「おきてー!ねぇ、おきてよー!」
眠っていた僕の身体を大きな声を出す何者かにゆさゆさと揺らされている。
「ん……んー?」
未だはっきりしない意識でぼんやりとしながらもゆっくりと身体を起こした。
「あ、起きた!おはよー!」
「あ、ミカ。おはよ。……ふぁ」
朝から快活に僕を起こしたのは妹のミカだった。
「ねぇ、いつまで寝てるの?今日が何の日かわかってる?」
「ん……わかってるよ。大切な日だね」
「わかってるならはやくー!」
ちらりと窓に目をやると、まだ外は薄暗い。
「……ねぇ、ミカ。今何時?」
「もう五時だよー!」
「……おやすみ」
僕はまた布団をかけるとその瞼を閉じた。
「アルー!!」
今日は豊穣祭。僕たちの村タスフの伝統的な祭りだ。一年の作物の収穫を祈願するのとともに、これから働き手となる十八歳を迎えた村の子に土地を与え、働くことを任命する大切な日。
とはいえ当然ながら朝5時に起きるほど入念な準備が必要な祭りではないため、僕は寝る。
「こらー!心構えが足りないぞー!」
僕は寝る。
─午前七時
「ぁふ……よく寝た」
僕が目を覚ますと部屋の中にはどうやらミカはいないようだ。
「あれ?……まぁ、流石に寝てる部屋にずっといられてたって考えるのもおかしいか」
ひとまず居間に移動し朝食をとることにした。
「母さん、おはよ」
目を擦りながら既に朝食の支度をしていた母さんに声をかける。
「あらアル。早いわね」
「ミカなんて五時から起きてたよ。……僕のこと起こしに来たもん」
「あら、変ねぇ。まだ見てないわよ?」
母さんは不思議そうに首を傾げる。
「……まさか」
大方予想はできた。ミカの部屋に行こう。
「くぁ~……」
そこにはベッドの中で寝息を立てる我が妹がいた。
「……ミカ」
「ん~?」
「……今、な~ん時だ?」
ミカの前に時計を持っていってやった。
「ふぇぁ……?」
時計を見て一瞬動きが止まったと思ったら、ベッド横に置いてあったメガネを急いでかけ、青い顔でもう一度時計を見た。
「あ……あ……」
「おはよ」
「はやくないよ~!!」
朝からうるさいな、ミカは。
「母さん、母さぁあん!」
ミカは素早くベッドを飛び出し食堂に向かった。
「母さん!遅刻しちゃうよー!」
「せっかちねぇ、ミカは。豊穣祭は十二時からよ?」
「あと五時間しかないよー!」
……も、です。
「……ミカ、もしかして五時間会場で待つつもり?」
「当たり前じゃないの!」
「会場の人にも……迷惑だからさ?」
「う……」
「やめよう……?」
「……わかったわよ」
渋々と言った感じではあるけれど……ようやくわかってくれたらしい。
「じゃあとりあえず……母さん、朝ごはん、作ってくれないかな」
「あなたたちももう働かなきゃならないものねぇ……みんなでご飯食べられるのもこれでしばらくないかしら」
「最後までバタバタしてるってのも……やっぱりいいものだったでしょ」
「最後なんて言わないのっ!」
僕が言った言葉にミカがつっかかる。
「ミカはほんと、そわそわしすぎだよね」
「アルがマイペースすぎるのよ!」
「……あ、そういえば、父さんは?」
「父さんはね、今お祭りの支度に行ってるわよ」
「やっぱり早いんだね」
「じゃあ私も!」
「ミカは……やることないから……」
「うぅー、じっとしてられないぃ……!」
居ても立ってもいられない様子のミカはその場で足踏みを始める。……ここまでくるともはや野生動物のようだ……。
「お母さんも、腕によりをかけて朝ごはん作るからねぇ」
「じゃあそれ手伝う!」
「はいはい。ふふふ」
母さんは嬉しそうにも、寂しそうにも見える。いつも通りを装ってはいるけど、僕だって実は落ち着いてはいられない気分だ。
「母さん」
「どうしたの?」
「僕も……手伝う」
「あらあら」
母さんははっきりと嬉しそうに笑った。
三人で朝ごはんを作るのなんてほんとに久しぶりだったけど、やっぱり楽しい。……楽しかった。……今日で最後になるんだなんて、やっぱりちょっと寂しいな。
「……美味しかったね、サンドウィッチ」
「えぇ……とっても」
「うん……」
みんなもやっぱり同じことを思ってるみたいに、しんみりとした静寂が訪れる。
「さ!豊穣祭の準備しましょ!!」
それを振り払うかのように、ミカが途端に明るく振る舞い始めた。
「じゃあ僕はもうちょっと寝るよ」
「だめー!だめーー!!」
部屋に戻ろうとする僕をミカが必死で抑えてくるので、しょうがないから礼装に着替えることにする。
「うん、似合ってるわ。……素敵ね、ふたりとも」
母さんがちょっぴり潤んだ瞳で僕たちを見比べている。
「えへへ、ありがと、母さん」
「……ありがと」
「あなたたちは、私たちの立派な子どもよ。だから、胸を張ってお務めを賜りなさいね」
「うん、頑張るよ。母さん」
「もちろん!」
「じゃあ、もうちょっとしたら行きましょうね」
「はーい!」
─午前十一時
「そろそろね」
「行こうか」
「緊張するー……!」
僕たちは会場となる、村の広場に向かった。
会場には既に父さんがいた。
「お!お前たち!来たか!」
「あ、お父さん!やっほー!」
「おー!ミカ!見違えたな……!おてんば娘がこーんな綺麗になっちまうとは!」
普段の活発な格好とは裏腹に、萌黄色のドレスに身を包んだミカはまるで別人みたいに大人びて見えた。
「ほめてるー?ほめてるのー?」
「あたりめぇよ!」
「ありがとー!おとーさん!」
そういうとミカは父さんに抱きついた。
「アルも一人前って感じだな!」
父さんは僕の方も見てそう言う。僕自身着慣れない背広を着て、いつもの猫背が少しだけしゃきりと芯の通ったように伸びた気分だ。
「……ありがと」
「よっし!しっかり堂々としてろよー!」
そう言うと父さんは僕の頭をぐしぐしと撫で付けた。
「うんっ!」
大人になるんだって……実感する。
─午後零時
「えー……村の皆様~……本日はお集まり頂きありがとうございますじゃ……ふむふむ、今年の豊穣祭も立派な盛り上がりを見せとるのォ……」
タスフの村の長、グリン村長が司会進行を務めている。会場は村人でいっぱいになっており、僕たち十八歳になる若者たちは特設の壇上に並んでいる。
「え~……ひぃ……ふぅ……ふむ……今年は六人の若者たちが成人するようじゃの……どれ、一番目は……」
「はいっ!」
のろのろと式の進行をする村長とは対照的に、快活で血色の良い若者が元気よく声を上げ挙手した。
「しっかり者のデイビット・クルンルンか……。おめでとじゃ」
「ありがとうございます!」
「しっかり者なのは皆承知じゃからな。しっかり働き、しっかり遊ぶんじゃぞ……」
「ありがとうございます!頑張ります!」
「ふむ……さて、次は……聡明なトーマス・ハリントンじゃの……」
「はい」
眼鏡をかけた知的な青年が声を上げ挙手した。
「賢いそなたなら色々とやりくりして上手くやるじゃろうが、時には周りを見回すことも忘れるでないぞ……」
「ありがとうございます。存分に励まさせていただきます」
「ふむ……次は……双子のアルとミカじゃの。ではまずは……ひかえめなアル・エリンティア」
「はい!」
僕はいつも以上に気合いを入れて返事をした。自分でも驚くくらいに透き通った声が出て……なんだか不思議だね。
「今日は元気があってよいの。気合十分じゃ。これからもその調子を維持して頑張るんじゃぞ」
「わかりました!」
「次は元気なミカ・エリンティアの方じゃの」
「……は、はいぃ!」
いつも元気なおてんば娘が声を上げて挙手したのだが……。
「おや……?どうしたことじゃ、こっちは逆に元気がないようじゃのう」
「あ、あああ、あの、き緊張して……」
逆にミカはあの調子らしい。朝まであんなに張り切ってたのに……なんだか不思議だね。
「ほほ……いつもの調子はどこへやら……アルとミカが入れ替わったみたいで面白いのォ……。まぁ、慣れてくれば仕事も持ち前の元気さで乗り越えることができるじゃろう。頑張るんじゃぞ」
「はひっ!あ、はいっ!」
舌噛んだ……。
「えー、次は……勝気なチェリッシュ・ルーデバーグじゃな……」
「あいよっ!」
豪胆な返事で声を上げたのはいかにも男勝りな気迫に満ちた女性だった。
「ふむ……流石の勝気さじゃ……。じゃがその意気じゃ。誰にも負けんとして、共に高めあえる友たちと切磋琢磨するんじゃぞ」
「おう!みんなもよろしくな!」
チェリッシュが僕たちに向けてにかっと笑う。
「よろしくね」
「よ……よろしくぅっ!」
ミカはまだ緊張してた。
「えー……最後は……ふむ……無邪気なアミィ・ユノンか」
「は~い」
そう言って緩く返事をしたのは三角の帽子を被り緋色のマントに身を包んだ少女だった。
「……ふむ。アミィだけは他の子らと違う道を歩むのだったな……」
「うん!みんなのために頑張るよっ!」
「……えぇ皆。知らない者もおるかもしれんから言っとくが……アミィはの、魔導の素養があるから農業ではなく魔導を使って村に貢献してもらう……。錬金術も担当してもらうので、忙しくなるじゃろう」
「ボクにおまかせっ!」
そう言うとアミィはビシッとポーズを決めた。
「自信……あるみたいだね」
「えへへ、実はこれから覚えてくんだけどね……」
ポーズを決めた手前でそんなことを言うものだから、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「……まぁ、先は長い、これからが大事じゃろう。しっかり勉強に励むように」
「はーいっ!」
「さて……以上で今年の成人は全員紹介したな……。それじゃ、各員に土地を分配するから一人ずつ来なさい」
それから僕たちはそれぞれ自分達の土地をもらい、村全体をあげた宴の後に豊穣祭はお開きになった。
─午後七時
家に帰ってからも僕たちはその余韻に包まれていた。
「いやぁ、楽しかったねぇ!」
「うん……楽しかったね」
「立派だったわよ、あなたたち」
「ほんとほんと!流石俺の子たちだ!」
お父さんもお母さんも鼻を赤くして僕たちを褒め讃える。
「明日から……がんばるからね」
「アルが一番張り切ってるよなぁ。ミカときたら……あの有様よ」
「う、うるさいっ!」
「はははっ。だがまぁ頑張ろうな。また集まれる時におもしれぇ話聞かせてくれよ」
「じゃあ、僕はもう行くね」
「ん、じゃああたしも」
「……頑張るのよ」
「また、ね」
みんなでハグしてから別れた。
そして、僕たちはそれぞれ村長に与えてもらった土地に向かった。
─午後八時
家からしばらく歩いた先に、地図で示されたその土地はあった。既に日は落ち辺りは薄暗いながらも手に持ったランタンの明かりが照らした看板には確かに僕の名前が書いてあった。
「これが……僕の土地」
家はサービスで豊穣祭までに村の大人が建てておいてくれたらしい。とはいえ部屋はひとつの簡素な家だ。
「明日からはミカもいないもんなぁ……」
ちょっとだけ寂しかったり……するね。うん。
「まぁ、今日はもうなんにも出来ないし、明日から頑張らなきゃね」
タスフの村を支える一人として、今日から僕は生きていかなきゃならない。
頑張らないと、ね。
ひとまず今日は、おやすみなさい。