第12話 男と女が同じ宿の部屋に泊まっておいて何事もないわけが
ー/ー
「――今さら言うのもなんだが」
窓の外を見下ろした景色は、祭りのように明るく灯った賑やかさに染まっており、さも夜であることを忘れてしまいそうなほど。
時折、喧噪の声が入り混じり、なんともはや物騒な街なのだと思い返す。
「ん、何のことだろう」
半日の馬車旅で疲弊したマベルがクタクタな顔で言う。
この状況について少しは思うことはないのだろうか、と言ってやりたい。
「よくも修行の旅に出ると言われ、ホイホイとついてきたものだな」
私の言葉に心当たりがなさそうな表情を浮かべると、思い出したように頷く。
そんなに難しい質問をしたつもりはないのだが。
「それって、リナリーは、こう思っているのかい? アミトライン領から逃げてきた軟弱な騎士がわざわざ姿をくらますといったのに、修行すると言われて承諾したのは何か妙なんじゃないか、って」
全部言ってくれる。概ねその通り。それ以外にあるものか。
自分で自分のことを軟弱と呼ぶ辺り、皮肉も強めだ。
まあ、だってそうだろう。
騎士なのに剣もロクに握ったこともなくて、戦闘経験もゼロ。
弟のペウルみたいに体を鍛えているようには到底思えない。
それでお見合いパーティをするあの日、パエデロス領に逃げ出しておきながらも、まんまと私と出会ってしまった。顔なんて合わせられるものじゃないだろう。
実際、マベルは私から距離を置くような態度ではあった。
密かに独断でパエデロス領に物資支援をしていたことも公になってしまった挙句、弟のペウルにまで知られてしまって、立場的にも気まずかったはずだ。
それこそ、パーティみたく逃げ出してもおかしくはなかった。
なのに、私が「修行つけてやる」というその場の気の迷いを快く承諾した。
マベルからしたら鍛錬を積むのも、剣を握るのも嫌なんじゃないのか。
なんで、平然と自分の馬車まで出して修行の旅に付き合うというのか。
「キミが引っ張ってくれたから、もう逃げられない――そう思ったんだ」
どういう意味だ、それは。
別に私は取って食ったりするような女ではないぞ。
「全く、その言い草、貴様、いつも逃げてばかりなのか? いや、みなまで言うな。その貧相な体を見れば分かる。ヒョロヒョロと、顔までしょぼくれて……」
でも、こんななりで、自らモンスターに立ち向かったんだよな、コイツ。
その結果、軽傷ではあったものの、全身を怪我したわけだが。
本当、分からない奴だ。勇気があるんだかないんだか。
「その通りだよ。確かにボクはずっと逃げてばかりだった。騎士であることからも、クレプリーズ家の長男であることからも」
開き直りおる。威張って言えることではないだろ、それは。
「キミは逆だった。アイノナイト家のことは、隣国のことながら話は聞いている。途方もない貧困に喘ぐ土地で潰えようとしていた一介の貴族に過ぎなかった」
マベルが真っすぐ見据えた目でいう。
「でも、キミはソレを変えた。逃げることなく、それまでの自分をひっくり返して、そして女騎士にまで成り上がり、こうしてボクと出会うことになった」
ドキリとしてしまう。没落寸前だった私のことをそこまで知っているのか。
ずっと、田舎から出てきた世間知らずの女として見られてきていたのに。
「そんなキミから手を引かれたのなら、逃げ出すわけにいかないじゃないか」
別に私は、そんな大それた理由で言ったわけでもないのに。
むしろ無性にこちらの方が申し訳なくなってくるくらい。
「ふ、ふんっ……、下手なお世辞を」
真面目にそんなことを言われるとは思ってもみなかったというのが本音だ。
私からしてみれば、全くの逆の話なのだから。
騎士の名家クレプリーズのような強き騎士になりたかったという願望があってこそ私は自身も騎士になろうと思ったわけで、その結果、父は辺境伯に成り上がった。
そこに至るまでの私という存在は、酷く矮小なものだと思っていたのに。
戦績という名の結果を叩き出すことでしか私は自分になれないと思っていたのに、まさか努力という過程を評価する人間がいるとは、意表を突かれたものだ。
「……私が努力してこれたのは私自身のものじゃないさ。そういう環境だっただけ。わき目もふらず、ただ頑張るしかなかっただけのこと」
貴族として、そのまま謳歌できた人生なら、私は騎士にはならなかっただろう。
「考えてもみろ、女を捨てた身だぞ。この年まで、ロクに恋もしてこなかったのだ。せいぜい恋人といえるのは剣くらいのもの。騎士以外に何を誇れるものがある」
「やりたいことのために、取捨選択したんだろう。逃げなかったことに変わりない。それに、女を捨てたなんて、ボクはそうは思わないよ」
ああいえばこういう男だ。臆面もなくよく言い切れる。
そこは少しは照れたり、言葉を濁すもんじゃないのか。
「あのな。私ももう二十八だぞ。婚期スレスレだぞ。貴族としては行き遅れだろう。妹だってお前の弟と結婚してしまったし、女として生きるにはもう……」
「リナリー、キミはひょっとして無理に自分らしさを振舞おうとしているのか?」
またマベルがよく分からないことを言ってくる。
自分らしさを振る舞うとは、どういうことだ。どういう意味だ。
「本心は、ボクなんかと宿で同じ部屋を共にするのだって嫌だったんじゃないのか」
「ぶへっ!?」
いきなり切り返してくるな! さっきから意識しないようにしていたのに!
そうだよ。自警団のダリアの奴に紹介された宿、結局一部屋しか空いてなくって、仕方なくマベルと二人きり同じ部屋になってしまって、正直焦ってるよ。
触れないよう触れないよう避けてきていたのに、この男め!
ベッドは二つ。さすがに二人で同じベッドではなかったが、あるのはそれだけ。
紹介してもらった手前、贅沢を言っては悪いが、部屋自体も結構狭い。
だから必然とマベルとの距離も近い。
「ま、全く……私は女を捨てたんだ。恋人と呼べるのは剣だけ。嫌なわけあるまい」
「それにしては、キミも大分緊張しているように見えるんだけど……」
なんと目ざとい男だろう。さっきからチラチラと私のことをそう見ていたのか。
というか、私を女として意識しているとでもいうのか、この男は。
「騎士に強いこだわりを持っているのは分かる。でもそれはどうして?」
今さらクレプリーズ家のようになりたかった、とか答えられまい。
というか、私が意識していた長男がまさかのこんな男で余計に答えられない。
お前のようになりたくて騎士に憧れ、騎士として生きていくことを決めたなんて。
「騎士は誰もが憧れる対象ではないのか? 私だって例外ではない」
「でもキミは――」
「私は女だから、と言うつもりならその首を刎ねるぞ」
興奮のあまり、つい私は剣に手が伸びそうになる。
そんなつもりは毛頭なかったのだが、どうもマベル相手に冷静に振る舞えない。
ずっと意識しないようにしていたからか、その反動が強い。
どうしてもマベルのことを意識してしまう。
心のうちで思ってもみなかった言葉も漏れ出してしまうほどに。
「さっきもいったが、そういう環境だったというだけの話。貴族なのに貧乏生活で、嫌気がさしていた。騎士になればそれがどうにかなると思っただけなんだ」
言っておいて後からハッとする。
このことはあまり人には話していなかった。
子供っぽいし、バカにされそうな気がしていたから。
女のくせになんて言われてしまうから、理由にも色を付けていた。
こんな本音をそのまま話したのはひょっとするとマベルが初めてかもしれない。
「あ、あのな、マベル――」
「ふふ、騎士にできることなんて、たかが知れているのに」
そのとき、マベルが小さく呟いた言葉には、皮肉よりも暗いものが感じられた。
単なる自虐的なソレとは違う、底の見えないくらい深い何か。
ネガティブに汚染されたその言葉を、私は切り捨てたかった。
それなのに、重く、暗い、その言葉を、どう返せばいいのか分からなかった。
そこから私とマベルの会話がブツリと途絶える。
言葉を交わすこともなくなり、夜が更けていくばかり。
もっと話すべきこともあったはずだ。まだ何か言い足りないこともあったはずだ。
それでも、今の私にはそれ以上、踏み込むことがどうしてもできなかった。
それはまるで、薄い氷の壁が私とマベルと隔てているように感じられたから。
途方もなく冷たく、向こうが見えているのにそれ以上先に進めない。
この壁を越えたら、もう二度と元に戻れることがない、そんな予感すらあった。
マベルの言葉の意図とは何だったのだろう。
聞いてももう答えてくれないのかもしれない。
眠らない街の賑わいをよそに、宿屋の一室。二つのベッドの上。
私とマベルは、静寂な夜を過ごし、いつの間にか眠りに就いてしまっていた。
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「ん、何のことだろう」
半日の馬車旅で疲弊したマベルがクタクタな顔で言う。
この状況について少しは思うことはないのだろうか、と言ってやりたい。
「よくも修行の旅に出ると言われ、ホイホイとついてきたものだな」
私の言葉に心当たりがなさそうな表情を浮かべると、思い出したように頷く。
そんなに難しい質問をしたつもりはないのだが。
「それって、リナリーは、こう思っているのかい? アミトライン領から逃げてきた軟弱な騎士がわざわざ姿をくらますといったのに、修行すると言われて承諾したのは何か妙なんじゃないか、って」
全部言ってくれる。概ねその通り。それ以外にあるものか。
自分で自分のことを軟弱と呼ぶ辺り、皮肉も強めだ。
まあ、だってそうだろう。
騎士なのに剣もロクに握ったこともなくて、戦闘経験もゼロ。
弟のペウルみたいに体を鍛えているようには到底思えない。
それでお見合いパーティをするあの日、パエデロス領に逃げ出しておきながらも、まんまと私と出会ってしまった。顔なんて合わせられるものじゃないだろう。
実際、マベルは私から距離を置くような態度ではあった。
密かに独断でパエデロス領に物資支援をしていたことも公になってしまった挙句、弟のペウルにまで知られてしまって、立場的にも気まずかったはずだ。
それこそ、パーティみたく逃げ出してもおかしくはなかった。
なのに、私が「修行つけてやる」というその場の気の迷いを快く承諾した。
マベルからしたら鍛錬を積むのも、剣を握るのも嫌なんじゃないのか。
なんで、平然と自分の馬車まで出して修行の旅に付き合うというのか。
「キミが引っ張ってくれたから、もう逃げられない――そう思ったんだ」
どういう意味だ、それは。
別に私は取って食ったりするような女ではないぞ。
「全く、その言い草、貴様、いつも逃げてばかりなのか? いや、みなまで言うな。その貧相な体を見れば分かる。ヒョロヒョロと、顔までしょぼくれて……」
でも、こんななりで、自らモンスターに立ち向かったんだよな、コイツ。
その結果、軽傷ではあったものの、全身を怪我したわけだが。
本当、分からない奴だ。勇気があるんだかないんだか。
「その通りだよ。確かにボクはずっと逃げてばかりだった。騎士であることからも、クレプリーズ家の長男であることからも」
開き直りおる。威張って言えることではないだろ、それは。
「キミは逆だった。アイノナイト家のことは、隣国のことながら話は聞いている。途方もない貧困に喘ぐ土地で潰えようとしていた一介の貴族に過ぎなかった」
マベルが真っすぐ見据えた目でいう。
「でも、キミはソレを変えた。逃げることなく、それまでの自分をひっくり返して、そして女騎士にまで成り上がり、こうしてボクと出会うことになった」
ドキリとしてしまう。没落寸前だった私のことをそこまで知っているのか。
ずっと、田舎から出てきた世間知らずの女として見られてきていたのに。
「そんなキミから手を引かれたのなら、逃げ出すわけにいかないじゃないか」
別に私は、そんな大それた理由で言ったわけでもないのに。
むしろ無性にこちらの方が申し訳なくなってくるくらい。
「ふ、ふんっ……、下手なお世辞を」
真面目にそんなことを言われるとは思ってもみなかったというのが本音だ。
私からしてみれば、全くの逆の話なのだから。
騎士の名家クレプリーズのような強き騎士になりたかったという願望があってこそ私は自身も騎士になろうと思ったわけで、その結果、父は辺境伯に成り上がった。
そこに至るまでの私という存在は、酷く矮小なものだと思っていたのに。
戦績という名の結果を叩き出すことでしか私は自分になれないと思っていたのに、まさか努力という過程を評価する人間がいるとは、意表を突かれたものだ。
「……私が努力してこれたのは私自身のものじゃないさ。そういう環境だっただけ。わき目もふらず、ただ頑張るしかなかっただけのこと」
貴族として、そのまま謳歌できた人生なら、私は騎士にはならなかっただろう。
「考えてもみろ、女を捨てた身だぞ。この年まで、ロクに恋もしてこなかったのだ。せいぜい恋人といえるのは剣くらいのもの。騎士以外に何を誇れるものがある」
「やりたいことのために、取捨選択したんだろう。逃げなかったことに変わりない。それに、女を捨てたなんて、ボクはそうは思わないよ」
ああいえばこういう男だ。臆面もなくよく言い切れる。
そこは少しは照れたり、言葉を濁すもんじゃないのか。
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「リナリー、キミはひょっとして無理に自分らしさを振舞おうとしているのか?」
またマベルがよく分からないことを言ってくる。
自分らしさを振る舞うとは、どういうことだ。どういう意味だ。
「本心は、ボクなんかと宿で同じ部屋を共にするのだって嫌だったんじゃないのか」
「ぶへっ!?」
いきなり切り返してくるな! さっきから意識しないようにしていたのに!
そうだよ。自警団のダリアの奴に紹介された宿、結局一部屋しか空いてなくって、仕方なくマベルと二人きり同じ部屋になってしまって、正直焦ってるよ。
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ベッドは二つ。さすがに二人で同じベッドではなかったが、あるのはそれだけ。
紹介してもらった手前、贅沢を言っては悪いが、部屋自体も結構狭い。
だから必然とマベルとの距離も近い。
「ま、全く……私は女を捨てたんだ。恋人と呼べるのは剣だけ。嫌なわけあるまい」
「それにしては、キミも大分緊張しているように見えるんだけど……」
なんと目ざとい男だろう。さっきからチラチラと私のことをそう見ていたのか。
というか、私を女として意識しているとでもいうのか、この男は。
「騎士に強いこだわりを持っているのは分かる。でもそれはどうして?」
今さらクレプリーズ家のようになりたかった、とか答えられまい。
というか、私が意識していた長男がまさかのこんな男で余計に答えられない。
お前のようになりたくて騎士に憧れ、騎士として生きていくことを決めたなんて。
「騎士は誰もが憧れる対象ではないのか? 私だって例外ではない」
「でもキミは――」
「私は女だから、と言うつもりならその首を刎ねるぞ」
興奮のあまり、つい私は剣に手が伸びそうになる。
そんなつもりは毛頭なかったのだが、どうもマベル相手に冷静に振る舞えない。
ずっと意識しないようにしていたからか、その反動が強い。
どうしてもマベルのことを意識してしまう。
心のうちで思ってもみなかった言葉も漏れ出してしまうほどに。
「さっきもいったが、そういう環境だったというだけの話。貴族なのに貧乏生活で、嫌気がさしていた。騎士になればそれがどうにかなると思っただけなんだ」
言っておいて後からハッとする。
このことはあまり人には話していなかった。
子供っぽいし、バカにされそうな気がしていたから。
女のくせになんて言われてしまうから、理由にも色を付けていた。
こんな本音をそのまま話したのはひょっとするとマベルが初めてかもしれない。
「あ、あのな、マベル――」
「ふふ、騎士にできることなんて、たかが知れているのに」
そのとき、マベルが小さく呟いた言葉には、皮肉よりも暗いものが感じられた。
単なる自虐的なソレとは違う、底の見えないくらい深い何か。
ネガティブに汚染されたその言葉を、私は切り捨てたかった。
それなのに、重く、暗い、その言葉を、どう返せばいいのか分からなかった。
そこから私とマベルの会話がブツリと途絶える。
言葉を交わすこともなくなり、夜が更けていくばかり。
もっと話すべきこともあったはずだ。まだ何か言い足りないこともあったはずだ。
それでも、今の私にはそれ以上、踏み込むことがどうしてもできなかった。
それはまるで、薄い氷の壁が私とマベルと隔てているように感じられたから。
途方もなく冷たく、向こうが見えているのにそれ以上先に進めない。
この壁を越えたら、もう二度と元に戻れることがない、そんな予感すらあった。
マベルの言葉の意図とは何だったのだろう。
聞いてももう答えてくれないのかもしれない。
眠らない街の賑わいをよそに、宿屋の一室。二つのベッドの上。
私とマベルは、静寂な夜を過ごし、いつの間にか眠りに就いてしまっていた。