遠に終わらない…………。しかし、今は、レヴィア様の矛として、貴様の命を守る忠誠を果たす。それが、爆炎龍将軍としての義務だ。」
(貴様を王座から引きずり降ろす。その機会が訪れるまで、俺は貴様の最も近くで、忠実な刃として潜伏する…………)
フレアは、その場に留まり、裏切りを誓った忠臣として、ヒカルを睨みつけた。ヒカルは、フレアの「絆の共感者」の魔力が、冷たく計算された憎悪と潜伏の決意という、最も危険な音色へと変貌していることを察知する。
シエルの重傷と、フレアの感情の転換点は、盟約軍に戦略的な勝利をもたらしたが、内部に決定的な亀裂を生み出したのだった。
(八ヶ月だ。この八ヶ月間で、多くの勝利を手にしたが、その代償はあまりに大きい。次は失敗できない……)
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
狂炎の破壊者を打ち破ってから三週間。ヒカルの司令部には、|放浪の運び屋《ウィンド・ランナー》が多大な危険を冒して持ってきた極秘情報が、緊迫感のある空気を生み出していた。
「分析結果が出ました、王」
蒼玉の理性竜姫アクアが、冷徹な声で報告を始めた。その隣には深海の戦術師シエルが、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせていた。
「敵の狙いは、我々の自由な情報網を破壊する|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》による、古代の魔術を用いた遠隔暗殺でした。しかし、|放浪の運び屋《ウィンド・ランナー》の情報により、魔術の発動中枢は既に風の遊撃竜姫セフィラと空虚の斥候王ゼファーが押さえています」
アクアは戦略盤の駒を一つ、敵陣の最奥部から撤去した。
「つまり、敵の最大火力は、発動前に無力化された」
ヒカルは深く頷いた。賢者から得た「知識の盾」が、見事に機能したのだ。しかし、シエルが静かに別の駒を動かした。
「ですが、王。|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》は、我々が罠を知っていることに気づいたはずです。彼のエキスパートとしてのプライドと、古王の『古代の魔術を成功させる』という絶対命令。その板挟みで、彼は撤退という論理的な選択を放棄する」
「その通りだ」
ヒカルは司令部の地図を見据えた。
「奴の使命は、情報網の破壊と俺の暗殺だ。魔術が使えなくても、彼がこのまま任務を放棄するという選択肢はない。奴は、暗殺を自ら実行する」
シエルは、その冷静な判断に感嘆の表情を浮かべた。
「敵の行動を『論理的な退却』ではなく、『狂気的な使命』として捉える。これこそが、王の真骨頂です。彼の次の行動は、高速機動と隠密を駆使した、王への直接的な奇襲に切り替わります」
ヒカルは、|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》という暗殺者の本質を理解していた。彼の暗殺は、セフィラの情報網を破壊し、盟約軍の「自由な情報」という核を潰すことが目的だ。
「セフィラ、ゼファー。お前たちの愛の旋律が試されるぞ。敵の機動力を上回る自由な情報と、敵を欺く奇襲で、奴を王の命から引き剥がせ」
◇◆◇◆◇
作戦は、夜明け前の深い霧の中で開始された。
|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》は、古代の魔術の発動地点を諦め、その比類なき速度と暗殺術を駆使して、ヒカルの司令部へと一直線に侵入を試みていた。
中性的で痩身の青年。|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》は全身を漆黒の斥候服で覆い、瞳は感情を抑圧した冷たい金色で、背中には常に暗殺用の風の刃を隠し持っていた。
しかし、彼の侵入経路は、既に風の竜姫セフィラの遊撃・攪乱部隊によって予測されていた。
「あはは! 団長《ヒカル》! 奴の動きは、退屈で予測可能だよ!」
セフィラは軽装なミニスカート姿のまま、愛機の背に乗って高速で夜空を駆ける。彼女の純粋な自由な愛から生み出された高速情報網は、|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》の隠密行動の全てを捉えていた。
「ゼファー、指示通り、遊撃部隊を広域濃霧結界(風水ユニゾン)で展開!」
空虚の斥候王ゼファーが冷静に指示を出す。セフィラ軍の風の力と、アクア軍の水の力が融合した広域濃霧結界(ユニゾン)が、瞬時に司令部周辺に展開した。
ヒカルの指揮棒に合わせ、セフィラのG音(ソ)(フルート)とアクアのF音(ファ)(クラリネット)が重なり、減三和音(ディミニッシュ・トライアド)という静かで不吉な不協和音を奏でる。この和音は、濃霧の物理的な効果に加え、敵の聴覚と精神に「不安定さ」という圧力を与え、|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》は、己の隠密能力を、濃霧という味方の属性で封じられるという、予測外の事態に陥る。
「馬鹿な…………我の自由な情報網を、なぜ敵が…………!」
|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》は、濃霧の中で視覚と聴覚を奪われ、焦燥の声を上げる。
「退けない…………! 古王の命令は絶対! 命をもって、王の命を奪う!」
追い詰められた|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》は、魔力を爆発させ、濃霧結界を力で突破。濃霧が晴れた瞬間、彼はヒカルの司令部へと一直線に突撃した。彼の目的は、もはや情報網の破壊ではなく、ヒカルの命そのものだ。
さらに完全竜化し流線型の銀色の風竜へと変貌した。翼は風を切り裂き、音速を超える移動で盟約軍の機動を抑圧し、本陣に迫ってくる。
「団長(ヒカル)、危ない!」
セフィラが叫ぶ。
司令部の最前線で、ヒカルは戦場の視覚化で敵の最終突撃を把握していた。しかし、敵の速度はあまりにも速い。|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》が、ヒカルの心臓めがけて、高速の魔力刃を放った。
「王!」
ヒカルの横に控えていた深海の戦術師シエルが、反射的にヒカルの前に飛び出した。彼女は、アクア軍の防御魔力を瞬時に展開するが、暗殺者の魔力刃は防御を貫通。
キンッ!という鈍い音と共に、シエルの身体は宙を舞う。彼女はヒカルの頭脳を護るため、暗殺者の致命的な一撃を、自らの右翼で受け止めたのだ。
シエルは、その場で崩れ落ちる。その右翼からは、大量の血が噴き出し、軍師服を赤く染めていった。
「シエル!」
ヒカルの叫びが、濃霧が晴れた戦場に響き渡る。
その一瞬の隙を、セフィラは見逃さなかった。彼女の純粋な自由な愛が、仲間の流した血という非合理な怒りによって激しく揺さぶられた。
「私の団員の血を流させるなんて、最低だよ!」
セフィラは、珍しく怒りの感情を露わに叫びながら、大地シールド加速ユニゾンを応用し、猛スピードで突撃。彼女の遊撃部隊が|疾風の追跡者《ゲイル・チェイサー》を包囲し、風の刃と土の防御が複合した強烈な一撃で、その身体を貫き討ち取った。
「ぐ、ぐはっ。な、なんというスピード……。これが姫の力なのか……」
◇◆◇◆◇
戦闘は終結したが、司令部には静かな、しかし深い悲しみが広がっていた。ヒカルは、重傷を負ったシエルを自ら抱きかかえ、テラの部隊による治療に当たらせた。
「くそっ……なぜ、シエルまで…………!」
ヒカルは、またしても自分の優しさを盾に、誰かの献身を受け入れるという、王の義務の重さに打ちのめされていた。
シエルは、激しい痛みに耐えながらも、ヒカルを見つめ、微かに微笑んだ。
「王よ…………ご心配なく。私の右翼は一時的に失われましたが、頭脳は生きています。こんなもの回復呪文で再生できますわ。それより、私は論理で、王の命を守るという義務を果たしただけ。王の戦略的な資産は、私が必ず守り抜きます」
ヒカルは、シエルの理性的な献身に胸を締め付けられた。彼女は、愛を義務という言葉で武装し、自らの命を投げ出したのだ。
その時、レヴィア軍の最前線で待機していた爆炎龍将軍フレアが、司令部の状況を知り、血相を変えて駆け込んできた。彼は、シエルを抱きかかえるヒカルの姿を見て、激しく動揺する。
ヒカル、レヴィア、アクア、そして治療に当たっていたテラたちは、その場で息を潜めた。この瞬間、戦略も論理も崩壊し、ただ一人の男の激情と、瀕死の軍師の告白だけが、司令部を支配した。彼らは、その個人的な愛憎の激しさに、誰も口を挟むことができなかった。
「な、なぜだ…………! なぜ、あんな人間ごときを守るために、貴様が…………!」
フレアの憎しみと嫉妬は、すべてヒカルに向けられていた。彼は、自分がレヴィアの側で嫉妬と不満に苛まれている間に、ヒカルという「人間」のそばにいたシエルが、命を懸けてヒカルを守ったという事実に直面した。
その時、シエルは、冷徹な軍師の仮面を外し、本当の感情を吐露した。
「フレア…………」
シエルの声は、弱々しかったが、ヒカルという王の論理を、一瞬で個人的な感情へと引き戻した。彼女の瞳は、ヒカルを見つめる論理的な愛ではなく、フレアの激情と孤独を理解する優しさに満ちていた。
「貴方は、王への忠誠心と、私への個人的な優しさで、ずっと葛藤していた。知っています。私が王を守るために動いたのは…………貴方の純粋な情熱が、誰かの血を流すことを許さないと知っていたから」
彼女の言葉は、これまでの戦略的な誘惑を超え、フレアの強い信念に心底から惹かれていたという真実の告白だった。シエルは、フレアの自分にはない、熱い信念に、論理を超えた愛を自覚していたのだ。
「貴方は、炎の竜姫の矛であり、私の心の中の、唯一の非合理な感情よ。貴方のその孤独を、もう責めたりしない。どうか、王への忠誠心を、貴方の命で証明し続けて…………」
シエルは、フレアの憎悪と裏切りの炎を、優しさと真実という水で、一瞬で鎮火させた。フレアの心の中は、シエルの献身とヒカルへの憎悪という、より複雑な泥沼へと変貌した。
「シエル…………お前は…………!」
フレアは、シエルに駆け寄ろうとして、その場で立ち尽くした。副官としての冷静さと、レヴィアへの忠誠心が、彼の激情を押しとどめたのだ。
「…………王よ」
彼の瞳に灯るのは、激情ではなく、冷たく計算された憎悪だった。フレアは、ヒカルに聞こえるよう、低く、しかし明確な声で告げた。
「貴様が王である限り、我々の犠牲は、永遠に終わらない…………。しかし、今は、レヴィア様の矛として、貴様の命を守る忠誠を果たす。それが、爆炎龍将軍としての義務だ。」
(貴様を王座から引きずり降ろす。その機会が訪れるまで、俺は貴様の最も近くで、忠実な刃として潜伏する…………)
フレアは、その場に留まり、裏切りを誓った忠臣として、ヒカルを睨みつけた。ヒカルは、フレアの「絆の共感者」の魔力が、冷たく計算された憎悪と潜伏の決意という、最も危険な音色へと変貌していることを察知する。
シエルの重傷と、フレアの感情の転換点は、盟約軍に戦略的な勝利をもたらしたが、内部に決定的な亀裂を生み出したのだった。
(八ヶ月だ。この八ヶ月間で、多くの勝利を手にしたが、その代償はあまりに大きい。次は失敗できない……)