第五話:炎と水、凍るような衝突

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 作戦を成功させたヒカルは、今、極度の疲労に襲われていた。数時間にわたる『戦場の視覚化』の連続使用は、彼の精神と肉体に容赦なく重荷を課していた。レヴィアに抱えられ、何とか意識を保つのが精一杯だ。

「フレア……」

 ヒカルは荒い息の中、視覚化で解析した地形情報をフレアに伝えた。

「このまま長距離移動を続けるのは無理だ。私はこの地域の地形を把握している。貴様は数隊の斥候を出し、隠蔽性と防御力が確保できる新たな拠点を探させろ。スピードが命だ」

 フレアは、憎しみと同時に、この瀕死の状態でも正確な指示を出すヒカルの才能に戦慄していた。

「チッ、御意。人間ごときに指図されるのは癪ですが、王の指示通りに動くとしましょう」

 フレアはすぐに数体の竜族を人型から竜型に戻し、捜索に向かわせた。軍団全体に緊張感が走り、レヴィアの温もりだけが、ヒカルの意識を辛うじて繋ぎ止める。数時間の張り詰めた捜索の後、斥候隊が巨大な鍾乳洞の奥を発見した。外界の光が届かない静寂な空間は、人間社会の追跡から身を隠すには最適だ。炎龍軍団は安堵と共に内部へ移動する。

 ヒカルは、ようやく訪れた一時的な安堵の中で、フレアと残りの数十体の竜族に向けて最終的な指示を出した。

「この鍾乳洞を、最優先で防衛拠点に作り変える。フレア、貴様は入口に偽装の熱源を配置し、敵の魔力探知を欺け。全竜族は休息を取りつつ、魔力回復に専念しろ」

 レヴィアはヒカルの背中にそっと抱きついた。

「ふふ、王の仕事はもうおしまい?次は夫の義務よ」
「レヴィア、その前にやることがあるだろう……」
「ちぇっ、分かってるわよ……」

 ヒカルの言葉通り、「絆の共感者」の異能が、新たな冷たい感情の波を捉え始めていた。それは、レヴィアの熱とは全く相容れない、凍てつくような絶対零度の魔力の気配だった。

「来たか…………」

 ヒカルが呟いた直後、鍾乳洞の奥、湧き水の池から冷気の靄が立ち込めた。

 鍾乳洞内の温度が、一瞬で体感温度が氷点下に落ち込んだように感じられた。レヴィアの熱気が、その冷気によって即座に中和されていく。ヒカルは、自身の体温さえも奪われるような静かな脅威を感じた。

 ヒカルは、先ほどの戦闘を遠くから見ている力の存在に、当然ながら彼の能力によって気づいていたのだ。炎の竜たちとは根本的に異なる、新たな存在に……。

(レヴィアの「完全竜体(フルドラゴン)」は体長15〜20メートル級の巨大な力だが、魔力の消耗と感情の暴走リスクが高すぎる。対竜戦では切り札として温存すべきだ。それに比べ、アクアの冷気は静的で、人型での精密な魔力制御に適している……)

 その靄の中心から、水色と白のローブを纏った一団が出現した。
 先頭に立つのは、レヴィアより年長の次姉、銀色の長い髪の女性――水の竜姫アクア・フロストヴィーナだ。

 彼女の瞳は氷のように冷静な青をたたえ、一切の感情を読み取らせない。その佇まいからは、炎の竜たちが持つ激しい破壊衝動とは全く異なる、すべてを凍結させる静かな支配力が放たれていた。ヒカルは、まるで絶対零度の真空に放り込まれたかのような、生を否定される感覚を覚える。

 その隣には、知的な黒髪のショートカットを持つ、女性の軍師、シエルが、細身の軍師服に身を包んで控えている。彼女の細い魔力の線は、空間の隅々まで計測し、ヒカルと炎龍軍団の存在価値を瞬時に計算しているようだった。その視線は、「無益なものは容赦なく切り捨てる」という、別の意味での命の危険をヒカルに突きつけていた。

 ヒカルは、内心でシエルと、先に合流していたフレアの感情ステータスを「絆の共感者」の異能で確認しようと試みた。レヴィアとアクアの感情は、激しい熱と氷のように視覚化される。だが、フレアとシエルの意識の中核はノイズもなく、完全に空白のままだった。

(なぜだ? フレアはレヴィアの補佐竜、シエルはアクアの補佐竜。彼女たちの忠誠心こそ、最も把握すべき情報なのに…………)

 ヒカルは、自身の能力が「竜姫(盟約者)」の感情に限定され、「六天将(従者)」以下は見えないという致命的な制限を初めて悟った。この瞬間、シエルの冷徹な表情の裏に隠された本心が、ヒカルにとって最大の未解読情報となった。

「あら、レヴィア。やはり人間の男を連れ込んでいたのね」

 冷たい声が、鍾乳洞の静寂を破った。



 ◇◆◇◆◇

 銀髪の女性――水の竜姫アクア・フロストヴィーナは、一切の熱意を込めない視線でヒカルを見つめた。

「初めまして、人間の男。私が六龍姫の次姉、アクアよ」

 レヴィアは、姉の冷淡な態度に激しく反応した。

「アクア! 貴様、無礼であろう! この方は、我が炎龍軍団を率いる『王』、ヒカル・クライヴ様だ! 年長の姉だからといって、我が夫を侮辱する権利はない!」

 アクアは、その激昂を涼しげな微笑みで受け流した。

「レヴィア。私が『感情的すぎるのは最大の欠点よ』と何度忠告したかしら? あなたの激情はいつものことよ。私は、貴方が選んだ『王の資格』を、水の竜姫の立場として、査定しに来ただけ。当然のことでしょう?」

 アクアの言葉には、レヴィアの行動を『非合理的』だと批判する、過去からの冷徹な論理が込められていた。

 ヒカルは、アクアの視線と、その隣に控えるシエルの存在を比較した。

(アクアは、感情論と合理性を比較する司令塔。だが、隣のシエルは違う。彼女の視線は、ただの疑念ではない。俺という存在が、いかに資源の無駄であるかを査定している)

 この対立の熱に、赤い髪のフレアが反応した。

「水の竜姫様! いくらあなたとは言え、レヴィア様の忠誠心を疑うのはやめていただきたい! 我々が命懸けで成し遂げた戦果を、貴方の冷たい論理で汚される筋合いはない!」

 フレアの激情に対し、アクアの側近であるシエルが、静かに一歩前に出た。シエルの視線は、査定を下すための計測器そのものだった。

「感情論は無益です、炎の補佐竜よ」

 シエルは一言でフレアの情熱を切り捨てた。その冷徹な声は、フレアの熱い魔力とは全く別の、論理という名の壁となって立ちはだかる。フレアは激しい敵意を向けるが、シエルの一切の感情を排した態度に、別の意味での苦手意識を感じていた。

(この女は、レヴィア様のように感情に訴えかけられない。まるで、完全な機械を相手にしているようで、どうも調子が狂う・・・・・・)

 ヒカルは内心の焦りを押し殺し、表情一つ変えずに、アクアの挑戦を受けた。

「水の竜姫、アクアよ。貴様の言う通り、私はまだ王ではない。だが、俺は貴様が最も重視する『経済力』と、『資源の維持』が、軍の命運を分けると理解している」

 ヒカルは、アクアの冷たい瞳を見つめ、静かに、しかし王としての宣戦布告を行った。そして、アクアは、それを見下すような目で受けたのだった。

「俺が王になれば、貴様の論理的な能力を最大限に活用し、レヴィアの激情を制御し、無駄のない効率的な帝国を築こう。俺に、王としての知略を証明する機会を与えよ」
「ふふふ……。わかったわ。それでは、私があなたにチャンスを差し上げるわ。せいぜい王としての器を示してくださいな……」

【第6話へ続く】







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 作戦を成功させたヒカルは、今、極度の疲労に襲われていた。数時間にわたる『戦場の視覚化』の連続使用は、彼の精神と肉体に容赦なく重荷を課していた。レヴィアに抱えられ、何とか意識を保つのが精一杯だ。
「フレア……」
 ヒカルは荒い息の中、視覚化で解析した地形情報をフレアに伝えた。
「このまま長距離移動を続けるのは無理だ。私はこの地域の地形を把握している。貴様は数隊の斥候を出し、隠蔽性と防御力が確保できる新たな拠点を探させろ。スピードが命だ」
 フレアは、憎しみと同時に、この瀕死の状態でも正確な指示を出すヒカルの才能に戦慄していた。
「チッ、御意。人間ごときに指図されるのは癪ですが、王の指示通りに動くとしましょう」
 フレアはすぐに数体の竜族を人型から竜型に戻し、捜索に向かわせた。軍団全体に緊張感が走り、レヴィアの温もりだけが、ヒカルの意識を辛うじて繋ぎ止める。数時間の張り詰めた捜索の後、斥候隊が巨大な鍾乳洞の奥を発見した。外界の光が届かない静寂な空間は、人間社会の追跡から身を隠すには最適だ。炎龍軍団は安堵と共に内部へ移動する。
 ヒカルは、ようやく訪れた一時的な安堵の中で、フレアと残りの数十体の竜族に向けて最終的な指示を出した。
「この鍾乳洞を、最優先で防衛拠点に作り変える。フレア、貴様は入口に偽装の熱源を配置し、敵の魔力探知を欺け。全竜族は休息を取りつつ、魔力回復に専念しろ」
 レヴィアはヒカルの背中にそっと抱きついた。
「ふふ、王の仕事はもうおしまい?次は夫の義務よ」
「レヴィア、その前にやることがあるだろう……」
「ちぇっ、分かってるわよ……」
 ヒカルの言葉通り、「絆の共感者」の異能が、新たな冷たい感情の波を捉え始めていた。それは、レヴィアの熱とは全く相容れない、凍てつくような絶対零度の魔力の気配だった。
「来たか…………」
 ヒカルが呟いた直後、鍾乳洞の奥、湧き水の池から冷気の靄が立ち込めた。
 鍾乳洞内の温度が、一瞬で体感温度が氷点下に落ち込んだように感じられた。レヴィアの熱気が、その冷気によって即座に中和されていく。ヒカルは、自身の体温さえも奪われるような静かな脅威を感じた。
 ヒカルは、先ほどの戦闘を遠くから見ている力の存在に、当然ながら彼の能力によって気づいていたのだ。炎の竜たちとは根本的に異なる、新たな存在に……。
(レヴィアの「完全竜体《フルドラゴン》」は体長15〜20メートル級の巨大な力だが、魔力の消耗と感情の暴走リスクが高すぎる。対竜戦では切り札として温存すべきだ。それに比べ、アクアの冷気は静的で、人型での精密な魔力制御に適している……)
 その靄の中心から、水色と白のローブを纏った一団が出現した。
 先頭に立つのは、レヴィアより年長の次姉、銀色の長い髪の女性――水の竜姫アクア・フロストヴィーナだ。
 彼女の瞳は氷のように冷静な青をたたえ、一切の感情を読み取らせない。その佇まいからは、炎の竜たちが持つ激しい破壊衝動とは全く異なる、すべてを凍結させる静かな支配力が放たれていた。ヒカルは、まるで絶対零度の真空に放り込まれたかのような、生を否定される感覚を覚える。
 その隣には、知的な黒髪のショートカットを持つ、女性の軍師、シエルが、細身の軍師服に身を包んで控えている。彼女の細い魔力の線は、空間の隅々まで計測し、ヒカルと炎龍軍団の存在価値を瞬時に計算しているようだった。その視線は、「無益なものは容赦なく切り捨てる」という、別の意味での命の危険をヒカルに突きつけていた。
 ヒカルは、内心でシエルと、先に合流していたフレアの感情ステータスを「絆の共感者」の異能で確認しようと試みた。レヴィアとアクアの感情は、激しい熱と氷のように視覚化される。だが、フレアとシエルの意識の中核はノイズもなく、完全に空白のままだった。
(なぜだ? フレアはレヴィアの補佐竜、シエルはアクアの補佐竜。彼女たちの忠誠心こそ、最も把握すべき情報なのに…………)
 ヒカルは、自身の能力が「竜姫(盟約者)」の感情に限定され、「六天将(従者)」以下は見えないという致命的な制限を初めて悟った。この瞬間、シエルの冷徹な表情の裏に隠された本心が、ヒカルにとって最大の未解読情報となった。
「あら、レヴィア。やはり人間の男を連れ込んでいたのね」
 冷たい声が、鍾乳洞の静寂を破った。
 ◇◆◇◆◇
 銀髪の女性――水の竜姫アクア・フロストヴィーナは、一切の熱意を込めない視線でヒカルを見つめた。
「初めまして、人間の男。私が六龍姫の次姉、アクアよ」
 レヴィアは、姉の冷淡な態度に激しく反応した。
「アクア! 貴様、無礼であろう! この方は、我が炎龍軍団を率いる『王』、ヒカル・クライヴ様だ! 年長の姉だからといって、我が夫を侮辱する権利はない!」
 アクアは、その激昂を涼しげな微笑みで受け流した。
「レヴィア。私が『感情的すぎるのは最大の欠点よ』と何度忠告したかしら? あなたの激情はいつものことよ。私は、貴方が選んだ『王の資格』を、水の竜姫の立場として、査定しに来ただけ。当然のことでしょう?」
 アクアの言葉には、レヴィアの行動を『非合理的』だと批判する、過去からの冷徹な論理が込められていた。
 ヒカルは、アクアの視線と、その隣に控えるシエルの存在を比較した。
(アクアは、感情論と合理性を比較する司令塔。だが、隣のシエルは違う。彼女の視線は、ただの疑念ではない。俺という存在が、いかに資源の無駄であるかを査定している)
 この対立の熱に、赤い髪のフレアが反応した。
「水の竜姫様! いくらあなたとは言え、レヴィア様の忠誠心を疑うのはやめていただきたい! 我々が命懸けで成し遂げた戦果を、貴方の冷たい論理で汚される筋合いはない!」
 フレアの激情に対し、アクアの側近であるシエルが、静かに一歩前に出た。シエルの視線は、査定を下すための計測器そのものだった。
「感情論は無益です、炎の補佐竜よ」
 シエルは一言でフレアの情熱を切り捨てた。その冷徹な声は、フレアの熱い魔力とは全く別の、論理という名の壁となって立ちはだかる。フレアは激しい敵意を向けるが、シエルの一切の感情を排した態度に、別の意味での苦手意識を感じていた。
(この女は、レヴィア様のように感情に訴えかけられない。まるで、完全な機械を相手にしているようで、どうも調子が狂う・・・・・・)
 ヒカルは内心の焦りを押し殺し、表情一つ変えずに、アクアの挑戦を受けた。
「水の竜姫、アクアよ。貴様の言う通り、私はまだ王ではない。だが、俺は貴様が最も重視する『経済力』と、『資源の維持』が、軍の命運を分けると理解している」
 ヒカルは、アクアの冷たい瞳を見つめ、静かに、しかし王としての宣戦布告を行った。そして、アクアは、それを見下すような目で受けたのだった。
「俺が王になれば、貴様の論理的な能力を最大限に活用し、レヴィアの激情を制御し、無駄のない効率的な帝国を築こう。俺に、王としての知略を証明する機会を与えよ」
「ふふふ……。わかったわ。それでは、私があなたにチャンスを差し上げるわ。せいぜい王としての器を示してくださいな……」
【第6話へ続く】