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048

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 尾鷹葉子は文字通り、ソファにどっかと腰を下ろした。衝立の向こうに置いてある簡素なものだ。

 ここは、情報資料室の一角に設けられている休憩スペースである。あまり使われることはないので、設置してある小さいゴミ箱もキレイなものだ。

 何故か葉子がふんぞり返って座っているので二人分とっているが、ソファは小さい二人掛けのものがこじんまりしたテーブルを挟んで二つ置いてあるだけなので、最大でも四人しか座れない。

 SNOWのメンバーは五人。情報部としては、なりも合わせれば六人である。

 古くなったソファの化繊も傷が目立ち、いかにも倉庫の片隅に眠っていたものを適当に持ってきた、という感が強い。

 葉子はクロッキー帳をパラパラ捲って時間を潰している。言わずと知れた、沙希が発見し数凪が四季のロッカーから持ってきたものである。

 表紙があまり汚れてないので中身も白紙が多いかと葉子は思っていたのだが、予想は外れてわりと後半まできっちり埋まっていた。

「真面目なんだなあ……」

 何となく気の乗らない口調で、葉子は呟いた。

 お待たせしました、と、こちらも元気の無い声で雪枝が衝立の向こうから顔を覗かせた。

 二人分のホットコーヒーを机の短い両側に置く。その後、また紙の束を持って来て反対側のソファにつつましく座った。

「それ、見てたんですね。何か発見はありました?」
「今んとこなーい」

 答えながらでも、葉子は画帳の頁から目を離さなかった。

 クロッキー帳には、三分の二くらいまで自分の名前のサイン練習で埋まっている。ファンアイテム用の色紙に書くような派手なサインである。夕山四季のものであった。

「サインはわかるんだけど、後ろの方がちょっと意味わかんないんだよなあ……」

 後半はひらがな、カタカナ、特定のちょっとした漢字がきれいに列でページいっぱいに並んでいる。ひらがなカタカナは律儀にアイウエオ順である。

「ペン習字でもしていたのですかね」

 雪枝もその含意を判じかねているようだ。サインの練習はまあ、今更という感もあるものの芸能人としては普通といえば普通なので特に言及することもない。

 先に〝何か発見はありました?〟と雪枝が言ったのには訳がある。

 元々葉子は暗号(コード)解読者(ブレイカー)としてSNOWに加入したのである。

 普段あまり役に立つことはないのだが、今回クロッキー帳を眺めているのは比較的本来の業務に近いのだ。だからといって特に張り切っているわけでもないのだが。

「や~、まあ、どっからどう見ても普通に練習だよなあ……」

 ぼつりとあてどもなく呟きながら、掛けているメガネを弄る。しながらでも、恐ろしい集中力で何も見落とすまいと帳面を隅から隅まで観察していた。

「だーめだ! わかんない! っていうか多分何も無いよ」

 クロッキー帳を脇に置き、ようやくコーヒーを啜り始める。ちょっと冷めていた。

「なんかの情報のやりとりに使ってたんなら、持ってくんじゃないかなあ」
「わざわざロッカーまで行って忘れるというのも考えにくい気がしますね」

 沙希ちゃんのカンもハズレかな、と葉子は心中でぼやいた。

『でもこれ、な~んかある気がすんだよな~』

 気になるのは気になる。が、特に根拠はない。まあこれは葉子のカンだ。

「……これを見てるとやっぱり怪しいのは大和兎さんなんですよね」
「あー。そーねー」
 
 葉子は気の無い返事をしながら、雪枝の持ってきた紙の束を手に取った。端をクリップで留めた束をお義理のようにパラパラと捲る。

 適宜情報は書き加えられているといえ、このくらいの内容はとっくに頭に入っているのだ。紙の文書には、例の大物五人の主な事跡が時系列に沿って記されている。

 皆それぞれ色々あるものの、五人の中で一番L⇆Right! と何か秘密の関係がありそうなのは大和兎である、というのはSNOWの共通認識であった。

 これは本格的に五人を調べ始めてから、比較的スムーズに合意に達した事項である。

 なにせ大和兎は、飛ぶ鳥落とす勢いである人気雑誌の編集長なのだ。しかもアイドル雑誌に関わらずゴシップも社会問題も扱っている。スクープも連発している。

 こういってはなんだが、四季真希が間諜のような働きをしていたという仮定に立った場合、疑うなというほうが無理である。

「まあなんていうか、一番活用できそうなんはあの人なのよねえ」
「会ってみた時の印象も……」

 雪枝の言葉には含みがあった。大和兎は、表面上はフランクで話しやすい部類だ。

 ナミと違って硬いところはあるが、結構親切で小さなことでもすぐに相談に乗ってくれる。そして、目の奥にある光。

 SNOWは、いつも油断なく神経を尖らせているその雰囲気に、自分たちと同種のものを否が応にも感じざるをえなかった。

 経歴からして別にそこまで不自然ではないのだが。

「私、あの人嫌いにはなれないんですよね」
「好き嫌いは関係ないっしょ」

 ですよね、とため息を漏らし雪枝は物憂げに睫毛を揺らせた。いかにもこのような時の、雪枝の儚げな様子に葉子は弱い。

『どうも、ああいうのにユッキーは弱いよな~』

 葉子の見るところ、雪枝は『NEO NECO!』の持つ社会正義的な側面になにかしら引け目を感じているようだった。自分たちが裏でしていることが、あまり綺麗なことではないと感じているのであろう。

 その点では葉子も特に異存はなかったし、また大和兎の功績を認めるのにもやぶさかではない。ないが、雪枝ほど精神に影響は及ぼさなかった。

 とりあえず四季の行方を探さなくてはならない。

 五人の内誰かがL⇆Right! をスパイとして使っていたのだとすれば、やはり彼らの内の誰か、もしくは誰かと繋がる者たちが四季をかくまっている可能性が高い。

 今のところ兎を他より少し厚く、プラス薄っすら他四人の周囲を洗っているのが現状なのだが雪枝の気が急いており、もっと力を集中したいと言いだしたのだ。リソースが貧弱な以上、ある程度は仕方がない。

 一番可能性が高そうなのは大和兎、というのは問題なくSNOW全員の一致をみたのだが、その確証を今二人で検討しているところなのである。

 確証が得られなければ得られないで見切り発車するしかないのだが、何か裏付けのようなものがあればモチベーションや思い切りが桁違いに上がる。


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 尾鷹葉子は文字通り、ソファにどっかと腰を下ろした。衝立の向こうに置いてある簡素なものだ。
 ここは、情報資料室の一角に設けられている休憩スペースである。あまり使われることはないので、設置してある小さいゴミ箱もキレイなものだ。
 何故か葉子がふんぞり返って座っているので二人分とっているが、ソファは小さい二人掛けのものがこじんまりしたテーブルを挟んで二つ置いてあるだけなので、最大でも四人しか座れない。
 SNOWのメンバーは五人。情報部としては、なりも合わせれば六人である。
 古くなったソファの化繊も傷が目立ち、いかにも倉庫の片隅に眠っていたものを適当に持ってきた、という感が強い。
 葉子はクロッキー帳をパラパラ捲って時間を潰している。言わずと知れた、沙希が発見し数凪が四季のロッカーから持ってきたものである。
 表紙があまり汚れてないので中身も白紙が多いかと葉子は思っていたのだが、予想は外れてわりと後半まできっちり埋まっていた。
「真面目なんだなあ……」
 何となく気の乗らない口調で、葉子は呟いた。
 お待たせしました、と、こちらも元気の無い声で雪枝が衝立の向こうから顔を覗かせた。
 二人分のホットコーヒーを机の短い両側に置く。その後、また紙の束を持って来て反対側のソファにつつましく座った。
「それ、見てたんですね。何か発見はありました?」
「今んとこなーい」
 答えながらでも、葉子は画帳の頁から目を離さなかった。
 クロッキー帳には、三分の二くらいまで自分の名前のサイン練習で埋まっている。ファンアイテム用の色紙に書くような派手なサインである。夕山四季のものであった。
「サインはわかるんだけど、後ろの方がちょっと意味わかんないんだよなあ……」
 後半はひらがな、カタカナ、特定のちょっとした漢字がきれいに列でページいっぱいに並んでいる。ひらがなカタカナは律儀にアイウエオ順である。
「ペン習字でもしていたのですかね」
 雪枝もその含意を判じかねているようだ。サインの練習はまあ、今更という感もあるものの芸能人としては普通といえば普通なので特に言及することもない。
 先に〝何か発見はありました?〟と雪枝が言ったのには訳がある。
 元々葉子は|暗号《コード》|解読者《ブレイカー》としてSNOWに加入したのである。
 普段あまり役に立つことはないのだが、今回クロッキー帳を眺めているのは比較的本来の業務に近いのだ。だからといって特に張り切っているわけでもないのだが。
「や~、まあ、どっからどう見ても普通に練習だよなあ……」
 ぼつりとあてどもなく呟きながら、掛けているメガネを弄る。しながらでも、恐ろしい集中力で何も見落とすまいと帳面を隅から隅まで観察していた。
「だーめだ! わかんない! っていうか多分何も無いよ」
 クロッキー帳を脇に置き、ようやくコーヒーを啜り始める。ちょっと冷めていた。
「なんかの情報のやりとりに使ってたんなら、持ってくんじゃないかなあ」
「わざわざロッカーまで行って忘れるというのも考えにくい気がしますね」
 沙希ちゃんのカンもハズレかな、と葉子は心中でぼやいた。
『でもこれ、な~んかある気がすんだよな~』
 気になるのは気になる。が、特に根拠はない。まあこれは葉子のカンだ。
「……これを見てるとやっぱり怪しいのは大和兎さんなんですよね」
「あー。そーねー」
 葉子は気の無い返事をしながら、雪枝の持ってきた紙の束を手に取った。端をクリップで留めた束をお義理のようにパラパラと捲る。
 適宜情報は書き加えられているといえ、このくらいの内容はとっくに頭に入っているのだ。紙の文書には、例の大物五人の主な事跡が時系列に沿って記されている。
 皆それぞれ色々あるものの、五人の中で一番L⇆Right! と何か秘密の関係がありそうなのは大和兎である、というのはSNOWの共通認識であった。
 これは本格的に五人を調べ始めてから、比較的スムーズに合意に達した事項である。
 なにせ大和兎は、飛ぶ鳥落とす勢いである人気雑誌の編集長なのだ。しかもアイドル雑誌に関わらずゴシップも社会問題も扱っている。スクープも連発している。
 こういってはなんだが、四季真希が間諜のような働きをしていたという仮定に立った場合、疑うなというほうが無理である。
「まあなんていうか、一番活用できそうなんはあの人なのよねえ」
「会ってみた時の印象も……」
 雪枝の言葉には含みがあった。大和兎は、表面上はフランクで話しやすい部類だ。
 ナミと違って硬いところはあるが、結構親切で小さなことでもすぐに相談に乗ってくれる。そして、目の奥にある光。
 SNOWは、いつも油断なく神経を尖らせているその雰囲気に、自分たちと同種のものを否が応にも感じざるをえなかった。
 経歴からして別にそこまで不自然ではないのだが。
「私、あの人嫌いにはなれないんですよね」
「好き嫌いは関係ないっしょ」
 ですよね、とため息を漏らし雪枝は物憂げに睫毛を揺らせた。いかにもこのような時の、雪枝の儚げな様子に葉子は弱い。
『どうも、ああいうのにユッキーは弱いよな~』
 葉子の見るところ、雪枝は『NEO NECO!』の持つ社会正義的な側面になにかしら引け目を感じているようだった。自分たちが裏でしていることが、あまり綺麗なことではないと感じているのであろう。
 その点では葉子も特に異存はなかったし、また大和兎の功績を認めるのにもやぶさかではない。ないが、雪枝ほど精神に影響は及ぼさなかった。
 とりあえず四季の行方を探さなくてはならない。
 五人の内誰かがL⇆Right! をスパイとして使っていたのだとすれば、やはり彼らの内の誰か、もしくは誰かと繋がる者たちが四季をかくまっている可能性が高い。
 今のところ兎を他より少し厚く、プラス薄っすら他四人の周囲を洗っているのが現状なのだが雪枝の気が急いており、もっと力を集中したいと言いだしたのだ。リソースが貧弱な以上、ある程度は仕方がない。
 一番可能性が高そうなのは大和兎、というのは問題なくSNOW全員の一致をみたのだが、その確証を今二人で検討しているところなのである。
 確証が得られなければ得られないで見切り発車するしかないのだが、何か裏付けのようなものがあればモチベーションや思い切りが桁違いに上がる。