冷たく閉ざされた一面金属張りの室内の中、重装備に身を包む男たちが待機する。冷や汗すら凍りそうな緊迫感をまとい、かすれた呼吸音だけが反響する。
「こちらチームアルファ。規定時刻になった。全員スタンバイオーケイだ」
一人の男が頭に装着されたインカムに向け、何かを告げる。
『こちら管制室。レーダーに反応なし。よし、出勤せよ。グッドラック!』
向こうからの言葉を合図に重々しい蓋のような扉がガチャンと音を立て開かれる。重装備軍団は一斉に外へと飛び出していき、その全身に熱線の如く日差しを浴びた。
丸腰の常人ならば直ちに皮膚が焼け爛れる超高温だ。
しかし、一面見渡す限りの荒廃しきった砂漠。
どれだけ探そうと日除けになるものなど皆無。見当たりはしない。
まだ明け方の時間だというのに、もはや人が外出できる気温などではない。
かつて外界の気温が最高四十度、五十度だったなどと信じられるだろうか。
人類は傘を差すだけで出歩けた環境があったと言われてももはや虚言でしかない。
いつから人類は日差しにこれほどまでの脅威を抱くようになったのだろう。
重装備の集団は完全なる紫外線防御および瞬間冷却装置をその身に着けていたが、それでも安心などしてはいられなかった。
勿論それらの装備を持ってしても完全に熱を遮断できていないこともあるが……。
『ザザ―管制室、ザザ――退避せよ。レーダーザザザ――反応あり! 退――ザザ』
砂漠を出動し、まだ一キロと行進していない状況で、突如雑音が飛び込んでくる。
何か異常事態が起こったことは、足元を震わすほどの地鳴りで理解できた。
立っていられないくらいにゴゴゴと地面が揺れ、バランスが崩れる。
砂の地面が割れ、重装備軍団が一斉に散り、そこから巨大な何かが姿を現す。
「ワーム幼生体だ! おそらく生まれたばっかで腹をすかせてやがる!」
「っちぃ! 日の出るうちに起きやがって! とっととステーキになっちまえ!」
口々に悪態をつく。その正体は脱皮したての大蛇のような生物だった。
月並みな言葉ではあるが、人間三人同時に丸呑みできるほどの巨体を持っており、体の大部分は地面から伸びているせいもあって全体の長さは計り知れない。
ワームと呼ばれるソレは本来夜行性で、日の出ているうちは地面の下で活動せず、眠り続けているが、たまに腹をすかせた個体が地上に出てくる場合がある。
この灼熱の日差しには弱いので数分も暴れればそのうち勝手に干からびて死ぬが、それまでは食われないように逃げ切らなければならない。
熱に対し万全な重装備も、ワームの消化液には対応しきれていないためだ。
だからこそ、彼らはワームの活動する夜帯を避け、この地獄のような日差しの下を出ていくしか選択肢がない。命がけの出勤だ。
ただでさえ足の取られる一面の砂。ワームが暴れまわるせいで流砂も生まれる。
この状況に絶望感を覚えないものはいない。
しかし、彼らには使命があった。命を懸けてでも全うすべき使命が。
「こちらチームアルファ。チームベータ、応答しろ。ワームが現れた!」
通信を試みるが、意味をなさない雑音以外の返答はない。
「おい、何やってる! とっくに時間切れだ。通信なんかもう役に立たんぞ!」
別の男が背中を小突き、注意を促す。
そうこうしているうちにも、ワームは日差しに悶えながらも暴れ続ける。
足元が砂地とはいえ、万が一にもあの巨体に頭上から圧し掛かられれば命はない。
熱に悶えて不規則に動き回る様もまた、絶望感を煽り続ける一方だった。
なお、時間切れというのは通信が可能な時間のことを指す。空から降り注ぐ熱射は激しい電磁波も発しており、まともな通信機器は機能しなくなる。
明け方から既に数十分以上が時間が経っていたため、当然とうに日は立っていた。そうなればもう、日没まで通信などできない。
状況はそれだけに留まらず、日差し対策をしてある重装備でさえ、一時間と持たず冷却機能ごと停止してしまう恐れすらあった。
冷却機能のなくなった重装備を身にまとって人間はどれだけ活動できるか。もって一分以内といったところだろう。
だからこそ、ワームごときに時間を取られている場合ですらないのだ。
「どうする? 基地に引き返すか?」
「いや、目的地まであと百メートルもない。このまま逃げ切ろう!」
「うひぃぃー……死ぬぅー……」
一キロにも満たない距離を戻るか、百メートルを進むか。選ぶまでもない。
重装備軍団は悶えるワームの巨体を避けつつも、蟻地獄のような流砂を抜けだして砂に埋もれていく足を引っ張りだすように前へ前へと突き進む。
何人かの悲鳴が聞こえたかもしれない。それでも足を止めるわけにはいかない。直線距離にしてたかが百メートル。されど百メートル。
総重量も馬鹿にならない装備を身にまとっては一歩を進むだけでも一苦労なのだ。
「ゲートが見えたぞ! ワームは振り切ったか!?」
「姿、確認できません! おそらく焼死したものと思われます!」
「急げ! ゲートに飛び込むんだ!」
集団の視界に、地面からぽっかり顔出す鉄板のようなソレが確認できていた。あの中に飛び込めば目的地のシェルターに到達する。死に物狂いで前進あるのみ。
生き延びてみせる。その執念だけで彼らは全身に砂埃をまといながらも突き進み、分厚く重い鉄扉をグググと抉じ開ける勢いで次々にゲートへと身体ごと押し込める。
すっかり砂だるまと化した彼らが内部に入ってすぐ、人数を確認し始めた。
「数えろ。いない奴はいないな!?」
「オーケー、ゲートを閉じろ!」
誰も欠けていないと判断した直後、手動で大きな鉄扉を協力して閉じていく。その迅速で統率力のある動きは命に関わると理解しているからこそのものだろう。
鉄扉を閉めてすぐ、装備の下は全身汗だくになりながら床に倒れこむ。
フルフェイスのヘルメットも引っぺがすようにして放り投げるものもいた。
「あっちぃぃっ! 死ぬかと思ったぁ!!」
冷却機能が壊れたのか、首元から湯気を吹きながら顔を真っ赤にした男が叫ぶ。
「おい、こんなとこで休むな。早くエレベーターに向かえ。蒸し焼きになるぞ」
誰かが声をかけるが一時間強の外出による消耗はよほどなのか、誰も動かない。
「あ、あと一分、お願いだ。頭のてっぺんまで煮えそうなんだよ」
その男の懇願を無視しようと思うものなどいなかった。立ち上がるのも辛いくらい身体中が燃えるように熱かったのだから。
それから全員が二本足で直立できるようになるまで数分は要した。
※ ※ ※
冷房付きの超高速エレベーターは何処までも地下深くまでグングンと下りていき、ゲート付近ですら灼熱の暑さだったことが自覚できるようになる。
誰かの言っていた通り、あと数分も倒れていたら本当に蒸しあがっていただろう。
エレベーターが最下層に到着すると、極寒だと思えるくらいの冷気が全員を包む。一気に凍えて肌寒くなり、ついつい重装備を付け直してしまうほど。
「諸君、任務ご苦労であった。一人も欠けることなく生還できたことは奇跡だろう」
何やら偉そうな恰好をした偉そうな男が偉そうな態度で重装備集団の前に現れる。
「シェルター八百十五号所長殿、こちらがブツであります!」
いかにも、これから偉そうな男が長話を始めそうな雰囲気を醸し出していたので、すかさず誰かが背中に抱えていた大きなケースを大げさな態度で差し出す。
敬礼を添え言い放つ。それは半ば押し付けられた形だったが、所長と呼ばれた男も納得したようにケースを受け取って開封する。
彼らが命がけで運搬してきた荷物の中身は――手紙だった。それもかなり大量の。
日中の地上は電磁波により通信はほぼ使えず、シェルター同士の交信はほぼ困難。そうでなくとも、地中深くとなれば仲介するアンテナもなくやはり交信は困難。
国家規模、軍事規模ではない単なる民間人らが他のシェルターと連絡をとるには、通信など許可されず、こういった原始的な手紙しか認可されていなかった。
全国、全世界のシェルターが地下で地続きならこんな苦労もなかったのだろうが、地下の世界はワームの巣窟。そう安易に接続することも憚られる。
よって、彼らのような配達員が導入され、シェルター同士の交流を担うのだ。こうしてまた何処かのシェルターとシェルターの交流を結ぶべく彼らは出勤する。
彼らの命がけの働きによって手紙が届けられていくのであった――……。