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入学式

ー/ー



 この世界にはひとつだけ、とても大きな樹がある。名前は知らない。この世界の中でもごく一部の人たちだけが知ってるらしい。その樹を崇める人達は、大樹信仰っていう集団を作ってるんだけど、その中に大樹の名前や過去を知ってる人がいるらしい。


 私がこれから通うことになる学校は、この大樹信仰が運営している。その名も聖ザヴァルテリ学園。ちなみに私は大樹信仰ではない。ただこのザヴァルテリ学園は設備的にも履修内容的にも魅力的な点が多いため、ここに通いたかったのだ。


 私のような生徒は多く、大樹信仰系列とはいえもともと大樹信仰ではない生徒は少なからずいるようだ。授業内容や習慣において大樹信仰に触れるものが多くあるため卒業する頃には私も大樹信仰の一員になっているのだろうけれど。


 別に大樹信仰は胡散臭かったり危険性のある団体ではない。ただこの大樹に対しての祈りや祝福の観念を持っているというだけだ。この施設設備を使えるのならば大樹信仰になることも青春の一ページ。私にとってもいい経験になるのだと、そう思っていた。


 これが私の人生を変えてしまうきっかけになるなんて、この時の私はちっともわかっていなかった。




♢




 風の月の初頭。私たちは聖ザヴァルテリ学園のグラウンドに集まっていた。私たちっていうのは、無論このザヴァルテリ学園に通うことになる生徒たちのことだ。


「みなさん、おはようございます」


 禿頭で白く長い髭を生やした老人が大きな切り株の上で皆に呼びかける。


「おはようございます!」


 皆が一斉に挨拶を返す。その声はどれもやる気に満ちているような迫力を感じさせた。私も例外なくいつになく気合を込めて声を上げた。


「えー、私はこの学園の学園長。ナーガヅァ・レイです。みなさん……今日はめでたい日ですね。あなたたちがこの大樹のもと、祝福を賜るのですから。我が学園へようこそ」


 老人が語り終えると切り株に向け大量の拍手の音が鳴り響いた。その後一定の人数に区切られ校舎に案内され、皆が"1年"の札のついた教室に詰め込まれた。


「はい、注目」


 その教室は講堂のようになっており、声を発した人物はその最前列の教壇の向こう側にいた。


「新入生のみなさん。どうも。担任のキルス・フィルです。慣れないことも多いでしょうけどともに頑張っていきましょう」


 まだ席もわからずに座っている人も少ないにも関わらずキルス先生は喋りだしてしまった。
 かくいう私もまだ席に座れていない。どこでもいいらしいが周りに気を使うと座る隙がない……。


「ちょっと……あなた。そこ、座るの?座らないの?」


 あたふたしていると唐突に冷ややかな声が私に投げかけられた。


「え?あ、ごめん……」


 振り向くとそこには翠色の瞳でこちらを見つめる紫水晶の様な妖艶で美しい髪を持つ少女がいた。


「なにを謝るの?私は座るか座らないか訊いたのよ?」


「あ……うん、座る」


「そ。じゃあ私はこっちに座るわね」


 その子は私の隣の椅子を引き席についた。多少言い方はきついが私を導いてくれたのだろうか……。


「あの……ありがとね」


「……なにがよ」


「私が迷ってたの、わかってたんでしょ?」


「……ふん……先生の話をききなさい」


「はぁい」


 くすりと笑いながら返事をした。多分照れ隠しだと思うので、この子とは友達になれそうな気がした。


「それで、説明からはじめるんですけど、まずこのクラス。人数多いでしょう?だから、基本的には講義の形式でやります。たまに指名とかもするので1番後ろの子も油断しないように」


「はいっ!」


「いい返事だ。授業が始まっても自信を持ってその声をだしてくれよ」


 教室に笑いが満ちた。暖かい雰囲気だ。まさに春の木漏れ日のような……。それはこの先に待つ学校生活が希望に満ちていることを示唆するかのようだった。


「じゃあとりあえず今日はホームルームで授業は明日から。休憩時間のあとにちょっとした交流会みたいなのをしますからね。はい、じゃ一旦解散」


 先生が教壇を降りると途端にあたりが騒がしくなった。既に知り合いだった子たちは仲良く話していて、そうでなさそうな子ももじもじと話し始めた。私も近くには話せそうな子はいない……と思っていたけど、この子がいたか。


「ねぇねぇ」


「……なに?」


「あなた名前は?」


「……優乃」


「えっ!もしかして……和型文字の入った名前なの……?」


「悪い?はぁ……だからこの名前いやなのよ……」


 彼女は表情を曇らせ口を尖らせた。


「悪くないよ!良いと思う!」


「勝手なこと言わないで!私何度もバカにされてるんだから……」


「だからっ!私も一緒なんだって!」


「……え?」


 それを聞いて不機嫌そうだった表情が一瞬緩む。


「私は緑子。あなたと一緒よ!」


「……ふん。だから何って話だけどね」


 しかしすぐに取り繕うように眉をひそめてみせた。


「か……感じわるーい……」


「あらごめんなさいね。でも私、別に友達とかいらないし」


「私は優乃ちゃんと友達になりたいなぁ」


「なっ……何言ってんのよ……」


 また動揺する。思ったより悪役になり切れていない子だ。


「だってこの学園に来てはじめて私に話しかけてくれたんだもん!」


「あんたがのろのろしてたからよ!」


「またまたぁ~。助けてくれたくせに~」


「はぁ……話が通じない……」


 彼女は額に手を当てながら嘆息する。


「ごめんごめん。でも優乃ちゃんと友達になりたいのはほんとだよ。仲良くしてくれると嬉しいな」


「……わかったわよ。じゃあよろしく……緑子」


「わーっ!」


「あと……あんたも優乃でいいわよ。かたっくるしいの、嫌いなの」


「うん!よろしくね!優乃!」


「ん」


 リンゴーン。リンゴーン。


「あ、鐘の音!」


 鐘の音が鳴り終わると、キルス先生が入ってきた。


「はーい、みんないる?いるよね?確認はしないからね。さて、じゃあはじめようか。まずは……そうだな。近くの人と挨拶してみよっか。人数多いから全員のこと把握する必要はないけどさ、まあ顔馴染みは多いほどいいからね。はい、じゃあ開始」


 キルス先生が話し終えると一瞬の静寂の後皆が動き始めた。


「はい!私は緑子!あなたは?」


 もちろん私は優乃に話しかける。


「……あんた、わざと言ってるでしょ……」


「えへへ、もう仲良しになっちゃったもんね!」


「誰が……」


「優乃!」


「……ふん」


「仲良さそうじゃん」


 私たちがイチャついているところに後ろから不意に声をかけられる。


「あなたは誰?」


「俺はマルカ。よろしくな」


 柔和な態度と同様にその金髪を靡かせた青年が爽やかな歯を見せて手を挙げた。


「よろしく!」


「………」


「私は緑子!」


「緑子ちゃん!よろしくね!」


「うん!」


「………」


 優乃は下を向いたままずっと黙っている。


「君は?」


「……言う必要ある?」


 自分を指名されるもやはり噛み付く姿勢を見せる。


「そりゃああるさ。だってクラスメイトじゃん?」


「……優乃よ」


「もしかして優乃ちゃん男嫌い?」


「……あんたみたいなのが嫌いなだけよ」


「手厳しいなぁ~、ははっ」


 何を言われてもマルカは笑顔を絶やさない。


「マルカ、打たれ強いね」


「そこは自信あるよ!」


「……まぁ、あんまり騒がないでほしいけどね」


 その様子に観念したか、或いはどうでも良いと思ったか、優乃はもうそれ以上マルカを遠ざけようとはしなかった。


「ごめんよ。ま、仲良くしてよ」


「はいはい」


 マルカは他の生徒にも声をかけにいった。


「真面目な子ね……」


 それを見送って優乃はぽつりと呟いた。


「へ?」  


「……なんでもないわ」


「優乃って人と関わりたくないの?」


「そういうわけじゃないけど……」


「よかった!じゃあぐいぐいいくよ!」


「いや……あんたに言ったわけじゃないわよ……」


「どうする?他の人にも声かける?」


「私はパス。行きたければあんただけ行けば?」


「じゃあわたしもパース!」


「……緑子。私といても損するだけよ?」


「そんなことないよ!」


「……その根拠は?」


「私の友達だから!」


「さっき知り合ったばかりのくせに何を言うのよ」


 優乃は怪訝そうに眉をひそめた。


「じゃあこうしよう!この時間は私たちについて話し合うの!」


「あんた、デリカシーないって言われたことない?」


「あるけど、どうして?」


「……そういうところよ。まぁいいわ。教えてあげる」


「やった!」


「私はね、大樹信仰の家系なのよ」


「へぇ~」


「だから、この学校の大樹信仰の子のことは知ってるわ。もちろん向こうもね」


「それって……」


「そう、別に面識ないから話しかけてこないわけじゃないの。嫌われてるのよ、私」


 彼女は自嘲気味にそう言い切った。


「そんな……そんなことない……」


 知るわけもないが、私は否定する。否定しなければいけない気がした。


「わかるの?あんたに」


「……でも、なんで?」


「私の兄が、とある事件を起こしたのよ」


「事件?」


「そう。大樹信仰を敵に回すような悪事よ。本来なら家族の私たちも裁かれなければならないのだけど、大樹信仰は『剪定』という教則があるから私たちは見逃されたの」


「剪定?」


「不要な枝を切り除くことよ。家族全員じゃなくて悪い事をした者だけを追放する制度。……もちろん世間の目は家族にも向いたままだけどね」


「じゃあ優乃は……」


「裏切り者の妹。だからみんなは私のことを、魔女って呼ぶわ」


「……」


「厄介なのと友達になっちゃったわ~って思ったでしょ?………って、あんた何泣いてんのよ!」


 気づけば私は泣いていた。なぜ彼女が独りでいることを選んでいるか。その理由を知らずに無神経に近づいたのは彼女にとって最も失礼なことだったのかもしれない。


「だって……優乃、そんなことがあったなんて……知らなくて……」


「あんたが泣くことないじゃない。おかげさまで私はこの通りひねくれたから痛くも痒くもないわよ」


「それは……心が泣いてるんだよ……」


「意味わかんないこと言わないで。泣いてるのはあんたじゃない。はぁ……やりづらいわね」


「うぅ……」


「はい、泣かない。心配してくれるのは嬉しいけどあんたが泣いてもしょうがないことなのよ」


 優乃は私の肩を軽く抱きながら頭をぺんと叩いた。


「それもそっか!」


 すっかり元気を貰った私は瞬時に立ち直る。


「はや……」


「私が泣いても迷惑だしね……へへ……」


 本当は嬉しかった。優乃が垣間見せた優しさは、紛れもなく本質的な彼女の心の暖かさを示していた。


「そんなことないわ……あんたみたいなのもいるのね」


「お、ちょっと見直した?」


「……少しだけね」


「じゃあもっと私のこと知ってもらっちゃおっかな!」


「どうぞ」


 ついに私について語れる番がやってきたので、気合を入れる。


「私は大樹信仰とはまったく関係ないけど、この学園でやりたいことがあって入学したの!」


「やりたいこと?」


「気になる!?やっぱり気になっちゃうか~!」


「うざ……」


「そーいうこと言う人には教えてあげない!」


「わかったわ」


「………え?」


「はい、次」


 優乃は手をひらひらとさせながら目を閉じる。


「きいてよー!!」


「うっるさいわねあんた……」


「で、そのやりたいことっていうのがぁ」


「結局話すのね……」


「私ね、青春の最高の過ごし方っていうのを探してるの!」


「青春の最高の過ごし方?」


「そう!部活動、お勉強、放課後、休み時間……そのどれもが最も輝くためには、最も良い設備でなくてはならないの!」


「……おめでたい理由ね」


「だってぇ!この学園はすごいんだよ!そのどれもが世界最高規模!しかも学費も安いと来たもんだ!大樹信仰に入ればその全てが手に入るんだから!」


「いい?あんたが思っている以上に大樹信仰は……」


「あらあらぁ?優乃ちゃん、早速お友達ができたのぉ?」


 優乃が話し終わらないうちにやけに派手派手しい女の子が声をかけてきた。


「ローザ……」


「だれだれ?」


「はじめまして。わたくしローザと申しますの。あなたは?」


「私は緑子!よろしくね!」


「ふふふ」


 ローザちゃんはにこりと私に微笑みかけると、その直後にキッと優乃の方を睨んだ。


「ねぇ優乃ちゃん。どうしてあなたがこんな素敵な方とお話してるのかしら?」


「……どうだっていいじゃない」


「ねぇ緑子さん、あなたもしかしてご存知ないのかしら?」


「え……」


「この優乃ちゃんはね、あの凶悪な大樹崩落作戦の首謀者、紫雷の妹。つまり魔女なのよ」


「……」


「あなたが知らないにしろ、この学園で生活するのならこういう厄介者とは関わらない方が身のためですわよ~?……でないと、あなたも……」


 ローザちゃんは話しながら徐々に笑顔から真顔に変わっていき、私に詰め寄ってきた。


「……どうなっても、知りませんわよ?」


 目と鼻の先まで私に詰め寄り低い声でそう言った。


「じゃ、ごめんあそばせ」


 またパッと笑顔に戻りローザちゃんはくるりと背を向け去っていった。


「なんなのあの人……」


「ローザ……。曲者よ。大樹信仰の中でも高い権威を持つ家庭の子。だからあの子自身もあの通り高飛車で嫌味ったらしいの」


「嫌な感じ」


「……私のせいね」


 優乃が顔を伏せて悲しげに呟いた。


「あんたね、もう私と関わんない方がいいわよ。あーいうのばっかりよ、多分。あんたが望む最高の青春は、絶対に叶わなくなる。目をつけられないうちに私のことは忘れなさい……」


「やだ!!」


「え……」


「やーだー!!」


  私は駄々っ子の如く大声で牽制してみせた。


「なにをいうの……」 


「私優乃ともう友達だもん!そんな友達を裏切るくらいなら、優乃以外の友達なんていらない!優乃とだけ青春する!!」


 私はまた泣きながら叫んでいた。


「なにあれ?」


「優乃がなんだって?」


「まじかよあいつ……」


 まわりから声が聞こえる。私はどこにも居場所がなくなるかもしれない。でももうそんなこと考える余裕もなかった。ここで言わなきゃ優乃とは友達になれない。二度と話せなくなるかもしれない。その方が嫌だった。


「緑子……」


「だから、ほら!そんなこと言わないで!これからもよろしくね!優乃!」


「……お人好しね、あんたも」


 優乃の口角が少し上がった気がした。


「それじゃあ!」


「こっちこそ……よろしく、緑子」


「うん!」


 私は優乃と過ごすことを誓った。もともと漠然とした青春計画だったんだ。ならこのかわいそうな魔女っ子に私の青春を捧げてもいいんだって、そう思った。それはある意味正解だったのかもしれない。大樹信仰に染まる前の私にとっては……。


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 この世界にはひとつだけ、とても大きな樹がある。名前は知らない。この世界の中でもごく一部の人たちだけが知ってるらしい。その樹を崇める人達は、大樹信仰っていう集団を作ってるんだけど、その中に大樹の名前や過去を知ってる人がいるらしい。
 私がこれから通うことになる学校は、この大樹信仰が運営している。その名も聖ザヴァルテリ学園。ちなみに私は大樹信仰ではない。ただこのザヴァルテリ学園は設備的にも履修内容的にも魅力的な点が多いため、ここに通いたかったのだ。
 私のような生徒は多く、大樹信仰系列とはいえもともと大樹信仰ではない生徒は少なからずいるようだ。授業内容や習慣において大樹信仰に触れるものが多くあるため卒業する頃には私も大樹信仰の一員になっているのだろうけれど。
 別に大樹信仰は胡散臭かったり危険性のある団体ではない。ただこの大樹に対しての祈りや祝福の観念を持っているというだけだ。この施設設備を使えるのならば大樹信仰になることも青春の一ページ。私にとってもいい経験になるのだと、そう思っていた。
 これが私の人生を変えてしまうきっかけになるなんて、この時の私はちっともわかっていなかった。
♢
 風の月の初頭。私たちは聖ザヴァルテリ学園のグラウンドに集まっていた。私たちっていうのは、無論このザヴァルテリ学園に通うことになる生徒たちのことだ。
「みなさん、おはようございます」
 禿頭で白く長い髭を生やした老人が大きな切り株の上で皆に呼びかける。
「おはようございます!」
 皆が一斉に挨拶を返す。その声はどれもやる気に満ちているような迫力を感じさせた。私も例外なくいつになく気合を込めて声を上げた。
「えー、私はこの学園の学園長。ナーガヅァ・レイです。みなさん……今日はめでたい日ですね。あなたたちがこの大樹のもと、祝福を賜るのですから。我が学園へようこそ」
 老人が語り終えると切り株に向け大量の拍手の音が鳴り響いた。その後一定の人数に区切られ校舎に案内され、皆が"1年"の札のついた教室に詰め込まれた。
「はい、注目」
 その教室は講堂のようになっており、声を発した人物はその最前列の教壇の向こう側にいた。
「新入生のみなさん。どうも。担任のキルス・フィルです。慣れないことも多いでしょうけどともに頑張っていきましょう」
 まだ席もわからずに座っている人も少ないにも関わらずキルス先生は喋りだしてしまった。
 かくいう私もまだ席に座れていない。どこでもいいらしいが周りに気を使うと座る隙がない……。
「ちょっと……あなた。そこ、座るの?座らないの?」
 あたふたしていると唐突に冷ややかな声が私に投げかけられた。
「え?あ、ごめん……」
 振り向くとそこには翠色の瞳でこちらを見つめる紫水晶の様な妖艶で美しい髪を持つ少女がいた。
「なにを謝るの?私は座るか座らないか訊いたのよ?」
「あ……うん、座る」
「そ。じゃあ私はこっちに座るわね」
 その子は私の隣の椅子を引き席についた。多少言い方はきついが私を導いてくれたのだろうか……。
「あの……ありがとね」
「……なにがよ」
「私が迷ってたの、わかってたんでしょ?」
「……ふん……先生の話をききなさい」
「はぁい」
 くすりと笑いながら返事をした。多分照れ隠しだと思うので、この子とは友達になれそうな気がした。
「それで、説明からはじめるんですけど、まずこのクラス。人数多いでしょう?だから、基本的には講義の形式でやります。たまに指名とかもするので1番後ろの子も油断しないように」
「はいっ!」
「いい返事だ。授業が始まっても自信を持ってその声をだしてくれよ」
 教室に笑いが満ちた。暖かい雰囲気だ。まさに春の木漏れ日のような……。それはこの先に待つ学校生活が希望に満ちていることを示唆するかのようだった。
「じゃあとりあえず今日はホームルームで授業は明日から。休憩時間のあとにちょっとした交流会みたいなのをしますからね。はい、じゃ一旦解散」
 先生が教壇を降りると途端にあたりが騒がしくなった。既に知り合いだった子たちは仲良く話していて、そうでなさそうな子ももじもじと話し始めた。私も近くには話せそうな子はいない……と思っていたけど、この子がいたか。
「ねぇねぇ」
「……なに?」
「あなた名前は?」
「……優乃」
「えっ!もしかして……和型文字の入った名前なの……?」
「悪い?はぁ……だからこの名前いやなのよ……」
 彼女は表情を曇らせ口を尖らせた。
「悪くないよ!良いと思う!」
「勝手なこと言わないで!私何度もバカにされてるんだから……」
「だからっ!私も一緒なんだって!」
「……え?」
 それを聞いて不機嫌そうだった表情が一瞬緩む。
「私は緑子。あなたと一緒よ!」
「……ふん。だから何って話だけどね」
 しかしすぐに取り繕うように眉をひそめてみせた。
「か……感じわるーい……」
「あらごめんなさいね。でも私、別に友達とかいらないし」
「私は優乃ちゃんと友達になりたいなぁ」
「なっ……何言ってんのよ……」
 また動揺する。思ったより悪役になり切れていない子だ。
「だってこの学園に来てはじめて私に話しかけてくれたんだもん!」
「あんたがのろのろしてたからよ!」
「またまたぁ~。助けてくれたくせに~」
「はぁ……話が通じない……」
 彼女は額に手を当てながら嘆息する。
「ごめんごめん。でも優乃ちゃんと友達になりたいのはほんとだよ。仲良くしてくれると嬉しいな」
「……わかったわよ。じゃあよろしく……緑子」
「わーっ!」
「あと……あんたも優乃でいいわよ。かたっくるしいの、嫌いなの」
「うん!よろしくね!優乃!」
「ん」
 リンゴーン。リンゴーン。
「あ、鐘の音!」
 鐘の音が鳴り終わると、キルス先生が入ってきた。
「はーい、みんないる?いるよね?確認はしないからね。さて、じゃあはじめようか。まずは……そうだな。近くの人と挨拶してみよっか。人数多いから全員のこと把握する必要はないけどさ、まあ顔馴染みは多いほどいいからね。はい、じゃあ開始」
 キルス先生が話し終えると一瞬の静寂の後皆が動き始めた。
「はい!私は緑子!あなたは?」
 もちろん私は優乃に話しかける。
「……あんた、わざと言ってるでしょ……」
「えへへ、もう仲良しになっちゃったもんね!」
「誰が……」
「優乃!」
「……ふん」
「仲良さそうじゃん」
 私たちがイチャついているところに後ろから不意に声をかけられる。
「あなたは誰?」
「俺はマルカ。よろしくな」
 柔和な態度と同様にその金髪を靡かせた青年が爽やかな歯を見せて手を挙げた。
「よろしく!」
「………」
「私は緑子!」
「緑子ちゃん!よろしくね!」
「うん!」
「………」
 優乃は下を向いたままずっと黙っている。
「君は?」
「……言う必要ある?」
 自分を指名されるもやはり噛み付く姿勢を見せる。
「そりゃああるさ。だってクラスメイトじゃん?」
「……優乃よ」
「もしかして優乃ちゃん男嫌い?」
「……あんたみたいなのが嫌いなだけよ」
「手厳しいなぁ~、ははっ」
 何を言われてもマルカは笑顔を絶やさない。
「マルカ、打たれ強いね」
「そこは自信あるよ!」
「……まぁ、あんまり騒がないでほしいけどね」
 その様子に観念したか、或いはどうでも良いと思ったか、優乃はもうそれ以上マルカを遠ざけようとはしなかった。
「ごめんよ。ま、仲良くしてよ」
「はいはい」
 マルカは他の生徒にも声をかけにいった。
「真面目な子ね……」
 それを見送って優乃はぽつりと呟いた。
「へ?」  
「……なんでもないわ」
「優乃って人と関わりたくないの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「よかった!じゃあぐいぐいいくよ!」
「いや……あんたに言ったわけじゃないわよ……」
「どうする?他の人にも声かける?」
「私はパス。行きたければあんただけ行けば?」
「じゃあわたしもパース!」
「……緑子。私といても損するだけよ?」
「そんなことないよ!」
「……その根拠は?」
「私の友達だから!」
「さっき知り合ったばかりのくせに何を言うのよ」
 優乃は怪訝そうに眉をひそめた。
「じゃあこうしよう!この時間は私たちについて話し合うの!」
「あんた、デリカシーないって言われたことない?」
「あるけど、どうして?」
「……そういうところよ。まぁいいわ。教えてあげる」
「やった!」
「私はね、大樹信仰の家系なのよ」
「へぇ~」
「だから、この学校の大樹信仰の子のことは知ってるわ。もちろん向こうもね」
「それって……」
「そう、別に面識ないから話しかけてこないわけじゃないの。嫌われてるのよ、私」
 彼女は自嘲気味にそう言い切った。
「そんな……そんなことない……」
 知るわけもないが、私は否定する。否定しなければいけない気がした。
「わかるの?あんたに」
「……でも、なんで?」
「私の兄が、とある事件を起こしたのよ」
「事件?」
「そう。大樹信仰を敵に回すような悪事よ。本来なら家族の私たちも裁かれなければならないのだけど、大樹信仰は『剪定』という教則があるから私たちは見逃されたの」
「剪定?」
「不要な枝を切り除くことよ。家族全員じゃなくて悪い事をした者だけを追放する制度。……もちろん世間の目は家族にも向いたままだけどね」
「じゃあ優乃は……」
「裏切り者の妹。だからみんなは私のことを、魔女って呼ぶわ」
「……」
「厄介なのと友達になっちゃったわ~って思ったでしょ?………って、あんた何泣いてんのよ!」
 気づけば私は泣いていた。なぜ彼女が独りでいることを選んでいるか。その理由を知らずに無神経に近づいたのは彼女にとって最も失礼なことだったのかもしれない。
「だって……優乃、そんなことがあったなんて……知らなくて……」
「あんたが泣くことないじゃない。おかげさまで私はこの通りひねくれたから痛くも痒くもないわよ」
「それは……心が泣いてるんだよ……」
「意味わかんないこと言わないで。泣いてるのはあんたじゃない。はぁ……やりづらいわね」
「うぅ……」
「はい、泣かない。心配してくれるのは嬉しいけどあんたが泣いてもしょうがないことなのよ」
 優乃は私の肩を軽く抱きながら頭をぺんと叩いた。
「それもそっか!」
 すっかり元気を貰った私は瞬時に立ち直る。
「はや……」
「私が泣いても迷惑だしね……へへ……」
 本当は嬉しかった。優乃が垣間見せた優しさは、紛れもなく本質的な彼女の心の暖かさを示していた。
「そんなことないわ……あんたみたいなのもいるのね」
「お、ちょっと見直した?」
「……少しだけね」
「じゃあもっと私のこと知ってもらっちゃおっかな!」
「どうぞ」
 ついに私について語れる番がやってきたので、気合を入れる。
「私は大樹信仰とはまったく関係ないけど、この学園でやりたいことがあって入学したの!」
「やりたいこと?」
「気になる!?やっぱり気になっちゃうか~!」
「うざ……」
「そーいうこと言う人には教えてあげない!」
「わかったわ」
「………え?」
「はい、次」
 優乃は手をひらひらとさせながら目を閉じる。
「きいてよー!!」
「うっるさいわねあんた……」
「で、そのやりたいことっていうのがぁ」
「結局話すのね……」
「私ね、青春の最高の過ごし方っていうのを探してるの!」
「青春の最高の過ごし方?」
「そう!部活動、お勉強、放課後、休み時間……そのどれもが最も輝くためには、最も良い設備でなくてはならないの!」
「……おめでたい理由ね」
「だってぇ!この学園はすごいんだよ!そのどれもが世界最高規模!しかも学費も安いと来たもんだ!大樹信仰に入ればその全てが手に入るんだから!」
「いい?あんたが思っている以上に大樹信仰は……」
「あらあらぁ?優乃ちゃん、早速お友達ができたのぉ?」
 優乃が話し終わらないうちにやけに派手派手しい女の子が声をかけてきた。
「ローザ……」
「だれだれ?」
「はじめまして。わたくしローザと申しますの。あなたは?」
「私は緑子!よろしくね!」
「ふふふ」
 ローザちゃんはにこりと私に微笑みかけると、その直後にキッと優乃の方を睨んだ。
「ねぇ優乃ちゃん。どうしてあなたがこんな素敵な方とお話してるのかしら?」
「……どうだっていいじゃない」
「ねぇ緑子さん、あなたもしかしてご存知ないのかしら?」
「え……」
「この優乃ちゃんはね、あの凶悪な大樹崩落作戦の首謀者、紫雷の妹。つまり魔女なのよ」
「……」
「あなたが知らないにしろ、この学園で生活するのならこういう厄介者とは関わらない方が身のためですわよ~?……でないと、あなたも……」
 ローザちゃんは話しながら徐々に笑顔から真顔に変わっていき、私に詰め寄ってきた。
「……どうなっても、知りませんわよ?」
 目と鼻の先まで私に詰め寄り低い声でそう言った。
「じゃ、ごめんあそばせ」
 またパッと笑顔に戻りローザちゃんはくるりと背を向け去っていった。
「なんなのあの人……」
「ローザ……。曲者よ。大樹信仰の中でも高い権威を持つ家庭の子。だからあの子自身もあの通り高飛車で嫌味ったらしいの」
「嫌な感じ」
「……私のせいね」
 優乃が顔を伏せて悲しげに呟いた。
「あんたね、もう私と関わんない方がいいわよ。あーいうのばっかりよ、多分。あんたが望む最高の青春は、絶対に叶わなくなる。目をつけられないうちに私のことは忘れなさい……」
「やだ!!」
「え……」
「やーだー!!」
  私は駄々っ子の如く大声で牽制してみせた。
「なにをいうの……」 
「私優乃ともう友達だもん!そんな友達を裏切るくらいなら、優乃以外の友達なんていらない!優乃とだけ青春する!!」
 私はまた泣きながら叫んでいた。
「なにあれ?」
「優乃がなんだって?」
「まじかよあいつ……」
 まわりから声が聞こえる。私はどこにも居場所がなくなるかもしれない。でももうそんなこと考える余裕もなかった。ここで言わなきゃ優乃とは友達になれない。二度と話せなくなるかもしれない。その方が嫌だった。
「緑子……」
「だから、ほら!そんなこと言わないで!これからもよろしくね!優乃!」
「……お人好しね、あんたも」
 優乃の口角が少し上がった気がした。
「それじゃあ!」
「こっちこそ……よろしく、緑子」
「うん!」
 私は優乃と過ごすことを誓った。もともと漠然とした青春計画だったんだ。ならこのかわいそうな魔女っ子に私の青春を捧げてもいいんだって、そう思った。それはある意味正解だったのかもしれない。大樹信仰に染まる前の私にとっては……。