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第三部・エピローグ〜大決戦の後始末〜前編

ー/ー



 7月2日(土)

 〜黄瀬壮馬(きせそうま)の見解〜

 その後のことを少しだけ語ろう。
 
 大講堂で『第1回PR動画コンテスト』のプレゼンテーションが行われた翌日、特別に撮影許可を得た化学室で、罰ゲームの撮影が行われた。

 この特別教室が撮影場所に選ばれたのは、鼻うがいを実演する際に必要な桶などの機材を準備しやすいこと、実演したあとの後片付けに必要な水道水が利用しやすいこと、さらに、衛生面などを考慮した結果だ。

 当事者の竜司はもちろん、広報部の部員であるボクと鳳花(ほうか)部長、佐倉さん、宮野さんに加えて、今回の企画に参加した白草さんと文芸部のみんなも、撮影スタッフもしくは、ギャラリーとして参加している。

 さらには、保健指導の責任者として、養護担当の遠山(とおやま)先生と保健委員会の代表者である葛西(かさい)さんも、この場に立ち会ってくれることになった。

「なんだか、思った以上に人数が集まってるな……みんな、そんなに鼻や喉に問題を抱えてるのか?」

 集まった一同を見渡しながら語る親友に、ボクは答える。

「それだけ、竜司が披露する()姿()に期待しているんだよ」
 
 生徒会の運営費で、ドラッグストアから購入してきたという鼻うがいのセットは、注意事項を記載したプリントとともに卓上に置かれていた。

「まったく、なんで土曜日に生徒の活動に付き合わなきゃならんのだ……」

 普段は保健室で怪我をしたり体調の悪くなった生徒のケアをしてくれている養護担当の遠山先生が、そんなふうにボヤきながらも、

「鼻うがいは、風邪の予防や鼻づまり、花粉症対策にも一定の効果があるけど……正しく行わないと、鼻の粘膜を傷つけたり、中耳炎を引き起こすことにつながるから、注意事項は、しっかり伝えるようにな」

と管理者らしく忠告すると、竜司は笑って返答する。

「わかりました、遠山先生。撮影した内容に問題がありそうなら、ご指摘お願いします」

 サッパリとしたその表情から察するに、どうやら、腹をくくったというか、親友はすでに覚悟を完了しているようだ。

「クロ、わたしたちの分もがんばってね!」

「くろセンパイの尊い犠牲は、決して忘れません! センパイの姿を後世に伝えるべく、しっかり記録させてもらいます」

 殊勝な表情で、声援を送る白草さんと、断腸の思いで、上級生を見守ろうとする佐倉さんの安っぽいお芝居に対して、竜司は、

「ふたりとも、オレをハメておいて、良くそんなセリフが口にできるな……」
 
と、ジト目で彼女たちを見つめているけど、その発言に対しては、一言一句に同感である。 
 
「テヘッ!」

 と、舌を出して可愛こぶっているふたりのようすを眺めていると、常日頃、本人から「冷淡なヤツだな……」と言われることが多いボクとしても、今回ばかりは、パートナーの佐倉さんだけでなく、白草さんのグループの罰ゲームまで一身に背負うことになってしまった親友に対する同情を禁じ得ない。

「黒田くんは、心の準備も万全みたいね。それじゃ、始めましょうか?」

 鳳花(ほうか)部長から撮影開始をうながす声がかかったので、ボクと佐倉さん、宮野さんは、スタンバイに入る。

 ボクは、いつもどおりカメラ撮影を担当し、佐倉さんは撮影時間を管理するタイムキーパー、宮野さんには、カンペなどを準備するテレビ放送で言うところのアシスタント・ディレクター(AD)の役割を担ってもらっている。

「それでは、オープニングの撮影から始めま〜す! テイク・ワン! 5秒前! 3・2・1……」

 撮影開始を意味するキューの合図を送った佐倉さんにうながされ、メインキャストが、ボクの構えたカメラに向かって、声を発する。

「保健委員会プレゼンツ! 鼻うがいのススメ。感染症や夏のプール熱が流行する季節になりました。そんな訳で、風邪の予防や鼻づまり、花粉症対策にも効果がある『鼻うがい』の方法を動画で解説させてもらいます! ただし、正しい方法で行わないと、鼻の粘膜を傷つけたり、中耳炎を引き起こすことにつながるから、これから説明する注意事項をしっかり確認してください」

 宮野さんの手にしたカンペには、ほとんど視線を送ることなく、オープニングの口上をよどみなく語る竜司。
 
 ボクとしては、一度目で問題ないテイクが撮影できたと思うけど、念のために、同じシーンの撮影を数回くり返す。

「つづいて、注意事項の撮影に入りま〜す! 注意事項その1、テイク・ワン! 5秒前! 3・2・1……」

 ふたたび、キューの合図を送る佐倉さんの声に反応し、竜司は、宮野さんの持つカンペに目を向けながら、セリフを読み上げる。

「注意事項その1! 水道水をそのまま使わないこと! 鼻うがいは0.9パーセントの食塩水または専用の洗浄液を使いましょう。真水を使うと、鼻に痛みが生じてしまいます」

 注意事項を解説するこのシーンは、編集の際に映画館で上映される劇場マナーを告知する注意喚起の映像よろしく、大きなブザー音とバツ印を挿入する予定だ。

 その後も、本日のメイン・キャストは、いくつかの注意事項について、滞りなく解説を終えていった。
 
 そして、ついに、竜司は、今回のメインテーマとも言えるシーンを撮影するために、専用の生理食塩液が入った鼻洗浄用ボトルを彼の鼻に差し込む……。

 ただ、この先は、想像に任せるとして、親友の名誉のため、これ以上の描写は避けておこうと思う。


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 7月2日(土)
 〜|黄瀬壮馬《きせそうま》の見解〜
 その後のことを少しだけ語ろう。
 大講堂で『第1回PR動画コンテスト』のプレゼンテーションが行われた翌日、特別に撮影許可を得た化学室で、罰ゲームの撮影が行われた。
 この特別教室が撮影場所に選ばれたのは、鼻うがいを実演する際に必要な桶などの機材を準備しやすいこと、実演したあとの後片付けに必要な水道水が利用しやすいこと、さらに、衛生面などを考慮した結果だ。
 当事者の竜司はもちろん、広報部の部員であるボクと|鳳花《ほうか》部長、佐倉さん、宮野さんに加えて、今回の企画に参加した白草さんと文芸部のみんなも、撮影スタッフもしくは、ギャラリーとして参加している。
 さらには、保健指導の責任者として、養護担当の|遠山《とおやま》先生と保健委員会の代表者である|葛西《かさい》さんも、この場に立ち会ってくれることになった。
「なんだか、思った以上に人数が集まってるな……みんな、そんなに鼻や喉に問題を抱えてるのか?」
 集まった一同を見渡しながら語る親友に、ボクは答える。
「それだけ、竜司が披露する|勇《・》|姿《・》に期待しているんだよ」
 生徒会の運営費で、ドラッグストアから購入してきたという鼻うがいのセットは、注意事項を記載したプリントとともに卓上に置かれていた。
「まったく、なんで土曜日に生徒の活動に付き合わなきゃならんのだ……」
 普段は保健室で怪我をしたり体調の悪くなった生徒のケアをしてくれている養護担当の遠山先生が、そんなふうにボヤきながらも、
「鼻うがいは、風邪の予防や鼻づまり、花粉症対策にも一定の効果があるけど……正しく行わないと、鼻の粘膜を傷つけたり、中耳炎を引き起こすことにつながるから、注意事項は、しっかり伝えるようにな」
と管理者らしく忠告すると、竜司は笑って返答する。
「わかりました、遠山先生。撮影した内容に問題がありそうなら、ご指摘お願いします」
 サッパリとしたその表情から察するに、どうやら、腹をくくったというか、親友はすでに覚悟を完了しているようだ。
「クロ、わたしたちの分もがんばってね!」
「くろセンパイの尊い犠牲は、決して忘れません! センパイの姿を後世に伝えるべく、しっかり記録させてもらいます」
 殊勝な表情で、声援を送る白草さんと、断腸の思いで、上級生を見守ろうとする佐倉さんの安っぽいお芝居に対して、竜司は、
「ふたりとも、オレをハメておいて、良くそんなセリフが口にできるな……」
と、ジト目で彼女たちを見つめているけど、その発言に対しては、一言一句に同感である。 
「テヘッ!」
 と、舌を出して可愛こぶっているふたりのようすを眺めていると、常日頃、本人から「冷淡なヤツだな……」と言われることが多いボクとしても、今回ばかりは、パートナーの佐倉さんだけでなく、白草さんのグループの罰ゲームまで一身に背負うことになってしまった親友に対する同情を禁じ得ない。
「黒田くんは、心の準備も万全みたいね。それじゃ、始めましょうか?」
 |鳳花《ほうか》部長から撮影開始をうながす声がかかったので、ボクと佐倉さん、宮野さんは、スタンバイに入る。
 ボクは、いつもどおりカメラ撮影を担当し、佐倉さんは撮影時間を管理するタイムキーパー、宮野さんには、カンペなどを準備するテレビ放送で言うところの|アシスタント・ディレクター《AD》の役割を担ってもらっている。
「それでは、オープニングの撮影から始めま〜す! テイク・ワン! 5秒前! 3・2・1……」
 撮影開始を意味するキューの合図を送った佐倉さんにうながされ、メインキャストが、ボクの構えたカメラに向かって、声を発する。
「保健委員会プレゼンツ! 鼻うがいのススメ。感染症や夏のプール熱が流行する季節になりました。そんな訳で、風邪の予防や鼻づまり、花粉症対策にも効果がある『鼻うがい』の方法を動画で解説させてもらいます! ただし、正しい方法で行わないと、鼻の粘膜を傷つけたり、中耳炎を引き起こすことにつながるから、これから説明する注意事項をしっかり確認してください」
 宮野さんの手にしたカンペには、ほとんど視線を送ることなく、オープニングの口上をよどみなく語る竜司。
 ボクとしては、一度目で問題ないテイクが撮影できたと思うけど、念のために、同じシーンの撮影を数回くり返す。
「つづいて、注意事項の撮影に入りま〜す! 注意事項その1、テイク・ワン! 5秒前! 3・2・1……」
 ふたたび、キューの合図を送る佐倉さんの声に反応し、竜司は、宮野さんの持つカンペに目を向けながら、セリフを読み上げる。
「注意事項その1! 水道水をそのまま使わないこと! 鼻うがいは0.9パーセントの食塩水または専用の洗浄液を使いましょう。真水を使うと、鼻に痛みが生じてしまいます」
 注意事項を解説するこのシーンは、編集の際に映画館で上映される劇場マナーを告知する注意喚起の映像よろしく、大きなブザー音とバツ印を挿入する予定だ。
 その後も、本日のメイン・キャストは、いくつかの注意事項について、滞りなく解説を終えていった。
 そして、ついに、竜司は、今回のメインテーマとも言えるシーンを撮影するために、専用の生理食塩液が入った鼻洗浄用ボトルを彼の鼻に差し込む……。
 ただ、この先は、想像に任せるとして、親友の名誉のため、これ以上の描写は避けておこうと思う。