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第9話 捜索

ー/ー



 翌朝、オクトゥスは騎士団の派遣部隊の隊長の前に立っていた。経験豊富な中年の騎士は、オクトゥスの表情を一瞥すると、全てを理解したような眼差しを向けた。

「任務の範囲を広げたい、と?」

「はい。残党狩りと併せて、行方不明者の捜索も行いたいのです」

 隊長は腕を組み、しばし考え込んだ。朝の光が、彼の鎧に鈍く反射している。

「その行方不明者というのは」

「……私の、幼馴染みです」

 正直な答えだった。嘘を吐くことなど、オクトゥスには出来なかった。隊長の眉が、わずかに上がる。

「個人的な事情だな?」

「ですが、行方不明者は彼女だけではありません。それに村の皆も彼女の捜索を望んでいます。きっと魔族と何らかの関係が……」

 オクトゥスの声が、途中で途切れた。魔族と関係があるかもしれない。その可能性を口にすることが、どれほど恐ろしいことか。もしヘレナが魔族に攫われて、既に……

 (いや、そんなことは考えるな)

「……よかろう。だが、任務が最優先だ。それを忘れるな。」

「ありがとうございます!」

 オクトゥスの胸に、一筋の希望が宿った。まだ諦めてはいけない。ヘレナは生きている。きっと、どこかで彼の助けを待っている。

 その信念だけが、彼を支えていた。

 夕刻、オクトゥスは一人で老婆の小屋を訪れた。ヘレナを育て上げた、あの優しい老婆。彼女なら何か知っているかもしれない。扉を叩く音が、暮れゆく空に小さく響いた。

「どなたかね……あら、オクトゥス」

 扉が開くと、見覚えのある皺だらけの顔が現れた。だが、その表情には深い悲しみが刻まれている。

「お婆さん、ヘレナのことで聞きたいことが。」
「入っておくれ。お茶を淹れよう。」

 小屋の中は、以前と変わらず温かな雰囲気に包まれていた。しかし、そこにヘレナの姿がないことが、オクトゥスの心を締め付ける。

 老婆が湯を沸かしている間、オクトゥスは部屋を見回した。ヘレナが使っていた椅子。彼女が読んでいた本。全てがそのままの場所にあるのに、まるで時が止まってしまったかのようだった。

「あの子がいなくなってから、もう一週間かね。」
 老婆の声が震えていた。茶器を持つ手も、わずかに震えている。

「俺がいない間、何か変わったことはありませんでしたか。ヘレナに。」
 老婆は深いため息をついた。そして、ゆっくりと口を開く。

「実は……お前が村を出てから、あの子の様子がおかしくなっていった」

 オクトゥスの背筋に、冷たいものが走った。

「どのように?」

「時々、こめかみや胸を抑えて苦しそうにするようになったんじゃ。最初は頭痛かと思ったが……違うようだった。」

 老婆の言葉が、オクトゥスの心に重く響いた。

「夜中に飛び起きることもあった。汗びっしょりで、何かに怯えているように」

 (俺がいなくなってから……)

 罪悪感が、オクトゥスの胸を締め付けた。ヘレナが苦しんでいる時に、自分は騎士になるという夢に浮かれていた。彼女の異変に気づくことも出来なかった。

「あの夜も、いつものように苦しそうだった。でも、魔物の襲撃が始まると、そんな自分の痛みなど無視して村の皆のところに向かって行ったんじゃ……」

 老婆の声が途切れる。その沈黙が、全てを物語っていた。

「くっ、俺が……俺がそばにいてあげるべきだったのに!!」

 オクトゥスの拳が、無意識に握りしめられていた。胸の証明章が、責めるように重く感じられる。

 もう戻れない。そんな思いが、彼の心を支配していた。




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 翌朝、オクトゥスは騎士団の派遣部隊の隊長の前に立っていた。経験豊富な中年の騎士は、オクトゥスの表情を一瞥すると、全てを理解したような眼差しを向けた。
「任務の範囲を広げたい、と?」
「はい。残党狩りと併せて、行方不明者の捜索も行いたいのです」
 隊長は腕を組み、しばし考え込んだ。朝の光が、彼の鎧に鈍く反射している。
「その行方不明者というのは」
「……私の、幼馴染みです」
 正直な答えだった。嘘を吐くことなど、オクトゥスには出来なかった。隊長の眉が、わずかに上がる。
「個人的な事情だな?」
「ですが、行方不明者は彼女だけではありません。それに村の皆も彼女の捜索を望んでいます。きっと魔族と何らかの関係が……」
 オクトゥスの声が、途中で途切れた。魔族と関係があるかもしれない。その可能性を口にすることが、どれほど恐ろしいことか。もしヘレナが魔族に攫われて、既に……
 (いや、そんなことは考えるな)
「……よかろう。だが、任務が最優先だ。それを忘れるな。」
「ありがとうございます!」
 オクトゥスの胸に、一筋の希望が宿った。まだ諦めてはいけない。ヘレナは生きている。きっと、どこかで彼の助けを待っている。
 その信念だけが、彼を支えていた。
 夕刻、オクトゥスは一人で老婆の小屋を訪れた。ヘレナを育て上げた、あの優しい老婆。彼女なら何か知っているかもしれない。扉を叩く音が、暮れゆく空に小さく響いた。
「どなたかね……あら、オクトゥス」
 扉が開くと、見覚えのある皺だらけの顔が現れた。だが、その表情には深い悲しみが刻まれている。
「お婆さん、ヘレナのことで聞きたいことが。」
「入っておくれ。お茶を淹れよう。」
 小屋の中は、以前と変わらず温かな雰囲気に包まれていた。しかし、そこにヘレナの姿がないことが、オクトゥスの心を締め付ける。
 老婆が湯を沸かしている間、オクトゥスは部屋を見回した。ヘレナが使っていた椅子。彼女が読んでいた本。全てがそのままの場所にあるのに、まるで時が止まってしまったかのようだった。
「あの子がいなくなってから、もう一週間かね。」
 老婆の声が震えていた。茶器を持つ手も、わずかに震えている。
「俺がいない間、何か変わったことはありませんでしたか。ヘレナに。」
 老婆は深いため息をついた。そして、ゆっくりと口を開く。
「実は……お前が村を出てから、あの子の様子がおかしくなっていった」
 オクトゥスの背筋に、冷たいものが走った。
「どのように?」
「時々、こめかみや胸を抑えて苦しそうにするようになったんじゃ。最初は頭痛かと思ったが……違うようだった。」
 老婆の言葉が、オクトゥスの心に重く響いた。
「夜中に飛び起きることもあった。汗びっしょりで、何かに怯えているように」
 (俺がいなくなってから……)
 罪悪感が、オクトゥスの胸を締め付けた。ヘレナが苦しんでいる時に、自分は騎士になるという夢に浮かれていた。彼女の異変に気づくことも出来なかった。
「あの夜も、いつものように苦しそうだった。でも、魔物の襲撃が始まると、そんな自分の痛みなど無視して村の皆のところに向かって行ったんじゃ……」
 老婆の声が途切れる。その沈黙が、全てを物語っていた。
「くっ、俺が……俺がそばにいてあげるべきだったのに!!」
 オクトゥスの拳が、無意識に握りしめられていた。胸の証明章が、責めるように重く感じられる。
 もう戻れない。そんな思いが、彼の心を支配していた。