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第1話 女騎士として名を馳せたら妹が娶られて幸せになっていた

ー/ー



「――もう子供も生まれたのよ」

 耳を塞ぎたくなるような言葉を吐かれ、私は苦虫を嚙み潰したように顔を(しか)めた。人間というものは、こんな眩しい笑顔を前にして不快を覚えるものなのか。

「姉さんも、そろそろ剣を振り回すのを辞めて身を固める頃じゃないかしら」

 純粋無垢な刃で心臓を貫いてくる。我が妹ながら、何という無知蒙昧(もうまい)な物言いだ。私があれだけ周囲の反対を押し切り騎士の称号を得るまで成り上がったというのに、未だにこの価値観を理解されていない疎外感は何だろう。

 思わず上等な赤カーペットの上にティーカップを落としそうになった。
 染みになったら弁償できるのだろうか。

「リノン。私は女を捨て、騎士として生きると言っただろう? 恋人は我が剣だ」
「そんなこと言って……姉さんもう二十八でしょう?」

 ……ぐふぅ。
 この妹め、何処までも悪気なく胸を抉りに掛かってくる。

 私の名はリナリー・アイノナイト。かつて没落貴族になりかけた時期もあったが、私の功労によって父ビパリーを辺境伯へ昇格させた経緯がある。
 これには紆余曲折があったわけだが、簡潔に述べるとこうだ。

 私は父や妹の反対を押し切って騎士として名乗りを上げた。
 女如きと舐められながら戦場に身を投じ、快刀乱麻を断つ。
 その躍進は隣国の目にも留まり、長年の領土間の問題解決。……以上だ。

 私は名実ともに立派な騎士になることができて、父も鼻高々で偉い身分になれて、政略結婚に巻き込まれ、まあ妹が隣国とくっつけられることになったわけだが。

 蝶よ花よと育てられた妹が(めと)られて不憫な思いをしていないか会いに来てみれば、領土境の安寧の心配どころか、逆に私の将来の心配をされてしまったというわけだ。

 腐っても私は貴族の生まれと思っていたが、この屋敷の大きさには圧倒される。
 さすがは隣国の領主。サロンが私の寝室より広いのも嫉妬を覚えるところだ。
 妹もとんでもないところに嫁いでしまったのだなと今更のように思う。

 戦争の火の粉を払いのけてきた貫禄すらある。それ、払ってきたの私なんだが。
 お相手はクレプリーズ家の四男坊ペウル。聞いての通り、子供も生まれたそうで。
 こんな政略結婚なんて形だけの愛に過ぎないと思っていたが、存外幸せそうだ。

 クレプリーズ家は向こうの国の領主にして良家だ。
 代々騎士の血筋であり、直接剣を交えたことはないが一度手合わせしたかった。
 領土間の問題が長引いていたら、何人かの首を跳ねていたかもしれないと思えば、妹の未来も少し変わっていたのかもしれない。

 紛争も解決してしまった今、剣なんて見せようものなら父上の胃に穴が空く。
 お互い腹の内でどう思っているかなんて知らないが、良好な関係は保つべきだ。

「リナリー姉さん、女の寿命は短いのよ。傷物になる前にお父様を安心させては?」
「お見合いの話なら先日も断ったばかりだ。どうしてこうも結婚させたがる」
「領土間の問題を私ひとりに押し付ける気? 姉さんの意地っ張りで亀裂が入ったらどう責任を取るつもりなのかしら?」

 なかなか痛いところをついてくる。微塵も不満を覚えている顔していないのだが、妹だって納得して結婚したわけでもない。
 そも最初に婚約の話は私に来ていて、それを突っ返した結果がコレなのだから。

 婚期という話をすれば、まさに今がピークといえるだろう。
 これを逃せば私は生涯独身を貫けるというもの。

「私は剣に誓って、武力をもって責任をとるつもりだ」
「しばらくは戦争もないでしょうに、何処の国で暴れてくるつもりかしら」

 妹の目線からすれば男勝りのやんちゃな姉が駄々こねてるように映っているのか。なんとも呆れられた視線が痛い。一応貧困で喘ぐ地域の再建も騎士の務めなのだが。
 結婚を押し付けられたのを恨んでいる顔ではない。心底私を案じているのだろう。

「姉さん。お父様もようやく腰を落ち着けるようになったのよ。その剣を下ろして、子供の一人や二人を作らないと辺境伯の仕事にも身が入らないわ」

 我が妹も、だんだん脅しが上手くなってきたものだ。やめてくれ、私には効く。

「その、だな。リノンは、それで幸せ、なのか?」
「ええ、とっても。殿方とのお付き合いは慣れないことも多く不安だらけでしたが、今の旦那様は優しくて勇ましくて、あちらの方も素敵でしたわ」

 いきなり顔を赤らめていうな。急に知らない顔を出すな。

「二人目の顔も年明けには見せられますわよ」
「いい! 言わなくていい!」

 妹が不自由ない幸せを謳歌(おうか)していることはよく分かった。
 そんな矢先、扉向こうから赤子の泣く声が近づいてきていた。

「失礼いたします。奥様、お坊ちゃまが泣いております」
「分かりましたわ、今行きます」

 年老いた召使いが深々頭を下げ、粛々(しゅくしゅく)と現れる。老婆にしてあの立ち振る舞い。
 おそらく、長年クレプリーズ家に仕えたのだろう。
 促されるまま、妹は召使いに連れられていく。

 ほんの少しの間をおいて、赤子の鳴き声が聞こえてきたかと思えば、スッと止み、その両手に小さなものを抱きかかえた妹が戻ってきた。

「話の途中でごめんなさい、姉さん」
「いや、いいんだ。……その子がリノンの?」
「そう。息子のマロッカ。可愛いでしょう」

 同じ人間と思えないほどか弱い容姿をしたソレは、私にとって甥になる。
 目がパチクリとしており、ポケーっと何を考えているかも分からない表情だった。ジッと何かを見つめているのは、生まれたばかりで視力がよくないからだろう。

「……姉さんも、子供が欲しくなった?」
「な、何を馬鹿なことを! わ、私は別に――」

 急に大声を出してしまったせいか、妹の腕の中でマロッカの表情が崩れる。
 ぐずりだして、とうとう泣き始めてしまった。

「あ、ああ、す、すまない」
「姉さんったらムキになって。剣が恋人とかいって本当は男が欲しいんじゃない?」
「たわけたことを……」

 危うく没落しかけたアイノナイト家を建て直した功績を知らないはずないのだが、むしろそれを知っててあえて言っているのか。
 妹は女としての幸福の真っただ中にいるからこそ、私に推してくるわけだ。

「こうして私が嫁いだけど、お見合いだって満更ではなかったのでしょう?」
「何を根拠に。停戦協定も結ばれたのにしつこく婚約話でうんざりしてるぞ」

 実際問題、領土間の問題解消として、リノンがクレプリーズ家に嫁いだことにより隣国との停戦協定は無事に締結された。もう政略結婚なんて必要ないはずだ。

 何故未だにクレプリーズ家からも私に結婚しろと迫られるのか。
 暗に、向こうが物欲しいだけの話ではない。

 代々騎士の家系のクレプリーズ家としては、女騎士である私が欲しいのだろう。
 将来的に見れば両親ともども腕の立つ騎士となれば強い子が生まれると見越して。

 私自身、領土問題の解消のためならと承諾しかけたのも本音だ。
 歴戦の血を引くクレプリーズ家に嫁ぐなら本望と、少しは、ほんの少しは思った。

 ただ、プライドが許さないところはある。

 アイノナイト家のためにと思い、女を捨てた身で、今さら女に戻ろうというのか。
 女騎士として苦汁を飲まされ続け、ようやく手に入れた地位を捨てるというのか。
 女如きがと舐められてきた人生を、私自身が棒に振ることなどできようものか。

「ねえ、リナリー姉さん。これが最後の好機(チャンス)だと思わない? クレプリーズ家ほどの騎士の家系はないし、今を逃せばもう、子を産めない女に価値はなくなるわ」
「ふざけたことを。女の価値は子を産むことだけではないと私が証明しただろう」

 頭の固さは親譲りだろうか。考え方が違うだけで私と全く同じだ。
 血を分けた姉妹だからこその対立ともいえるだろう。

「ま、意地っ張りの姉さんと張り合っていても埒が明かないのはよく知っているわ。だから私も少し強引な手を使わせてもらうことにしました」
「は? 強引な手だと? リノン、一体何を企んでいるんだ……」
「当主様からたってのお願いがありまして。今夜クレプリーズ家の長男マベル様とのパーティの手配を進ませていただきましたの」

 にんまりとした顔を見せる。よく知っているぞ。悪いこと考えてるときの顔だ。

「ぁー、っと私は、そろそろお(いとま)させていただこうかな、なんて」
「あらあら。折角マベル様をお招きしているのですから今夜は泊っていかれては?」

 別に想定していなかったわけではない。
 自国の領土からクレプリーズ家まで馬車を飛ばして三日は掛かる距離だ。
 数日は戻らないことも既に父上にも通達済み。

 妹のことだから無理やりお見合いパーティに誘われるのだろうなと思っていたが、まさにその通りの展開になってしまったな。

 だが、私としてもクレプリーズ家の長男には興味があった。
 可能であれば剣を交えたいが、はたして――……。

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「――もう子供も生まれたのよ」
 耳を塞ぎたくなるような言葉を吐かれ、私は苦虫を嚙み潰したように顔を|顰《しか》めた。人間というものは、こんな眩しい笑顔を前にして不快を覚えるものなのか。
「姉さんも、そろそろ剣を振り回すのを辞めて身を固める頃じゃないかしら」
 純粋無垢な刃で心臓を貫いてくる。我が妹ながら、何という無知|蒙昧《もうまい》な物言いだ。私があれだけ周囲の反対を押し切り騎士の称号を得るまで成り上がったというのに、未だにこの価値観を理解されていない疎外感は何だろう。
 思わず上等な赤カーペットの上にティーカップを落としそうになった。
 染みになったら弁償できるのだろうか。
「リノン。私は女を捨て、騎士として生きると言っただろう? 恋人は我が剣だ」
「そんなこと言って……姉さんもう二十八でしょう?」
 ……ぐふぅ。
 この妹め、何処までも悪気なく胸を抉りに掛かってくる。
 私の名はリナリー・アイノナイト。かつて没落貴族になりかけた時期もあったが、私の功労によって父ビパリーを辺境伯へ昇格させた経緯がある。
 これには紆余曲折があったわけだが、簡潔に述べるとこうだ。
 私は父や妹の反対を押し切って騎士として名乗りを上げた。
 女如きと舐められながら戦場に身を投じ、快刀乱麻を断つ。
 その躍進は隣国の目にも留まり、長年の領土間の問題解決。……以上だ。
 私は名実ともに立派な騎士になることができて、父も鼻高々で偉い身分になれて、政略結婚に巻き込まれ、まあ妹が隣国とくっつけられることになったわけだが。
 蝶よ花よと育てられた妹が|娶《めと》られて不憫な思いをしていないか会いに来てみれば、領土境の安寧の心配どころか、逆に私の将来の心配をされてしまったというわけだ。
 腐っても私は貴族の生まれと思っていたが、この屋敷の大きさには圧倒される。
 さすがは隣国の領主。サロンが私の寝室より広いのも嫉妬を覚えるところだ。
 妹もとんでもないところに嫁いでしまったのだなと今更のように思う。
 戦争の火の粉を払いのけてきた貫禄すらある。それ、払ってきたの私なんだが。
 お相手はクレプリーズ家の四男坊ペウル。聞いての通り、子供も生まれたそうで。
 こんな政略結婚なんて形だけの愛に過ぎないと思っていたが、存外幸せそうだ。
 クレプリーズ家は向こうの国の領主にして良家だ。
 代々騎士の血筋であり、直接剣を交えたことはないが一度手合わせしたかった。
 領土間の問題が長引いていたら、何人かの首を跳ねていたかもしれないと思えば、妹の未来も少し変わっていたのかもしれない。
 紛争も解決してしまった今、剣なんて見せようものなら父上の胃に穴が空く。
 お互い腹の内でどう思っているかなんて知らないが、良好な関係は保つべきだ。
「リナリー姉さん、女の寿命は短いのよ。傷物になる前にお父様を安心させては?」
「お見合いの話なら先日も断ったばかりだ。どうしてこうも結婚させたがる」
「領土間の問題を私ひとりに押し付ける気? 姉さんの意地っ張りで亀裂が入ったらどう責任を取るつもりなのかしら?」
 なかなか痛いところをついてくる。微塵も不満を覚えている顔していないのだが、妹だって納得して結婚したわけでもない。
 そも最初に婚約の話は私に来ていて、それを突っ返した結果がコレなのだから。
 婚期という話をすれば、まさに今がピークといえるだろう。
 これを逃せば私は生涯独身を貫けるというもの。
「私は剣に誓って、武力をもって責任をとるつもりだ」
「しばらくは戦争もないでしょうに、何処の国で暴れてくるつもりかしら」
 妹の目線からすれば男勝りのやんちゃな姉が駄々こねてるように映っているのか。なんとも呆れられた視線が痛い。一応貧困で喘ぐ地域の再建も騎士の務めなのだが。
 結婚を押し付けられたのを恨んでいる顔ではない。心底私を案じているのだろう。
「姉さん。お父様もようやく腰を落ち着けるようになったのよ。その剣を下ろして、子供の一人や二人を作らないと辺境伯の仕事にも身が入らないわ」
 我が妹も、だんだん脅しが上手くなってきたものだ。やめてくれ、私には効く。
「その、だな。リノンは、それで幸せ、なのか?」
「ええ、とっても。殿方とのお付き合いは慣れないことも多く不安だらけでしたが、今の旦那様は優しくて勇ましくて、あちらの方も素敵でしたわ」
 いきなり顔を赤らめていうな。急に知らない顔を出すな。
「二人目の顔も年明けには見せられますわよ」
「いい! 言わなくていい!」
 妹が不自由ない幸せを|謳歌《おうか》していることはよく分かった。
 そんな矢先、扉向こうから赤子の泣く声が近づいてきていた。
「失礼いたします。奥様、お坊ちゃまが泣いております」
「分かりましたわ、今行きます」
 年老いた召使いが深々頭を下げ、|粛々《しゅくしゅく》と現れる。老婆にしてあの立ち振る舞い。
 おそらく、長年クレプリーズ家に仕えたのだろう。
 促されるまま、妹は召使いに連れられていく。
 ほんの少しの間をおいて、赤子の鳴き声が聞こえてきたかと思えば、スッと止み、その両手に小さなものを抱きかかえた妹が戻ってきた。
「話の途中でごめんなさい、姉さん」
「いや、いいんだ。……その子がリノンの?」
「そう。息子のマロッカ。可愛いでしょう」
 同じ人間と思えないほどか弱い容姿をしたソレは、私にとって甥になる。
 目がパチクリとしており、ポケーっと何を考えているかも分からない表情だった。ジッと何かを見つめているのは、生まれたばかりで視力がよくないからだろう。
「……姉さんも、子供が欲しくなった?」
「な、何を馬鹿なことを! わ、私は別に――」
 急に大声を出してしまったせいか、妹の腕の中でマロッカの表情が崩れる。
 ぐずりだして、とうとう泣き始めてしまった。
「あ、ああ、す、すまない」
「姉さんったらムキになって。剣が恋人とかいって本当は男が欲しいんじゃない?」
「たわけたことを……」
 危うく没落しかけたアイノナイト家を建て直した功績を知らないはずないのだが、むしろそれを知っててあえて言っているのか。
 妹は女としての幸福の真っただ中にいるからこそ、私に推してくるわけだ。
「こうして私が嫁いだけど、お見合いだって満更ではなかったのでしょう?」
「何を根拠に。停戦協定も結ばれたのにしつこく婚約話でうんざりしてるぞ」
 実際問題、領土間の問題解消として、リノンがクレプリーズ家に嫁いだことにより隣国との停戦協定は無事に締結された。もう政略結婚なんて必要ないはずだ。
 何故未だにクレプリーズ家からも私に結婚しろと迫られるのか。
 暗に、向こうが物欲しいだけの話ではない。
 代々騎士の家系のクレプリーズ家としては、女騎士である私が欲しいのだろう。
 将来的に見れば両親ともども腕の立つ騎士となれば強い子が生まれると見越して。
 私自身、領土問題の解消のためならと承諾しかけたのも本音だ。
 歴戦の血を引くクレプリーズ家に嫁ぐなら本望と、少しは、ほんの少しは思った。
 ただ、プライドが許さないところはある。
 アイノナイト家のためにと思い、女を捨てた身で、今さら女に戻ろうというのか。
 女騎士として苦汁を飲まされ続け、ようやく手に入れた地位を捨てるというのか。
 女如きがと舐められてきた人生を、私自身が棒に振ることなどできようものか。
「ねえ、リナリー姉さん。これが最後の|好機《チャンス》だと思わない? クレプリーズ家ほどの騎士の家系はないし、今を逃せばもう、子を産めない女に価値はなくなるわ」
「ふざけたことを。女の価値は子を産むことだけではないと私が証明しただろう」
 頭の固さは親譲りだろうか。考え方が違うだけで私と全く同じだ。
 血を分けた姉妹だからこその対立ともいえるだろう。
「ま、意地っ張りの姉さんと張り合っていても埒が明かないのはよく知っているわ。だから私も少し強引な手を使わせてもらうことにしました」
「は? 強引な手だと? リノン、一体何を企んでいるんだ……」
「当主様からたってのお願いがありまして。今夜クレプリーズ家の長男マベル様とのパーティの手配を進ませていただきましたの」
 にんまりとした顔を見せる。よく知っているぞ。悪いこと考えてるときの顔だ。
「ぁー、っと私は、そろそろお|暇《いとま》させていただこうかな、なんて」
「あらあら。折角マベル様をお招きしているのですから今夜は泊っていかれては?」
 別に想定していなかったわけではない。
 自国の領土からクレプリーズ家まで馬車を飛ばして三日は掛かる距離だ。
 数日は戻らないことも既に父上にも通達済み。
 妹のことだから無理やりお見合いパーティに誘われるのだろうなと思っていたが、まさにその通りの展開になってしまったな。
 だが、私としてもクレプリーズ家の長男には興味があった。
 可能であれば剣を交えたいが、はたして――……。
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