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第三十一話:闇の王女の嘲笑と賢者への決断

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 夜の闇が全てを飲み込むように、古王城の深奥、闇の玉座の間は沈黙と重圧に包まれていた。玉座には古王の姿はなく、代わりに彼の威を借りる最高幹部、残る四名の六征竜が、重い空気の中で膝をついていた。

 土を司る鉄壁の将と、水を司る霧幻の策士。この二名の将軍を、盟約軍と名乗る反乱勢力の若き王、ヒカル・クライヴが、わずか数回の戦闘で打ち破った事実は、古王軍の「力こそ正義」という揺るぎない信念を根底から揺るがしていた。

「…………信じられませぬ」

 膝をつく一人、炎を司る狂炎の破壊者(バーン・ブレイカー)が、激情を抑えきれずに唸る。彼の全身を覆う炎の鱗は、怒りで激しく脈動していた。

「あの鉄壁の将(アイアン・ウォール)が、あのような下賤な『泥遊び』のような奇策で敗北しただと? そして霧幻の策士(ミスト・マキナ)の精緻な情報戦が、『愛の不協和音』などという、感情的な暴挙で打ち破られただと!?」

 狂炎の破壊者は、ヒカルの用いる「ユニゾン戦術」を理解できなかった。彼にとって、力とは純粋な魔力の量であり、感情は制御すべき不純物でしかなかったからだ。

「彼奴の力は、単なる竜姫の合体技ではない」

 静かに口を開いたのは、古王軍の情報と謀略を担う最高幹部の補佐役、黄金の鑑定士(ギルティア)だった。彼女は、白と金色の豪華なドレス風の戦闘服に身を包み、傲慢な表情で、盟約軍から回収された魔力分析の残渣が記録されたクリスタル端末を見つめていた。

「破壊者よ。貴様の激情は、我々の戦術の妨げとなる。落ち着きなさい」

 鑑定士は、ヒカルが竜姫たちの「愛」を調律することで力を最大化しているという分析結果を、信じられないという表情で読み上げる。

「あの人間の小僧の能力…………『絆の共感者(Dragonic Empathy)』。彼は竜姫たちの『感情のブレ』そのものをエネルギーに変え、それを『愛の調律』と呼ぶ。これは、我々が信奉する『力による支配』の真逆を行く、最も卑劣で、最も予測不能な『感情戦略』だ」

 鑑定士は、その分析結果に嫌悪感を滲ませる。彼女のエリートとしてのプライドが、ヒカルの「優しさ」という非合理な手段を認めることを許さない。

「愛? 絆? それは全て、竜族の王たる我々が、とっくの昔に捨て去った『人間の下賤な感情』に過ぎぬ! それが、我々の将軍を倒しただと? 笑止千万!」
「フン…………支配を謳う竜が、人間の下賤な感情に怯えるとは、滑稽ね」

 広間の重苦しい空気を切り裂くように、冷笑的な声が響いた。

 全ての六征竜、そして黄金の鑑定士(ギルティア)の視線が、玉座の傍らに注がれる。そこには、紫と黒のベルベット素材を用いた高貴なドレス風の戦闘服を纏った、艶やかな漆黒の超ロングヘアの美女が立っていた。

 六龍姫の長姉、闇の王女ヴァルキリア・ブラッドリーフ。

 彼女の瞳は血のような赤色を帯び、その口元は、何かを嘲笑っているかのように片手で覆われている。その身に宿す強大な闇の力は、古王軍の誰よりも圧倒的な「孤高の竜姫の威圧感」を放っていた。

「ヴァルキリア様!」

 狂炎の破壊者が、畏怖の念と共に声を上げる。ヴァルキリアこそ、古王軍の現時点での最強の矛であり、長姉という血筋の正統性を持つ、誰もが敬遠する存在だった。

 ヴァルキリアは、ヒカルの盟約軍の動向に関する報告書を、一瞥しただけでゴミのように床に落とした。

「あの小僧が謳う『優しさが最強の力』など、脆い幻想。絆? 感情など、最も脆く、簡単に裏切られる幻想に過ぎない。この闇の力こそが、真の支配であると、彼奴に教えてやる必要がある」

 ヴァルキリアの言葉には、ヒカルが説く「愛と絆」という理念を自らの意志で否定する、強い憎悪と敵意が明確に込められていた。彼女の孤高の闇は、ヒカルの家族愛と優しさが、かえって「弱さ」であると証明したがっていた。

「あの人間が持つ力は、ただの下らない慰みであり、真の闇の前では塵になる。とは言え、このままあの小僧を放置すれば、奴は『感情の伝染病』のように、我々の軍団の核を内部から腐敗させるでしょう」

 ヴァルキリアの冷徹な断言に、古王軍の将軍たちの間に動揺が走る。ヒカルの戦略は、単なる武力ではなく、「思想と感情」による内部崩壊を狙ったものだと、彼らは初めて理解した。

 狂炎の破壊者は、自らの激情を制御し、ヴァルキリアに問う。

「では、ヴァルキリア様。あの王を詐称する者の『感情の毒』を断ち切るために、次に我々は何をすべきでしょうか?」

 ヴァルキリアは、床に落ちた報告書を踏みつけ、その視線を狂炎の破壊者へと向けた。

「ふん。あの小僧の最大のリスクは、その『感情の調律』に極限まで依存していること。ならば、我々がすべきは、彼奴の感情を支える『光の存在』を徹底的に叩き潰すことだ」

 ヴァルキリアの瞳には、ヒカルの感情を安定させているであろう、まだ見ぬ光の竜姫、ルーナの存在を憎悪する炎が宿っていた。

「狂炎の破壊者よ。貴様は、古の竜族だけが持つ『失われた古代の魔術』の伝承を、直ちに発掘し、その使用方法を探れ。あの小僧の予測不能な愛の奇策に対抗するには、もはや『世界の理を歪める、真の力』が必要だ」

「そして…………」

 ヴァルキリアは、再び冷笑を浮かべ、玉座の間の闇に消えていく。

「あの虚構の絆は、この私が、真の闇で切り裂いてやるわ!」



 ◇◆◇◆◇

 盟約軍の司令部。

 ヒカルは、先日の霧幻の策士との戦闘で、理性を失いかけたアクアを勝利によって救ったという達成感に浸る間もなく、深い焦燥に襲われていた。

 彼の胸に宿る「絆の共感者」の異能が、古王軍側から放たれる、これまでとは比較にならない、強烈な闇と、古の魔術の予兆という二つの魔力の「音色」をリアルタイムで感知していたからだ。

(まずい…………あの闇の音色は、ヴァルキリア。彼女は予想以上に早く、そして強大な力で俺たちを敵視している。そして、その憎悪の音色の背後にある、もう一つの『古の魔術』の予兆…………)

 ヒカルの横に立っていた純白の調和聖女ルーナが、その白金色の瞳をヒカルに向ける。

「ヒカル様。貴方の心が、再び乱れています。古王側から、『世界の理を歪める』ような、極めて不調和な力が発せられています。このままでは、貴方の『絆の共感者』の調律が、その闇に侵食されてしまいます」

 ルーナは、ヒカルの額にそっと手を触れ、静謐な光の魔力を流し込む。彼女の調律の光は、一時的にヒカルの精神的な疲弊を癒やし、闇の侵食を食い止めた。

「ルーナ…………ありがとう。お前の調律がなければ、俺は今頃、この強すぎる闇と憎悪の音色に押し潰されていた」

 ヒカルは、ルーナの献身的な愛と、その背後にある闇への恐怖を理解していた。

 蒼玉の理性竜姫アクアが、シエルと共に分析結果を報告する。

「王。シエルと私の分析では、敵は今後、『ユニゾン対策を施した、古の魔術』を用いる可能性が極めて高いと結論づけました。霧幻の策士の敗北で、古王軍は『力による支配』の限界を悟った。次は、武力ではなく、『予測不能な力』で我々を叩き潰しに来るでしょう」

 深海の戦術師シエルも、冷静に付け加えた。

「王よ。我々は、闇の王女ヴァルキリアと、彼女の背後にある古王軍の『古代の知識』に対する、対抗策を持っていません。このままでは、我々の四龍ユニゾンですら、予期せぬ力で打ち破られるリスクがあります」

 ヒカルは、二人の理知的な愛による懸念を理解した上で、立ち上がった。

(ヴァルキリアの闇を克服するには、俺の愛の調律を極限まで高める必要がある。そして、古王軍が使うであろう古代の魔術に対抗するには、その知識そのものを手に入れるしかない)

「アクア、シエル。お前たちの分析は正しい。受動的に敵の攻撃を待つのは、俺の戦略ではない」

 ヒカルは、古王軍の最強の矛であるヴァルキリアの存在と、「古代の知識」という新たな脅威に直面したことで、自らの行動原理を再認識した。

「俺がこの劣勢な軍団を率いて生き残るには、常に『情報』と『先手』を握り続けなければならない。そして、ヴァルキリアの闇を愛で包み込むためには、彼女の『孤立の理由』を知る必要がある」

 ヒカルは、司令部の壁に貼られた巨大な古地図の一点を指差した。

「古王の弱点、そして失われた竜族の歴史を知る、『知識の守護者・賢者ソフス』。彼に会いに行く」

 紅蓮の激情竜姫レヴィアが、この非戦闘的な展開に激しく反発した。

「何ですって!? 夫! なぜ、得体の知れない賢者の『証明』など必要とするのよ! 私の炎の力と、貴方への愛があれば、古代の魔術など、焼き尽くせるわ!」

 レヴィアの激情的な愛は、ヒカルの胸に熱い魔力となって流れ込む。それは軍の士気の源であり、同時に、ヒカルを消耗させる最大の重圧だった。

 ヒカルは、レヴィアの瞳を真っ直ぐに見つめ、愛の指揮棒を振るうように、優しくも強い言葉を投げかけた。

「レヴィア。お前の愛は最強の矛だ。だが、最強の矛を振るうには、『闇を切り裂く真実の知識』という理性の土台が必要だ。これは、お前の愛を『世界の理を歪める、究極のユニゾン』へと昇華させるための、戦略的行動だ」

 ヒカルは、アクア、シエル、ルーナ、そしてテラの視線を受け止めた。

「ルーナ。お前には、俺の『精神的な支柱』として、共に来てほしい。賢者は、武力よりも『魂の覚悟』を試してくるだろう。お前の調律の光が、俺の覚悟を証明する」

 純白の調和聖女ルーナは、静かに頷き、その瞳に強い決意を宿した。

「御意。ヒカル様。貴方の魂の安息と、愛の光を、このルーナが必ず守り抜きます」

 ヒカルの決断は、五龍盟約軍の次なる戦略が、武力による『侵略』ではなく、『情報』と『絆』による『調和』であることを示していた。

「アクア、シエル。留守を頼む。レヴィア、お前の激情を、次の戦闘まで温存しておけ。俺は必ず、『古代の知識』という最強の盾を持って帰る」

 ヒカルは、ヴァルキリアが放つ闇の脅威と、古王軍の古の魔術という予測不能な脅威に、「知識」という光で対抗する、孤独な決断を下したのだった。

【第32話へ続く】





みんなのリアクション

 夜の闇が全てを飲み込むように、古王城の深奥、闇の玉座の間は沈黙と重圧に包まれていた。玉座には古王の姿はなく、代わりに彼の威を借りる最高幹部、残る四名の六征竜が、重い空気の中で膝をついていた。
 土を司る鉄壁の将と、水を司る霧幻の策士。この二名の将軍を、盟約軍と名乗る反乱勢力の若き王、ヒカル・クライヴが、わずか数回の戦闘で打ち破った事実は、古王軍の「力こそ正義」という揺るぎない信念を根底から揺るがしていた。
「…………信じられませぬ」
 膝をつく一人、炎を司る|狂炎の破壊者《バーン・ブレイカー》が、激情を抑えきれずに唸る。彼の全身を覆う炎の鱗は、怒りで激しく脈動していた。
「あの|鉄壁の将《アイアン・ウォール》が、あのような下賤な『泥遊び』のような奇策で敗北しただと? そして|霧幻の策士《ミスト・マキナ》の精緻な情報戦が、『愛の不協和音』などという、感情的な暴挙で打ち破られただと!?」
 狂炎の破壊者は、ヒカルの用いる「ユニゾン戦術」を理解できなかった。彼にとって、力とは純粋な魔力の量であり、感情は制御すべき不純物でしかなかったからだ。
「彼奴の力は、単なる竜姫の合体技ではない」
 静かに口を開いたのは、古王軍の情報と謀略を担う最高幹部の補佐役、黄金の鑑定士《ギルティア》だった。彼女は、白と金色の豪華なドレス風の戦闘服に身を包み、傲慢な表情で、盟約軍から回収された魔力分析の残渣が記録されたクリスタル端末を見つめていた。
「破壊者よ。貴様の激情は、我々の戦術の妨げとなる。落ち着きなさい」
 鑑定士は、ヒカルが竜姫たちの「愛」を調律することで力を最大化しているという分析結果を、信じられないという表情で読み上げる。
「あの人間の小僧の能力…………『絆の共感者(Dragonic Empathy)』。彼は竜姫たちの『感情のブレ』そのものをエネルギーに変え、それを『愛の調律』と呼ぶ。これは、我々が信奉する『力による支配』の真逆を行く、最も卑劣で、最も予測不能な『感情戦略』だ」
 鑑定士は、その分析結果に嫌悪感を滲ませる。彼女のエリートとしてのプライドが、ヒカルの「優しさ」という非合理な手段を認めることを許さない。
「愛? 絆? それは全て、竜族の王たる我々が、とっくの昔に捨て去った『人間の下賤な感情』に過ぎぬ! それが、我々の将軍を倒しただと? 笑止千万!」
「フン…………支配を謳う竜が、人間の下賤な感情に怯えるとは、滑稽ね」
 広間の重苦しい空気を切り裂くように、冷笑的な声が響いた。
 全ての六征竜、そして黄金の|鑑定士《ギルティア》の視線が、玉座の傍らに注がれる。そこには、紫と黒のベルベット素材を用いた高貴なドレス風の戦闘服を纏った、艶やかな漆黒の超ロングヘアの美女が立っていた。
 六龍姫の長姉、闇の王女ヴァルキリア・ブラッドリーフ。
 彼女の瞳は血のような赤色を帯び、その口元は、何かを嘲笑っているかのように片手で覆われている。その身に宿す強大な闇の力は、古王軍の誰よりも圧倒的な「孤高の竜姫の威圧感」を放っていた。
「ヴァルキリア様!」
 狂炎の破壊者が、畏怖の念と共に声を上げる。ヴァルキリアこそ、古王軍の現時点での最強の矛であり、長姉という血筋の正統性を持つ、誰もが敬遠する存在だった。
 ヴァルキリアは、ヒカルの盟約軍の動向に関する報告書を、一瞥しただけでゴミのように床に落とした。
「あの小僧が謳う『優しさが最強の力』など、脆い幻想。絆? 感情など、最も脆く、簡単に裏切られる幻想に過ぎない。この闇の力こそが、真の支配であると、彼奴に教えてやる必要がある」
 ヴァルキリアの言葉には、ヒカルが説く「愛と絆」という理念を自らの意志で否定する、強い憎悪と敵意が明確に込められていた。彼女の孤高の闇は、ヒカルの家族愛と優しさが、かえって「弱さ」であると証明したがっていた。
「あの人間が持つ力は、ただの下らない慰みであり、真の闇の前では塵になる。とは言え、このままあの小僧を放置すれば、奴は『感情の伝染病』のように、我々の軍団の核を内部から腐敗させるでしょう」
 ヴァルキリアの冷徹な断言に、古王軍の将軍たちの間に動揺が走る。ヒカルの戦略は、単なる武力ではなく、「思想と感情」による内部崩壊を狙ったものだと、彼らは初めて理解した。
 狂炎の破壊者は、自らの激情を制御し、ヴァルキリアに問う。
「では、ヴァルキリア様。あの王を詐称する者の『感情の毒』を断ち切るために、次に我々は何をすべきでしょうか?」
 ヴァルキリアは、床に落ちた報告書を踏みつけ、その視線を狂炎の破壊者へと向けた。
「ふん。あの小僧の最大のリスクは、その『感情の調律』に極限まで依存していること。ならば、我々がすべきは、彼奴の感情を支える『光の存在』を徹底的に叩き潰すことだ」
 ヴァルキリアの瞳には、ヒカルの感情を安定させているであろう、まだ見ぬ光の竜姫、ルーナの存在を憎悪する炎が宿っていた。
「狂炎の破壊者よ。貴様は、古の竜族だけが持つ『失われた古代の魔術』の伝承を、直ちに発掘し、その使用方法を探れ。あの小僧の予測不能な愛の奇策に対抗するには、もはや『世界の理を歪める、真の力』が必要だ」
「そして…………」
 ヴァルキリアは、再び冷笑を浮かべ、玉座の間の闇に消えていく。
「あの虚構の絆は、この私が、真の闇で切り裂いてやるわ!」
 ◇◆◇◆◇
 盟約軍の司令部。
 ヒカルは、先日の霧幻の策士との戦闘で、理性を失いかけたアクアを勝利によって救ったという達成感に浸る間もなく、深い焦燥に襲われていた。
 彼の胸に宿る「絆の共感者」の異能が、古王軍側から放たれる、これまでとは比較にならない、強烈な闇と、古の魔術の予兆という二つの魔力の「音色」をリアルタイムで感知していたからだ。
(まずい…………あの闇の音色は、ヴァルキリア。彼女は予想以上に早く、そして強大な力で俺たちを敵視している。そして、その憎悪の音色の背後にある、もう一つの『古の魔術』の予兆…………)
 ヒカルの横に立っていた純白の調和聖女ルーナが、その白金色の瞳をヒカルに向ける。
「ヒカル様。貴方の心が、再び乱れています。古王側から、『世界の理を歪める』ような、極めて不調和な力が発せられています。このままでは、貴方の『絆の共感者』の調律が、その闇に侵食されてしまいます」
 ルーナは、ヒカルの額にそっと手を触れ、静謐な光の魔力を流し込む。彼女の調律の光は、一時的にヒカルの精神的な疲弊を癒やし、闇の侵食を食い止めた。
「ルーナ…………ありがとう。お前の調律がなければ、俺は今頃、この強すぎる闇と憎悪の音色に押し潰されていた」
 ヒカルは、ルーナの献身的な愛と、その背後にある闇への恐怖を理解していた。
 蒼玉の理性竜姫アクアが、シエルと共に分析結果を報告する。
「王。シエルと私の分析では、敵は今後、『ユニゾン対策を施した、古の魔術』を用いる可能性が極めて高いと結論づけました。霧幻の策士の敗北で、古王軍は『力による支配』の限界を悟った。次は、武力ではなく、『予測不能な力』で我々を叩き潰しに来るでしょう」
 深海の戦術師シエルも、冷静に付け加えた。
「王よ。我々は、闇の王女ヴァルキリアと、彼女の背後にある古王軍の『古代の知識』に対する、対抗策を持っていません。このままでは、我々の四龍ユニゾンですら、予期せぬ力で打ち破られるリスクがあります」
 ヒカルは、二人の理知的な愛による懸念を理解した上で、立ち上がった。
(ヴァルキリアの闇を克服するには、俺の愛の調律を極限まで高める必要がある。そして、古王軍が使うであろう古代の魔術に対抗するには、その知識そのものを手に入れるしかない)
「アクア、シエル。お前たちの分析は正しい。受動的に敵の攻撃を待つのは、俺の戦略ではない」
 ヒカルは、古王軍の最強の矛であるヴァルキリアの存在と、「古代の知識」という新たな脅威に直面したことで、自らの行動原理を再認識した。
「俺がこの劣勢な軍団を率いて生き残るには、常に『情報』と『先手』を握り続けなければならない。そして、ヴァルキリアの闇を愛で包み込むためには、彼女の『孤立の理由』を知る必要がある」
 ヒカルは、司令部の壁に貼られた巨大な古地図の一点を指差した。
「古王の弱点、そして失われた竜族の歴史を知る、『知識の守護者・賢者ソフス』。彼に会いに行く」
 紅蓮の激情竜姫レヴィアが、この非戦闘的な展開に激しく反発した。
「何ですって!? 夫! なぜ、得体の知れない賢者の『証明』など必要とするのよ! 私の炎の力と、貴方への愛があれば、古代の魔術など、焼き尽くせるわ!」
 レヴィアの激情的な愛は、ヒカルの胸に熱い魔力となって流れ込む。それは軍の士気の源であり、同時に、ヒカルを消耗させる最大の重圧だった。
 ヒカルは、レヴィアの瞳を真っ直ぐに見つめ、愛の指揮棒を振るうように、優しくも強い言葉を投げかけた。
「レヴィア。お前の愛は最強の矛だ。だが、最強の矛を振るうには、『闇を切り裂く真実の知識』という理性の土台が必要だ。これは、お前の愛を『世界の理を歪める、究極のユニゾン』へと昇華させるための、戦略的行動だ」
 ヒカルは、アクア、シエル、ルーナ、そしてテラの視線を受け止めた。
「ルーナ。お前には、俺の『精神的な支柱』として、共に来てほしい。賢者は、武力よりも『魂の覚悟』を試してくるだろう。お前の調律の光が、俺の覚悟を証明する」
 純白の調和聖女ルーナは、静かに頷き、その瞳に強い決意を宿した。
「御意。ヒカル様。貴方の魂の安息と、愛の光を、このルーナが必ず守り抜きます」
 ヒカルの決断は、五龍盟約軍の次なる戦略が、武力による『侵略』ではなく、『情報』と『絆』による『調和』であることを示していた。
「アクア、シエル。留守を頼む。レヴィア、お前の激情を、次の戦闘まで温存しておけ。俺は必ず、『古代の知識』という最強の盾を持って帰る」
 ヒカルは、ヴァルキリアが放つ闇の脅威と、古王軍の古の魔術という予測不能な脅威に、「知識」という光で対抗する、孤独な決断を下したのだった。
【第32話へ続く】