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話すか壊れるか

ー/ー



 時間は少し遡って数十分前。手配していたホテルの一室に到着してからのことでした。

 夜を徹して走る列車で一睡もしていないクリスカさんはぐっすりと寝てしまって暇を持て余していた私は一人ぼっちの部屋で悶々としていました。

 ロビーカーで遭遇したあの文字列。あれはきっと空想じゃないと勝手に思い込んでいたのです。

 紅茶を備え付けのティーポッドに用意しては呑み干して、しばらくしてまた淹れる。腕を錆びつかせぬようにとそんなことを反芻して夕刻。ぼーっと窓際のティーカップを握り考えていたところに彼女がやってきます。

「私にも紅茶ぁ」
「は、はい! 只今!」

 寝ぼけたか細い目で私を見て、クリスカさんが言いました。きっと屋敷に居る時の癖が出ているのだろうなぁ。口が綻びながら、満更でもない笑みでティーカップをテーブルに置きました。

「お目覚めの一杯です」 

 ゆっくりと口を付けて一口含むと、そのスッキリした風味に覚めたようで眇めていた瞼が広がりました。

「エレファンブランを選ぶなんて博学ね」
「ありがとうございます。朝だと、やはり柑橘系のスッキリした紅茶が良いかと思いまして」
「そういう気遣い、嫌いじゃないわ。ありがとう」

 そっとカップを持っていない右手で撫でてくれました。

「ありがたきお言葉」
「あなたも飲んで。冷めてしまうわよ?」
「で、では。反対に失礼します」

 ぎこちなく、座って紅茶を飲み交わします。

 ミルクや砂糖はありません。けれどお互いそんなことなど気にも留めず、弱まる気配のない吹雪を眺めながら、飾り気のない夕方のお茶会はのんびりと時を動かします。

 紅茶はとても不思議な魔力を持っていて、考えに耽ってしまいます。それをクリスカさんは見逃しませんでした。

「鬱蒼としてるの?」
「考え事です。私個人のことですから」
「言ってみなさいよ。頼りになるかどうかはわからないかもだけど」
「いえ、クリスカさんの手を煩わせるわけには——」

 そう怪訝に言うと、彼女は不適な笑みを浮かべて両手を開けて顔を近づけます。

「私達は対等と言ったでしょう。頼りなさいよ」
「で、ですがクリスカさん」
「もう、生意気な口にはこうしてやる」

 肩を寄せて八重歯を唇に刺すと、じんわりと甘い快楽が流れ込みます。憂いが温かくぼんやりと蕩けて、肩の力ががっくりと墜ちました。

 病みつきになってしまいます。私は唇を少し強引に離して告げます。

「これ以上は……ダメです。私が私でなくなって」
「壊れる? じゃあ全部受け止めてあげる。壊されるか、話すか、どっちかにしよっか」

 半ば脅しに聞こえる言葉でも私の心は逡巡します。

 頼っても良いのでしょうか。本来、使用人であるはずの私が主となるはずの高貴な吸血鬼の彼女に。

 だったらいっそ、このまま壊されてしまった方が私のこのもどかしさは晴れるのではないかとも思ってしまいます。そんな迷い、ある種の苦しみを捨てられるのならその方が良い。

 けれど眼が泳いだ私を見て、クリスカさんは冷めたのか手を解きました。

「壊すのは冗談。まだ信用も信頼もされてないと思うと、残念かも」
「そ、そんなことありません。ですけど」
「じゃあ話してよ。悶々とされてたら私も苦しいから」

 息を呑んであの時見た物の全てを「もう過ぎたことですけど」と前置きして、赤裸々に吐露しました。

「そう急くこともないはずなのに」

 クリスカさんは口角を上げて呟きました。

「なんとかしてみるよ。まずはその佐伯さんって人を探すところからだね。降りる駅の当てとかある?」
「……それが、降りる駅までは聞いていなくて」
「そう。まぁでも手立てなら幾らでもある。私に任せなさい」
「はい……」

 俯きがちな返事。心底私はやる瀬なく、情けないと自責に狩られました。

 それを察してか、沈む表情の顔を覗き込んではにかみます。

「一人で気負わないの。私達は対等よ。さっきにも言ったけど、今のあなたは使用人じゃなく私の付き人、旅の友よ。血を吸うのは、まぁ矛盾していると詰められた返す言葉がないけれど、今のあなたにそれ以上を求めるのは私には出来かねる」

 気を遣ってくださるのは、とても嬉しくございます。しかし対等という言葉が私を雁字搦めに縛る、ある種の呪縛だったのです。

 吸血鬼の主様に付き従うために生まれてきた、それを望む私には彼女との関係が腑に落ちません。

 焦燥感に胸を撫でられながらも、不粋な問い掛けを喉元で抑えて唾を飲みました。

「さぁて、不安も鬱蒼も全部雪に溶かしてしまおう」
「雪?」
「冬の北海道よ? ウィンタースポーツやならいで帰れないでしょう」

 いいからと手を引かれて、私は支度も満足にできないまま部屋から連れられました。


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 時間は少し遡って数十分前。手配していたホテルの一室に到着してからのことでした。
 夜を徹して走る列車で一睡もしていないクリスカさんはぐっすりと寝てしまって暇を持て余していた私は一人ぼっちの部屋で悶々としていました。
 ロビーカーで遭遇したあの文字列。あれはきっと空想じゃないと勝手に思い込んでいたのです。
 紅茶を備え付けのティーポッドに用意しては呑み干して、しばらくしてまた淹れる。腕を錆びつかせぬようにとそんなことを反芻して夕刻。ぼーっと窓際のティーカップを握り考えていたところに彼女がやってきます。
「私にも紅茶ぁ」
「は、はい! 只今!」
 寝ぼけたか細い目で私を見て、クリスカさんが言いました。きっと屋敷に居る時の癖が出ているのだろうなぁ。口が綻びながら、満更でもない笑みでティーカップをテーブルに置きました。
「お目覚めの一杯です」 
 ゆっくりと口を付けて一口含むと、そのスッキリした風味に覚めたようで眇めていた瞼が広がりました。
「エレファンブランを選ぶなんて博学ね」
「ありがとうございます。朝だと、やはり柑橘系のスッキリした紅茶が良いかと思いまして」
「そういう気遣い、嫌いじゃないわ。ありがとう」
 そっとカップを持っていない右手で撫でてくれました。
「ありがたきお言葉」
「あなたも飲んで。冷めてしまうわよ?」
「で、では。反対に失礼します」
 ぎこちなく、座って紅茶を飲み交わします。
 ミルクや砂糖はありません。けれどお互いそんなことなど気にも留めず、弱まる気配のない吹雪を眺めながら、飾り気のない夕方のお茶会はのんびりと時を動かします。
 紅茶はとても不思議な魔力を持っていて、考えに耽ってしまいます。それをクリスカさんは見逃しませんでした。
「鬱蒼としてるの?」
「考え事です。私個人のことですから」
「言ってみなさいよ。頼りになるかどうかはわからないかもだけど」
「いえ、クリスカさんの手を煩わせるわけには——」
 そう怪訝に言うと、彼女は不適な笑みを浮かべて両手を開けて顔を近づけます。
「私達は対等と言ったでしょう。頼りなさいよ」
「で、ですがクリスカさん」
「もう、生意気な口にはこうしてやる」
 肩を寄せて八重歯を唇に刺すと、じんわりと甘い快楽が流れ込みます。憂いが温かくぼんやりと蕩けて、肩の力ががっくりと墜ちました。
 病みつきになってしまいます。私は唇を少し強引に離して告げます。
「これ以上は……ダメです。私が私でなくなって」
「壊れる? じゃあ全部受け止めてあげる。壊されるか、話すか、どっちかにしよっか」
 半ば脅しに聞こえる言葉でも私の心は逡巡します。
 頼っても良いのでしょうか。本来、使用人であるはずの私が主となるはずの高貴な吸血鬼の彼女に。
 だったらいっそ、このまま壊されてしまった方が私のこのもどかしさは晴れるのではないかとも思ってしまいます。そんな迷い、ある種の苦しみを捨てられるのならその方が良い。
 けれど眼が泳いだ私を見て、クリスカさんは冷めたのか手を解きました。
「壊すのは冗談。まだ信用も信頼もされてないと思うと、残念かも」
「そ、そんなことありません。ですけど」
「じゃあ話してよ。悶々とされてたら私も苦しいから」
 息を呑んであの時見た物の全てを「もう過ぎたことですけど」と前置きして、赤裸々に吐露しました。
「そう急くこともないはずなのに」
 クリスカさんは口角を上げて呟きました。
「なんとかしてみるよ。まずはその佐伯さんって人を探すところからだね。降りる駅の当てとかある?」
「……それが、降りる駅までは聞いていなくて」
「そう。まぁでも手立てなら幾らでもある。私に任せなさい」
「はい……」
 俯きがちな返事。心底私はやる瀬なく、情けないと自責に狩られました。
 それを察してか、沈む表情の顔を覗き込んではにかみます。
「一人で気負わないの。私達は対等よ。さっきにも言ったけど、今のあなたは使用人じゃなく私の付き人、旅の友よ。血を吸うのは、まぁ矛盾していると詰められた返す言葉がないけれど、今のあなたにそれ以上を求めるのは私には出来かねる」
 気を遣ってくださるのは、とても嬉しくございます。しかし対等という言葉が私を雁字搦めに縛る、ある種の呪縛だったのです。
 吸血鬼の主様に付き従うために生まれてきた、それを望む私には彼女との関係が腑に落ちません。
 焦燥感に胸を撫でられながらも、不粋な問い掛けを喉元で抑えて唾を飲みました。
「さぁて、不安も鬱蒼も全部雪に溶かしてしまおう」
「雪?」
「冬の北海道よ? ウィンタースポーツやならいで帰れないでしょう」
 いいからと手を引かれて、私は支度も満足にできないまま部屋から連れられました。