表示設定
表示設定
目次 目次




海賊の娘 ①

ー/ー



 ――アレイン海は今日も波穏やかだ。
 グレティン王国いちの港町・ポリア沖にはいくつもの商会から何十隻という商船が航行している。

 そのさらに沖に、異彩を放つ一隻の船がある。それこそが海賊団〈黄金の男爵(ゴールドバロン)〉の持つ海賊船である。

「――キャプテン、お嬢、見えましたぜ!」

 マストから、乗組員ユナンが一隻の商船を指差して叫んだ。

「うん、間違いないよ。あれが〈ミエール商会〉の船だね。……船長」

 彼から「お嬢」と呼ばれた紅一点、レイラが甲板(かんぱん)から望遠鏡を覗きながら頷き、この船のキャプテンに指示を仰ぐ。

「野郎ども、ただちに配置に着け! 面舵(おもかじ)いっぱい、あの船に横付けするんだ! ぐずぐずするな!」

「「「「「あいあいさー!」」」」」

 この船の副船長であるレイラは、長い赤髪をなびかせて船首に立ち、乗組員たちに指示を飛ばす。

「ユナン、あんたはそのまま船に残ってマストから見張りを続けて! ドリーは全員分の武器を準備して! マッジは(イカリ)を降ろす準備! 舵取りは任せたよ、ガゼリ!」

「へい、任しといてくれ!」

 頼もしく頷いたベテラン二等航海士のガゼリに、レイラと船長のバリー・ブライスは満足げに頷く。


 ――レイラ・ブライスはキャプテン・バイス・ブライスの一人娘である。彼女は幼い頃からこの船に乗り、人生の半分以上の時間を海の上で過ごしてきた。現在、十八歳だ。

 父がキャプテンを務め、彼女も名を連ねる〈ゴールドバロン海賊団〉は悪徳商会の船ばかりを狙い、彼らが所有する財産を略奪している。
 その一部は海賊団の(ふところ)に入るが、ほとんどをグレティン王国の貧困層の人々に分け与えている。そのため、彼らのことを〝義賊〟だと呼ぶ者たちも少なくない。

 王国法では、海賊団は 見つかればすぐ海軍に捕縛されて裁かれ、一人残らず絞首刑に処されるが、レイラたちだけは例外とされているらしい。貧しい民を救済しているその行為を国王から認められ、略奪行為は見逃されているらしいのだ。


「――よし、よぉーーし! 目標の船に横付けた。者ども、錨を降ろし、乗り移れ! もたもたするな!」

「「「「「イェッサー!」」」」」

 レイラの指示どおり、ユナン一人だけはマストに残り、海賊旗を掲げた。レイラを含むあとの乗組員たちとキャプテン・ブライスはドリーと呼ばれた若い男の乗組員からカットラスとピストルを受け取り、相手の船に跳び移る。

 彼らがこの日目をつけた〈ミエール商会〉も、首都オーガスでは悪い噂の絶えない悪徳商会の一つだった。粗悪品を安値で仕入れてきては、庶民に高値で売りつけ自分たちの懐を肥やしているのだという情報を、レイラは事前に仕入れていた。

 そしてそういう悪名高い商会ほど、〈ゴールドバロン号〉の海賊旗を目にすると恐れおののく。この船の乗員もご多分に漏れなかった。

「な……っ、何だお前たちはっ!?」

「俺たちは〈ゴールドバロン〉海賊団だ。この船に積んである財宝を頂きに来たのさ」

 来ている深紅のコートの裾をはためかせ、キャプテン・ブライスが声高に名乗りを上げる。
 よく日に焼けた浅黒い肌に赤髪。筋肉質ながら引き締まった体。背丈はそれほど高くはないが、海の男の貫禄は十分だ。ちなみにレイラの赤い髪も父譲りである。

「さあ、おとなしく宝のある場所へ案内してもらおうか。あたしたちは、あんたたちに危害を加えるつもりはないよ」

 レイラはこの船の主であるウォルティン・ミエールにカットラスの切っ先を突きつけて言った。〈ゴールドバロン海賊団〉の他のメンバーも、同じように船員たちにピストルやカットラスを向ける。
 ウォルティンは女海賊に目を丸くしたが、悪徳商人らしく虚勢を張った。

「何だと、海賊!? お前たち、わ……分かっているのか! この国の方では、海賊は見つけ次第捕縛、絞首刑なんだぞ! お前たち全員、賞金首になっているはずだっ!」

「あら、知らないの? あたしたちは誰ひとり、賞金首になんかなっちゃいないんだよ。あんたたちみたいな悪徳商会を成敗してるっていうんで、むしろ国王さまのお墨付きを頂いてるくらいだ」

 これは半分ハッタリだが、半分は事実だ。現国王が彼らを捕縛しないのは、略奪をした際に誰も傷つけないからである。こういった悪徳な会社を法で取り締まれないという負い目からでもあろう。

「さっきも言ったけど、あたしたちは野蛮な海賊じゃない。宝の()()さえ分かれば、あんたたち誰ひとりとして痛い目に遭わせることもないんだから。さっさと案内しな」

「わ、分かった分かった! 財宝は船底に隠してある。案内するから……、本当に誰にも危害を加えないのだな? 頼む! 命だけは取らぬと約束してくれ! このとおりだ!」

「ああ、約束する。俺たちは決して約束を(たが)えないし、人を傷付けるのは俺たちの流儀ではないんでな」

 怯えて命()いするウォルティンに、キャプテン・ブライスは力強く頷いて見せた。


 ――一同はウォルティンに船底へ案内された。そこはちょっとした宝物庫のようになっていて、金貨のたんまり入った布袋や宝飾品など金目の物がドッサリと置かれている。が、相当な悪徳商人だと噂されているミエール商会にしては宝がこれだけなのが、ブライス親子にはどうも引っかかる。

「お前たちの宝は本当にこれだけか?」

「あ……当たり前だろう! 貴様らのような海賊に、う……嘘などつけるものか!」

 そう言いながらも、彼の目が泳いでいるのをレイラは見逃さない。彼女は父にそっと耳打ちした。

「……父さん、もしかしたらこの船のどこかに隠し財宝があるかもしれない」

「……うん、そうか」

 切れ者である我が娘の推論に、キャプテン・ブライスは頷く。

「分かった分かった。では、ここにある宝はすべて頂くとしてだな……」

「念のため、船室も確かめさせてもらうよ」

 そう言うが早いか、レイラは一つ上の階へ上がった。ブライス船長も船底の宝物は部下たちに任せ、娘の後を追う。ウォルティンも慌てて後からついて来た。

「こら、お前たち! 何をしている!? そこには宝など……何もない……」

 息切れしているウォルティンなどには目もくれず、彼の部屋と思しき船室を物色し始めたレイラは、ベッドの下に隠されている古ぼけた宝箱を見つけた。

「船長! ベッドの下にこんなものがあるのを見つけたんだけど」

「でかした、レイラ! 開けてみろ」

 大きく頷いたレイラが箱を開けると、そこには金貨がビッシリと詰め込まれた麻袋が入っている。金貨の枚数まではハッキリと分からないが、相当な大金であることに間違いない。

「ま……っ、待ってくれ! その金は……!」

 ウォルティンが慌てているところを見るに、これは表に出せない金のようだ。ブライス船長がにんまりと笑った。

「ふぅん? これがお前らの〝隠し財産〟というわけか。これは俺たちが頂いておこう。――レイラ、他の船室も見てみろ。まだ隠してあるかもしれん」

「分かった!」

 父から命じられたレイラは、他の船室も物色してみた。すると……、同じような宝箱に隠された大量の金貨がいくつも見つかった。

「あんたたち……、こんなに財宝を隠していたなんて。しかもこれ全部、表には出せない金なんでしょう? だから隠してあったんでしょうけど」

「勘弁してくれ……! その金まですべて持っていかれたら、ウチの商会は潰れてしまう……!」

「それは自業自得でしょう? どのみち、この隠し資産の事実を王宮に知られたらあんたたちはおしまいだからね。これは立派な脱税になるんだから」

 商人たちは、自分たちの持っている資産を正確に王宮に申告しなければならないと法に定められている。隠し資産を持っているということは、法を犯していることに他ならないのだ。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 海賊の娘 ②


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ――アレイン海は今日も波穏やかだ。
 グレティン王国いちの港町・ポリア沖にはいくつもの商会から何十隻という商船が航行している。
 そのさらに沖に、異彩を放つ一隻の船がある。それこそが海賊団〈|黄金の男爵《ゴールドバロン》〉の持つ海賊船である。
「――キャプテン、お嬢、見えましたぜ!」
 マストから、乗組員ユナンが一隻の商船を指差して叫んだ。
「うん、間違いないよ。あれが〈ミエール商会〉の船だね。……船長」
 彼から「お嬢」と呼ばれた紅一点、レイラが|甲板《かんぱん》から望遠鏡を覗きながら頷き、この船のキャプテンに指示を仰ぐ。
「野郎ども、ただちに配置に着け! |面舵《おもかじ》いっぱい、あの船に横付けするんだ! ぐずぐずするな!」
「「「「「あいあいさー!」」」」」
 この船の副船長であるレイラは、長い赤髪をなびかせて船首に立ち、乗組員たちに指示を飛ばす。
「ユナン、あんたはそのまま船に残ってマストから見張りを続けて! ドリーは全員分の武器を準備して! マッジは|錨《イカリ》を降ろす準備! 舵取りは任せたよ、ガゼリ!」
「へい、任しといてくれ!」
 頼もしく頷いたベテラン二等航海士のガゼリに、レイラと船長のバリー・ブライスは満足げに頷く。
 ――レイラ・ブライスはキャプテン・バイス・ブライスの一人娘である。彼女は幼い頃からこの船に乗り、人生の半分以上の時間を海の上で過ごしてきた。現在、十八歳だ。
 父がキャプテンを務め、彼女も名を連ねる〈ゴールドバロン海賊団〉は悪徳商会の船ばかりを狙い、彼らが所有する財産を略奪している。
 その一部は海賊団の|懐《ふところ》に入るが、ほとんどをグレティン王国の貧困層の人々に分け与えている。そのため、彼らのことを〝義賊〟だと呼ぶ者たちも少なくない。
 王国法では、海賊団は 見つかればすぐ海軍に捕縛されて裁かれ、一人残らず絞首刑に処されるが、レイラたちだけは例外とされているらしい。貧しい民を救済しているその行為を国王から認められ、略奪行為は見逃されているらしいのだ。
「――よし、よぉーーし! 目標の船に横付けた。者ども、錨を降ろし、乗り移れ! もたもたするな!」
「「「「「イェッサー!」」」」」
 レイラの指示どおり、ユナン一人だけはマストに残り、海賊旗を掲げた。レイラを含むあとの乗組員たちとキャプテン・ブライスはドリーと呼ばれた若い男の乗組員からカットラスとピストルを受け取り、相手の船に跳び移る。
 彼らがこの日目をつけた〈ミエール商会〉も、首都オーガスでは悪い噂の絶えない悪徳商会の一つだった。粗悪品を安値で仕入れてきては、庶民に高値で売りつけ自分たちの懐を肥やしているのだという情報を、レイラは事前に仕入れていた。
 そしてそういう悪名高い商会ほど、〈ゴールドバロン号〉の海賊旗を目にすると恐れおののく。この船の乗員もご多分に漏れなかった。
「な……っ、何だお前たちはっ!?」
「俺たちは〈ゴールドバロン〉海賊団だ。この船に積んである財宝を頂きに来たのさ」
 来ている深紅のコートの裾をはためかせ、キャプテン・ブライスが声高に名乗りを上げる。
 よく日に焼けた浅黒い肌に赤髪。筋肉質ながら引き締まった体。背丈はそれほど高くはないが、海の男の貫禄は十分だ。ちなみにレイラの赤い髪も父譲りである。
「さあ、おとなしく宝のある場所へ案内してもらおうか。あたしたちは、あんたたちに危害を加えるつもりはないよ」
 レイラはこの船の主であるウォルティン・ミエールにカットラスの切っ先を突きつけて言った。〈ゴールドバロン海賊団〉の他のメンバーも、同じように船員たちにピストルやカットラスを向ける。
 ウォルティンは女海賊に目を丸くしたが、悪徳商人らしく虚勢を張った。
「何だと、海賊!? お前たち、わ……分かっているのか! この国の方では、海賊は見つけ次第捕縛、絞首刑なんだぞ! お前たち全員、賞金首になっているはずだっ!」
「あら、知らないの? あたしたちは誰ひとり、賞金首になんかなっちゃいないんだよ。あんたたちみたいな悪徳商会を成敗してるっていうんで、むしろ国王さまのお墨付きを頂いてるくらいだ」
 これは半分ハッタリだが、半分は事実だ。現国王が彼らを捕縛しないのは、略奪をした際に誰も傷つけないからである。こういった悪徳な会社を法で取り締まれないという負い目からでもあろう。
「さっきも言ったけど、あたしたちは野蛮な海賊じゃない。宝の|在《あ》り|処《か》さえ分かれば、あんたたち誰ひとりとして痛い目に遭わせることもないんだから。さっさと案内しな」
「わ、分かった分かった! 財宝は船底に隠してある。案内するから……、本当に誰にも危害を加えないのだな? 頼む! 命だけは取らぬと約束してくれ! このとおりだ!」
「ああ、約束する。俺たちは決して約束を|違《たが》えないし、人を傷付けるのは俺たちの流儀ではないんでな」
 怯えて命|乞《ご》いするウォルティンに、キャプテン・ブライスは力強く頷いて見せた。
 ――一同はウォルティンに船底へ案内された。そこはちょっとした宝物庫のようになっていて、金貨のたんまり入った布袋や宝飾品など金目の物がドッサリと置かれている。が、相当な悪徳商人だと噂されているミエール商会にしては宝がこれだけなのが、ブライス親子にはどうも引っかかる。
「お前たちの宝は本当にこれだけか?」
「あ……当たり前だろう! 貴様らのような海賊に、う……嘘などつけるものか!」
 そう言いながらも、彼の目が泳いでいるのをレイラは見逃さない。彼女は父にそっと耳打ちした。
「……父さん、もしかしたらこの船のどこかに隠し財宝があるかもしれない」
「……うん、そうか」
 切れ者である我が娘の推論に、キャプテン・ブライスは頷く。
「分かった分かった。では、ここにある宝はすべて頂くとしてだな……」
「念のため、船室も確かめさせてもらうよ」
 そう言うが早いか、レイラは一つ上の階へ上がった。ブライス船長も船底の宝物は部下たちに任せ、娘の後を追う。ウォルティンも慌てて後からついて来た。
「こら、お前たち! 何をしている!? そこには宝など……何もない……」
 息切れしているウォルティンなどには目もくれず、彼の部屋と思しき船室を物色し始めたレイラは、ベッドの下に隠されている古ぼけた宝箱を見つけた。
「船長! ベッドの下にこんなものがあるのを見つけたんだけど」
「でかした、レイラ! 開けてみろ」
 大きく頷いたレイラが箱を開けると、そこには金貨がビッシリと詰め込まれた麻袋が入っている。金貨の枚数まではハッキリと分からないが、相当な大金であることに間違いない。
「ま……っ、待ってくれ! その金は……!」
 ウォルティンが慌てているところを見るに、これは表に出せない金のようだ。ブライス船長がにんまりと笑った。
「ふぅん? これがお前らの〝隠し財産〟というわけか。これは俺たちが頂いておこう。――レイラ、他の船室も見てみろ。まだ隠してあるかもしれん」
「分かった!」
 父から命じられたレイラは、他の船室も物色してみた。すると……、同じような宝箱に隠された大量の金貨がいくつも見つかった。
「あんたたち……、こんなに財宝を隠していたなんて。しかもこれ全部、表には出せない金なんでしょう? だから隠してあったんでしょうけど」
「勘弁してくれ……! その金まですべて持っていかれたら、ウチの商会は潰れてしまう……!」
「それは自業自得でしょう? どのみち、この隠し資産の事実を王宮に知られたらあんたたちはおしまいだからね。これは立派な脱税になるんだから」
 商人たちは、自分たちの持っている資産を正確に王宮に申告しなければならないと法に定められている。隠し資産を持っているということは、法を犯していることに他ならないのだ。